娘を渡せと言われて渡す親なんていない
どうしてそんなに可愛いの。生まれた娘に対して思った気持ちが溢れて仕方ない。どうしてこんなに小さいの。
出産の痛みにより転生したことを思い出したセラニーは、生まれる前に「この子を産んだら出ていく」という前の肉体の持ち主の思考を破って出てきた女だ。
娘が生まれる寸前に今世も生まれた己は、子供と共に苦しい気持ちもポロリと出たらしい。子供なんていらないと思った考えもわからなくはない。なんせ、この子を妊娠するまで義母に早く妊娠しろと孫産め、産め産め攻撃をされたのだ。
しかも、先ほどの話だが女の子と知ると義母が一目散にこちらへ来て「女の子?」と期待外れな性別を生んだことを責める目をしたので、こちらから睨みつけてやった。
低い声で「出ていけ」とボロボロの顔で言うとめちゃくちゃ怯んだのは、今思い出しても笑える。その後、夫がうんざりした顔と離婚届を持ってやってきた。
もちろん喜んでサインして、今後娘の人権への干渉すら放棄する権利ももぎ取っておいた。親権というものにあたる。これでこの男とも顔を合わさずに済む。
今回のことは先ほどまで義母にあの女は生意気だから別れろと喚かれて、めんどくさくなった夫が嫌になって楽な方向に行きたくてサインを持ってきたからだ。
なぜ知っているのかと言うと、病院の部屋の外でネチネチ責められていた声がここまで聞こえていたから。
病院の中も外も明日はあそこの、元夫の家の醜態と外道さに対する噂と事実がドワッと広まっているに違いない。次の嫁の貰い手はなさそうだ。娘を抱っこしながら笑った。
退院するとすぐさま娘を託児所に預けて仕事を探した。高位貴族の図書室管理の枠がたまたま運良く開いたので、えいやっと飛び込む形で雇用された。正直もう貴族に関わるのは控えたかったが、娘を養うのに選択肢を選ぶ余裕はない。
あの子は己が育てる。気概を持って、娘のために部屋を借りてそこから託児所に引き続き預けながら真面目にせっせと、前しか見ない仕事をした。
それから三ヶ月ほど経った頃、雇い主の次男に話しかけられる。この本を探しているのだがと話しかけられたのだが、これも仕事内容のうちなので私欲なしの職務に忠実な仕事振りをみせた。
純粋にボーナスくらいは出ないかなという下心ありきのものなので、私欲ありありなのは認める。けれど、そこから予想外に次男から話しかけられる頻度が増えた。
しつこいということもなく、男女の距離をしっかり守ったもので仕事も邪魔をするわけでもない、とても紳士的な対応だ。
「セラニーさん。この本ってシリーズあるかな?」
「ありますよ」
砕けた口調になってきたあちらとは違い、こちらは仕事なので言葉も態度も崩さずに接する。
「こちらです」
本を渡すとはにかむ相手。廊下に出るのを見送って今日の業務を終わらせて、スキップしそうな勢いで娘を迎えに行く。施設の人が我が子を手に近寄ってきてくれるので、ありがたく受け取る。
「帰りましょうね」
「うー、あうー」
今のは真似をしたのかもしれない。なんて親バカをしながら帰宅。が、途中で人影がゆらっと現れてヒッと顔を上げた。
「えっ!?」
「セラニー……やっと見つけた」
「は?」
元夫だった。何しにきたんだと思っていると彼はヘラヘラとして聞いてもないのに、今の現状を勝手に話し始めた。聞きたくないのだが。
「実はな」
話をまとめると子供を作る能力が他の人たちより薄い、と診断されたのだとか。だから、娘を産んだセラニーから赤子を貰い受けにきたのだ、と悪びれもなく言い出す。
「親権を失ってるんだから無理に決まってるでしょ。消えて!」
強い言葉で詰ると元夫はヘラヘラ顔を汗まみれにした。
「母さんが、母さんがさぁ、孫を産めないのならお前の子供を取ってこいってさぁ。なぁ?わかるだろ?」
「わかってたまるもんですか。二度と現れないで。娘の教育に悪い家なんかに渡すわけないでしょ。あなたみたいな人間になるんだから。あなた絶対に、この子を身代わりにするのは分かり切ってるの」
義母の責苦から逃れるために子供を盾にする。防波堤にすると指摘してやると、大人の男の相手は髪をぐしゃぐしゃにした。
「母さんはな、願いが叶うまで仕事中だろうと話し続けるんだよぉ。食事中もずっと愚痴を言い続けて。離婚届を書かせたのは誰のせいなんだよぉ」
