2. 問い
三代のラボに置ける対白仮面の会議は難航していた。
やはり怪人とバトルスーツの力を持つ白仮面は隔絶しており、同条件である大和以外が正面から戦うのは難しいだろう。
上手い具合に白仮面を嵌めてガーディアンとぶつけて、ガーディアンの精鋭たちに白仮面を片付けて貰う手も考えた。
確かに多数の戦士を保持しているガーディアンならば、数の利を生かして白仮面を打倒できるかもしれない。
しかしその代償としてガーディアンは多大なダメージを受ける可能性が高く、下手をすれば対リベリオンと言う本来の役目を果たせなくなってしまうかもしれない。
考えれば考えるほど白仮面の存在は厄介な物であり、大和たちは白仮面の存在に改めて疑問を覚え始めていた。
「本当に白仮面の正体に検討が付かないの? 実は何か心当たりが有るんじゃ無い…」
「無い、情報が不足していることもあるが、白仮面から怪人らしき特徴は見当たらない。
まるで既存の生物を使用せず、一からバトルスーツに適した性能を持つ怪人を作り出したかのよう…」
白仮面の正体を尋ねる再度の質問に対して、再度セブンは心当たりが無いと返答する。
基本的に白仮面はバトルスーツを着用した状態で戦闘を行うため、怪人としての性質は出ることは少ない。
しかしそれを差し引いても、やはり白仮面の怪人としての性質が見い出せないのだ。
白仮面の性能は人間と他の生物を合成したのでは無く、まるで一からそのような性能を持つ怪人を作り出したかのようであった。
「それなら一から作ったのでは? ほら、SFでクローンとか有るじゃ無いですか。
リベリオンの技術なら何もない所からから怪人を生み出すことも…」
「それも無理、人間を素体にせずに怪人を作ることは不可能」
「何でよ?」
「かつてリベリオンでそのような実験が実際に行われた、しかし結果は全て失敗。
理論的に完璧に作られた筈の体はピクリとも動かなかった、まるで魂が抜けているかのように…」
人間を素体にして怪人を製造する事には幾つかのデメリットが存在する。
まずは素体調達の難しさ、ガーディアンと言う敵対組織が居る状態で人間を攫うのはそれなりに苦労が必要だ。
そして素体の質のばらつき、苦労して捕まえた素体が怪人の製造に適さないレベルである事はリベリオンではよくある話である。
確かに人間と言う不安定な素体をベースにせず、一から怪人を作り出すことが出来ればリベリオンの悩みは一気に解決出来るだろう。
そのためリベリオンでは過去にプロジェクトチームを結成し、一から怪人を作り出す研究を初めた事があった。
結果は大失敗、プロジェクトチームは一体足りとも一から怪人を作り出すことが出来無かった。
その研究で怪人としての肉体は作り出すことは出来た、リベリオンでは既に人工筋肉などを一から作り出すノウハウは有り、それを応用して怪人の体を作ること事態は苦労しなかったのだ。
しかし創りだされた怪人はまるで人形のように、全く反応を示さなかったのである。
理論的に創りだされた怪人の肉体は完璧な物であり、脳に当たる部分も正常に動いているとデータでも示されていた。
生物的にその怪人は生きており、呼吸もするし心臓も規則正しく動いているのだが、決して自意識を持つことが無かったのだ。
魂の抜けた人形、当時の研究者はこの創りだされた怪人をそう呼んだ。
科学の徒で有る研究者が魂など言う言葉を使うのはナンセンスで有るが、その創りだされた怪人はまさに魂が抜け落ちた肉人形その物だった。
以降、プロジェクトチームは解散され、リベリオンは以降も魂の有る人間を素体とした旧来の怪人製造を続けていった。
セブンの目的、それは自らの手で最強の怪人を作り出すことである。
その情熱は凄まじく、バトルスーツの研究を止めようとするリベリオンを脱走する程にセブンは研究に入れ込んでいた。
セブンの目指す最強の怪人、それはバトルスーツを使うに適した怪人が専用のバトルスーツを着用する事により生まれる。
つまり白仮面はセブンの思い描く最強の怪人に極めて近い存在で有り、セブンは白仮面に対して非常に興味を持っていた。
「あの白仮面はバトルスーツを使用を前提とした怪人としては理想的。
出来れば実際に捕獲して、あの体の秘密を直に調べてみたい…」
「いいわねー、私もあれの中身には興味が有るわよ。 白仮面の捕獲、悪く無いわね…」
「無茶を言うなよ…」
白仮面の体の真実を知るためには、実際に白仮面の体を調べればいい。
自らの研究にのめり込むセブンは、白仮面の捕獲という無茶を要求し始めてしまった。
バトルスーツの研究者としても白仮面の存在は無視出来ないらしく、本来ならストッパーになる筈の年長者である三代までセブンに同調を始めてしまう。
