小鳥と見た夢
残酷な描写及び、カニバリズムにふれた描写があります。
苦手な方はブラウザバック推奨です。
基本一人称ですが、一部三人称あり。
小鳥。
私の小鳥。
私だけの小鳥。
あれ程大事に愛でていたのに、目を離した隙に消えてしまった。
どれだけ探しても見つからない。
小鳥。
私の小鳥。
一体どこにいるのだ?
私のアイテムボックスは壊れている。
一つ収納すると、その数が99個に増える。
そして全て取り出さない限り、99個のまま、減らない。
だから、アイテムボックスを使えるようになってから、私は物に不自由していない。
アイテムボックスから肉を取り出し、肉叩きで叩いて柔らかくする。それから塩と香辛料と香草で下味をつける。
そして肉が薄くなるまでひたすら叩いた。
薄くなった肉に乾酪と香草をのせて巻く。溶き卵にくぐらせ、麺麭粉をつけて油で揚げた。
揚げたてを一つ、アイテムボックスに入れる。
そして、アイテムボックスからスープを取り出した。
骨と筋肉をじっくり煮込んだスープは、灰汁を丹念に取り除いた為、とても澄んでいる。
それに小さく切った馬鈴薯や玉葱や人参を入れて火を通し、余った溶き卵を流しいれた。
麺麭をどうしようか悩み、止めた。
最近、この肉以外を食べる気がしない。
スープに入れたり、肉で包んだりして、なんとか少し食べられるくらいだ。
これは何の肉だったのか、あまり思い出せない。
前は、牛や豚や羊など様々な肉を食べていたし、野菜や果物もは勿論、麺麭や麺も普通に食べていた筈なんだが。
私は軽く頭をふった。
疲れているのだろう。
小鳥が、見つからないから。
私の小鳥。
あれだけ探しているというのに、見つからない。
見つけたら、もう逃がさない。
鎖で縛ってしまおうか。
それとも逃げられないように、切り落としてしまおうか。
私は食事を終えると、作業部屋に入った。
そして、小鳥の為の物を作る。
小鳥の身を飾る装飾品。
魔法で様々な効果を付与してあるそれらは、部屋に堆く積まれている。
小鳥を探すことと、小鳥の為の物を作ること。
私の日々の生活はほぼ、それで終わる。
小鳥の為の物は、増える一方だ。
ああ、小鳥。
会いたい。
触れたい。
その声が、聞きたい。
ある程度のところで、作業を止めた。
一息入れようと部屋を出たところで、人が来た。
小鳥が見つかった知らせでもなければ、会いたくも無い。
彼らは、おかしなことを言って、私を責めるだけなのだから。
門前払いにしようとしたが、あまりのしつこさに諦めた。
適当に相手をして追い返したほうが早そうだ。
客間に通し、茶を出す。
本当は何も出したくは無いが、仕方が無い。
そして、私は客人達を見つめた。
一人は、私の一応友人の範疇に入る男だ。
もう一人は、職場の同僚だった女だ。
彼らは、私に職場に戻れと煩い。
仕事などしたら、小鳥を探す時間が無くなってしまうではないか。
小鳥以外の存在に、縛られることなどごめんだ。
「ラーシュ……」
男--ステンが口を開いた。
その表情は、酷く苦く、声音は疲れたものだった。
「何度も言ったが、君の言う小鳥--イレイェン様は、もういない。死んだんだ」
何度も聞いた言葉。
本当におかしなことを言う。
小鳥が、死んだなんて、そんなことがある筈が無い。
「そうよ、ラーシュ。イレイェン様は、貴方の目の前で死んだじゃない」
ティルダもまた、おかしなことを言う。
この二人は、訪ねてきてはこのような事を言う。
小鳥は、見つからないだけだ。
それとも、この二人が見つからないように隠しているのか?
そして死んだ等という嘘を吐き、私から小鳥を奪おうとしているのか?
