14. 蜘蛛の巣
リベリオン関東支部近郊の森の中で、両足を白い糸で拘束されたクィンビーは見知らぬ蜘蛛型怪人と対面していた。
脚を封じられた立つことが出来ないクィンビーは腹這いの姿勢になっており、首だけを動かして蜘蛛型怪人の方を見上げている。
蜘蛛型怪人は地面に倒れている蜂型怪人から、十メートルほど離れた場所に立っていた。
あの様子ではすぐにクィンビーを手に掛けるつもりは無いのだろう。
体の自由を奪われた絶対絶命の状況で有るが、クィンビーは怯える素振りを全く見せなかった。
強気の態度を崩さない蜂型怪人は、自分を見下ろしている蜘蛛型怪人に憎まれ口を叩つける。
「この辺りで見ない顔ね、一体何者?。
そんなホラー映画に出てくるような醜悪な顔、一度見たら忘れない筈よ」
「ふふふ、口だけは達者のようですね。
私の名はアラクネ、以後お見知り置きを…」
「あんたの名前になんて興味無いのよ、喰らいなさいっ!!」
自分が絶対的な優位に立っている事に対する余裕からだろう。
クィンビーの暴言を聞き流した蜘蛛型怪人は、芝居掛かった態度で軽く頭を下げながら自己紹介する。
微笑を浮かべながら己を見下ろすアラクネの姿に、気の短い蜂型怪人が我慢できる筈が無かった。
その態度に即座に切れたクィンビーは、躊躇うこと無く自由になっている腕をアラクネに向けて伸ばそうとする。
恐らくクィンビーは腹立たしい目の前の怪人目掛けて、腕から毒針を放つ腹積もりだったのだろう。
しかしクィンビーの意に反して、蜂の毒針はアラクネに届くことが無かった。
何時の間にかアラクネの白い糸がクィンビーの腕に纏わり付いており、両腕の自由を封じてきたのだ。
「…ちょっ、何よこれ!?」
「余り動かない方がいいですよ、私の糸は動く物に反応する性質が有るのです。
動けば動くほど、その糸はあなたに絡みついてきます。 此処はもう私の巣の中、抵抗は無意味ですよ」
「先に言いなさいよ、そういう事は!?」
まさに今のクィンビーは、蜘蛛の巣に掛かった哀れな獲物であった。
蜘蛛の巣に囚われた獲物は巣から逃れようとすればするほど、逆に蜘蛛の糸に体を縛られてしまう。
脚に続いて腕も拘束されたクィンビーは、戒めを解こうとまだ自由が利く部分の体を動かし始める。
しかしクィンビーの悪足掻きは、逆にアラクネの糸を呼び寄せる切っ掛けにしか成らなかった。
無事だった体の部分にも白い糸が絡み付き始め、あっという間にクィンビーの体の大半が糸で覆われてしまう。
最早首から下のほぼ全ての部分が白い糸で覆われてしまい、今のクィンビーに出来る事は口を開くことぐらいである。
しかし生来の気質故か、先ほど以上に追い詰められたこの状況においてもクィンビーは態度を変える事は無かった。
平然とした様子でクィンビーは、憎たらしい笑みを浮かべるアラクネに話しかける。
「ふんっ、私のためにこんな大層な罠を張っていたのかしら? 私も偉くなった物ね…」
「それは違います、この糸は元々、外からの侵入を防ぐために私が前から設置していた物ですよ。
まさかこの罠に初めて掛かる獲物が、裏切り者の怪人であるとは思いもしませんでしたが…」
「…その口ぶりだと、あんたは前から関東支部に居た怪人なの?」
「私は裏方専門でしてね…。 余り皆様方の前に姿を見せる事が無かったのですよ。
私はあなたの事をよく知っていましたよ、あなたは支部の中では色々と目立っていた怪人でしたからね」
クィンビーが華やかな表舞台で活躍する俳優ならば、アラクネは舞台を影から支える黒子役の立場を担う怪人だった。
そして蜘蛛型怪人の仕事内容には、リベリオンと言う巨大な組織に巣食う害虫を駆除する役割を益虫としての役割もあった。
「裏方専門ね…、つまりリベリオンの汚れ仕事をしているって事かしら?。
ははっ、陰険そうな顔をしたあんたにはぴったりの仕事ね!!」
「少しお喋りが過ぎますよ、裏切り者の嬢王蜂さん。
あなたとのお話の続きは支部に戻ってから行いましょう、あなたには色々と聞きたい事が有りますから…」
先ほど無断で隔離施設に潜入したクィンビーは、アラクネには決して見過ごすことの出来ない罪人である。
悪の組織であるリベリオンに温情と言う物などは有るはずも無く、本来ならば裏切り者は即処断されるべきであった。
しかし前後の行動を鑑みるに恐らくこの蜂型怪人が、此処最近のリベリオンの作戦情報を流出させていたスパイであることは間違いないだろう。
リベリオンの忠実な下僕である蜘蛛型怪人は、この裏切り者の背後に存在する者の正体をクィンビー自身の口から聞き出さなければならない。
そのためにクィンビーは今のところは始末されること無く、体の自由を拘束される程度で済まされていた。