明らかに精神的に壊れかけていた。この男はもうダメだ。隈があったので寝られていないのかも。一瞬で逆方向に走った。母親の加害行為と劣悪な環境に娘を巻き込むわけがないだろう、と心の中で叫びながら。
走りながらどう逃げようと考えて、曲がり角を曲がると名前を呼ばれた気がしたが、空耳だろうと走り抜ける。
「セラニー〜!逃げるな!お前だけ逃げるなんて許さないっ」
追いかけてくる男の声が聞こえて恐怖心が高まる。走って走ってもうダメだと諦めていたら、笛が鳴り響き警備のために配備されている兵士たちが後ろへ集まるのでハッとなった。
「がふっ!離せ!」
「婦女を白昼堂々追いかけるとは何様だ貴様!」
「逮捕だ!」
「若様、それは我々のセリフですので」
「む、そうか」
「そうですよ」
やり取りが聞こえて、恐る恐るきた道を戻り角から顔をちょっとだけ出せば、なんとなんと元夫がお縄に付いているではないか。
「おや、セラニーさん。この通りもう大丈夫ですよ」
そこにいたのは警邏だけではなく、図書室に通う次男のデーリュも佇んでいた。なぜここに。
「あなたの忘れ物があって、ついでに散歩でもしようかと思って歩いていたらあなたが尋常じゃない様子でいたので」
こちらの怪訝な心情を察したのか、先手を打った言葉を次々出す。懐を探ってこちらへ寄越すもの確かにセラニーの忘れ物だった。
恐る恐る受け取ると赤ん坊を持っているのも伏せて見られながら、ぺこりと頭を下げる。助けてもらったのだろかと辛うじて把握して、なんとか疲れた頭を回転させた。
デーリュはなんのなんの、と図書室と性格が変化している違和感をかなり感じて、やけに差を感じさせる。今の方が素っぽいというか。
「あの男性に見覚えはあるのでしょうか」
「元夫です。子供を作ることができなくなったから娘の親権をなくしたのに、子供を寄越せと言われたので逃げました」
様子が変であったし、と加えて事情をさらに説明すると彼はふむふむと声をあげる。ちょっと変わってるけど面白い人だ。
「あの男は現行犯ですので罪に問われますが」
デーリュが気を使ってくれる。ここで解放しても構わないという意思確認だろう。
「いいえ、連れて行ってください。彼にとって、家よりよほどマシな環境に入れた方がいいでしょうし」
義母と離れられる上に少なくとも面会さえ許可しなければ、近寄ることは不可能だ。保釈金も受けることをやめれば無理矢理出ることもできないので、彼の望む静かな生活はしばらく確保できるに違いない。
娘にも今後近寄られたくないので裁判をしてでも、近寄ると捕まるようなペナルティを付けるためにこちらも用意しないといけないと気合を入れた。
「ん……可愛い」
「え」
「あ、いえ、なんでもないです」
ボソッと聞こえた気がしたが相手がなんでもないと言うのだから、それ以上聞けるわけもなく。デーリュは送り届けます、と自宅へ共にエスコートしてくれた。照れたように笑う顔が可愛いなと思う。娘の次に、だが。
お礼を言って自宅に向かうと彼は手を振り最後まで見送ってくれた。被害者だから、安心させようとしてくれる気配に頭が上がらない。
何かお礼をしたいなと思ったが自分の買えるものでよい品を、貴族の彼に送っても大した物はなさそうで困った。娘に笑いかけながら柔らかなお腹をポンポンと優しく触る。
三日後、お休みを強制的に職場から取らされて申し訳なさにこちらもどうしても、今日から働くことをお願いしたら渋々許可された。
休み続けるのは助けてもらったのにそれは悪い、という気持ちが強いのだ。ぜひ娘を連れてきてくるといい、と特別に許可を得たから連れてきてしまう。
せっかくなので様子見だ。泣いたら外に出てなきやませるしかないけれど。ダメなら一日で体験終了だ。
「可愛いね」
「ありがとうございます」
「いや、私が許可したんだから」
「ご迷惑をおかけするかもしれませんが」
「母が赤ん坊が泣くのは当たり前だから文句を言うなと周りに言いふくめているんだ。文句を言ったら多分過去、私たちの夜泣きを前に出してあの時あなたはよく泣いて使用人たちは、てんやわんやだったと言い出すだろう」