ステンが大きな溜息を吐き、肩を落とした。
「やはり、仕方がない、か……」
諦めたのだろうか。
それならば、とっとと帰ってもらいたい。
ここは、私と小鳥の家だ。
余人など出来得る限り居て欲しくない。
ステンは懐から何かを取り出した。
小さなそれは、おそらく魔道具。不審に思い、声をかける前に、ステンはそれを握りつぶした。
瞬間、それは眩い光を放ち、私は反射的に目を閉じた。
小鳥。
私の小鳥。
麗しのイレイェン姫。
艶やかな髪は、月の光を紡いだような淡い金色。
煙るような瞳は、朝靄に包まれた森のような、灰緑。
その愛らしい口唇から紡がれる歌は素晴らしく、金糸雀のよう。
母親の身分が低い為、あまり表には出ることがなかった、小鳥。
一目で惹かれて、ようやく手に入れた小鳥。
休み無しで働いていた為溜まっていた休暇を消化するという名目で、森の奥に屋敷を構え、小鳥と共に過ごした。
ずっと、幸せな日々が続くと思っていたのに。
まだ休暇は残っているというに、度々帰還を促された。
それを退けていたのが悪かったのだろうか。
所要で出かけていた私が戻ると、屋敷に小鳥はいなかった。
ほんの数刻であれ、やはり目を離してはいけなかったのだ
森の中で見つけた小鳥は、騎士達と居た。
王都に、戻るのだろう。
小鳥の名を呼び、取り返そうと術を編む。
そんな私に、小さな魔道具が投げつけられた。
その効果は、魔術の阻害。ほんの僅かな間しか効力は無いが、編んだ術は発現せずに消える。
その隙に、騎士の一人が私に向かって剣を抜いた。
術さえ使えれば、私の敵ではない。
だが、術が使えるまで二呼吸程の時間がかかる。
「ラーシュ……っ」
小鳥の悲鳴。
目に映るのは、私を庇って刃を受けた小鳥の姿。
小鳥の口唇が、微かに動く。言葉になる前に、小鳥の身体から力が抜ける。
術は、もう使える。
治癒術を編むが、効かない。
必死に何度も試みるが、全く効果を発揮しない。
「無駄だ……その剣には、即死が付与されていた」
騎士の言葉が、遠い。
必死に小鳥の名を呼び、小鳥を抱きしめた。
無造作に攻撃の術を周囲に浴びせ、私は館に戻った。
小鳥。
私だけの小鳥。
だんだんと失われる温もりに耐え切れず、私は小鳥をアイテムボックスにしまった。
その特性を、忘れたまま。
そう、小鳥は。
解体されてしまった。
アイテムボックスの中にあるのは、小鳥の成れの果て。
骨や肉片になってしまった小鳥。
そうして、私は小鳥が死んでしまったことを忘れた。
忘れたまま、小鳥だけを求め続けた。
私が食べていたのは、小鳥。
目を開けると、壁にかけられた鏡に自分の姿が映っていた。
艶の無いぼさぼさの髪。
落ち窪んだ眼窩。
骨の浮いた手を見下ろせば、伸びた爪の間に、赤黒いものがこびりついている。
さながら幽鬼のようなその姿。
こんな私を見たら、小鳥が怯えてしまうだろう。
頭をよぎった考えを追い払う。
小鳥は、もういないのだ。
先程までは気付かなかったが、室内は荒れている。
辛うじて卓子の上は無事だが、埃が溜まり、物が乱雑に散らばっている。
小鳥の死を忘れていた私は、同時に正気を手放していたのだろう。
今こうして思い出したのは、おそらく先程の魔道具の効果。
狂った私を見るに見かねたのだろう。
「ラーシュ」
様子の変わった私に、ステンが声をかけた。
魔道具が正しく効果を発揮したことに気付いたのだろう。
「ステン、礼を言おう」
「ラーシュ……っ」
ティルダが、感極まったような声を上げた。
私は余程彼らに心配をかけていたらしい。
「では、戻ってくるんだな」
ステンの言葉に、私はゆっくりと首を横に振った。
