プロローグ的なもの
初めまして。kazuです。
こういった投稿はした事がないので、緊張しています。
物語の流れは大体できていますが、誰かに一度見て頂きたいという気持ちが抑えきれず、まず書いてみる事に決めました。
自分勝手だと思いますが、宜しければ評価等の方お願いいたします。
「大。」
帝大は顔を上げ、山道の遥か先を臨む。僅かな皺の下、目を細め呟いた。
「年寄りを労れ。」
曲げていた膝を伸ばし、ゆっくりと傾斜を登っていった。
この季節は丁度真夏であり、時刻は昼過ぎである。空からは陽光が照りつけていた。
時が過ぎると、大の額からは幾らかの汗が流れ落ちる。時折液体を拭った手は、その度に視界を束の間奪っていた。
ある時、その手が降ろされた。
「ん。」
大の視線は、ある樹木に吸い寄せられた。
その幹の下、一人の娘がいた。
麦藁帽子を深く被って、紅いワンピースを纏っていた。
背中で腕を組み、幹に凭れている。
その帽子より零れた長い黒髪は、日陰から零れた分だけ陽を浴びて、細やかな光線の束となり、時折吹く涼風に靡いていた。
「ふむ。」
大は一歩一歩娘へと歩み寄っていき、すぐ目の前で漸く足を止めた。年寄りとしては未だ矍鑠とした背を屈めると、帽子の下に隠れた表情を覗き込もうとする。
同時に帽子が持ち上がる。
「遅かったじゃない。」
娘と大の目が合う。微かに驚いた翁の顔と比べ、娘の表情は落ち着いたものだった。
微笑みさえある。
その様な娘につられたのか、大にも笑みが浮かんだ。
姿勢を戻すと、肩を竦めてみせた。
「頑張ったつもりだが?」
「・・足りないの。」
すうっ、と娘は身を乗り出した。大の方へ、その顔を近づけてきた。
訝しげな男の耳元で、娘は甘く囁いた。
「あたしへの、渇望が。」
一拍間をおいて、娘は男から静かに離れた。
大は黙って娘を見つめていた。ただ、その額は急速に汗をかき始めていた。
娘の頬はぷうっ、と大きく膨らむ。しかし頑是ない仕草をしていても、娘は美しかった。
その端正な容貌は、和とも洋とも違う、全く別次元のものである。
物語の中で描かれるべきもの、と言い換えても良かった。
魔的な輝きを秘めた、宝石の如き両瞳を持ち、絵画に描かれる幼子の如きふくよかな、そして色づいてる頬に唇を有していた。
だが、決して人形の様なモノではない。
その肌はあくまで程良い白さを保ち、生の息遣いさえ感じさせ、触れればさぞや柔らかいだろうと想わせる代物だった。
芸術的な存在ではあるが、現に命を持ち、奔放に振舞っている。
そういう娘に、帝大は真剣な表情を向ける。
「そうじゃ、な。」
娘の頬が戻る。
不機嫌さが消えた代わりに、瞳は熱く潤み、男に対し何かを期待していた。
そして大は話す。
「五十の翁に何の故か付き合って、かれこれ三十年にもなるお前じゃ。だから、儂がくたばる、あとほんの少しまで、今更、傍を離れることはあるまい、と考えているわけじゃが?」
途中照れ臭げに、大は白髪を掻いた。
そして娘の方はといえば、どこか呆けた表情で固まった。
次に麦藁を下へ引っ張ってから俯くと、不貞腐れた様な声で言った。
「もうっ・・・初で可愛かったお爺さんは・・どこへ行ってしまったのよ?」
「誰じゃ、それは?」
呆れた表情の大であった。また、それは快心の笑みにも見てとれた。
大方、今まで相当、娘からいじられてきたのだろう。
どこかしみじみとした表情の大だが、その胸に何かが、ポスッ、と当たった。
「お、おい。」
いきなり娘が寄りかかってきたのだ。
受け止めた大だが、突然だった為か、差し伸べた手はあらぬ所にかかってしまう。
薄手の衣服に汗で張り付いた、小柄な娘の身体に不釣り合いな二つの隆起の一方へ、大の片手は添えられていた。
「なっ。」
大が慌てた拍子で、娘の帽子は取れてしまった。
「馬鹿ぁ。」
現れた、紅い頬に上目遣いという風情の娘に、大は息を呑んでしまう。
「・・なぁんて、ね。」
だがすぐに表情を一変させると、娘は小悪魔の笑みを浮かべる。
「・・毎度慌てさせおってからに。」
ほっと息をついた男を、娘は愉しそうに眺めた。
だが、先程己の背に廻されかけていた手が離れ、今己の肌に触れている手が浮き始めているのを見て、娘に変化が生じた。
