第二十一話 脱獄開始
夕方、日が沈みかけた頃扉の奥から、カチャカチャという食器の音が聞こえてきた。
半分以上が地面の下にあるので、だいぶ薄暗くなっている。
さっき気付いたことだが、この牢屋にはランプや蝋燭といった照明器具が備え付けられてないようだ。
囚人は、早く寝ろってことなのか、それとも経費削減なのか、それは分からない。だが、こんなに暗ければ夕食が運ばれてきてもロクに食べれないんじゃないだろうか。
そんな事を考えている内に、足音と食器を運ぶ音がかなり近くまで来ていた。
ミクルが言ったように、足音は二つある。
その音を聞いて、レイとミクルは配置についた。
あの後、レイがミクルの計画に補足をしていたのだ。
さすがにあの計画だけでは、心もとなかったからだ。
二人は息を潜めて静かに待った。
給仕婦と親兵をどれだけ手際よく倒せるかが脱獄の成功を左右すると言っても良い。
ガチャガチャと鍵を開ける音がして、ゆっくりと扉が開いた。開いた扉から光が入ってくる。どうやら廊下には照明があるようだ。
扉を開けて入ってきたのは親兵だった。
両手にお茶碗のようなカップを持っている。
親兵は牢に入ると顔をしかめた。その理由はベットとベットの間に転がっているミクルを見たからだった。
「おいお前、そこでなにをしている。
もう一人はどこへ行った。」
親兵は持っていた茶碗を床におくと、ミクルの胸ぐらを掴み上げると、そう言った。
もう一人、そう、この牢屋にはレイの姿が無かった。ベットにも床にも、もちろんトイレにも。
「アイツだけ逃げやがった。俺がついて行こうとしたら殴ってきて、今まで気絶してたんだ。」
ミクルは壁に空いている小さな窓を指差して言った。
少し言葉が固いが上出来かな、とレイはその会話を聞いて思った。
「なに、ここからだと?」
親兵はミクルをベットに投げ捨て、窓まで走っていき、鉄格子に手をかけた。さっきも言ったがこの窓はとても小さく、人が通れる大きさはない。
「バーカ、誰がそんなとこから逃げるかよ。」
ミクルはそう言うと、親兵の頭を思いっきりぶん殴った。
「ふがっ。」
親兵は鉄格子に頭をぶつけるとそのまま倒れてしまった。
ミクルは倒れた親兵に近づくと、親兵が腰に付けていた鍵をとった。
「レイ早くしろ、逃げるぞ。」
ミクルがそう言って振り返った先には、眠ったように静かな給仕婦を肩に担いだレイが立っていた。
「ああ、分かってる。こっちも大丈夫だよ。」
そう言ってレイは給仕婦をベットに寝かした。
なぜさっきまで見当たらなかったレイがここに居るのか、その理由は二人の作戦にある。
ミクルが床に倒れていた頃、レイがどこにいたかというと、扉の上だ。
この牢屋は空気確保のためか天井が高かった。レイはそこに目を付け、天井で待ち伏せする作戦を思いついたのだ。
レイは、夕食を運ぶ音が聞こえるとすぐに扉の上にスタンバイしたのだ。幼い頃から田舎で育ったレイにとっては、これくらいわけなかった。そして、レイは親兵が窓に近づくのを待って床に飛び、降り心配そうに牢の中を覗いていた給仕婦を一突きし気絶させたのだ。
ぶっつけ本番だとは思えないコンビネーションの良さだった。
ミクルはレイが給仕婦を寝かせるのを見ると、廊下を確認して牢を出た。レイもそれに続く。レイが廊下に出ると、ミクルはさっきの鍵で今出てきたばかりの牢に鍵をかけた。
「よし、じゃあ行くか。」
ミクルが抑えた声でそう言ったので、レイは黙って頷いた。
今レイのいる廊下は、牢と同じくかなり古い造りだった。壁には苔が生え、じめじめとした感じだ。その壁には等間隔で鉄の扉があった。時折呻き声のような音が聞こえる。ような気がする。
レイ達はその廊下を黙って歩き始めた。
建物の造りは、ミクルが知っていたので先に立って歩いているのはミクルだ。
しばらく歩いたところでミクルが止まった。足音をたてないように歩いたので、すごく時間がかかった気がする。本当は五十メートルも進んでないのだが。
ミクルが止まった場所は、ちょうど全体の中央で、レイから見て右側に階段があった。もちろん上りだ。
ミクルとレイは、一言も発することなくゆっくりと上っていく。ミクルの呼吸が少し早くなった気がする。レイも廊下にでてから鼓動が痛いほどに脈打っている。
階段は、十数段で終わった。
行き止まりは少し広い空間になっていて、椅子などが置いてあった。多分親兵の休憩所かなにかだろう。運が良いことに今は誰もいない。
その部屋の片隅に、これまた頑丈そうな扉があった。
レイはその扉のドアノブに静かに手をかけた。なんの抵抗もなく回る。どうやら鍵はかかっていないようだ。
レイがミクルに目をやると、ミクルが一回頷いた。準備OKの合図だ。
レイは深呼吸を一回すると扉を開けようと腕に力をこめた。
「おい、ちょっと待て。」
レイが扉を開けようとした瞬間、ミクルは声を上げた。
レイは驚き、五センチくらい開いていた扉を慌てて閉じた。勢い良く閉じたので少し大きな音がした。
「どうしたんだよ、びっくりするじゃないか。」
レイはミクルを睨むと、抑えた声で怒った。
「そんな抑えた声で怒られても怖くねぇよ。」
ミクルは、笑っているようだ。
「おいミクル、君真面目にやる気あるのか?
今はふざけている場合じゃないだろ。」
「分かった、分かったからそんなに怒るなよ。
それよりも、あれ見てみろよ。」
ミクルはそう言うと、部屋の片隅に置いてあった木箱を指差した。
縦30cm横50cm奥行き30cmほどの小さな箱だった。
箱の上には真っ白な紙に、大きく[禁]と書かれていた。




