13. 蜘蛛の糸
悪の組織としての性質上、リベリオンの拠点は基本的に人が寄り付かない場所に極秘裏に設置されていた。
それは此処、リベリオン関東支部でも例外では無く、支部の周囲には舗装された道すら存在せず、鬱蒼とした木々が生えているのみである。
人里に出る際には地下に密かに掘られたトンネルを抜けるため、支部の建物は山奥の木々の間にぽつんと建っている形になっている有様だ。
そんな人の手が全く入った形跡の無い、深い森の中を走る一つの影があった。
その黄色と黒の斑模様の体を持つその影は少しでも歩き易い場所を通るため、この周辺に生息している動物が使っているらしい獣道を辿っていた。
「くそっ、ミスった…」
体の各所に蜂の特徴を持つ蜂型の女怪人クィンビーは、歩き難い野道に苦労を強いられていた。
舗装も何も無い野道は非常に歩き難く、四方に張り巡らせた枝が行く手を塞いでいる。
クィンビーは何度も脚を取られて転びそうになるが、それでも脚を止めること無く走り続けていた。
その表情には苦々しい物が浮かんでおり、現在の状況が不本意な結果で有ることを明確に示していた。
しかしこの苦労は自らが招いた失敗のツケを払わされているような物なので、クィンビーはこのやり場の無い苛立ちを胸の中に押し留める事しか出来なかった、
現在のリベリオンはクィンビーの策略によって素体捕獲任務が立て続けに失敗しており、戦力補給の集団を絶たれた危機的な状況に陥っている。
この状況を打破するためにリベリオンが密かに遂行している極秘作戦、その正体を探るためにクィンビーは危険な探求を行っていた。
密かにリベリオン内部を探っていたクィンビーは、一般の怪人たちが立ち入りを禁じられている支部内の隔離施設に目を付けた。
最近、クィンビーの嫌な上司であるシザーズが頻繁にこの隔離施設に訪れており、隠し事をするならあの場所は一番適切でも有る。
恐らくあの場所で何かが動いていると考えたクィンビーは、隔離施設への侵入を決意した。
隔離施設の警備は現状であり、普通に入ろうとしたら即座にクィンビーの存在に気づかれてしまう。
そのため時間を掛けて密かに警備が手薄となる機会を伺っていたクィンビーは今日、ようやく施設への侵入に成功したのだ。
リスクを犯した甲斐あって、クィンビーはその場所で見事にシザーズが極秘裏に進行している作戦の尻尾を掴むことが出来た。
しかしクィンビーの活躍はそれまでであった、
最近の作戦漏洩の原因が内部のスパイであると睨んでいたリベリオン上層部が、進入禁止の隔離施設に警備とは別にとある細工を施していたのだ。
クィンビーは情報こそ入手したが、その細工にまんまと嵌ってしまい、自らの存在を知られてしまった。
迂闊にもクィンビーは虎の穴に自ら入り込み、虎の尾を踏むと言う最悪の結果となってしまった。
身の危険を感じたクィンビーは即座に支部を脱出し、支部の四方を囲む森の中に身を潜めた。
人里へと繋がる地下通路を使えば、十中八九挟み撃ちに合うのは明白であり、この女怪人の逃走経路はこれしか無かったのだ。
時間は掛かるが山を超えるこちらのルートならば、クィンビーはリベリオンの追手に見つかる事無く逃げきれるかもしれない。
クィンビーは一刻も早く支部から離れるため、慣れぬ野道に苦労しながら前を進む。
「とりあえずセブンには一報を入れたけど、間に合うかしらね…」
隔離施設への侵入するチャンスを伺っている間に、シザースの主導による極秘作戦は着々と進行してた。
運が悪い事にクィンビーが苦労して作戦情報を入手した本日が、その作戦の決行日だったのである。
もしかしたら今日の極秘作戦に戦力が取られた関係で警備が少なくっており、その恩恵を受けてクィンビーは施設への侵入に成功したのかもしれない。