妖艶な表情の中に、哀しく切ないものが過った。
娘は男に密着する。
「何を。」
「黙って。」
胸の上にあった男の手を、娘のそれが押さえた。
ワンピースから伸びたすらりとした足を男の下肢に絡め、弾力のありそうな太腿で男の局部を挟むような姿勢を取る。
そして煽る様に身体を上下させ始め、その唇は、大の乾いたソレを激しく求めた。
そんな娘の勢いに、男も徐々に応え始める。
潤った唇を、果実を喰らうかのように味わい、拳の中にある隆起を布の上からでもしっかりと揉んだ。
「・・はぁはぁ。」
「あんっ・・ああんっ。」
男は荒い息遣いを発し、娘は嬌声を決して抑えようとしない。
やがて木陰で絶頂と法悦の声が響き渡った。
半ば崩れ落ちた娘を、膝をついた男は守るかのように覆う。
互いに乱れた服の下、二人は繋がっていた。
「・・しずく。」
決して離すことはないとばかりに力強く抱きしめられ、娘はようやく安心したかのように瞳を閉じる。
男の胸へ、その小さな顔を埋めたのだった。
「姫様ぁ。」
娘は顔を上げる。
その瞳を優しく細めた。
「なあに?」
娘の視線の先にいた小さな少女は、持っていたトレイごとお茶を娘へ差し出す。
にっこりと笑った。
「暖かいお茶を、お持ちしました。」
その声音は幼く、だが一所懸命さが窺えて、健気だった。
「・・ふふっ、ありがとぉ。」
娘はしなやかな腕を伸ばし、その器を受け取った。
そして一口、湯気の立つ液体を含む。
「あぁ・・あったかいの。」
漏れた呟きに、少女は嬉しそうに微笑んだ。
小さな肩も窄めた。
まるで娘からの評価は、何であっても嬉しいかの様な佇まいだった。
「・・ふーん。」
体操座りの娘は、組んだ己の腕に頭を乗せ、ぼんやりと少女を眺め始める。
その少女は、白のシャツに紅の釣りスカートを身につけており、上からは花柄のエプロンを纏っていた。髪型はおかっぱであり、美しいよりも、可愛く愛嬌のある顔だちであった。
「・・あの。」
少女は小首を傾げ、不思議そうに娘を見返した。
「どうか、なされましたか、姫様?。」
「・・ううん。」
娘は笑んだ。
「貴方は変わらないなぁ、と思ったの。」
それを聴いた少女の表情は、どこか複雑なものへと変化する。
若干不安の色も混じった。
外見とは不似合いに老成したものさえあった。
「誰・・とですか。幼馴染をずっと待っていた少女、それとも幼馴染にずっと仕えていた老婆でしょうか。魂が二つに分かれて異なる存在として歳月を送った二人・・・いったいどちらでしょう?」
そこで娘は少女を安心させるかの様に、首を横に振った。
「別に悪口じゃないの。只・・誰かを慕っている姿が、とっても可愛らしい所が、ね。ふふっ、昔、大と一緒にいたあたしの事は、いっつも睨みつけていたのにねぇ。」
「そ、それは、そのぅ・・・・。」
娘のからかう様な口調に、恥じらいの色を浮かべた少女であった。
だが、すぐに哀しい顔になる。
「結局・・・・私達では、あの方を・・大様を救えませんでした。そして・・今の私達は姫様に取り込まれた存在。姫様がいないと・・大様の代わりに、依存できる誰かがいないと、私は・・・・つくづく、情けない、です、よ、ねぇ?」
急にぐずりはじめた少女に対して、娘の方は、仕方ない子と呆れた表情を見せる。
少し厳しい口調で言い放つ。
「貴方自身の気持ちを汚すのは止しなさい。大がそれを望むとでも思うの?」
「ふ、うぇん。い、いいえ。」
娘は優しく語り聞かせる。
「らしくもない事を、あたしに言わせないで頂戴。あたしにとっては、それでも貴方達はずっと友達だったの。いじって楽しいし、反抗されると苛めたくなっちゃった。そして今の貴方は特に・・あたしの色に染め上げたいと想っている・・・でも忘れないで・・あたしは、いつだって貴方を貶めたいわけではない事を。」
言い終えて、娘はすうっ、と立ち上がった。そして周囲を見渡した。
そこは見た目トイレであった。正確には、似たもの、になる。なにせ駅のモノ以上の、恐ろしい程の広さなのだ。
そんな広々とした空間で、二人は、その身を近づけ存在していたのだ。
