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妖娘奇譚  作者: kazu
2/2

状況説明

「あれかい?」

椿が尋ねる。黒服の男は頷いた。

「ああ、標的の居場所だ。」

崖の上に立っている、二人の視線は、少し離れた所にそびえる五階建ての施設に向けられていた。

男は、その施設を中心に据えて、空で円を描いてみせる。

「選りすぐった手だれから構成される特殊部隊が、あれを包囲している・・正確には、包囲戦しかできない、という方が正しいか。」

「・・・。」

椿の方は、それでも話を聴いているのか、施設から眼下の森、施設への道、そして空と黙って視線を往復させる。

そして、とりあえず肝心の場所を確認した二人は、来る時に登って来た山道を下っていった。

「・・包囲戦しかできない、というのは?」

椿は男に訊く。

「・・まず、これは本来標的を捕まえる事だけが目的の計画だった。それで、明るいうちに森に入った奴らだが・・傷だらけになるか、おかしくなるか、迷ってしまうか。結局誰一人、施設に辿りつけていない。」

「・・・建物自体は窺えた。近くはないが、だが遠くもない様だが・・なぜだい?」

椿の問いに、少し男は黙る。

そして別の事を話した。

「当然空からという案が出たわけだが、干渉できやしなかった。」

「?」

椿は足を止めると、遅れてついてきた男を見る。その瞳は、詳しい説明を求めていた。男も立ち止まり、溜息をついてから言った。

「ヘリコプターの計器がおかしくなる。それに一定の距離から宙に壁があるみたいに飛べなくなる・・真昼間から馬鹿が脅しで小型ミサイルを撃ち込んだら・・途中で消えるか爆発する。」

「・・何とも、呆れた話だ。信じがたいね。」

椿の妙に淡々とした発言に、若干疑わしそうな視線を向けた男である。

「では、夜なら・・いや違うのか。化け物が相手というのなら、それはかえってまずいのかい?」

「・・いや、別にそういうわけじゃない。」

男はポケットから手帳を取り出すと、椿に渡した。

「証言だ。夜に森へ侵入し施設へ向かって、結果ある意味全滅した部隊の記録。」

手帳を受け取ると、椿はページをめくった。その瞳がすっと細められた。

「・・変に、馬鹿強い餓鬼が一人邪魔していて、あとは不安から見えた幻、転んだりした擦り傷か何か、と皆判断していた。だが夜になって気付いたらしい。明るい間は見えなかっただけだったのだと。」

男は林や、草等の間を指差す。

「メモにも書いてあるだろう・・・・・暗闇の中光る、たくさんの金色の瞳。」

「それで獣、というわけか。」

二人は再び歩き出す。

「そう、森を埋めつくすほどの獣の群れだ。そして、その中で踊る、一人の着物姿の少女を見て、ようやく彼等は思い知った。彼らが何を相手にしていたのか。昼は怪力小娘一人だったが・・・・実はもっと同類が存在していたという事を。安易に戦っても良い相手だったのか、どうかを、な。」

