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欠番戦闘員の戦記  作者: yamaki
第5章 正義と悪
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17. 追求


 夏休みの昼下がり、本来なら買い物客で賑わっている筈のショッピングモールには似つかわしくない黒ずくめの異形の姿があった。

 全身を覆う黒いスーツで身を包み、黒いマスクで顔を覆ったそれは人気の無いモール内を堂々と闊歩している。

 リベリオンの名も無き戦闘員は周囲を見回しながら進み、時にはショッピングモールに出店している個人店の中を覗きこんだりもしていた。

 殆どの客達は初動のリベリオンの動きによって拘束されたが、一部の人間がまだ何処かに隠れているかもしれない。

 慎重に事を進めたい今回の作戦指揮車であるシザースは、戦闘員たちにリベリオンの手から逃れた客の探索を命じたのである。

 脳改造によってリベリオンの忠実な駒となった戦闘員は、言われるがままに無人のショッピングモールの通路を進んでいく。






 店舗スペース間に作られた細い通路の先が有り、入り口にある看板からその先にトイレが有ることを示していた。

 隠れた人間が潜むには持って来いの空間であるため、当然のように戦闘員はトイレのある通路を覗き込んだ。

 すると案の定、トイレの方から戦闘員が居るメインの通路の様子を伺っていた少女が居るでは無いか。


「キィィッ?」

「きゃっ!?」


 黒髪の少女と戦闘員の目線が交差し、ほぼ同時に両者が驚きの声をあげた。

 一瞬硬直した少女はすぐに再起動したらしく、慌てた様子でトイレの奥へと逃げていた。

 少女は足に怪我をしているのか、右腕に持った杖を付きながらぎこちない様子で姿を消した。

 戦闘員は慌てた様子も無く、落ち着いた様子で少女を追いかけていく。

 事前にこのショッピングモールの構造を把握している戦闘員は、この先のトイレは行き止まりになっており逃げ道が無いことを知っていたのだ。

 少女は自分から袋小路に入ってしった、後は追い掛けて捕まえればいいだけの話である。

 ゆったりとしたペースで進む戦闘員の目の前に、左右に別れた2つの扉が現れた。

 右手にある水色の看板が設置された入り口が男子トイレ、左手にある赤色の看板が設置されたが女子トイレだ。

 少女が女子トイレの方に入る姿を目撃していた戦闘員は、躊躇いなく左手の入り口を潜る。

 まさに少女と戦闘員の構図は狩り人を獲物の関係であり、獲物は捉えられる寸前まで追い詰められていた。


「…女子トイレに入るなよ、変態野郎!!」

「キィィッ!?」


 新たに現れた登場人物によって、狩り人と獲物の関係は逆転する事になった。

 戦闘員が女子トイレに足を踏み入れた瞬間、突如後ろから誰かが飛び掛ってきたでは無いか。

 男子トイレの中で密かに機会を伺っていた少年、大和が女子トイレに入った戦闘員に奇襲を掛けたのである。

 戦闘員をトイレの床に押し倒した大和は、そのまま組み敷いて動きを封じようとする。

 勿論戦闘員も黙って見ている訳は無く、拘束を逃れようと手足を振り回しながら必死に抵抗をした。

 もし戦闘員に馬乗りになっている者が普通の人間だったならば、戦闘員はあっさりと自由を取り戻す事が出来ただろう。

 腐っても怪人の端くれである戦闘員の膂力を、ただの人間が抑えられる筈が無いのだ。

 しかし残念ながら大和はただの人間では無い、元戦闘員である大和の力は戦闘員と五分である。

 いや、此処最近の筋トレによって強化された人工筋肉の力は、最早戦闘員を上回る物となっていた。


「じたばたするな! こいつ!!」

「キィィィ…」


 抵抗する戦闘員を大人しくさせるため、大和はその脳天の強烈な一撃をお見舞いする。

 マウント状態のまま顔面を殴りつけられた戦闘員は、その衝撃で後頭部をトイレの硬い床にしたたかに叩きつけられてしまう。

 脳を揺さぶられた戦闘員は、そのまま弱々しい悲鳴を漏らしながら意識を失った。






 大和が戦闘員を片付けたタイミングで、女子トイレ奥の個室の扉が開かれた。

 個室から顔を出した少女はそこで、大和の足元で倒れたまま微動だにしない戦闘員の姿を目撃することになる。

 全てが終わった事を察した少女は、そのまま個室を出て杖を付きながら大和の元へと向かった。


「…丹羽さん、大丈夫でしたか?」

「この位は余裕です。 ナイス演技でしたよ、黒羽さん」

「は、はぁ…」


