1. 怪人とバトルスーツ
そこは出来立てという形容が相応しい真新しい建物だった。
建物の中には一般人には高価そうと言う感想しか持てないであろう実験装置が並び、耳障りな電子音を奏でながら機械たちがフル稼働していた。
三代ラボ、かつてリベリオンの襲撃で半壊し、つい最近復活したガーディアンの研究者である三代 光紅の城である。
大和はセブンに連れられて、ガーディアン東日本基地内にある三代ラボを訪れていた。
目的は大和の体の検査、先の白仮面との戦闘で使用したコア100%開放の後遺症を調べるためである。
既に何度も触れている通り、ガーディアンが使用しているバトルスーツの核となるコアの力は強大だ。
普通の人間では精々コアの力を三割程度引き出すのが限度であり、100%なんて出力を出したら人間の体など簡単に壊れてしまう。
普通の人間より頑丈な戦闘員としての体を持つ上、筋トレによって人工筋肉を強化した大和であれば計算上はコアの全力に耐えられる筈である。
しかしそれはあくまで机上の空論で有り、実際にコア後からが大和の体にどんな影響を及ぼすか解った物では無い。
高そうな機械を使って身体中を調べられた大和は、検査結果を聞くためにセブンと三代の前に座っていた。
やはり自分の体の事が気になるのか、大和は真剣な面持ちでセブンたちの口が開かれる瞬間を待ちわびた。
「…検査の結果、大和の体に特に異常は見られなかった」
「状態から言えばこの子が最初に80%の開放をした後と同じね。 身体中に負荷を掛けたことによる筋繊維の断裂、つまり重度の筋肉痛よ。
コアのリミッターをフル解除してこの程度で済むなんて、やっぱり戦闘員の体は違うわねー」
検査の結果は異常なし、どうやら大和の体はかつての黒羽のように障害を負うほどのダメージを受けなかったらしい。
良好な結果に安心したのか、大和は先ほどまで強張らせていた表情を和らげて安堵の溜息を漏らす。
「ふーん、その程度で済むならこれからもその力はガンガン使えるわね。 よしっ、次にあの白仮面が現れたら、今度こそ息の根を止めるのよ!!」
「駄目だ、リミッターのフル解除はそう容易くして使ってはいけない」
何故か大和と共に三代ラボに来ている元リベリオン怪人クィンビーは、大和の後ろで一緒に検査結果を聞いていた。
此処はリベリオンの不倶戴天の敵であるガーディアンの基地で有り、幾らリベリオンを抜けたとは言え怪人であるクィンビーが居るには危険な場所である。
そんな危険地帯に居ながら全く動じた様子の無いクィンビーは、その良好な検査結果から大和に対して次回以降のリミッターフル解除を推奨した。
このまま大和がリベリオンの作戦行動に介入し続けていたら、再び白仮面と言う強大な敵と相見える可能性が高い。
その時にコア100%の力は強大な武器になるため、クィンビーとしては安直に白仮面が出たらまたその力に頼ればいいと考えたらしい。
しかしクィンビーの楽観的な考えに対して、コアのリミッターフル解除の危険性を身をもって知っている黒羽が異議を唱えた。
彼女もまた用も無いのに大和の検査に付いてきた一人であるが、元ガーディアンである彼女が三代ラボに居ることは元リベリオン怪人がこの場に居るよりは自然な事だろう。
黒羽はかつてコアのリミッターフル解除を行い、その代償として体に大きなダメージを受けてしまった。
その経験故に大和が自分と同じようにコアのリミッター古解除を行ったことが気になり、大和の体を心配してこの場に来たと思われる。
「その通り、確かに今回は無事に済んだが、それが次も無事で終わると言うことにはならない。
今回も後一分長く100%開放の時間が続いていれば、大和の体のダメージはこんな物では済まなかった」