「だから、ねぇ・・ハナ。」
娘はくるり、くるりと廻り始める。動きながらも、光が伸びている窓へと進んでいった。
大きな窓から月光が差し込み、タイルを照らしていた。
光の中の娘に、少女は見惚れる。
よっ、と窓の縁に乗った娘は、魅力的な微笑みと共に少女を振り返る。
「・・・・あたしの傍に、変わらずいて欲しいの。貴方の苦悩は、あたしが今まで通り呑みこむ。恥ずかしくても、泣きながらも、そして怒りながらも・・それでも貴方が笑っていてくれるのなら、きっと安すぎる代償なの。」
そこまで聴き、もう少女は泣いてなどいなかった。
円らな瞳をほんのりと赤くしながらも、少女はしっかりと答える事ができる。
「は、はいっ。かしこまりましたです。大様の、そして・・私の大切な、妖かしの姫様ぁ。」
「まず・・ごめんなさい、と。そう謝るのです。」
呟いた少年は、そして俯く。
少年のいる場所は、酷く静かだった。他の生物の気配はない。
只一人、未だ息を漏らす。
「・・さて。」
少年は背中から、一本のナイフを取りだす。
そして、流れる様に喉へ構えた。そこに躊躇いはなかった。
「躊躇は、地獄への甘い誘い。」
そう言い切った少年の顔に、だが地獄とやらへの恐怖は見えない。
只悲しみと虚しさが過った。
「僕は・・いない方が救われる。」
瞬間、ナイフは少年の喉に突き立った。何かが噴き出た音が鳴り、座り込んでいた誰かが完全に倒れ伏した様な音が、空間に響いた。
そして数刻経ち、その空間を穏やかな光が照らす。
ありていに言えば、そこは学校のトイレだった。死んだ少年はズボンを履いていたのだから、おそらく男子トイレなのだろう。
そんな曖昧な表現は、窓から差し込む月光に照らされた少年の躯で理解されただろう。
はっきり言って、それはまさしく少女だった。背も、制服も普通だが、それ以外の部位が、少年と形容するには余りに難しかった。
和人形の様に整った容姿を持つ。髪の方はやや長いのか。なで肩で、すらりとした体躯を有する。
半袖のシャツより抜き出た両腕、襟元から覗いた首元等は病的な程に白く、月の静かな光に映えて、どこか退廃的、純潔を否定しているような雰囲気を漂わせていた。
体より流れた紅い液体等は、もはや凝固して、タイルの上、網目の芸術を描く。
そんな、美しくも無残な情景は、時が停まっている様にさえ思われた空間に、いつまでも残されてしまうのだろうか。
ただ、鈴の鳴る様な声だけが、躯の傍で響いてくれた。
「なんて、綺麗な子なの?」
やがて、当たり前の如くに夜明けが訪れた時、その男子トイレには、少年のいた痕跡も、惨劇を想起させるものも、何一つ残ってはいなかったのである。
「例えばこの子は・・今どこにいるのか?」
早朝女性は呟くと、しばらく瞳を閉じる。
やがて開くと、至近距離で視界を覆っていたモノをようやく取り除いた。
『行方不明』という古い記事をもう一度何ともなしに確認すると、几帳面な風に紙面を畳み、女性はソファから上体を起こす。
小さく欠伸した。少し寝癖が立った髪を、手で直接直す。
「・・さて。」
以上で準備完了だ、とでも言うような表情で、女性は自身の周囲を見渡した。
そこは、古びれた借りビルの3階にある一室である。
何かの事務所か、居住スペースと一緒になっている曖昧なタイプである。
ありがちな部屋の乱雑さ等は、自らの手入れに気を使わない癖、奇妙な所で拘りを発揮する質と考えられる女性らしく、皆無だった。
何気なく玄関の方へと瞳を向けた瞬間である。
ピンポーン、と色気のない音が鳴った。
「・・・早速、来た。」
訪れた客は一人だった。まず女性は機械的に尋ねる。
「・・用件は?」
「愛想がないぜ。女。」
その男は、机を挟んで己を睨んだ女性に対し、只苦笑しただけだった。
「・・。」
男に対する出迎えからお茶出しまで、無表情を崩さなかった女性ではあるが、男の比較的柔らかな態度に、ほんの少し顔の筋肉を緩めた。
決して笑みではない。
「・・依頼人としては、まず悪くないよ。」
「そりゃ、どうも。」
男もほっとした様子だ。
「それで女・・いや、『造花』の椿さんよ。あんたに頼みたいのは・・暗殺だ。」
「ふうん。」
