7. 二面作戦
何時もは血気盛んなガーディアンの戦士たちで賑わう東日本ガーディアン基地は、今は火が消えたように静まり返っていた。
万が一に備えた防衛戦力を除いて、基地に所属するほぼ全ての戦士たちがリベリオン関東支部の襲撃に向かったのだ。
基地に残されたのは前線に立つ戦士たちを支える裏方の人間が殆どで有り、彼らは戦士たちの勝利と生還を願っている事だろう。
そして未だに先のリベリオン襲撃時の傷跡が残る基地内において、いち早く復活を遂げた三代ラボ内にも戦士の無事を願う一人の少女が居た。
少女は厳密にはガーディアンの人間では無く、既にガーディアンを引退した元戦士であった。
先ほど大和とクィンビーを見送った元ガーディアンの黒羽は、三代と共に三代ラボで大和たちの帰りを待ち侘びていた。
「…三代さん、どうして今回の作戦は承認されたのでしょうか?
大和の活躍によって今、ガーディアンとリベリオンの均衡をは崩れかけている。
此処でリベリオンの拠点である関東支部が落ちたら、恐らくガーディアンの勝利は確実の物でしょう」
「ガーディアンとリベリオン、正義と悪との関係を維持してきた人間にとっては好ましく無い展開と言う訳ね。
確かにそうかも…」
大和たちただ待つことしか出来ない黒羽は暇を持て余し、頭の中で三代ラボ内で今回の一連の動きを整理していた。
そして黒羽はある疑問に辿り着き、同じ部屋に居る三代の意見を聞いてみたのだ。
大和たちがリベリオン関東支部への潜入を容易にするため、欠番戦闘員として流した情報を発端として始まったガーディアンによる関東支部への襲撃作戦。
正義の味方の立場としては、憎き悪の組織であるリベリオンに致命的なダメージを与えられるこの作戦を止める理由は皆無である。
しかしガーディアンとリベリオンの真実、意図的に正義と悪との対立構造を続けようと暗躍する者たちに取っては関東支部への襲撃は非常に都合の悪い事であった。
ただでさえ此処最近のリベリオンは、欠番戦闘員こと大和たちの流した情報によって連戦連敗の異常事態に陥っている。
素体捕獲任務は毎回失敗に終わり、戦力供給を断たれたリベリオンは弱体化の一途を辿っていた。
此処でリベリオンにおける重要拠点、リベリオン関東支部が落とされてでもしたら正義と悪の戦力差は逆転不能になる筈だ。
このままではそう遠くない内にガーディアンはリベリオンを下し、正義と悪との対立は終焉を迎えてしまう。
「三代さん、今回の作戦で上から横槍などは…」
「私が聞いた限りではそういう事は何もなかったわよ。
紫野のハゲ親父以外は全員今回の作戦に乗り気だったし、前のショッピングモールの件みたいに上からの横槍も無かった」
「…どういう事だ、ガーディアンはリベリオンを見捨てたのか?」
もしガーディアンとリベリオンの対立関係を維持したいならば、どんな手を使ってでも関東支部への襲撃を止める筈だ。
仮にガーディアンの中枢部がこの事態に絡んでいるのならば、上から作戦中止を命じるだけで済む話である。
しかし三代の話が真実であるとすれば、関東支部への襲撃は何の障害も無く実行に移されることになった。
これまで正義と悪の真実に気付いた者たち、妃 春菜のような人間は例外なく排除されていた。
それはガーディアンとリベリオンの茶番を続けるためであり、そのために何人もの人間が犠牲になったか解ったものではない。
そこまでして続けてきた正義と悪との対立を、どういう訳か今になって終わらせようと言うのだ。
ガーディアンとリベリオンの裏に居る者たちの真意を読み取る事が出来ず、黒羽は胸の内で不気味な感覚を覚えていた。
そこはリベリオン関東支部内において、作戦会議を行うために用意されていた幾つかある作戦室の一つであった。
作戦に必要な情報を得るために室内には組織のデータベースにアクセス出来る端末が設置されており、アクセス権限を持つ怪人であれば誰もがそれを操作することが出来た。
ガーディアンによる襲撃下において呑気に作戦を立てている物は無く、作戦室は全て空になっている筈であった。
しかしどういう訳か複数ある作戦室の一室において、室内に設置された端末を操作する戦闘員の姿がそこにあった。
戦闘員に扮する大和とクィンビーは、無事に組織のデータベースにアクセス出来る端末まで辿り着くことが出来たようだ。
そして彼らは予定通り、端末を操作してセブンや白仮面の情報について探っていた。
「ああ、もう…、セブンのセの字も無いじゃ無い!?」
「どうする、此処であいつの情報が手に入らないと…」
リベリオン関東支部にセブンの情報が得られるという大和の予想は、残念ながら空振りに終わった。
過去に関東支部内で行われた作戦の記録、その中に白仮面によるセブンの誘拐についての情報は皆無であった。
そして支部内の情報を幾ら漁ってもセブンや白仮面の情報は出ず、大和たちの行動は完全に無駄骨に終わったようである。
期待していた結果が得られず、大和とクィンビーは明らかに落ち込んでいる様子であった。
クィンビーなどは余程頭に来たのか、苛立たしげに端末に接続されたキーボードを乱暴に叩いていた。
あてが外れた大和たちであるが子供のお使いで有るまいし、此処で諦めて帰る訳もいかない。
大和はかつて関東支部に居たクィンビーに、セブンや白仮面の情報を得るための方法を求めた。
「やっぱりあそこに…、きゃっ!?」
