29. 種明かし
ショッピングモールの一件についての話を一通り終えた大和たちであったが、彼らは未だにセブンの部屋から解散していなかった。
今は亡きシザースとの会話によって確信を得た事実、かつて妃 春菜が辿り着いた真実。
裏付けも取れた事もあり、クィンビーは今まで胸に秘めていた答えをこの場で大和たちに披露する事を決断したのだ。
それは口に出して見たら至極簡単な内容であるが、この世界の常識に囚われた人間には決して辿り付けない答えでもあった。
「…つまりリベリオンとガーディアンの戦いは、言うなれば盛大なマッチポンプだったのよ。
リベリオンは本当に世界を征服するつもり何て毛頭無く、ガーディアンもリベリオンを本気で潰すつもりは無かった」
「なっ!? そんな馬鹿な…」
「…そうか」
「へっ…、マッチポンプ? どういう意味?」
クィンビーの話を聞いた大和たちは三者三様の反応を見せた。
ガーディアンの戦士としての誇りを持っていた黒羽は、その誇りを溝に捨てるようなクィンビーの結論を受け入れられる筈も無かった。
一方、既にガーディアンとリベリオンの関係に違和感を覚えていたセブンに取って、クィンビーの出した答えは納得出来る物だったのだろう。
相変わらず表情一つ変えずにセブンは、何やら納得した風の言葉を漏らしていた。
そして大和はマッチポンプと言う言葉を知らなかったらしく、困惑した表情を浮かべながら一人だけ場違いな台詞を口に出してしまう。
そのあんまりな反応にクィンビーたちは思わず、可哀想な物を見るかのような目で大和を見てしまう。
「大和、あんたって子は…」
「マッチポンプ、一言で説明すれば自作自演を意味した言葉」
「簡単に言うとリベリオンとガーディアンは、互いに共謀して対立構造を演出していた訳」
「嘘だっ! 私達ガーディアンは純粋に正義の為に…」
「リベリオンの怪人たちだって、まじめに世界征服のために戦っていたわよ。
裏で糸を引いていたのは上の人間、下っ端の兵隊はそれに踊らされていたのよ」
曲がりなりにも戦いの現場に居たクィンビーや黒羽は、少なくとも前線に居る者達は皆真剣で有ったことを肌で感じていた。
しかし組織の上に立つ人間までもが、現場と同じ物を共有している訳では無かったのだ。
かつて妃 春菜は怪人調査研究部の活動の一環として、ガーディアンとリベリオンの戦いの記録を綿密に調べた。
そして常人離れした頭脳を持つ彼女は気付いてしまったのだ、どちらの組織も本気で戦っていない事を。
ガーディアンとリベリオンの戦いは端から見たら、まさに一進一退の攻防だったと言っていい。
まるで意図して戦力のバランスを調整するかのように、両組織の攻守が絶えず変化していたのだ。
妃 春菜は過去のデータを分析していき、この対立構造が意図的に生み出されていることを証明する資料をまとめてしまう。
そして妃 春菜は何処から嗅ぎつけてきたリベリオンに囚われてしまい、蜂型怪人クィンビーとして改造されてしまったのである。
恐らく妃 春菜が後輩である姫岸に預けたデータと言うのは、この真実を記録した物だったのだろう。
ガーディアンとリベリオン、正義と悪との対立は最早世間の日常と言って良かった。
人々はリベリオンが世界征服のために破壊活動を行い、ガーディアンがそれを阻止するために戦っている事を信じて疑うことは無い。
妃 春菜のような常識の外に居る捻くれ者で無ければ、決して両組織の真意に辿り着くことは出来ないだろう。
そして真実に触れた者は人知れず消えていき、今日までガーディアンとリベリオンは存続し続けていた。
「連中は何が何でもリベリオンとガーディアンとの戦いの構図を続けたかったみたい。
だから私にみたいにこの茶番に気付いた人間の口を封じていった…」
「どうしてそんな不毛な事を…」
「考えられる事は一つ、技術力の向上」
「まあそれが一番妥当な答えよね…」
リベリオンの異なる生物同士を合成するための技術、ガーディアンのコアを製造するための技術。
宇宙から送り込まれたそれらの技術を使って誕生したのが、それぞれの組織の看板とも言える怪人やバトルスーツである。
ガーディアンとリベリオン、正義の悪の組織の対立関係が始まったのは今から凡そ10年前である。
その当時の怪人やバトルスーツの性能は、今とは比べ物にならないほど低い代物であった。
しかし初めは拙かった技術も、年数を重ねるごとに恐るべきスピードで洗練されていった。
その理由は明白であった、ガーディアンとリベリオンの戦いのためである。
ガーディアンがより強力なバトルスーツを開発したら、リベリオンは負けじと強力な怪人を作り出す。
そしてガーディアンはリベリオンに負けないために、またバトルスーツの改良に取り掛かる。
まるでイタチごっこのように両組織の技術は高まっていき、怪人やバトルスーツの性能は10年前では考えられないほど向上した。
恐らくこの技術力の向上は、ガーディアンとリベリオンの対立関係が無ければ有り得なかっただろう。
