第3幕~残照~
「申し訳ありませんが、出口調査にご協力お願いします。」
この呼びかけに応じてくれるものは意外と少ない。調査をする場所は全部で三か所であるが、ここは二か所目である。
「じゃあ、そろそろ行くか」
僕はもう1人いる調査員の女性に言った。協力してくれる人が少ない中でもなんとかある程度の人数から調査をし、次の三か所目へと移動することにした。
この場所は今までの中で1番非協力的であるように思われた。投票を終えて出てきた時に走っている人さえいる。
「何人聞けた?」
僕は女性の調査員に聞いてみた。
「男性が3人、女性が5人かな」
僕は軽くため息をついた。けっこうな人数に聞いているはずなのであるが、この数である。僕のほうは男性が2人、女性が5人である。
「ヤバい。来たね。」
女性はたった今、2人組の若い女性が入っていった入口を見ていた。
「なるほどね」
この調査の前に行われた研修時に担当者から他の会社の調査員もいることがある、と言われていた。前の2か所にはそれらしき人物はいなかった。僕は1,2か所目は公民館であったため、いなかったが、役場である3か所目にはいるかもしれないということは予想していた。その予想が当たったということである。
―食い合いになるな―
しばらくするとその若い2人組の女性が出てきた。調査員は投票所の責任者にあいさつをすることになっていた。僕ともう1人の女性の調査員がスーツを着てかっちりとした恰好をしているのに対してその女性2人はカジュアルな格好をしている。会社によってその辺は異なるのかもしれない。2人のうちの片方がふとこちらを振り向いた。僕はその人の顔を見たとき、心臓の鼓動が早まり、胃がかすかに震えるのを感じた。
「よっしゃー、終わった」
「やったね」
3か所目でついに目標である男女15人ずつの30人を達成できたのである。この非協力的な中でよくできたな、と思う。
「言っといた方がいいかな」
女性の調査員が別の会社の調査員2人を見て言った。2人は僕たちと違い、まだ終わる気配はなかった。後から来たから終わるのも遅いのかもしれない。
「そうだね。じゃあ、俺が行くよ」
と、軽くいったが、いざ話しかけるとなると緊張が体中を駆け抜けるのを感じた。時間も遅くなり、投票に来る人も減ってきていた。入口の横の椅子に腰かけていた2人に僕は近づいて行った。
「あのー、あとどのくらいいますか?」
僕から見て手前にいた女性が振り返った。心臓の鼓動が早まる。
「あと30分くらいですね。」
「僕たちはもう終了したのでこれで帰ります。ですので気にしないでやってください」
はい、とその女性は微笑んだ。その時、1組の年配の男女が役場に入っていった。
「すみませんが、どちらの局の調査ですか?」
「○○テレビです」
女性は右腕につけられている腕章を見せてきた。あの時と同じ、おっとりとした口調であった。
「それと、失礼ですが、学生さんですか?」
「はい、大学1年です」
この一見、唐突とも思える僕の質問に女性は不審そうな顔1つしなかった。
「そうですか。僕も大学1年で、あちらにいる女性も同じ1年生なんですよ。学校は全く違いますが」
僕はそこでふと役場の中を覗き込んだ。しかし、先ほどの投票者が出てくる気配はなかった。
「どちらの大学ですか?」
僕はここであの時この人に聞けなかったことを聞いた。
「△△大学です。あなたはどこの大学ですか?」
「僕は○○大学です。」
この人の通っているという△△大学は僕の通う大学よりも向こうではあるが、僕の家からは電車で1時間半くらいの場所にある。役場の入り口に先ほどの男女が歩いてくるのが見えた。
「そろそろ来ますよ」
女性が入口を確認し、慌てた様子で立ち上がった。
「じゃあ、僕たちはこれで失礼します」
僕は軽く頭を下げた。
「はい、お疲れ様です」
女性も軽く会釈をした。あの時と同じ笑顔で。
―またいつか会えるかもしれない―
帰りの電車に揺られる僕の心は今日1日の疲れを忘れさせるほどに温かいものが包み込んでいた。