「うげぇ…、やっぱりコアのリミッターフル解除は危険なんですね…」
黒羽の言葉に同意するように、セブンは安易なコアのリミッターフル解除の使用を控えるように告げる。
今回は大和の戦闘員としての体を筋トレによって強化した事により、どうにかコアから引き出される100%の力に耐えることが出来た。
しかしどんなに鍛えてようとも大和は所詮量産品の戦闘員であり、大和の体ではコアの全ての力を完璧に受け止める事は出来ない。
言うなれば今回の結果は、単に大和の体が壊れる前にリミッターを戻した事で無事に済んだだけなのである。
白仮面の戦闘でコアのリミッターをフル解除した時、自分の体が壊れていく感覚を覚えた大和は一分にも満たない時間で再びコアにリミッターを掛けた。
どうやらその判断は正しかったらしく、大和は改めてコアの強大な力に恐怖を覚えた。
コアのリミッターフル解除に頼り過ぎるのも危険であるが、かと言ってその危険な力に頼る事無くあの白仮面を倒せたとは思えない。
そしてクィンビーが言うように大和が再び、白仮面と戦う可能性は十分に考えられる。
白仮面、リベリオンの象徴とも言える怪人としての肉体を持ち、ガーディアンの象徴とも言えるコアの力を引き出すバトルスーツを使用する謎の存在。
大和たちに取って対白仮面の対策は必須事項で有り、丁度大和の関係者が集まった三代ラボにおいて急遽対策会議が開かれる事になった。
三代ラボ内にある大型のディスプレイ、部屋の主が九割方趣味で購入した電化製品の前に大和たちが集まる。
此処でディスプレイに娯楽映画でも写っていれば楽しいひと時が過ごせそうであるが、残念ながら画面に表示されている物はそんな浮かれた物では無い。
「"おぉぉぉぉぉぉっ!!"」
大和たちが見つめるディスプレイの中では、黒い戦闘員マスクを被る者と白い奇妙な仮面を被る者が激しく殴りあっていた。
その拳から放たれる一撃一撃は、画面越しにも関わらず見る者に圧力を感じさせる凄まじい物である。
互いにコアから八割程度の出力を引き出した者通しの人外の戦い、それは歴戦の戦士である元ガーディアンの戦士や元リベリオン怪人も冷や汗を覚える程だ。
今三代ラボのディスプレイに映しだされている映像は、密かにステルス状態で大和に合流していたファントムの車載カメラが捉えた記録映像である。
先のショッピングモールでの戦闘時、クィンビーを乗せて戦場に現れた黒いマシンはすぐに主の元へと馳せ参じた。
そして無線を通して主の指示に従い、ステルス状態のまま白仮面の隙を作り出す機会を伺っていたのである。
ファントムによって途中からであるが大和と白仮面の戦いの様子は記録されており、対白仮面用の資料として大和たちに公開されていた。
「凄まじい、これがコアの真の力…」
「俺、よくあれに勝てたな…」
「あんたも十分大概よ、あんたじゃ無くてコアの力が凄いんだけどね…」
元ガーディアンの戦士である黒羽に取って、バトルスーツの源であるコアの力は慣れ親しんだ物で有る筈だった。
しかし画面に映しだされている映像、コア80%の力を存分に振るう白仮面、そしてそれを上回るコア100%の力を見せた大和の姿は黒羽の全く知らない光景であった。
映像を見るだけでも理解出来る、あれは脆弱な人間が足を踏み入れてはいけない力だ。
かつて黒羽も一瞬だけあの領域に足を踏み入れたが、その代償が障害程度で済んだ事が奇跡とすら思えてくる程、画面上の大和たちの光景は凄まじい物であった。
元リベリオンの怪人であるクィンビーも黒羽と同じような感想を抱いたのか、何時ものように軽口を叩きながらもその表情は引き攣っている様子だ。
「…あれ、よく考えたら私が大和や白仮面みたいにバトルスーツを着れば、あれと同等に慣れるんじゃ無い?
