25. 駒
シザースはクィンビーの口を止めたり遮ったりすること無く、無言で蜂型怪人が辿り着いた答えに耳を傾けていた。
クィンビーが今話している内容は、リベリオンに取っては決して知られてはならない真実である筈なのだ。
この真実に辿り着いたためにクィンビーは妃 春菜であった頃、リベリオンに狙われてしまった。
しかし触れてはならない筈の真実を語る自分に対して、何の反応を見せないシザースの様子をクィンビーは内心で訝しむ。
やがてクィンビーの話は終わり、クィンビーが口を閉じた事で両怪人が居るバックヤードの駐車場に沈黙が支配する。
「…ふふ、ふははははははっ! 見事ですよ、クィンビーさん。 あなたは再び真実に辿り着いた!!」
「っ!? ふんっ、どうやら答え合わせの結果が出たようね…」
「ええ、むしろ今のあなたの方が、かつてのあなたより確信に近づいているくらいですよ…」
一学生であった妃 春菜とリベリオンに所属する怪人であるクィンビー、立場が違えば手に入れることが出来る情報の量や質は変わってくる。
クィンビーの辿り着いた真実は、かつて妃 春菜のそれより深い部分にまで踏み込んだ物となっていた。
シザースはクィンビーを褒め称えるかのように、笑みを浮かべながら仰々しく頷いた。
「あなたの才を惜しみ、怪人の素体としてしまったのが最大の失敗でしたね。
お陰でリベリオンに取って厄介な敵を作ってしまった…」
厳選した才有る人間を素体として制作される怪人は、言うなれば高価なワンオフ品である。
怪人となるに相応しい人間の存在は貴重であり、大抵の人間は量産品である戦闘員の素体にしか使うことは出来ない。
リベリオンは自力で真実に辿り着いた妃 春菜の才を惜しみ、少女を素体として怪人を生み出す選択をしたのだ。
怪人はその製造過程で人間であった頃の記憶を全て奪われ、リベリオンに取って忠実な駒として生まれ変わる。
クィンビーのように過去の記憶を取り戻した例などほぼ皆無と言ってよく、リベリオンの安全対策は完璧な筈だったのだ。
しかし実際にはクィンビーは記憶を取り戻してしまい、リベリオンに対して反旗を翻してしまった。
今回の蜂型怪人の裏切りは、リベリオンに取って想定外の出来事と言っていい。
どうやら妃 春菜を素体とした自分の選択は間違っていたらしいと、シザースは自嘲気味に笑みを漏らした。
「答えなさい! 何故、あんたたちはこんな茶番をやっているの!!」
「残念ですが私にその問を応える術は有りません。 私はあなたが求めている答えを知らないのですよ」
「嘘を言いなさい! 幹部であるあんたが知らないわけ…」
「本当ですよ。 首領は必要以上の情報は私に知らせませんでしたし、私もそんな物に興味は無かった。
私はリベリオン首領の手によって生み出された駒です、駒はただ指し手の指示に忠実に従えばいいのですよ」
シザースの言葉は嘘では無かった、この蟹型怪人は本当にクィンビーの問いの答えを知らないのである。
リベリオン首領の忠実な駒で有ろうとするシザースは、あえて深くを知ろうとはしなかった。
仮にリベリオン首領がどんな思惑を持っていようと、シザースはただ首領の命令に従うだけだ。
クィンビーの見る限りシザースの態度は憎らしいくらい普段通りであり、その場限りの嘘で誤魔化している様子は無い。
あれだけリベリオン首領に心酔している怪人が、その名を出した上で無様な虚言を吐くとは思えない。
リベリオンの中枢近くに居るシザースならば、リベリオンの真の目的を知っていると考えたクィンビーの当ては外れたらしい。
自身の望んでいた答えが得られなかったクィンビーは、殺意の篭った視線を目の前の蟹型怪人にぶつけた。
怪人すら侵す大蜂の毒を受けたシザース、手持ちの大蜂を殆ど使い潰した物のまだ五体満足なクィンビー。
蟹と蜂、因縁の怪人同士の対決はどうやら、クィンビーの方に軍配が上がったようである。
しかし敗者であるシザースは些かの怯えた態度を見せず、その様子にはむしろ余裕さえ感じられた。
シザースの不可思議な態度を内心で訝しむクィンビーであったが、その答えはすぐに判明した。
「やれやれ、クィンビーさん。 あなたは危険です、リベリオンのために出来るだけ早く排除しなければならない…」
「へー、その様ででかいことを…」
「ですがそれは今ではない。 私には先にやる事が有りましてね…」
「何を…、エンジン音!? まさか…」
クィンビーはシザースの背後から聞こえてくる音に気付き、視線をシザースの後方へと向けた。
するとそこにはリベリオンの偽装輸送車がバックヤードを抜けて、外に出ようとしているでは無いか。
あの輸送車はクィンビーの手によって行動不能となっていた筈のだが、そんな過去など無かったかのように走り去ろうとしている。
「今回の私の使命は、この素体捕獲任務を成功させることです。 今はあなたの相手をしている暇は無いのですよ…」
