6. 蹂躙
ガーディアンによる襲撃の報を受けた関東支部所属の怪人たちは、突然の事態に慌てふためいた様子だった。
かつてリベリオンは日本支部と言う重要拠点を、ガーディアンからの襲撃によって失っていた。
そのためリベリオンは同じ轍を踏まないために、日本支部に代わる拠点となった関東支部の所在は極秘事項として扱われていた。
それは下等な人間の組織であるガーディアンには決して辿り着くことの出来無い、完璧な機密であった筈なのだ。
しかし実際にガーディアンは関東支部を見つけ出し、いままさに攻撃を仕掛けようとしていた。
加えてガーディアンの接近に直前まで気付けなかった事が、リベリオンの混乱に拍車を掛けた。
ガーディアンたちは関東支部までの道中に密かに仕掛けてある警戒網だけで無く、一部の怪人しか存在を知らないアラクネの糸をもくぐり抜けて来たのだ。
裏切り者であるクィンビーが情報を提供した事実を知らないリベリオンに取って、まるでこちらの警戒網を全て把握しているようなガーディアンの動きは不可解極まりない物だったろう。
「応戦すべきだ! 人間如き、我々の手で…」
「戦力が完璧であればそれも可能だったろう。 しかし今の我々の戦力では…」
「では逃げろと言うのか? この関東支部を失えば、リベリオンは東日本での拠点を全て失うことになるのだぞ!!」
遅まきながら事態を把握したリベリオン関東支部は、ある選択を迫られていた。
もうすぐこの場所に現れるであろうガーディアンの戦士たちと戦うか、それとも逃げるかについてである。
有る怪人は人間如きに背を向けられるかと言い放ち、別の怪人は今は逃げるのが正解だと力説した。
その混乱はかつてリベリオン日本支部に居た怪人に取っては、見覚えのある光景であったろう。
今回は支部内に破壊工作は行われてない様子なので、前回に比べたら幾らかましな状況であると言えるかもしれない。
しかしそんな慰めは混乱の渦中である怪人たちには、何の慰めにもならない事であった。
ガーディアン襲撃によって混乱したリベリオン関東支部に潜入することは、ファントムの能力とクィンビーの情報さえあれば容易い事であった。
密かにリベリオン関東支部内に入り込んだ大和とクィンビー、その目的は当然のようにセブンと白仮面の情報であった。
この関東支部においては戦闘員の姿は珍しい物では無く、大和たちはすんなり他の戦闘員たちに紛れ込む事が出来た。
勿論、欠番戦闘員とバレないように戦闘員マスクには、適当な戦闘員番号が描かれた特殊なシールを貼り付けて誤魔化している。
ガーディアンの襲来に備えるために動いているのか、戦闘員たちは忙しなく支部内を動き回っていた。
恐らく大半の戦闘員たちはガーディアンの迎撃に駆りだされたのか、支部内に居る戦闘員の数はクィンビーの知るそれより明らかに少ない。
「…きぃ?」
「キィィィッ!!」
他の戦闘員たちに紛れ込んだ大和たちが目指す先は、関東支部内で扱われている情報にアクセス出来る端末が存在する部屋である。
どうやら大和たちは支内に保存された電子データの中から、白仮面やセブンの情報を探そうとしているらしい。
周りの戦闘員に合わせるためにまともに喋る事が出来ないクィンビーは、微妙に下手くそな奇声を交えながら身振りで大和の先導を行う。
一方、元戦闘員という事もあって完璧な奇声でクィンビーに返答した大和は、クィンビーの後を着いて関東支部の施設内を進んでいく。
大和とクィンビーは混乱する関東支部内で、誰に咎められる事無く目的地へと向かった。
ガーディアンの襲撃を前にしてリベリオン関東支部が選んだ選択は、前回のリベリオン日本支部の焼き増しと言える物だった。
一部の精鋭たちがガーディアンの足止めをして、その間に支部に所属する怪人たちは退避する。
出来るだけリベリオンの損害を減らすという点から見れば、ベターな選択と言えなくもない。
冷静に現在のリベリオンとガーディアンの戦力比を分析したならば、今のリベリオン関東支部の戦力では決してガーディアンに勝つことは出来無かった。
此処最近、欠番戦闘員こと大和の活躍でリベリオンの素体捕獲任務は失敗続きであり、新たな怪人や戦闘員を製造出来なくなったリベリオンは戦力的に弱っていた。
今の弱体化した悪の組織に出来ることは出来るだけ長い時間敵の足を止めて、その間に味方を逃がすことくらいであろう。
一秒でも長くガーディアンを足止めする遅滞戦闘、リベリオンに取っては絶望的な戦いが幕を開けた。
「はははは、ガーディアンども! リザド様が返り討ちにしてくれる!!」
「アォォォォォンッ!!」
日本支部の撤退戦で大活躍したリザドは今回も足止め役を買ったらしく、何時も通り自信過剰な態度を見せながらガーディアンたちに挑みかかっていた。
