24. 伏兵
バックヤードの駐車場において、蟹と蜂の因縁の戦いは続いていた。
両者の激闘を物語るかのように、シザースの足元に転がるクィンビーの大蜂たちの死骸の数も増していた。
睨み合いながら互いに相手の出方を伺う両怪人、やはり先に動いたのは気が短い女王蜂であった。
クィンビーは右腕を伸ばして銃口のように狙いを定め、右腕の先から毒針の弾丸を連続で放つ。
そして毒針の乱射と連動して、戦闘用に作られたクィンビー自慢の大蜂たちが不規則な動きで飛び回りながら襲いかかる。
正面から毒針の弾幕に加えて周囲からは大蜂たちの襲撃、並の相手ならば為す術なく倒されてしまうであろう。
しかし逃げ場を失ったかに見えたシザースであるが、その表情は怯える所かむしろ余裕すら見えていた。
「やれやれ、今日は蜂の駆除に忙しいですね…」
リベリオン首領が直々に作成した幹部怪人、シザースの実力は並の怪人を遥かに超えている。
シザースの怪人としての最大の特徴は、その並外れた防御能力にあるだろう。
蟹をベースにした怪人であるシザースには、全身を甲殻類の長所を活かした強固な装甲で身を包んでいた。
シザースの装甲は鉄を上回る強度を持ち、それは鉄板すら貫く筈の大蜂たちの毒針をも跳ね除けた。
目や関節部と言った脆い箇所をピンポイントに狙われなければ、シザースに取って毒針の弾丸や大蜂は決して怖い存在では無いのだ。
シザースは危険な部位を庇いながら、クィンビーの毒針の弾丸や大蜂たちを的確に排除していく。
右腕の大きな鋏が振るわれるたびに大蜂たちの体は砕け散り、クィンビーの毒針の弾丸は弾かれていった。
「ふふふ、その程度ですか?」
「くっ…」
必殺を狙ったクィンビーの連携攻撃は、またもやシザースに難なく交わされてしまう。
クィンビーの攻撃はまだ一度もシザースに命中しておらず、全て蟹型怪人の強固な装甲によって防がれていた。
今回は必勝を期して今まで最大数の大蜂を動員したようだが、残念ながらシザースの城塞のごとき防御を抜けることは出来無かったらしい。
余裕綽々と言った様子で挑発的に右腕の鋏を突き付けてくるシザースの姿に、クィンビーは悔しげな声を漏らした。
これまでの波状攻撃で大量の大蜂を消費してしまったクィンビーの周囲には、もう僅かな数の大蜂たちしか残っていない。
クィンビーの使役する大蜂たちは有限であり、今日は残念ながら大蜂たちを使いすぎた。
まずはリベリオン関東支部の脱出時、あの蜘蛛型怪人との戦いで多くの大蜂を消費してしまう。
そして失った大蜂たちを補充する暇も無くシザースとの連戦が始まり、クィンビーの大蜂たちは減る一方であった。
「ふんっ、守ってばかりじゃ話にならないわよ!
あんたは防御だけが得意なビビリ怪人なのかしら?」
「相変わらずその口の悪さは変わりませんね、クィンビーさん…」
クィンビーの高い戦闘能力を支えているのは、女王蜂の手足となって働くこの大蜂たちである。
その事を重々承知しているクィンビーは、万が一のための備えを行っていた。
しかしその万が一を考えて事前に残していた予備戦力も既に使ってしまった、クィンビー到着前に素体輸送車を足止めしたあの大蜂たちの事である。
リベリオンに対する反乱を考えていたクィンビーは、密かに大蜂たちの一部を予備戦力として大和の住まう街のとある一角に保管していた。
万が一の事があればこの大蜂たちを呼び出して補充すると言うのが、クィンビーの大蜂不足に対する対策であったのだ。
ファントムに乗って公道を測定速度を無視して爆走していたクィンビーより早く、大蜂たちが此処のショッピングモールに現れる筈も無い。
あの時に輸送車を止めるために現れた大蜂たちはクィンビーが直接放った物で無く、密かに街中に隠していた大蜂の予備戦力だったのである。
時が来るまで休眠をしていた大蜂たちは主の指示によって目覚め、ショッピングモールへと向かい役目を果たしたのだ。
大蜂の補給の当ては無くクィンビーの戦力は減る一方であったが、そんな弱気はおくびにも出さず強気な態度を取り続けた。
クィンビーの挑発に乗ったわけでは無いであろうが、シザースもこのまま防御に徹していても意味が無いと考えたようだ。
これまで受け身の姿勢を取りながらクィンビーの動きを伺っていたシザースが、初めて自分から動き始めた。
シザースは右腕に備えた巨大な鋏を、狙いを定めるかのようにクィンビーに向けて構えた。
「余り時間を掛けたくないのでね、これで終わりにさせて貰いますよ…」
当然のようにシザースは防御面だけで無く、攻撃面においても高い性能を持っていた。
シザースは自身が備えた特殊能力を使って、リベリオンの裏切り者を排除する事を決断したらしい。
蟹型の象徴とも言える右腕の鋏、そこから圧縮した水を放出する攻撃がシザースの特殊能力であった。
その能力は世間でウォーターカッターと呼ばれる物と同じ原理で有り、怪人すらも貫くほどの破壊力を持っている。
