8. 疑惑
白木と土留のいざこざに巻き込まれて困った表情を浮かべる平凡な少年、それが黒羽の記憶に残る最初の大和である。
初めて大和と出会った時、黒羽はその平凡な少年に対して特別な感想を持たなかった。
黒羽が大和自身に初めて興味を持ったのは、あの白木と土留との模擬戦を観戦している時だろう。
普通の人間なら度肝を抜かれるであろうバトルスーツを着た戦士同士の戦いに動じる事無く、大和は戦いの分析すらして見せたのだ。
まるでこんな物は見慣れていると言う態度を見せる大和の姿は、黒羽にこの少年は見た目通りの人間で無いと思わせた。
そして大和はこの直後に始まったリベリオンの襲撃時、無様に気絶してしまった黒羽を三代ラボに運び込むと言う予想外の活躍をした。
この時から大和と言う平凡な少年の名は、黒羽の胸に深く刻み付けられた。
「丹羽 大和か…」
自室のベッドの上で横になっている黒羽の口から、昨日まで毎日ジムで顔を合わせていた少年の名が呟かれた。
黒羽は少し前から大和が始めた筋トレのトレーナー役を買って出ており、本来なら今日もジムに行っている筈だった。
しかし今日は大和は用事があるらしく、本日の筋トレは残念ながらお休みになってしまう。
予定が無くなり暇になった黒羽は、自室で手持ち無沙汰な時間を過ごしていた。
「何が気になっているんだ、私は…」
黒羽の脳裏には数日前に見た、大和の体に刻まれた惨い手術跡が映し出されていた。
あの日、大和が着ていた黒いボディースーツについての話になり、大和がスーツに隠された傷跡を黒羽に見せてくれた。
大和の体にある痛々しい手術跡は、確かに大和が暑さを我慢してまでスーツを着続けている理由になるだろう。
かつてガーディアンの戦士をしていた黒羽は、実戦で酷い傷を負った仲間の姿を何度も見たことがあった。
しかし普通の人間に比べれば血や傷と言う物への耐性は出来ていると自負している黒羽に取っても、あの手術跡は衝撃的であった。
それから今日までの間、黒羽は大和の体の手術跡の光景が頭から離れなくなっていたのだ。
自分は大和の手術跡から一体何を感じ取り、此処までそれに執着しているのだろうか。
もやもやする感情を振り払うように、黒羽はベットの上で寝返りを打った。
「…電話、丹羽さんかな?」
しかし黒羽の自問自答は、部屋の中に突如響き渡った電子音によって一時的に中断された。
机の上に放り出していた携帯から着信音が鳴り響き、ベッドから起き上がった黒羽が手を伸ばす。
現在の所、黒羽に電話を掛けてくる人間は身内か大和しか居なかった事もあり、黒羽は大和からの着信を予期して携帯の画面を覗く。
「白木!? なんでまた…」
しかし黒羽の予想は外れ、携帯にはかつて相棒であったガーディアンの戦士の名が表示されている。
黒羽が相棒であった白木と共に挑んだ最後の戦場、そこで彼女はガーディアンの戦士を引退する切欠となった障害を負った。
白木は黒羽の動かなくなった右脚を見て悲しみ、自分の力が足りなかったせいで相棒を守れなかったのだと考えた。
その時を境に白木は黒羽の姿を見る度に過去を思い出して自分を責め、そんな相棒の姿を見ていられなかった黒羽はガーディアンから距離を置く選択をした。
それから黒羽は白木との関わりを絶っており、白木もこれまでは黒羽に連絡を入れることは無かったのだ。
何故、かつての相棒は今になって自分に電話を掛けたのだろうか。
一瞬携帯に出るかどうか迷った黒羽は、意を決して白木からの電話に応じた。
黒羽が久しぶりに聞いた相棒の声は弾んでいた。
まるで幼い子供のように白木は、黒羽に先ほどガーディアンの総司令である色部 正義の生の姿を見たと自慢げに話ていた。
少し前までガーディンに在籍していた黒羽も、当然の事ながらその伝説の男の名を知っていた。
世界の平和を守るガーディアンと言う巨大な組織を維持するため、世界を駆け回っている総司令が東日本ガーディアン基地に立ち寄ったと言う話は黒羽も驚かせた。
「やっぱり総司令は凄い人だったよ。 土留なんかも圧倒された様子だったし…」
「流石はガーディアンのトップと言う訳か、それは心強い…」
ガーディアンの看板役として活動する白木には、ガーディンと言う組織に並々ならぬ思い入れがあった。
そのガーディアンのトップである色部 正義に会った事が嬉しかったらしく、この感動を伝えるためにわざわざ黒羽に電話を掛けたらしい。
これまで白木は大切な相棒を守れなかった過去を引き摺り、その影響で黒羽に対して何処か余所余所しい態度を取っていた。
しかし今日の白木は黒羽に対する負い目も忘れ、興奮した様子で電話越しにリベリオン総司令に関する話を続けた。
一時的にとは言え白木と何の蟠りも無く話せる機会を作ってくれた色部と言う存在に感謝にながら、黒羽は久しぶりの元相棒との会話を楽しんだ。
「…欠番戦闘員、それが白木からインストーラを奪った戦闘員だと言うのか?」
「三代さんは否定したけどね…。 けど僕はどうにも納得出来ないんだよ」
「欠番戦闘員の正体が戦闘員ね…、ある意味で正しい推測なのだろうけど…」
色部 正義の事や今日行われたらしいガーディアンの慰労会の話が一通り終わり、黒羽と白木は自然にお互いの近況報告を行っていた。
そしてガーディアンの現在の状況を話す白木の口から、あの欠番戦闘員の話題が出てきたのだ。
最近、欠番戦闘員はガーディアンに情報提供という形で、積極的に支援を行っていた。
ガーディアンは欠番戦闘員が齎したリベリオンの情報を利用して連戦連勝、今や欠番戦闘員の存在はガーディアンに取って重要な存在となっていた。
しかし白木は欠番戦闘員に対してある疑惑を抱いており、欠番戦闘員を完全に味方扱いしているガーディアンに危機感を感じていた。
ガーディアン内で自分と同じように欠番戦闘員を警戒している人物は、残念ながらあの紫野司令しか居ない。
そのため白木は今はガーディアンの外に居る黒羽に、欠番戦闘員の事を相談してみたらしい。
「私は直接、欠番戦闘員を見た事が無いが、聞く所によるとそれは怪人を何体も倒した実力者なのだろう?
