16. 待機命令
それは一瞬の出来事であった。
密かに客に紛れていた戦闘員たち、偽装したトラックに乗って運ばれた怪人たち。
シザーズが選抜したリベリオンの精鋭たちが一斉に動き出し、瞬く間にショッピングモールの中を占拠したのだ。
異常を察知した客達は即座に携帯で外に助けを求めようとした者も居たが、リベリオンのジャミングによって通信は全て遮断。
物理的な逃走経路も封鎖されてしまい、ショッピングモールという巨大なカゴに閉じこまれてしまう。
休日を楽しんでいた客たちは、一瞬の内に不幸のどん底に叩き落されてしまった。
「まずは第一段階、成功ですね…」
初動の動きは完璧である、全てが計画通りに事が進んでいた。
指揮車内で部下たちの朗報を聞いたシザースは、何時もより仰々しく右腕の鋏を振った。
ショッピングモールには多数の客が訪れており、それに比較すれば戦闘員や怪人たちの数は僅かでしか無い。
仮に客達が力を合わせて一斉に放棄すれば、彼らは極一部の犠牲と引き換えにカゴの外へと飛び立てる筈である。
しかし現実に彼らは決して自分から動こうとせず、自分たちを監視する戦闘員の無機質な瞳にただ怯えるだけであった。
既にリベリオンの怪人や戦闘員の性能は、一般市民たちには嫌というほど知らされている。
普通の人間では怪人どころか、大量量産品である戦闘員でさえ勝つことが出来ないのだ。
客達は決してリベリオンの指示に逆らうこと無く、ショッピングモールの各階の中心部分に設けられたスペースに集められていた。
ショッピングモールの建物の中心にある中央階段付近は、買い物に疲れた客が休める休憩スペースとなっている。
専門店が入り乱れるショッピングモール内で一番空いたスペースが有り、人を集めるには適した場所であろう。
「くそっ、狭えっ!?」
「押すなよ、深谷!!」
「また捕まったのかよ、俺たち…」
しかしショッピングモールの客を全て集めるのには些かスペースが足りず、集められた人間たちは窮屈な思いをしているようだ。
リベリオンに捕まった人間の中には、大和のクラスメイトである深谷たちの姿もあった。
深谷とその友人たちは少しでも快適な空間を確保するため、互いの領域を奪い合い醜い押しくら饅頭をする羽目になっていた。
まさか人生で二度も悪の組織に捕まるとは、深谷たちは余程不幸な星の元に生まれたのだろう。
「どうせなら愛香ちゃんとくっつきたいぜ、畜生」
「それは俺の台詞だっつーの!! 何処に行ったんだよ、愛香ちゃん!!」
「先輩のやつ、一人だけ抜け駆けしやがったな!!」
偶然、黒羽を連れた大和と遭遇した深谷たちはあの後、このショッピングモール内に有るファーストフード店で一緒に昼食を取っていた。
ハンバーガーを頬張りながら深谷たちは、執拗に大和と黒羽の関係を問い詰めたのだ。
会って数時間足らずにも関わらず彼らは、馴れ馴れしい事に黒羽の事を名前で呼ぶようにすらなっていた。
そして食後にモール内を歩いていた所で、彼らは他の客と同じようにリベリオンに捉えられてしまったのである。
しかし深谷たちの近くにはどういう訳か、先ほどまで行動を共にしていた筈の大和と黒羽の姿が見当たらなかった。
実はリベリオンが姿を見せた瞬間、ショッピングモール内は激しい混乱に陥ってしまい、そのどさくさに深谷たちは大和たちと逸れてしまったのだ。
深谷たちは一人だけ可愛い女子と一緒に居るであろう、年上のクラスメイトである大和に対して恨み節を漏らした。
リベリオンに対抗出来る力を持った唯一の組織、ガーディアン。
正義の戦士たちが集うガーディアン東日本基地では、慌ただしい雰囲気で出動の準備を行っていた。
簡易コアを使う下級戦士たちは、戦士たちの取りまとめである黄田の元に集まっていく。
下級戦士たちは二十代から三十代の男性たちが殆どであり、彼らは黄田の前に次々に整列していく。
その一糸乱れぬ動きは、彼らが日々厳しい訓練を行っている精鋭である事を示していた。
一方、正式なコアを持つ戦士たちもまた続々とこの場に現れていた。
コアとの相性が良好である十代の若者たちは、既にインストーラからバトルスーツを展開していた。
統一された簡易コア用のバトルうスーツと違い、正式コアのバトルスーツは様々な姿をしていた。
中世の騎士のような重鎧や軽鎧タイプ、全身スーツに覆われたスーツ型、戦いには不似合いな可愛らしい衣装の魔法少女型。
ガーディアン東日本に所属する精鋭たちの準備は万端、すぐにでも出撃する事が可能だろう。
「黄田のおっさん? リベリオンの野郎は何処に現れたんだ?」
「…今のところ、二箇所の地点でリベリオンが現れたという情報が来ている」