リベリオン側にはハウンドなどの精鋭と言える怪人たちが揃っており、数は少ないが一騎当千と言える面子をこの場に配置したらしい。
怪人たちの側には当然のように多数の戦闘員たちが控えており、怪人の命令に忠実に従うように製造された戦闘員たちも淡々と正義の味方相手に戦っていた。
圧倒的に不利な状況にも関わらず、怪人たちの表情は皆自信満々であった。
人間を遥かに超えた存在であると自認する怪人たち、どうやらその中で特に我が強い連中ばかりが遅滞戦闘役として集められたらしい。
確かに数の差に怯えるような者にガーディアンたちの足止めなど出来る訳も無く、この場に集まったメンバーに弱音を吐くような惰弱な怪人は全く存在しなかった。
怪人たちはリベリオンとして、そして怪人としての誇りを胸に抱きながらガーディアンに果敢に襲いかかる。
「リベリオン、今日はお前たちの最後だ!!」
「マジカルパワー、フルパワーーー!!」
一方のガーディアンたちも負けていない、正義の味方たちはこの戦いでリベリオンの勢力を一気に叩くために戦力を十分に整えてきたようだ。
中世を思わせる堅牢な重鎧型バトルスーツ、重要部位のみを装甲で覆い動きやすさを優先した軽鎧型バトルスーツ。
特撮物のヒーローの如き全身スーツ型のバトルスーツ、ある意味で開発者の趣味を疑う戦場に似つかわしく無い魔法少女型バトルスーツ。
正式コアを使用する個性豊かなガーディアンの戦士たちと、それを支える無個性とも言える簡易コアを使用する戦士たちが勢揃いである。
東日本ガーディアン基地だけで無く他の基地から派遣された戦士も居るようで、その数は完全にリベリオンを圧倒していた。
ガーディアンの剣がリベリオンを切り裂けば、リベリオンの牙がガーディアンを噛み砕く。
リベリオンの爪がガーディアンを引き裂けば、ガーディアンの銃弾がリベリオンを穿つ。
正義と悪、互いに譲れぬ物を内に秘めたガーディアンの戦士とリベリオンの怪人・戦闘員たちの死闘が行われていた。
正義と悪との決戦、それは唐突に幕を下ろした。
どちらか一方が完全勝利した訳でも無く、両組織が共倒れした訳でも無い。
ガーディアンとリベリオンが死闘を繰り広げている戦場のど真ん中に突如、正義でも悪でもない第三勢力が姿を見せたのだ。
それを第三勢力と言うのは大げさかもしれない、何故ならそれはたった一体の怪人だったのだ。
凹凸の無い奇妙な白い仮面を身に付けた怪人は、まるで気軽に散歩でもするかのように戦場を進んでいた。
白仮面は仮面以外は腰に付けたベルトらしき物以外は全く何の衣服を纏っておらず、明らかに人間とは異なる作り物めいた白い体を晒している。
その異様な存在に気が付いたガーディアンとリベリオンの面々は、思わず戦いの手を止めて白仮面に注視してしまう。
「てめーは…、白仮面!?」
「白仮面、此処に居たのか! 答えろ、三代 八重は何処に居る!!」
白仮面の存在はバトルスーツの開発者である三代の親類を攫った容疑者として、ガーディアン内で既に周知されていた。
戦場に居たガーディアンたちはすぐに白仮面の存在に気付き、皆敵意を込めた視線を送りながら警戒の姿勢を取る。
「なんだ、貴様は? 見慣れぬ怪人だな…」
「ふんっ、お前か…。 臆病風に吹かれて逃げ出したかと思ったぞ、まあいい…。
とりあえず手伝え、敵はガーディアン…」
一方、リベリオン側の反応はマチマチであった。
リザドなど白仮面の存在を知らない大半の怪人たちは、白い仮面を被った見慣れぬ怪人の登場を訝しむ。
そして先のショッピングモールでの作戦行動に参加した鮫型怪人シャークなどは、数少ない白仮面に見覚えが有る怪人だった。
シャークは憎まれ口を叩きながらも、味方と思われる白仮面の登場を喜んでいる様子であった。
「ガーディアンとリベリオンの精鋭たちが相手か…、試運転には丁度いいだろう…」
「はっ、何を言って…」
「変身…」
しかし残念ながら白仮面はリベリオンの味方では無かった、勿論ガーディアンの味方でも無い。
白仮面はまるで獲物を見定めるかのように戦場に居るリベリオンの怪人たちや、ガーディアンの戦士たちを眺め回す。
そして白仮面は己が手に入れた新しい力、最強と呼ばれる存在へと進化するための言葉を紡ぐ。
音声認識よって腰に付けたベルト型のインストーラが起動し、一瞬の内に白仮面の首から下は光に包まれた。
次の瞬間、白仮面の体は白系統のスーツ型バトルスーツが装着されていた。
それはかつて白仮面が使用していたスーツと形状が若干異なっており、感覚的にはよりシャープに先鋭されたデザインになったと言えるだろう。
白仮面は新たなバトルスーツの感触を確かめるように、右腕の五指を軽く動かしていた。
「…行くぞ」
そして、蹂躙が始まった。