その正体がただの戦闘員と言うのは少し考え難いな…」
「あいつは僕のコアを使用したバトルスーツを使っているんだ。 きっとその力で…」
「バトルスーツを使う戦闘員ね…」
黒羽は番戦闘員の正体が、かつて白木と対峙したただの戦闘員であると言う推測に懐疑的であった。
確かに欠番戦闘員と言う名が付いたように、それは何時も戦闘員が使う黒いマスクに黒いスーツを身に着けている。
しかし格好が同じとは言え、戦闘員と欠番戦闘員の力をは天と地ほど差が有るだろう。
戦闘員と言う存在は正式コアを操るガーディアンの戦士であった黒羽に取っては、率直に言って雑魚と言い切れる存在だった。
そんな戦闘員と怪人相手に凄まじい戦果を上げている欠番戦闘員が同じで存在であるという白木の推測に、黒羽は納得いかないらしい。
「少なくとも欠番戦闘員はただの人間では無いんだ。
あいつが確実にコアの出力を五割ほど引き出している、そんな出力に通常の人間が耐えられる筈が無い」
「仮に欠番戦闘員の正体が戦闘員であったとして、それをどうやって証明するんだ。
白木も知っているだろう、戦闘員と人間を区別するのは難しい事を…」
完全に体を作りかえる怪人などは、人に偽装する機能でも付いていなければ一発でそれが怪人だと理解出来る姿となる。
しかし低コストで生産される戦闘員は、体の一部分のみを人工筋肉に置き換えるなどの部分的な処置のみを受けて誕生する。
そのため戦闘員には生身の体も残っており、一見して普通の人間と見分けを付けるのが難しいのだ。
「確かに戦闘員と普通の人間を区別する方法は、喋らせてみる事だったな。
基本的に戦闘員は奇声しか発することが出来無いから…」
「声では判別出来ない。 欠番戦闘員は奇声に近い声質だったが、普通の戦闘員と違って会話をする事が出来た」
「声での確認が無理なら、後は体を確認するしか無い。 戦闘員の体には必ず施術後が残っている筈だ。
どっちにしろ欠番戦闘員の正体を知りたいのなら、直接正体を聞くか、力付くで拘束するしか無いと言うことだな」
「やっぱりそういう事になるよね…」
あの特徴的な黒装束を脱いだ戦闘員の見た目は、普通の人間と殆ど変わりは無い。
戦闘員が普通の衣服を纏って人込に紛れてしまったら、その中から戦闘員を見つけるのは難しいだろう。
しかし戦闘員には普通の人間と異なる箇所が何点か有り、この情報はガーディアンの戦士の基礎研修の時に教えられる基本事項にもなっている。
まず戦闘員は基本的に声帯を弄られており、口からは奇声以外の声が発せられなくなる。
そして戦闘員の体には、必ず戦闘員として改造された時に出来た施術跡があった。
ガーディアンが集めた戦闘員の情報によると、戦闘員には全て同じような施術跡が体に残っていたらしい。
恐らく戦闘員は全く同じ製法で作られているらしく、判を押したように同じ施術が行われているのだろう。
その施術跡の資料をガーディアン時代に見たことが有る黒羽は、スクリーンに映された施術跡の記録映像を思い出していた。
「…えっ?」
「っ!? どうした、黒羽?」
過去に見た戦闘員の施術跡の記憶が蘇った黒羽の脳裏に、先日目撃した大和の手術跡の記憶が重なる。
そして黒羽はある事実に気付き、驚きの余り手に持っていた携帯を床に落としてしまう。
異変を感じた白木の声が携帯から響く中で、黒羽は呆然とした表情のまま固まっていた。
この時黒羽は、自分が無意識の内に大和の手術跡を気にしていた理由を理解した。




