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欠番戦闘員の戦記  作者: yamaki
第5章 正義と悪
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11. チケット


 そこは郊外と言う広い立地を利用した、複合型のショッピングモールだった。

 食品売り場、レストラン、アミューズメント、専門店などの様々な店舗がこの場所に集結している。

 ショッピングモールには若いカップル、子供連れの家族、年配の奥様方と言う風に、老若男女問わず様々な人間たちで賑わっていた。

 特に今が学生にとって夏休みと言う事もあり、ショッピングモールの中では何時もより若者たちの姿が目に付いた。

 そんなショッピングモールの入り口付近で、中央部へ向かう人の波から抜け出した少年と少女の姿があった。

 少年の方は真夏盛りのこの季節には余り似つかわしく無い、長袖のシャツを着ていた。

 平凡な容姿をした少年は額に汗を滲ませており、冷房が効いた建物内に入れた事で一息付けたのか気が抜けた表情をしている。

 少女の方は季節柄に相応しい涼しげな襟付きワンピースの姿で、美しく黒髪を持つ少女によく似合っていた。

 足が悪いのか少女は右腕に持った杖で体を支えており、少年は少女に手を貸しながらショッピングモールの案内板の前まで連れて行く。


「やっぱり結構混んでますね…。 どうします、これから?