私も怪人なんだから、コアの力には耐えられる筈だし…」
「おおっ、そうだよ! 此処に戦闘員なんかより何倍も強い怪人が居るんだ、お前がバトルスーツを着れば白仮面と互角に…」
「大和!? それは…」
怪人である白仮面、戦闘員である大和、程度の差がある物の両者の共通点は人間を超えた耐久力を持った体を持っている事になる。
その耐久力によって大和や白仮面はコアの出力に耐え、画面上で繰り広げられているような人外の戦いを行う事が出来た。
そしてこの場にもう一人、人間を遥かに超えた耐久力を持つ一人の怪人が居た。
蜂型怪人クィンビー、ワンオフであるかの怪人の性能は少なくとも量産品である戦闘員を遥かに上回る。
心情的にクィンビーがバトルスーツを使うことに抵抗がある黒羽が嫌そうな顔をしている事にも気付かず、クィンビーは明暗を思いついたとばかりに目を輝かせた。
「それは無理。 あなたがバトルスーツを装着しても、大和や白仮面のような性能を引き出せない」
「はっ、どういう事よ!?」
「怪人は素体となる人間に対して、本来なら組み合わさる事の無い全く異なる生物の特徴を合成して誕生する存在。
それ故に怪人は合成された生物の特徴を持ち、それが怪人としての特徴となる」
「そしてその怪人としての特徴は、バトルスーツを使いこなす上で邪魔になってしまうのよ。
その特徴を活かした専用のスーツでも作れば話は別だけど、そんな物を一から開発している暇は無いしね…」
残念ながらクィンビーの名案は、怪人とバトルスーツの研究者によってあっさり否定されてしまう。
クィンビーは人間に蜂の特徴を合成して生み出された怪人で有り、その性能は蜂を連想させる特徴的な物である。
仮にクィンビーがバトルスーツを着た場合、確かに怪人の耐久力によってクィンビーはコアの力を人間以上に引き出すことが出来るだろう。
しかし既存のバトルスーツではクィンビーの特色とも言える蜂の能力を併用する事が出来ず、逆にクィンビーの方も蜂の特色が邪魔をして十全にバトルスーツの性能を引き出すことが出来ないのだ
確かにバトルスーツを着ればクィンビーは今より戦闘能力が上がることは間違い無いが、その上がり幅は大和や白仮面程の物では無かった。
通常の怪人がそのままバトルスーツを使用することは難しく、それ故にセブンはバトルスーツ専用の怪人を自らの手で生み出そうと考えているのだ。
「それならあの白仮面野郎はどうなのよ! どんな生物を合成して怪人を作れば、あれ見たいにバトルスーツを使いこなせるの?」
「解らない、現在の情報では白仮面のベースとなった生物を推測する事が出来ない。
常にバトルスーツを着用している事もあり、白仮面自身の怪人としての特徴がまるで掴めていない」
「強いて近い物を挙げるなら、戦闘員が一番近いんじゃ無いかしら?」
何の尖った点を持たない戦闘員をそのまま強化したような存在、バトルスーツの装着車としては打って付けの存在ね…」
大和と同じようにバトルスーツの性能を引き出す白仮面、その怪人としての特徴を挙げるならば特徴が無い事であろう。
リベリオンが保有する生物の合成技術、それによって人間に他の生物の特徴を組み込む事で怪人が生み出される。
それ故に怪人は少なからず合成された生物の特徴が現れる物なのだが、白仮面からはその特徴が全く見られなかった。
生物の合成という高度な施術を行わず、強靭な人工筋肉を埋め込む事で簡易的に怪人に近い性能を作り出す戦闘員。
何の生物的特徴を見られない白仮面はまさに戦闘員をスケールアップした存在で有り、その特徴の無さはバトルスーツを扱うに適した性能であった。
元リベリオンの開発部主任であるセブンにすら読み取ることが出来ない白仮面、その正体は未だに大きな謎に包まれていた。