「どうして!?」
身を乗り出して叫ぶように問うティルダ。
どうしても何もない。
理由など、一つしかない。
「私は、小鳥のところへ逝く」
小鳥がいないのに、生きる意味などない。
最初から、そうすれば良かったのだ。
愚かにも正気を手放した所為で、小鳥の元へ逝くのが遅れてしまった。
ティルダが何か喚いているが、どうでも良い。
小鳥以外に、価値のあるものなど、何一つとしてない。
私は二人を帰らせた。
小鳥の元へ逝く事を、誰にも邪魔をされたくは無い。
ああ、私の小鳥。
私は小鳥の為に作った品や、思い出の品を、全てアイテムボックスにしまった。
叶うならばこの館ごと、収納してしまいたかったが、流石にそれはできなかった。
私が死ねば、このアイテムボックスの中身は誰も手にすることが出来無くなる。
小鳥に関わるものを、誰にも渡したくはなかった。
そして、私は自分の手足を術で切り落とすとアイテムボックスに収納した。
アイテムボックスは、生き物を収納することが出来無い。
それができるのならば、小鳥の身体が収まるアイテムボックスの中に、私も入っただろう。
せめて、一部なりとも小鳥と共にありたい。
自分の目を抉り、収納する。
小鳥を見ることが出来無い目など、元より必要など無かった。
舌や耳を切り取り、同じく収納する。
少しでも多く収納する為に、痛みを止め、血が流れないようにしてある。
私が死んだら、館に火を放たれるようにしてある。
小鳥に関わるものは全て、残さない。
誰にも渡さない。誰かの目に触れることすら、許せない。
心臓が入れられないのが残念だ。
私の心臓が小鳥に寄り添えないのだから……
館が炎上するのを、ステンとティルダはただ見つめていた。
こんな結末を、望んだのではなかったのに。
泣きながら館を見つめるティルダに、ステンは声をかけた。
「ティルダ……ラーシュを殺そうとしたのに、何故彼の死を嘆く?」
ティルダが、はっとしたようにステンを見た。
「気付いて……いたの」
ステンは頷いた。
「ラーシュとイレイェン様を連れ戻そうとする命に、即死を付与された剣はそぐわない。あの騎士はイレイェン様に懸想していた。ラーシェを殺せば手に入れられると、唆したのだろう?」
「そうよ……私は、ずっとラーシュが好きだった。あんなラーシュを見るくらいなら、いっそ死んでしまえばいいと思った。どうせイレイェン様だってすぐにラーシェを過去にしてしまうに決まっている。そうしたら、ラーシュを好きなのは私だけになる」
「だが、死んだのはイレイェン様。ラーシュが手に入れられると思ったか?」
ティルダは返事をせずに、館を見遣った。
「ラーシュがイレイェン様の死を受け入れれば、私がラーシュを慰める。ずっと傍にいれば、ラーシェだってきっと私を見てくれた筈なのに。でも、ラーシュは、私の事を見ようともしなかった。ううん。イレイェン様以外の存在は、ラーシュにとってそこらの石と同じ。もしかするとそれ以下かもしれない」
しばらく館を見つめていたティルダは、静かに呟いた。
「あの騎士は、イレイェン様を殺した罰を受けた。私も罰を受けるのでしょう」
ステンはそっとティルダの肩に手を乗せた。
「行こう。この結末を、報告しなくては」
崩れ落ちた館を一瞥すると、ステンはティルダを促して歩き出した。
ああ、小鳥。
私の小鳥。
今そちらに逝く。
『ラーシュ……』
小鳥の、声が聞こえる。
どこか悲しげな、泣き笑いのような表情の小鳥が見える。
迎えに来てくれたのか。
私の小鳥。
私は小鳥を抱きしめた。
私だけの小鳥。
もう二度と、離さない。
小鳥…………