一応支部を抜ける直前にセブンに極秘作戦の情報を連絡したが、このタイミングでリベリオンの動きを止められるだろうか。
不安に駆られながらクィンビーは、まずはこの森を抜ける事が第一と考えて脚を止めなかった。
「ああ、もう、鬱陶しい!? 何時になったら街に着くのよ!!」
支部を脱出してから小一時間ほど経った筈だが、クィンビーは未だに森の中を彷徨っていた。
逃走経路の一つとして森抜けと言う選択肢を考えていたクィンビーは、事前に人里に向かうための大まかなルートは調べてある。
森で迷子になると言う間抜けな事にはなる事は無いが、広大な森を抜けるのにはまだ時間が掛かりそうだ。
代わり映えのない木々の風景に辟易しながら、クィンビーは先を急いでいた。
「いやっ!? 何よ、これ…」
足元が覚束無い獣道を駆けていたクィンビーは、何かに足を取られてその場に倒れこんでしまう。
勢いよく走っていた事もあり、顔面から地面にダイブするように盛大に倒れてしまった。
普通の人間ならばこれほど転んだ衝撃でそれなりに痛い思いをするだろうが、クィンビーは普通の人間では無い。
怪人としての頑丈な体を持っているクィンビーは、地面に転倒したくらいでは掠り傷一つすら負うことは無いのだ。
何のダメージを感じさせない軽やかな動きで、クィンビーは地面と正面衝突した顔を擦りながら即座に立ち上がろうとする。
「!? この糸は…」
しかしクィンビーは立ち上がることは出来なかった。
何時の間にか足に巻き付いた白い糸が、蜂型怪人の動きを封じていたのだ。
両足の自由が効かなくなったクィンビーは、再び無様に地面に尻もちを着いてしまう。
クィンビーは何時の間にか足に巻き付いていた白い糸に驚きを見せた、実はこの女怪人はこの糸にすでに見覚えがあった。
つい先程支部の隔離施設に潜入したクィンビーを罠に嵌めた小細工、それを成したのはこれと同じ糸だったのである。
隔離施設に忍び込んだクィンビーは、施設内の設備を利用してシザースが極秘裏に進めていた作戦の詳細を知ることが出来た。
そして首尾よく情報を手に入れたクィンビーが隔離施設を脱出しようとした時、クィンビーは今と同じようにこの白い糸に引っかかってしまった。
クィンビーが隔離施設に入った時には確かに、こんな場所に白い糸など無かった筈だ。
しかし何時の間にか室内の各所に白い糸が張り巡らされており、クィンビーが白い糸に引っ掛かった瞬間に鳴子よろしく支部内に異常を知らせる警報が響き渡った。
クィンビーはこの白い糸のお陰で支部から逃げ出す羽目になり、そして今も身動きを封じられる事になってしまう。
普通の糸であれば怪人の力を使う事で簡単に外すことが出来る筈だが、この白い糸はクィンビーが幾ら力を込めてもびくともしなかった。
両足を封じられたクィンビーはまるで芋虫のように地面にのたうち周りながら、体の戒めを解こうと暴れていた。
「どうやら鼠が掛かったようですしね…」
「何よ、あんたは!?」
白い糸で両足を拘束されたクィンビーの前に、前方の木々の間を抜けて一体の怪人が現れた。
その怪人は薄暗い森の中に溶けこむような、薄緑色の体をした女性型の怪人だった。
昆虫特有の複眼、口から飛び出た鋭い牙、人の手足とは別に背中から生えている四本の脚。
恐らく蜘蛛をベースにしたと思われる怪人が、白い糸に拘束されてしまったクィンビーの側に歩み寄る。
クィンビーはこの蜘蛛型怪人に見覚えが無かった、恐らくこの支部に所属していない怪人なのだろう。
よく見れば蜘蛛型怪人の腕からクィンビーの自由を奪うって居る白い糸が伸びていた。
それならばこの白い糸は蜘蛛にはお決まりの、蜘蛛の糸と言う奴か。
蜘蛛型怪人の創りだした蜘蛛の巣に掛かってしまった、蝶ならぬ蜂の運命や如何に。