あの白仮面を相手にするだけでも一苦労なのに、生け捕りなどと言う条件を出されてしまったらハードルがまた上がってしまう。
そもそも周知の通り怪人には例外無く機密保持機能が仕込まれており、苦労して捕まえたとしても白仮面の体は一瞬で消えてしまう事間違いない。
大和は二人のマッドサイエンティストの要求に、顔を青くしながら拒絶の意を示した。
結局三代ラボでの作戦会議では何の名案も出ること無く、夕方になった頃合いに自然解散となった。
大和は足の不自由な黒羽を家まで送るため彼女に付き合い、セブンとクィンビーはセブンの家へと帰途に着いた。
自身のアパートに戻ってきたセブンは、自室で寛ぐこと無く早々にパソコンの前に向き合っていた。
三代ラボから自室に帰ってきても尚、研究を続けるセブンの姿勢はある意味で凄まじい執拗と言えた。
しかしセブンは早々に研究を中断することになった、何者かが彼女のアパートを訪れてきたのだ。
「…どうした、大和?」
「すいません、ちょっと博士に聞きたい事が有りまして…。 あれ、妃の奴は居ませんね」
セブンのアパートに訪れた来客は、黒羽を彼女の自宅まで送っていった筈の大和であった。
どうやら大和は黒羽の家に着いた後、自分の家に戻る事無くセブンの部屋に直行したらしい。
セブンの部屋に上げて貰った大和は、そこで現在のセブンの同居人である蜂型怪人の姿が無いことに気付く。
確か大和が黒羽と共に駅前で別れた時、クィンビーはセブンと一緒に居た筈なのである。
それならばクィンビーはこの部屋に居るはずなのだが、見た所その姿が見当たらなかった。
「あれは出かけている、夜には戻るはず。 クィンビーに何か用があるの?」
「いえ、どちらかと言えば居ない方が好都合ですね…」
蜂をベースにしている癖に性格的には気まぐれな猫に近いクィンビーは、一つの場所にじっとしている事は苦手な性質だった。
今日も三代ラボから居候先のセブンの家に帰って早々、ふらりと何処かへ出掛けてしまったらしい。
セブンの様子を見る限りクィンビーが出かけているのは何時もの事のようで、特に心配する事は無いのだろう。
大和がセブンの元を訪れた目的を果たすためには、クィンビーは出来れば居ないほうが良かったのでこの展開は大和に取って幸運と言えた。
そして大和はセブンと向かい合い、彼女に対してある問いを投げかけた。
「…博士、博士はまだ最強の怪人を作ろうと考えているのですか?
このまま俺たちが上手く動けばリベリオンは潰れる筈です、もう怪人もバトルスーツも必要無くなる筈なのに…」
「最強の怪人をこの手で作り出すのは私の夢。 それにリベリオンは関係無い」
「…博士はどうしてそこまで、その最強の怪人に拘るんですか?」
今日の三代ラボでのセブンの反応を見る限り、彼女は未だに最強の怪人を作るという夢に拘っていた。
既にセブンはリベリオンと完全に縁を切り、今はむしろ積極的に敵対すらしていた。
セブンはリベリオンように世界征服と言う馬鹿な野望を持っている様子は無く、それ故に最強の怪人と言う戦力を作る意味は存在しないのである。
リベリオン開発部主任と言う肩書を持っていた程の人間が自分の研究に拘らない筈が無く、リベリオンを抜けた後でも研究を続けていた執念については何となく納得出来た。
しかしクィンビーが明かした真実、リベリオンとガーディアンが行う茶番を知ったにも関わらず、セブンが最強の怪人とやらに拘り続ける理由が大和には理解出来無かったのだ。
この問いは大和が以前から抱いていた物であったが、大和がそれを口に出すことは今まで無かった。
大和はこの問いの答えがセブンの秘めたる部分、無表情と言う仮面で感情を覆い隠しているこの少女の根幹に触れる事であると察していたからだ。
そして大和はとうとうセブンの真意を尋ねる決意を固め、真正面からこの問いをぶつけるために今日この場所に訪れたのだ。
「それは………。
一つだけ約束して欲しい、この話は誰にも漏らさないで欲しい」
「!? はい、約束します。 俺は絶対誰にも喋りませんから」
「では話そう。 あれは数年前…」
大和の疑問に対してセブンは珍しく言葉を詰まらせ、相変わらず表情を変えない物の何処か躊躇っているような様子を見せた。
やはりこの問いの答えはセブンに取って非常に意味が有る事らしく、それなりに付き合いの大和には彼女の内心の動揺が見て取れた。
時間して一分弱経った所でセブンは意を決したらしく、他言無用という条件を付けた上で全てを語ることを約束した。
これから語られる話はセブンがまだ今より未熟であった頃、ガサツで大雑把でお節介なあのゴリラ型怪人との過ごした日々の記憶。
恐らく今のセブンを生み出したであろう彼女の原点とも言える記憶を、大和に対して打ち明けるのだった。
 