恐らくクィンビーがこのまま支部に連行されてしまったら、この蜂型怪人に明るい未来は期待出来ないだろう。
悪の組織に人道的な待遇が期待出来るはずも無く、裏切り者に対する仕打ちは熾烈を極める物になるのは明白だった。
蜘蛛の糸によって体の動きを封じられたクィンビーは、文字通り手も足も出ない状況になっていた。
このままではアラクネの手によって、クィンビーの体は関東支部に強制送還されてしまうだろう。
しかしクィンビーはこのまま大人しく関東支部に出戻りする気は毛頭無いようで、未だに表情を曇らせていなかった。
アラクネはクィンビーの強気な態度が理解出来ないのか、訝しげに眉を潜めた。
「!? この音は…」
「あら、ようやく気づいたの? 鈍いわね、あんた…」
アラクネは木々の間から微かに聞こえてきた翅音に気付き、クィンビーから視線を外して周囲を見渡した。
そこには何時の間にか現れた大蜂たちが、耳障りな翅音を響かせながら威嚇するようにアラクネの周囲を飛び回っているで無いか。
実は密かにクィンビーはアラクネの周囲を囲うように、彼女が使役する戦闘用の蜂たちを配置していたのだ。
先ほどまで必要以上にアラクネを挑発していたのも、大蜂の存在に気づかれないようにするための策略だったのである。
勿論、先程までのクィンビーの言葉が全て演技だったと言う訳では無く、九割方はこの気が短い蜂型怪人の素であったが。
「ふふふ、形成逆転ねー。 さぁ、命が惜しければこの糸を外して…」
「あなたお得意の大蜂ですか。 …しかしそれは無駄な足掻きですよ」
戦闘用の大蜂の持つ毒針は怪人の強靭な体を貫き、その毒は怪人の体を蝕んでいく。
これだけの大蜂に襲いかかられたら、幾ら相手が怪人とは言え一溜りも無いだろう。
立場が逆転した事に気を良くしたクィンビーは、先ほどのお返しとばかりに嘲笑を浮かべていた。
「なっ!? 私の蜂達が!?」
「言った筈です、此処はもう私の巣だとね…」
しかしクィンビーの優勢は一瞬の内に覆されてしまう。
何とアラクネの周囲に浮かんでいた大蜂たちが、一瞬の内にその動きを封じられてしまったのだ。
それを成したのは大蜂たちの主を戒めている物と同じ、アラクネの紡ぐ白い糸であった。
蜂型怪人が大蜂の使役という自身の特殊能力を使って窮地を逃れようとしたように、蜘蛛型怪人もまた自身の特殊能力を使って万全の体制を敷こうとした。
アラクネはクィンビーが大蜂の使役に夢中になっている間に、自身と四方に生えた木々との空間に白い糸が張り巡らされていたのだ。
この白い糸は蜂型怪人の体を戒めている物と比べて極端に細い物になっており、大蜂が捉えられるまでクィンビーはその存在に気付くことが出来なかった。
まさにこの場所はアラクネの張り巡らした蜘蛛の巣となっており、大蜂たちは自分から蜘蛛の巣に捕まりに行った形になったのだ。
既に大鉢たちは主と同じように蜘蛛の糸に雁字搦めに拘束されてしまい、最早身動き一つ取れないだろう。
万策が尽きのかクィンビーは顔を俯かせて、せめて今のの悔しげな表情を目の前に蜘蛛型怪人に見せないようにした。
アラクネは勝利を確信したのか、悠々とした態度でクィンビーに歩み寄って来る。
そんな絶体絶命の瞬間、その黒い車体は亡霊のように二体の怪人たちの間に姿を見せたのだった。
「"ファントムちゃんフラッァァァァシュ!!"」
「なっ!?」
突如アラクネの目の前に現れた黒いマシン、欠番戦闘員こと大和の相棒であるファントムは切り札の一つであるセブン特性の目眩ましを発動させる。
既に何体もの怪人を餌食にしてきた目眩ましの威力は驚異的で有り、まともにそれを直視したアラクネの視界は閉ざされてしまう。
アラクネは視力が回復するまでの暫くの間、両目に受けた閃光の衝撃に悶える事になった。
「くっ、逃げられましたか…。
あの黒いマシン…、やはりクィンビーはあの欠番戦闘員と繋がりが有ったのですね」
漸くアラクネの視力が回復した時には、既にファントムとクィンビーの姿は見えなくなっていた。
森の各地に仕掛けられているアラクネの糸にも反応無し。
どうやらあの黒いマシンはアラクネの張り巡らした糸の配置を見抜いているらしく、上手く糸を回避しながら逃走しているようである。
アラクネは先程現れた黒いマシンが、リベリオンに対して明確な敵対姿勢を見せている欠番戦闘員と呼ばれる謎の存在の使用するマシンである事を把握していた。
あのマシンが現れと言う事は、クィンビーが欠番戦闘員と何らかの繋がりが有ることは明白だった。
欠番戦闘員には幾度も無くリベリオンの重要な作戦が妨害されており、その一旦を担ってきたのはあの裏切り者の蜂型怪人だったらしい。
後一歩の所で獲物を取り逃がした蜘蛛型怪人は、クィンビーが喜びそうな苦々しげな表情を浮かべた。