 黒髪の少女、黒羽は気絶した戦闘員の様子を伺っている大和に労いの声を掛ける。

 大和は黒羽の声に応え、お返しに黒羽に囮役になって貰った事に対するお礼を述べた。

 黒羽が上手く戦闘員を誘導してくれた事により、大和はほぼ完璧に戦闘員に対して奇襲を掛けられたのである。

 大和が黒羽の活躍に感謝するのは当然であろう

 一方、元ガーディアンの戦士として戦闘員の実力を理解している黒羽は、事も無げに戦闘員を倒した大和の異様さを改めて認識させられていた。

 表情を険しくして大和に対する警戒心を強めている黒羽の様子に、鈍感な大和は全く気付いていなかった。











 リベリオンによるショッピングモールの襲撃直前、大和の元に内蔵されている通信機を通して警告が届いていた。

 クィンビーによって齎された情報を元に、セブンがたまたまショッピングモールに居合わせた大和に連絡したのだ。

 しかし作戦の詳しい情報が大和に伝えられる前にリベリオンの妨害電波が発生してしまい、突如通信は途切れてしまう。

 僅かな通信時間を通して大和に伝えられた情報は、今日此処でリベリオンの襲撃が起きるという事だけだった。

 そしてセブンからの通信が遮断された事で、大和はこのショッピングモール内で既に異常が起きている事を察する。

 嫌な予感を感じた大和は咄嗟に深谷たちを見捨て、黒羽だけを連れて密かに身を隠していたのだ。

 こうして間一髪の所で大和たちは、リベリオンの初動を潜り抜けたのである。


「この辺りを彷徨いていた戦闘員は排除したし、これで暫くは安全ですかね?」

「それも長くは無いでしょう。 何時迄も戦闘員が帰ってこなければ、怪しむのは確実ですし…」


 大和たちが潜むエリアに戦闘員が現れた事に気づいた大和は、安全を確保するために戦闘員襲撃という強攻策を取った。

 戦闘員がリベリオンの手から逃れてモール内で潜んでいる人間の探索をしており、放置していたら何れ大和たちの元に行き着くのは明白だった。

 このままリベリオンから逃げ続けるためには、あの戦闘員を倒すしか道が無かったのである。

 しかしまだショッピングモール内には、多数のリベリオンの怪人や戦闘員が居るのだ。

 黒羽の言う通り戦闘員一体を倒した程度で状況が変わる筈も無く、大和たちが未だに危険な状況に居る事は変わりなかった。

 大和一人ならば世間で欠番戦闘員と呼ばれているあの姿になり、その力を持ってどうとでも出来ただろう。

 しかし欠番戦闘員としての秘密を知らない黒羽の前ではその選択肢を取ることも出来ず、大和はこれからの自分の動きについて考え始めた。






 今回の一連の事態で、大和に対する黒羽の疑念は益々大きくなった。

 奇襲に成功したとは言え、戦闘員をあっさりと戦闘不能に出来る実力。

 この状況で狼狽えた様子を見せず、普段と変わらない態度を取り続けることが出来る異様さ。

 何よりリベリオンの襲撃を予想したかのように、黒羽を連れてリベリオンの手から逃れた手際の良さ。

 どれを取っても大和は普通の人間では無い事を示しており、それに結びつくかのように黒羽の脳内に大和のあの傷跡の姿が蘇っていた。

 右手指を忙しなく動かしながら何か考え事をしているらしい大和の姿を、黒羽は不安げな表情を浮かべながら見ていた。

 やがて意を決した黒羽は表情を引き締め、徐ろにトイレの床に倒れている戦闘員の側まで近づく。

 そしてあろうことか戦闘員の纏う黒い全身スーツに手を掛け、戦闘員の服を脱がし始めたのだ。


「…えっ、黒羽さん? 何をして…」

「丹羽さん、これを見て下さい!!」


 黒羽の異様な行動に気づいた様子は、唖然とした様子でその真意を問う。

 大和の言葉を無視して黒羽は、戦闘員の戦闘員服を脱がせる作業を続けた。

 やがて戦闘員の上半身の素肌が露わになった所で、黒羽はそのまま黒羽は戦闘員の体を持ち上げて大和の方に向ける。

 上半身裸姿の戦闘員、そしてその体に刻まれた手術跡が大和の目に映しだされた。


「これは戦闘員が改造された時に付けられる傷。 …そして私はこの傷跡を以前に見たことが有る」

「……あっ!?」

「丹羽さん…、いや、丹羽 大和。 これと同じ傷を持つあたなは…、一体何者なんだ」


 戦闘員の体に刻まれた手術跡、それは同じように改造手術を受けた大和の体にも存在している。

 そして大和は一度、黒羽の前でその傷跡を堂々と晒していたのだ。

 今更己の失態に気づいた大和は青ざめた表情を浮かべながら、間抜けな声を漏らした。


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