「・・それにしては。」

部隊の陣に入ると、椿は忙しく動き回る兵士達の姿を冷静に見る。

「随分意気盛んじゃないか?」

「ああ・・これは。」

そんな二人に、皮肉気な声がかかった。

「おお、おお。これは、これは。使い走りの上役様が何の御用で。」

椿と男は声の方を見る。

そこには、後ろに屈強な部下を引き連れ、だらしなく軍服を纏った、いかにも野卑な人物が立っていた。

「ハイエナ・・何度もいっているだろう。俺は只の中間管理職だと。」

「だから・・フクロウ君は良い御身分ですねぇ・・って皮肉っているわけだよぉ、ああぁ!」

突然声を荒上げたハイエナだが、フクロウは相手にしない。

「・・全て俺が望んでいるわけじゃない。状況が、俺を今の中途半端な地位につけた。もう、これ以上も以下もならない・・じゃあな。」

そう言ってから、椿を促し去ろうとしたフクロウだったが、ハイエナは許さなかった。

「おぉい、てめぇら。胸糞悪い奴がいるぜぇ。化物退治の前に、虫退治といこうやぁ!」

その呼びかけに応じて、テントやら何から、周囲に男達が集まってくる。

「そっちは・・なんと、女かぁ。」

「いやぁ、フク君悪いね。ストレスをもうヌきたくてしかたなかった所だぜ。」

椿は瞳を静かに閉じ、フクロウは溜息をついた。

「・・俺がやる。あんた程じゃないが、身体は丈夫だ。足止め及びサンドバックくらいはこなせる。」

その言葉に応えず、椿は息を静かに、だが大きく吸った。

「やれ!」

ハイエナの醜い声と共に、兵隊達は二人に飛びかかった。

瞬間、フクロウの前に椿が立っていた。だが結果は同じ、とでもいう風に動き出した彼等の下種な笑みは変わらない。

最初の男が椿の方に触れようとした時だった。

ゴキッ、と嫌な音が鳴った。

男は一拍置いて己の異常に気付き、余りの激痛に悲鳴を上げた。

「ぎゃあぁあああ!」

男の腕は途中で強く絞られていた。椿の黒い手に掴まれていたのだ。男の苦しむ姿に、後続の兵たちも動きを止めた。

そして肉が絶ち切れる音がした。

「ギャ。」

気絶したのか倒れこんだ男の前で、椿は千切れた男の右腕を一度宙に放り投げる。キャッチした途端兵達へ投げつけた。

「「「「・うわぁああああ。」」」」

退いた兵達を冷めた瞳で見据えると、椿は傍のフクロウの方を向いた。

「これが私の力だ。今までこれを見た依頼者は殆ど揃って・・。」

フクロウは頭をかいていた。どうやら事の始末にだけ困っているらしかった。

「ははっ。」

瞬間、驚いた様にフクロウは椿を見る。

椿の表情に、大きな変化は見られなかった。

「あんた、今・・。」

「どうか、したかい?」

フクロウは口を濁したが、軽く手を振り言った。

「何でもない。」

「そう。」

椿は真っ直ぐ進んでいく。腰を抜かしている男達を通り過ぎると、顔を青くし立ちすくんでいるハイエナの前に立つ。

「意外・・化け物と戦っているというから、もっとタフかと思っていたよ。」

フクロウが答える。

「言っていなかったか。一回の派遣で兵隊はほぼ再起不能。だが半面酷い怪我をしたものはいない。正直・・こちらは殺る気だが、まるっきり遊ばれているのさ。」

「・・それで。」

「だから、次に派遣されてきた増員部隊は、空気が読めず状況が分からず、包囲しかできない理由も考えられず不満たらたら、という奴が多い。」

そこで椿はハイエナから目をそらした。ハイエナは途端に膝をついた。

「ふーん、甘い、のか。少し幻滅かな。」

話が伝わっていったのか。

逆にシンと静かになった陣内をぶらぶらと椿は歩き始めた。付き従う様な形になってしまっているフクロウだが、特に不満の表情を見せることなく、椿に尋ねる。

「本当にそう思っているのか?」

「・・。」

「遊ばれている事が、恐ろしくはないのか?」

椿は、己の片手を見る。血の付いた黒の手袋を、そのまま締め直してから言った。

「これは挑戦だよ。ヒトの可能性を・・いや。」

椿は、なぜかそこで迷う。そして言い直した。

「強大なモノを、一見小さなモノが討ち破る、素晴らしい行為さ。私が高く評価している行為だ。」

椿とフクロウは、いつの間にか、再び外に出ていた。

満月に照らされた森は、騒がしさとは無縁で、どこまでも静かであり、そして異常な空間だった。

「・・ここまで来て作戦と呼べるか疑問だが。業を煮やした指揮官殿からの指令だ。相手の甘さにつけ込んだ物量作戦。丑三つ時に、全方位より突入を開始する。」

「・・御察しする。君の上司達の馬鹿さ加減に。」

椿とフクロウは、その場の流れで向かい合っていた。

「・・・俺は見届けるだけだ。この監査役としての役割も、性分も、俺を形作る一部なのさ。どこにも行けやしない。」

「・・不便な身の上だね。」

たった三日かそこらの付き合いのはずだったが、二人の間には、いったいどんな縁が結ばれたのだろうか。

フクロウは一度、その場を離れる。

椿はただ、月を眺めた。彼女の今の服装は、黒のチノパンに黒のポロシャツというものだった。そして両手に黒の手袋を嵌めていた。片方は血で汚れていたはずだが、もう浸みこんだのか、前と見分けが付かなかった。

どれ程の時が経ったのか。

風に吹かれる椿の耳には、いつしか誰かの笑う声が聴こえてきていた。

くす、くすという鈴の鳴る様な、娘の声だった。

「・・君を、私は殺す。」

呟いた椿の前、けたたましい笑い声と共に風が舞った。

「おい。」

そしてフクロウの声が、椿の背中にかけられた。

「時間だ。」

椿は振り向いた。

フクロウが一時呆気にとられた程はっきりとした微笑が、その顔に浮かんでいた。


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