女性は先を促す仕草をする。
「他の同業者も頭で考えてはみたが・・その時点で駄目だったよ。あんた以外じゃ、はっきり言って心もとない。任務の成功率とかじゃない。殺した数とかでもない。やり方の、暗殺者としての在り方の異常性が、あんたはずば抜けていたからだ。」
女性はかつん、かつん、と曲げた指で、机の上を叩き出す。
「・・人は勿論のこと、手に負えなくなった危険生物も標的となりえる。それも素手やら暗器やらで・・このご時世にどこの忍者か、と初めて耳にした時は呆れたぜ。ただの噂か、とも思ったが・・これを見ちゃあな。」
男はファイルを机に投げ出した。女性は手を伸ばすと、一枚一枚見始める。
「あんた、自分のアルバムをそんな目新しい様子でよく読めるな。結構希少だぜ。そういうタイプ。」
そのファイルに、女性の今まで携わった『暗殺』が書き連ねられていた。
「人については・・いいや、この際飛ばすか・・今回の仕事にほぼ関係ないしな。獣に虫にハ虫類、命あるものなら問わず標的として狙いえるときた。規模が大きいのか小さいのかイマイチ分からないが。変わっているよ、あんたは。依頼によっては、とある種を容赦なく絶滅させた事もあるそうじゃないか?」
女性の反応は淡白なものだ。
「それらも、私からすれば暗殺に違いない。人程に誰も気にとめないからね。暗殺とは・・自然に、あるべき形としてソレが死ぬ事だ。ソレが亡くなる事を、記録的に、歴史的に、そして人為的に、いつの間にか、行ってみせる事。私はそう考えている。人がおぼろげにもソレの『死』を知るのは、記録を見た後さ。銃火器なんて使用してみなよ。ヒトによる大量虐殺でも起きたのだと、その場でばれてしまうじゃないか。」
理由はもっと他にあるけど、と女性は最後に言う。
男は深く頷いた。
「・・ああ、確信した。あんただ。やっぱりあんたしかいない。」
女性は男をまっすぐ見る。
「それで・・依頼は?」
男にはきっと感じ取れていた。
女性に隠れた闘争心、執着を、湧き上がる喜びを肌身に感じていただろう。
冷房が効いた室内で、それでも男がかいていた汗が証明する。
そして男は再び苦笑する。
外見はそれ程女性と歳が変わらないにも関わらず、まるで困った可愛い妹を見る様な表情を浮かべてみせたのだ。
「ああ・・・お望み通り化物だぜ。不老不死と怪力と狼人間ときた・・・そして見た目は餓鬼共。糞餓鬼三匹さ。凄いだろ。幾つもの組織が奴らの秘密を知りたがって、捕まえようとして、どうしようもないくらいに踊らされてる。」
「ああ・・・良いね。」
女性の声は快く震えた。
「・・・・だろう?」
男の表情は、急にどこか寂しそうなものになった。
女性はファイルを男へ丁寧に返す。
「依頼は・・もちろん、受けるとしようか。詳しい事は後日・・いやぜひにとも、ここ二日でしっかりとまとめようじゃないか?」
「・・・了解したぜ、椿さ・・いや、椿。」
男の去り際になってから、女性はふと思いだしたように尋ねる。
「先程、どうしてあんな顔を?。」
「なんとなく、かな。」
女性を振り返った男は、どこかシニカルな笑みを浮かべる。普通に似合っていた。
「ふと、あんたには・・話さない方が良かったのかな、と思ってね。あんたとは初めて会うが、それでも、あんたがこの件に関わることになるのが・・どうにも切なくなってしまったのさ。あんたの方こそ、何か遠く憧れていた何かがようやく手に入る、って顔していた癖によ。」
「・・・。」
「昔は、始まりは皆同じだった。良くも悪くも、俺はこんな風になり果てたけど。あんたはどうだい?」
男は女性を見つめる。
「依頼の遂行中は、まあ、なるべくあんたに付き添わせてもらうさ・・だから最期まで、見届けさせてくれよな。今までも、そしてこれからも、どうせ凡人だろう俺に。あんたの逝き様を、さ?」
そして男はとうとう去って行った。
見送る女性の顔は、どこかぼうっ、としていた。奇妙な表情だった。
「君・・何の、事だい?」
男は人の少ない時間に町を歩いていった。
「ミイラ取りがミイラ・・なんてなぁ。」
一人呟き、早朝の霧の中へと、その身を沈めていった男の瞳には、自嘲と憧憬、そして羨望の色が入り混じっていた。