人間の手で言えば手首の付け根部分に当たる箇所、普段は鋏の刃の部分で隠された所にシザースの水流の噴射口があった。
シザースの鋏を構成している両の刃を大きく開げられ、露わになった噴射口から今にもクィンビーに向けて水の刃は襲いかかろうとしていた。
「…掛かったわ!!」
「何っ!? ぐわぁぁぁっ!!」
しかしシザースの右腕から、鉄すら切り裂く自慢の水の刃が放たれる事は無かった。
まさに右腕から水流が放出されようとしていた瞬間、何かがシザースの噴射口に飛び込んできたのだ。
シザースは右腕に何かの異物が入る奇妙な感覚を覚え、それはすぐさま激しい痛みに変わっていった。
慌ててシザースは右腕の鋏を顔の前に持ってきて、この痛みを引き起こしている異物の正体に付いて調べる。
シザースは噴射口の入り口を塞いでいる物の正体を知って愕然とする、それはクィンビー自慢の大蜂であった、
大蜂は今までシザースにやられた仲間たちの恨みを晴らすかのように、シザースの噴射口に深々と毒針を突き刺していたのだ。
シザースの噴射口を潰した大蜂、それはシザースの足元に紛れ込んでいた伏兵であった。
実はこれまでのクィンビーの大蜂による連携攻撃は、この伏兵を気づかれないように潜ませるための陽動だったのである。
足元にあれだけの大蜂の死骸があれば、あの中に死んだふりをしている蜂が居ても気付かないだろう。
自身の記憶を部分的に取り戻したクィンビーに取って、シザースとの戦いは決定事項であった。
そのためクィンビーは後に備えてシザースについての情報収集を行っており、その情報源として元リベリオン開発部主任のセブンを頼った。
そしてセブンからシザースの特殊能力の詳細を聞き出したクィンビーは、その能力に対する対策を考えていたのである。
「形勢逆転ねー、シザース!!」
「クィンビー!? 何故私の能力を…、これは組織でも一部の者にしか…」
自分が大蜂にやられた理由は理解できた、しかし何故クィンビーがこのような作戦を思いついたのかが解らない。
今のクィンビーの動きは、明らかにシザースの特殊能力用に設けられた右腕の噴射口に狙いを絞ったものであった。
自身が強固な装甲に守られている故に、装甲に覆われていない弱点を狙われる危険性をシザースは熟知している。
シザースは装甲が薄い部位に対しての警戒を常に行っており、仮に足元に潜んでいた大蜂がそれらの箇所を狙ったならば対処できていた可能性が高い。
しかしシザースにとって噴射口を狙われることは完全に慮外の事で有り、今回は完全に虚を突かれてしまった。
前線に殆ど出る事がないシザースの特殊能力の存在を知る者は限られており、能力の要で有る噴射口も普段は鋏の奥に隠されていた。
少なくともクィンビーがシザースの噴射口の存在を知るはずが無いのだが、実際にこの蜂型怪人はそれを狙い撃って見せた。
クィンビーの背後にセブンが居ることを知らないシザースには、クィンビーが自分の能力を把握していた事実が受け入れられ無いのだろう。
先ほどのお返しとばかりにクィンビーは、大蜂の毒に侵された右腕を庇っているシザースの姿に嘲笑を浮かべていた。
クィンビーの大蜂が持つ毒は非常に強力で有り、それは怪人を侵すほどの威力があった。
その毒を体に受け入れてしまったシザースの動きは明らかに鈍っており、勝利を確信したクィンビーは笑みを更に深める。
「冥土の土産に一つ、教えなさいよ?
リベリオンは…、いや、あんたたちは何でこんな面倒くさい事を10年も続けているの?」
「その口ぶり!? まさかあなたは…」
「思い出した訳じゃ無いわよ。 ただ同じ結論にたどり着いただけ…。 それじゃあ折角だし、あんたに答え合わせをして貰おうかしら?
リベリオンとガーディアンがひた隠しにしていた真実についてね…」
かつて妃 春菜と言う聡明な少女は、知らず知らずの内にリベリオンの禁忌に迫った。
そして蜂型怪人クィンビーは、妃 春菜を元にして素体として作成された怪人である。
未だにクィンビーは自身の人間としての生を終わらせた、リベリオンに取って不都合な真実とやらを思い出すことは出来無かった。
しかし妃 春菜であった時に一度は辿り着いた結論に、妃 春菜の延長戦上に居るクィンビーが辿りつけない筈も無いのだ。
秘密裏にリベリオンでスパイ活動をしていたクィンビーは、知らず知らずの内にある結論に辿り着くための情報を手に入れていた。
それは妃 春菜が怪人調査研究部の活動を通して集めた、リベリオンとガーディアンに関する情報と同じ物であった。
必要な情報さえ集まれば後は簡単だった、クィンビーはかつての妃 春菜と同様に思考してある辿り着いたのだ。
リベリオン首領が自ら手がけた怪人であり、リベリオンという組織の中枢に属するシザース。
恐らく全ての真実を知っているであろう蟹型怪人に対して、クィンビーは自身が辿り着いた結論の答え合わせを求めた。
 