 まだ時間は早いですし…」

「そ、そうですね? とりあえず一通り回って見ましょう」


 相変わらずセブン特製のボディスーツを着ている関係で、それを隠すために長袖長ズボンを身に纏った大和が連れの少女に声を掛ける。

 大和と共にショッピングモールに訪れた黒羽は、何やら上擦った声でまずは店内を回るよう提案をした。

 元リベリオン戦闘員と元ガーディアンの戦士、お互いに普通ではない経歴を持った大和と黒羽がこのような場違いな場所に訪れたのはとある理由があった。











 その日の黒羽家の夕食は、何時もに増して静かな雰囲気であった。

 元々口数の少ない黒羽と黒羽父で囲う食卓は、余り賑やかなものでは無い。

 しかし全く会話が無いと言う訳でも無く、大抵は娘である黒羽が何らかの話題を提供する形で親子の会話が始まっていた。

 つまり黒羽の方から口を開かなければ黒羽家の食卓は、今のような全く会話の無い寂しい状態に陥ってしまうのだ。


「どうした、愛香。 最近元気が無いようだが…」

「えっ…」


 何か思いつめた顔をしながら黙々と箸を動かす娘の様子、黒羽の父が心配そうに口を開いた。

 黒羽父が知る限り今の娘の様子は、かつて彼女がガーディアンを辞めた直後の状態によく似ていた。

 黒羽がガーディアンから距離を置いた物の、その事に対する気持ちの整理が付かずに色々と悩んでいた頃は、この家の食卓は今のように静かな物であった。

 黒羽家の食卓が以前の雰囲気に戻ったのは、黒羽がセブンや大和と関わるようになった頃からだろう。

 ガーディアン外の人間と関わりを持ち、後輩の生活改善と言うセブンに取っては有難迷惑な目的を持った事で黒羽はガーディアン時代の過去を吹っ切れたらしい。

 以前の元気を取り戻したかのように見えた娘が、何時の間にか悪い時の状態に戻ってしまったのだ。

 真っ当な親ならば、娘の変化の理由を気にするのは当然だろう。


「その…、何だ…。 最近はお前の学校の後輩の八重って子や、その後輩の友達の丹羽と言う子とは会って無いのか?」

「…? 丹羽さんなら今日もジムで会ったけど…」

「そうか、ならその丹羽と言う子と何かあったのか?」

「べ、別に何も無いって…」


 黒羽の変化の理由を探るため、黒羽父は娘が最近よく会っているらしい二人の人物について尋ねてみた。

 セブンの偽名である三代 八重と言う名と、丹羽 大和の名は、最近黒羽がよく話題に出す人物なのである。

 案の定、黒羽は大和の話題が出た下りで大きな反応を見せた。

 口では何でもないと言うが、血の繋がりの有る父から見れば黒羽が大和と何かあったのは明白だった。

 黒羽父はそんな娘の姿に眉を潜めて、先ほどまでの娘と同じような表情を浮かべながら再び口を閉じてしまう。

 結局この後の夕食は親子共々口を開く事無く、静かに食事を終えることになった。






「愛香、ちょっといいか?」

「何だい、父さん?」

「少しそこで待っていてくれ。 すぐに戻るから」


 夕食の後片付けを終えて部屋の戻ろうとしていた黒羽を食卓に留め、黒羽父は自室へと向かって行った。

 黒羽父の部屋は六畳間の和室で、黒羽が定期的に掃除している事もあって、それなりに綺麗にまとまっていた。

 部屋の奥まで進んだ黒羽父は、壁際に設置されている机の脇に置かれた仕事用の黒いカバンに手を伸ばした。

 カバンを開いた黒羽父は、その中から出した長方形の紙切れを手に取る。

 そして紙切れを片手に自室を出て、食卓に戻ってきた黒羽父はそれを娘に差し出した。


「これをやろう」

「…映画のチケット?」


 黒羽父から渡されたそれは、確かに今話題の最新作映画のチケットだった。

 黒羽もテレビで何回も、その映画のコマーシャルを眼にした事があった。

 これが映画のチケットである事は分かるが、それを今自分に渡す理由が分からない黒羽は戸惑いの表情を浮かべた。


「仕事先で貰ったんだ。 今度、その丹羽と言う子と一緒に使うといい」

「…はい?」

「今度、その丹羽君を私にも紹介しなさい。 一度会って見たい…」

「あの…、お父さん?」


 年頃である娘が最近同世代の男と頻繁に会っており、何やら悩まし気な様子を見せるようになった。

 どうやら黒羽父は娘が若者たちに有りがちな、男女間の青春をしていると早合点したらしい。

 普通の父親がならば、娘に悪い虫が付いた事を喜ばないだろう。

 しかし黒羽父はガーディアンと言う物騒な組織に所属していた関係で、浮いた話が全く無かった娘に初めて男の影が出来た事に喜んですら居た。

 何やら解った風な態度で言いたい事を言った黒羽父は、そのまま自室へと戻って行ってしまう。

 そして食卓には、呆然とした表情を浮かべた黒羽が取り残されてしまった。


「どうしよう、これ…」


 確かに黒羽父の予想通り黒羽の最近の悩みの種は、丹羽 大和と言う彼女と同年代の少年にあった。

 しかしそれは黒羽父が考えるような浮いた話では無く、大和の戦闘員疑惑と言う非常に物騒な話なのである。

 黒羽は受け取ってしまったチケットを見て、暫く食卓で固まってしまった。











 黒羽が父から映画のチケットを貰った次の日、彼女は何時ものようにジムで大和の筋トレを手伝っていた。

 徐々に増えていく筋トレのノルマに苦戦しながらも、大和はどうにかセブンのメニュー通りに筋トレを行う事に成功する。

 メニューを終えてジムの隅でクールダウンをしていた大和に、硬い表情の黒羽が近寄ってきた。

 彼女の右手には、昨日父から貰ったチケットが握られていた。

 結局、父の好意を無駄に出来なかった黒羽は、父の望み通り大和を映画に誘うつもりらしい。


「…丹羽さん。 私の父から映画のチケットを貰ったんですけど、今度一緒に行きませんか?」

「映画ですか、いいですね! 何時行きますか?」

「ええっと…、それなら明日にでも…」

「映画かー、愉しみだな…」


 最近はリベリオンの妨害を全てガーディアンに丸投げしており、筋トレ以外の時間は暇していた大和は黒羽の誘いにあっさりと乗ってしまう。

 絶賛記憶喪失中の大和は映画と言う物は知識としては知っているが、実際に映画館で映画を見たと言う記憶が無いのだ。

 今の大和の感覚的には初体験となる映画鑑賞と言う行為に対して、大和は黒羽の予想以上に喜びを見せた。

 無邪気に映画に期待する姿はどう見ても普通の少年にしか見えず、黒羽は大和の戦闘員疑惑は自分の勘違いでは無いかすら思ってしまった。


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