デーリュは笑ってなんでもないように首を振る。今回のことを家族に話したら赤ん坊を連れてくるように言いなさいと高位貴族の婦人、彼の母親が言い出したのだそう。
赤ん坊の存在に少しでも触れたいのだろうとは、彼の談。話していてわかったが、彼は今貴族の話し方をしている。事件の時は私的な話し方だったのだろうな。
仲の良い家族で羨ましくなった。セラニーも娘とこんな家族になりたい。今後、この家族をモデルにして母娘の生活を確立させたいと強く感じた。
「あの、お礼を何かしたいのですが」
「お礼……?あ、いやいや、気にしないでくれ」
首を振り顔を赤くする男にこちらも引きずられて、かなり照れてしまう。
「そんなわけには。なにか……えっと、欲しいものとかはあったりなんて」
恐々と高額な物は無理、というニュアンスをつけながら問いかけた。彼はぶんぶんと首をさらに振る。
「いや、いやいや。うん。大丈夫だ。決して私利私欲を押し付けたりなんてしない。それに、願いは叶ってるんだ」
「叶ってるんですか?」
「そ、そうだな。だから……ああ!」
彼は突然声を張り上げた。
「その、今後も長く勤めてくれればいい。あと、少し話に付き合ってくれれば」
些細な言葉に呆気に取られて、それでいいならいくらでも話すと告げる。デーリュはパァと顔色を明るくさせてにこりと笑う。
仕事が終わり、夕方になったので我が子を手に帰宅の準備をする。高位貴族の裏門を通ると前方に影が立ち塞がり、この現れ方は最近同じ経験をしたと思い出して上を向く。
「あんたぁ……」
見なくてもわかっていた。
「息子と孫を返しなさいよぉ……」
元夫の母親、義母である。元凶オブ元凶。全ての不幸と原因の根源。彼女が何か言えばなにもかもうまくいかなくなり、噛み合わなくなる呪いのアイテムに匹敵する存在。
「どちらもあなたのものではないし、私のものでもありませんね」
きっぱり正論を言うと、息子が捕まった現実を思い知らされて理想の生活が崩壊した目とバッチリ合う。
「うるさいっ!返せっ!」
「うるさい近所迷惑なのはあなたですよ、あなた」
義理の母親で、もう違う女は怒りのボルテージがグンッと上がったのかカバンから包丁を持ってきたらしく、取り出す。この鬼みたいな女はまだ貴族だったはずだけど、こんなことをしてそれすら危ぶまれるんじゃないのか。
「疫病神め!」
百パーセントブーメランがブッ刺さることを言われながら、包丁が突き出される。
──カーンッッ!
金属音が辺りにぐわりと響き渡る。哀れな女は、ジンジンするのだろう手の感覚にセラニーの持つものを凝視すると、こちらを忌々しそうに睨みつけた。
「なに、それっ。なんで、そんなものぉっ」
「スキレットって便利なんですよ、元御母様」
目を細めて手をひねると相手の包丁をスキレットでぶっ叩いて「ウッ」と怯んだ顔を思いっきり今までの怨を込めて、振り払った。
──ゴス!
「フボッ!」
ちょっと吹き飛んだ。貴族って柔だ。
「元御母様、元嫁姑バトルは私の勝ちですね」
語尾のテンションを上げて尻でも一つ終わらせてあげようと近寄れば、まるで悪魔を見たように「ひぃやあああ!」と被害者面してくる。そっちが先に仕掛けたくせに。
「そこまでだ!現行犯であなたを逮捕する!」
「若様、それは我々のセリフだと先日も言いましたよ」
「いやっ、今回こそ見せ場を彼女に……ん?」
兵たちをゾロゾロ引き連れたデーリュがやってきた。騒ぎが屋敷まで響いて、気付かれたみたいだ。知り合いの次男の男はこちらを見てからしばらく状況を把握していなかったが、後ろについてきていた人たちはテキパキと元義母と包丁を押収していく。
「痛い……痛い……」
元義理の母親は元嫁が、本気でスキレットを持って躊躇なく顔を叩くなど予想してなかったのだろう。逆にこちらがびっくりするくらい唖然としていて、心を折られているとわかるくらい茫然自失な足取りで、ヨタヨタとされるがままに連れて行かれた。
ポカンとしているのは加害者だけではなく、デーリュもゆっくりこちらにやってきて、頬がエグいほど腫れた襲撃者と何も怪我をしていないこちらを見比べる。
「その、怪我は、あるか?」
非常に何か言いたげに言われるのでクスリと笑ってございませんよ、と教えた。
「あれは君が?」
「敵襲は予想していましたから」
「そうなのか!?教えてくれれば対策をしたのに……また後手に」