「なっ、この音は…」
「中の方でも始まったようね。 急がないと巻き込まれるわよ…」
しかしクィンビーの思案は、突如彼らの耳に飛び込んできた異音によって遮られてしまう。
大和たちに耳に飛び込んできた爆発音、そして何かがぶつかり合う明らかな戦闘音。
それはこの関東支部の施設内、それもそう遠くない場所において戦いが始まっている事を示していた。
関東支部の正面でリベリオンを足止めを受けていたガーディアンの戦士たちが、それを退けて関東支部内に潜入したのだろうか。
いや、そうでは無い。
この戦闘音は関東支部正面での激戦を囮にして、大和たちと同じように密かに支部内に潜入したガーディアン別働隊の仕業であった。
先のガーディアンによるリベリオン日本支部襲撃、それはガーディアンサイドに取っては大成功とは言い難い結果に終わった。
第一目標である基地の制圧は無事に完了した、しかし基地に所属していた怪人や怪人製造に携わる研究者には殆ど逃げられてしまったのだ。
結果的にリベリオンは拠点を一部失うというダメージを受けたが、必要な人材を逃がす事に成功したで戦力減少を最小限に抑えられた。
今回のガーディアンの作戦では前回の二の舞いを踏まないため、関東支部に所属する人材を逃すまいと考えたらしい。
それが関東支部全面からの襲撃と、それを囮にして密かに関東支部内に潜入して挟み撃ちにすると言う二面作戦であった。
ガーディアンにはクィンビーが密かに提供した関東支部の詳細な情報が有り、これが今回の作戦の鍵となったらしい。
「時間が無いわ、さっさと行くわよ!」
「おい、何処に行く気だ。 まずは説明しろって」
戦闘音が聞こえてきたと言う事は、関東支部に潜入したガーディアンの別働隊が動き出した証拠である。
愚図愚図していたら関東支部内はあっという間に戦場となり、大和たちも巻き込まれてしまうだろう。
一刻も早く仕事を終えて此処から脱出するため、クィンビーは今にも部屋から飛び出しそうな勢いを見せていた。
しかし行き先も解らないまま部屋を飛び出されたら困るため、大和は慌ててクィンビーを止める。
「此処で見られるデータは一般怪人が触れる物だけよ。
その中にセブンの情報が無いのならば、もっと深い所まで行かないと…」
「おいおい、そこってお前が前に捕まりかけた場所だろう?
警備も厳重だろうから、近づくのは危険だからって言っていた…」
「事情が変わったのよ! 今の混乱した情報なら、強行突破出来るわ、多分…」
「おい、多分って…。 ああ、もう、解ったよ!!」
セブンが次に向かおうとしていた場所、それはかつてクィンビーがリベリオンを脱出せざる状況に追い込まれた因縁の場所であった。
関東支部内において一般怪人が決して近寄ることが出来ない隔離施設、シザースなどの幹部怪人しか足を踏み入れられないあの場所であれば攫われたセブンの情報が掴めるかもしれない。
しかし少し前にクィンビーの侵入を許した隔離施設の警備が以前より疎かになっている筈もなく、より厳重になっている事は明白であった。
そのような場所で戦闘員の変装は通用する事は無く、恐らく力尽くで押し入る形になることは明白である。
大和はこの先に待ち受けているであろう苦労に顔を顰めながらも、セブンのためにクィンビーの提案に乗ることを決意した。
そして大和は再びクィンビーの案内を受けて、隔離施設へと向かっていった。
それは瞬く間の出来事であった。
白仮面はまるで暴風のように、戦場に居たガーディアンの戦士やリベリオンの怪人を一掃したのだ。
白仮面が軽く腕を振るうだけで、強靭な体を持つリベリオンの怪人は簡単に吹き飛ばされた。
白仮面がバトルスーツの特殊能力であるエネルギー波を放てば、同じようにバトルスーツを纏ったガーディアンの戦士たちはそれに全く太刀打ち出来ずにやられてしまった。
関東支部内の地面には倒れ伏すガーディアンの戦士たちが見え、死屍累々と言う酷い有様であった。
僅かに身じろぎしている者は恐らく生きているだろうが、中には地面に倒れたまま微動だにしない者も居る。
有り体に言って関東支部正面の攻略を担当したガーディアンの精鋭たちは、全滅したと言っていい。
そしてリベリオンの怪人や戦闘員も同じようにやられたようで、ガーディアンと同じように地面に転がっていた。
怪人や戦闘員の数は白仮面が現れる直前と比べて明らかに少なくなっているが、それは姿が見えなくなった者たちが臆病風に吹かれて逃げた訳では無い。
逆に消えた怪人たちは白仮面に勇敢に戦い、白仮面の手によっていとも容易く敗れ去ってしまった。
そして怪人の秘密を守るために埋め込まれた機密保持機能が発動してしまい、敗者は僅かな痕跡のみを残して世界から消滅してしまったのだ。
「…次は中か。」
リベリオンが培ってきた怪人の製造技術、そしてガーディアンが培ってきたバトルスーツの製造技術。
白仮面はその二つの集大成と言っていい存在で有り、その力の前に正義と悪はどちらも相手にすらならなかったようだ
数にすれば百は下らないリベリオンとガーディアンの精鋭たちを倒した白仮面は、恐ろしいことに傷一つ負っている様子は無い。
半ば無意識に右腕の五指を遊ばせながら、疲れを全く感じさせない足取りで白仮面は堂々と正面から関東支部内に向かっていく。
進化した白仮面の脅威が大和たちの元に迫っていた。