ガーディアンの悪行を察知するために、ガーディアンは各方面に情報のアンテナを張っていた。
そしてつい先程、正義の組織の元にリベリオンの襲来を告げる報が入ったのである。
しかし報告が入った現場は二箇所有り、加えてその二点の距離は大きく離れていた。
今までのリベリオンの作戦の傾向からして片方が本命、もう片方はガーディアンの戦力分散を狙った囮である可能性が高いだろう。
ガーディアンはリベリオンの狙いを見抜き、本命の作戦地点を推測する必要があった。
「…で、欠番の旦那の情報は?」
「つい先程、何時ものように情報が送られてきたよ。
ガーディアンが掴んだ二箇所の地点はどちらも囮、本命は全く別の場所との事だ。 全く、家の情報担当は何をしているんだ…」
「これは…、この基地から目と鼻の先じゃ無いですか? 本当にこの場所にリベリオンが…」
「さっき確認を取った。 少し前からこのショッピングモールと全く連絡が付かない状態らしいぞ」
「ははは、流石は旦那だな。 よーし、さっさとリベリオンを片付けに行くか」
少し前のガーディアンならばリベリオンの工作に引っかかり、まんまと囮の地点に導かれた可能性があっただろう。
しかし今のガーディアンには、欠番戦闘員という謎の協力者の存在があった。
欠番戦闘員の署名と共に齎されるリベリオンの作戦情報は、ガーディアンの情報収集を担当する部署が手にれたそれより遥かに正確である。
未だに正体が謎に包まれている欠番戦闘員であるが、その謎の存在から提供される情報の精度の高さだけは確かだ。
欠番戦闘員にある種の疑いを持っている白木もこの情報だけは信頼せざるを得ないらしく、顔を僅かに顰めながらも欠番戦闘員の指定された場所に向かうことに異存は無かった。
もしこの情報が白木に取っての怨敵と言えるクィンビーが手に入れた物と知ったら、この正義感の強い青年はどのような反応を見せるのだろうか。
ガーディアンの戦士たちは疑うこと無く、欠番戦闘員から送られた情報にある地点に向かおうとしていた。
ガーディアンの戦士たちは次々に移動用の車両に乗り込み、欠番戦闘員の情報にあるショッピングモールに向かおうとしていた。
しかし出発の直前、各車両に備えられた通信端末から緊急の通信が飛び込んでくる。
「"…待て! 全員降車しろ!!"」
「"!? どういう事ですか、紫野司令"」
ガーディアン東日本基地の司令である紫野が、通信を通して出動し掛けていた戦士たちの動きを止めた。
突然の出動停止を受けて、車両の運転席に座っていた黄田が通信機を手に取ってその真意を問う。
「"ガーディアン本部から連絡があった。 今回のリベリオンの動きは陽動の可能性が高い、今は下手に動かずに様子を見る"」
「"しかし司令! 情報ではリベリオンがこの基地の近くに…"」
「"これは本部からの指示だ! あんな欠番戦闘員などと言う怪しい輩と本部、貴様はどちらを信じる!!"」
基地司令の紫野は本部からの命令に従い、ガーディアンの戦士たちの出動に静止を掛けたらしい。
通信越し聞こえる紫野の声からは、嬉しげな響きを隠せていなかった。
欠番戦闘員という存在を恨んでいるこの基地司令は、欠番戦闘員から齎される情報に頼っている今の状況が気に入らなかった。
正義の味方には似つかわしくない感情であるが、欠番戦闘員の情報を無視する事が出来る本部からの指示は渡りに船だったのだろう。
紫野は強い口調で本部からの指示を繰り返し、ガーディアンの戦士たちに待機を命じる。
「"…了解しました。 すぐに降車します"」
「くそっ、あの糞野郎!! このままリベリオンを野放しにする気かよ!!」
「どういう事だ、どうして本部からあんな指示が…」
正義の味方とは言え、彼らはガーディアンという組織に属する組織人である。
上司からの命令に逆らうことが出来ない黄田は、渋々と言った様子でその命令に従った。
同じ車両の中に居た白木と土留は、その通信のやり取りを聞いて各々異なった反応を見せた。
土留は悔しげに言葉を漏らしながら、頑丈な車両に向かって怒りの拳をぶつけた。
バトルスーツの装甲を纏った拳が車両の装甲と激突し、激しく車体を揺さぶる。
一方の白木は土留のように頭に血を登らせる事無く、冷静に本部からの不可思議な指示の理由について頭を巡らせていた。
通常、ガーディアンの各地にある基地は独立独歩が認められており、ガーディアンの組織の頂点である本部から指示が来ることなど滅多に無いのだ。
何故、このタイミングでこのような指示が来たのか、白木には本部の意図が全く読み取ることが出来無かった。