「何時の間に輸送車を!? まさかさっきまでの会話は…」
「ええ、あなたをこちらに引き付けるための時間稼ぎでした。 輸送車の修理を邪魔されたく無かったのでね…」
そもそもシザースが率いるリベリオンの部隊は、素体捕獲任務のためにこのショッピングモールへと訪れていた。
最近作戦失敗が続いているリベリオンの汚名を雪ぐため、シザースはこの作戦を必ず成功させなければならない。
シザースはあくまで作戦の遂行を第一と考えて、密かに生き残った戦闘員たちに輸送車の修理を命じていたのだ。
そしてクィンビーに輸送車の修理を邪魔されないよう、シザースはクィンビーの相手を今まで続けていた。
当初シザースがクィンビー相手に受け身な姿勢だったのも、あくまで時間稼ぎが第一に考えての事だった。
わざわざクィンビーの長話に付き合ったのも、輸送車が修復されるまでの余裕を作るためだろう。
「っ!? ふざけんじゃ無いわよ!!」
「邪魔はさせませんよ、クィンビー!!」
今までのシザースの不可思議な態度、その裏に隠されていた真意をクィンビーは漸く理解する。
まんまとシザースの陽動に引っ掛かった事が余程気に障ったのだろう、怒りと羞恥でクィンビーの表情は大きく歪んでいた。
そしてリベリオンの素体捕獲任務を阻止するため、クィンビーは慌てて輸送車を追おうと駈け出そうとする。
しかしシザースがクィンビーの妨害を許すわけが無く、輸送車とクィンビーの間に立ち塞がったのだ。
「退きなさい! 殺されたいの、シザース!!」
「やるならやりなさい! しかし私がやられても、リベリオンは決して敗北しない!!」
大蜂の毒によって弱っている今のシザースを倒すことは、クィンビーに取っては難しいことでは無いだろう。
しかし弱体化しているとは言え、この蟹型怪人が瞬殺されるほど柔な怪人で無い事は明らかである。
既に輸送車はバックヤードと外を繋ぐゲートまで辿り着いており、このままでは輸送車を逃ししまう。
僅かに残った大蜂を放とうとも考えたが、あの距離では大蜂の足では輸送車に追いつくことは難しい。
そもそもシザースが大蜂を素通しさせる訳も無いのだ、クィンビーが輸送車を止めるためにはまずはシザースを止めるしか無い。
不退転の覚悟を見せるシザースを目の前にしたクィンビーは、僅かな可能性に掛けてシザースの排除を行おうとした。
クィンビーという障害が居なくなった輸送車は、今度こそショッピングモールを出てリベリオンの基地に向かおうとしていた。
輸送車の中にはショッピングモールの客達から厳選した、素体に相応しい若い男女たちで満載されている。
結果的に上司であるシザースを置き去りにした形となったが、通常の戦闘員に上司を見捨てて気を病むような機微は存在しない。
戦闘員は最後に受けたシザースの指示に淡々と従い、輸送車をショッピングモールの外へと出そうとする。
しかしショッピングモール裏手にある業務車両用の出口付近で、輸送車の前にいきなり車両が走りこんできたでは無いか。
その車両は一般販売されている黒い四駆車であった、四駆車は輸送車の前に立ちふさがるように停止したのだ。
クィンビーによって破壊された箇所に応急処置を施して自走出来るようなった輸送車は、万全の状態とは程遠い状態である。
このまま直進したら目の前の四駆車とぶつかってしまい、その衝撃で輸送車が再び使用不能になるかもしれない。
仕方なく戦闘員は輸送車をに急ブレーキを掛けて、ギリギリの所で目の前の四駆車との接触を回避をする。
「キィィッ!」
「キィィッィィッ!!」
シザースから命じられた指令は、一刻も早く輸送車に載せられた素体をリベリオンの基地まで運びこむ事である。
戦闘員たちは自分たちの行く手を塞ぐあの邪魔な四駆車を対処するため、次々に輸送車から降りて行く。
どうやら戦闘員たちは時間を惜しみ、力づくであの四駆車を排除しようと考えたらしい。
仮にも戦闘員は怪人の端くれで有り、普通の人間は決して戦闘員に太刀打ち出来ない。
戦闘員の力があればあの邪魔な四駆車をすぐに退かすことが出来るだろう、相手がただの人間であれば…。
「戦闘員!? リベリオンが…、矢張りあの情報は正しかったのか…、土留!」
「おうっ、まずはこいつの中身を確認するぞ!!」
輸送車を足止めした四駆車に乗っていた人間、驚くべき事にそれはガーディアンの戦士である白木と土留であった。
当然のように白木と土留はバトルスーツを装着しており、戦闘員ではとても相手にならない戦力が揃っていた。
何故、ガーディアン東日本基地に待機していた筈の彼らが、このショッピングモールに居るかは解らない。
しかし少なくともリベリオンに取ってガーディアンの若き戦士たちの登場は、最悪の展開をと言って間違いないだろう。
此処に来てリベリオンの素体捕獲任務は、最大の逆風を迎えていた。
 