ひどく落ち込む若様と呼ばれていた凛々しさは、もうどこにもない。しかし、応援を呼んできてくれて危機に駆けつけてくれた気持ちは、とても感謝するべき貴重なことだ。
「助けに来てくださってありがとうございました」
礼を言うと何もしてないだろうとまだ目をしょぼんとさせていて、可愛い人だと笑みが緩む。娘の次に可愛いのは変わらないが、ちょっとはサブで推してもいいかもしれない。
なんてことを今思うのは不謹慎なのかも。何度も言わせてもらうけれど、元は付くが義母と夫(離婚済み)がどちらも捕まったばかりの出来事が連続して、かなり疲れたのは確かだ。
セラニーはデーリュに顔を向けて首をすくめながらスキレットを隠しながらコソコソ娘のいる屋敷内に戻る。まだ娘はここへ連れて来ていない。
一日前から付けられていることを察知してどうやら女だということ、こちらに恨みを抱いていることをビビッと感じ取ると大体候補は絞られる。
孫を取り返せと送り出した孫が捕まったと知った母親の取る行動は己にもある意味、当てはまるから。同じにされたくはないが、心理はまあまあ理解できる。なので、迎え撃ったということだ。
「お怪我がなくてよかった」
ちゃんと心配している声音にこちらこそ変なことに巻き込んですみません、と謝る。まあ、セラニーのせいではないのだけれど一応。中に入ってから娘に顔を見せ「お母さん勝ったよ」と報告するとあうあうと共に喜びを共有してくれた。
デーリュもずっとついてくる。帰ろうとしたら呼び止められて、頭を手で撫でる彼は真面目な顔を浮かべた。今回とは関係ないが、娘を産んだ日にたまたま病院の病室の近くに視察で来ていたのだと。
迷惑な母息子たちの会話を聞き、目を尖らせていると産んだばかりで満身創痍なのに二人を追い出す姿を目撃して、それ以来忘れられなくてと言われた。
思わぬ初エンカウントにあのボロボロで見るに絶えない状態の姿を見られた上に、鬼神のように二人を追い払った姿まで目撃されていたなんて濁流でも浴びて、速攻今すぐ速やかに忘れていただきたい。
「あのとんでもない親子はうちではブラックリスト入りしていたので、関係などをいずれ切ろうと考えていた。一件だけ昔から購入していたものがあったが、前回の件も含めて切った。あちらはまだ知らないかもしれないが」
知らない事実ばかりがポロポロ出てくる。目を丸くしていると更なる情報過多が。
「その、惚れたのだ……」
遠回しに色々言っていたが、言いたかったのはそちらだったらしい。
「あ、ありがとございます」
なぜか敬語で答えた。
「き、気持ちだけ知っていてくれたらと。あと、今後も話してくれるだけでいい」
頬を染めてチラッとこちらを見る大人の男、あざとい。あざといのに可愛い。これは天然物だな。娘が相槌にアー、と呟いた。
さて、元夫たちはどうなったのかというと、後日のことになるが義母は高位貴族に雇用されている人間を襲ったので有罪とされた。包丁を話し合いもせず問答無用で取り出したことも重く加味され、捕まった。
元夫はそのまま檻で過ごしていたが、そこから出た後に母親がもう屋敷にいないと知って、満面の笑みで自宅に帰った。そんな状態なら家が縮小しても、特に不満に思わないと様子見されている。
息子が会いに来ないことにずっと文句を言っているのが、簡単に脳内再生余裕だ。情報としての報告書をデーリュからプレゼントみたいに渡されたので、読み終えると彼は得意げに胸を張る。
「どうだ?推しに貢いでみた」
嬉しそうに話しかけてくると可愛いなあ、と癒される時点で逃れられる未来も一緒に幸せにされてしまう将来がビジョンとして浮かんでしまうあたり、手遅れなのだろう。
「ふふ。百万点です」
「ひゃ!?……おおっ!父上、兄上、私はやりました〜!」
「デーリュ、赤ん坊が起きるでしょう?」
彼の母親が図書室の廊下で仕方ない息子ですこと、と言いながら愛娘とセラニーにおっとり笑いかけて「ふつつかな息子ですれど、よろしくお願いしますわね」と上品なよい香りをさせながら、しゃなりしゃなりと使用人を引き連れて通り過ぎた。
最後まで読んでくださり感謝です⭐︎の評価をしていただければ幸いです。元義母は軟腕なので主人公でも跳ね飛ばせました。