戦争と言う異常な環境は平時では考えられない速度で、新たな技術を次々と生み出すものである。
ガーディアンとリベリオンの両組織は、意図的に正義と悪の対立を維持する事で擬似的な戦争状態を生み出していたのだ。
「何故、そんな事を…」
「さあね…。 あの蟹野郎に聞けば分かると思ったんだけど、ムカつくことに何も知らなかったようだし…」
「リベリオンで怪人がバトルスーツを使う事、ガーディアンでバトルスーツの装着車が自信の肉体を改造する事。
それらが禁じられていた理由も説明が付く。
あくまでガーディアンはバトルスーツの性能のみを、リベリオンは怪人の性能のみを追求しなければ都合が悪かったのだ。
この対立構造を行っている者達には…」
欠番戦闘員や白仮面の性能が証明するように、怪人とバトルスーツの組み合わせは非常に強力な戦力を生み出す。
下手をすれば両組織のパワーバランスを崩し、一気に戦いを終わらせる事も可能だろう。
それは今の正義の悪との関係を演出する者達にとっては不都合な事であり、それ故に両組織は対立する組織の技術を使うことを禁じていた。
あくまで両組織は自らの技術を磨き上げていき、両組織の戦力を均等に維持しなければならなかったのだ。
しかしそこまでして怪人の肝となる生物の合成技術や、コアの力を引き出すバトルスーツの技術を向上させる必要性が見い出せなかった。
戦力という点から見れば、怪人やバトルスーツの性能は既にこの星のその他の兵器を凌駕した物である。
10年前の拙い技術で生み出された怪人でさえ、この星の文明は太刀打ち出来ずにリベリオンは世界征服寸前にまで漕ぎ着けたのだ。
怪人で有れバトルスーツで有れ、宇宙から送り込まれた技術を利用したそれは最初からこの星のそれを上回っていた。
現在の正義と悪の対立構造を作り出している者たちは一体どのような意図があって、この盛大な茶番を続けているのだろうか。
そこはこの星の何処かに確実に存在し、片手で数えられる程度の者しか知らない場所であった。
リベリオン首領、怪人の生みの親であり最初の怪人でもある者はそこに居た。
黒いマントで首から下を覆い、人間のそれとは明らかに異なる昆虫の複眼を持つ怪人はスクリーンに映る人物と会話をしていた。
首領に相応しい高級な椅子に腰を下ろし、肘掛けに立てた腕に頬を預けたその姿はまさに一組織の頂点に立つものに相応しい威厳を持っていた。
「シザース、存外使えない怪人であったな…」
「これでリベリオンの衰退は決定的になりましたね、予定より早いが次の段階に進まざるを得ませんか…」
リベリオン首領とスクリーン越しに対等に会話している人物は、驚くべき事に生身の人間であった。
真っ白い髪や皺と言う見た目から一定の年齢を感じさせるその人物は、異形の姿を持つ首領に物怖じる事なく言葉を交わす。
もしこの場にリベリオンやガーディアンの関係者が居たのならば、それらは自身の目を疑うことだろう。
何故ならリベリオン首領と話すその年配の男は、リベリオンの不倶戴天の敵であるガーディアンの総司令であるからだ。
ガーディアンの頂点に立つ男、色部はかつてリベリオン首領と共に宇宙から送り込まれた記憶媒体の解析に携わった研究者であった。
一昔前までリベリオン首領とガーディアン総司令は同僚で有り、少なくとも顔見知り以上の関係だったのだろう。
しかし昔は兎も角、今の彼らは正義と悪という陣営に分かれて10年以上争っている間柄なのだ。
本来なら敵対する両組織のトップが、平然と話をする事など有り得ない筈だった。
「欠番戦闘員、か…。 イレギュラーは早めに排除しておくべきだったかな…」
「高が戦闘員と侮ったのが失敗でしたね。 それだけバトルスーツを装着した怪人の力は強大なのでしょう」
「不完全な状態であったとは言え、まさかあの試作品を退けるとはな…。
戦闘員があそこまでの脅威になるとは考えもしなかった」
両組織のトップが言う試作品とやらは、恐らくあの白仮面の事を差しているのだろう。
本来の予定では、欠番戦闘員は白仮面の手によって倒されている筈だった。
しかし欠番戦闘員は逆に白仮面を倒してしまい、リベリオン首領とガーディアン総司令の計画を狂わせる原因となった。
「しかしあれではまだ足りません、我々にはもっと大きな力が必要なのです」
「お前にはそろそろ本気を出して貰う、お前はこの星の力をより高めるための起爆剤となるのだ。
そのためには一つ必要な物がある、まずそれを回収して貰おう。
以前のお前の独断と違って今回は正式な命令だ。 失敗は許さんぞ…」
「…了解」
リベリオン首領たちの声に答え、暗闇の奥から白仮面の姿が浮かび上がった。
リベリオン首領とガーディアン総司令の前に出てきた白仮面は、忠誠を示すかのように片膝を地面に付けて跪く。
白仮面は相変わらず仮面で顔を覆っており、その下に隠された表情を読み取ることは出来ない。
しかし地面の上に置かれた白仮面の右手の五指は、仮面に隠された感情を表わすかのように動かされていた。




