『急募! アットホームな職場です』〜ちょっと気になる求人たち
そうだ、仕事しよう。
諸事情で、しばらく休職しておりました。
一流大学出身、資格持ち。新卒で大手企業に入社し、一時は出世街道を爆走していた私ですが。
現在は――
充電期間はおしまいだ。
久々にメールボックスを開くと、未読がものすごいことに。
『あなたのスキルを活かせる――』
『残業少なめ、リモートワーク完備』
『高年収。あなたのキャリアを弊社の未来に――』
そっとパソコンを閉じた。
贅沢だと言われてしまうかもしれない。
けれども、今の私には――響かない言葉ばかりだ。
街行く人を、ベンチの上から眺めている。
スマホを耳に当てながら、早足で歩く営業マン。
綺麗に積まれた段ボールの台車を、力強く押す配達員。
(みんな、偉いなあ)
漠然とした焦燥感だけが、まだ冬から抜け出しきらない冷風と共に過ぎていく。
(ん?)
ふと見えた看板が気になった。
『求人あります』
黄ばんだトタン板の看板は、ペンキがすっかりかすれていた。
吸い寄せられるようにふらふらと、気づけば足が向いていた。
「八百屋か」
軒出しに並べられた青果台。
安っぽい青色のカゴに、柑橘やりんごが積まれている。
見通しの悪い店内に、人影は見当たらない。
奥には小さな冷蔵ケースが置かれており、手書きの『卵あります』の貼り紙が。
(八百屋……だよな?)
もう一度見上げてみる。屋根いっぱいの大看板に、でかでかと『求人あります』の文字。
(八百屋の求人か? それともまさか、店の名前?)
そんなバカなと思いながらも、気になって、薄暗い店内に足を踏み入れた。
ほんの冷やかし。出来心だ。
なに、果物のひとつや二つ、買えば良いだろう。
「いらっしゃい」
寂れた店内に似合わぬ元気な声で、奥から人が現れた。
「なんかお探しかい?」
桃色のエプロンを付けた、店員らしき男が話しかけてきた。
「ええと……ここって八百屋、ですよね?」
「うちは求人紹介所だよ」
(――どうみても八百屋だろ!)
そんな私の心の声は、筒抜けだったらしい。
「なかなか求人がはけなくてね。いい工夫だろう?」
緑のグローブを外しながら、店員――六十歳ほどだろうか、オヤジさんはにこにこ顔だ。
「ほら、新鮮な野菜と並んでると"鮮度のよい求人あります"って感じだろ?」
オヤジは手近なカゴを指さした。
どかしたりんごの下に紙切れが。
『時給1500円、運転免許必須。荷詰め、配送のお仕事です』
(果物の下に置くなよ、見えないだろ!)
心の中でツッコミながら、手近な果物の下をのぞいていく。
「あの、これは?」
「ああ、それね」
ずらしたメロンの下から一枚の写真。
タオルを鉢巻きにしたおじいさん。畑をバックにカメラ目線。
「生産者さんの顔が見えると安心、ってよく言うでしょ?」
「このメロンの?」
「ちがうちがう。その求人のだよ」
確かに。ブロマイドの裏側に、小さな会社の事務募集が書いてある。
「つまり、このおじいさんが社長さん――」
「ちがうちがう。そのおじいさんの、知り合いの息子さんの会社。彼、気を利かして求人代わりに出してあげてるんだって」
――他人やないかい。
無事就職が決まればお祝いに、野菜をひと盛りくれるらしい。
ツッコミどころ満載の八百屋――じゃなくて求人紹介所。
まさかこの出会いが、私の人生を変えることになるなんて――
***
なんと、どの求人も、気軽なお試し体験期間があるそうだ。ちゃんと日当も出るという。
「どの求人も、僕が厳選した良いものばかりだよ。
もし嫌だなと思っても大丈夫。辞退は僕から伝えるから」
人のよい顔をした、オヤジが太鼓判を押すものだから。
ものは試しだ。私は色々と挑戦してみることにした――
***
『急募。アットホームな職場です』
「前任の方がね。やむを得ない事情で辞めたんだ。でもここの社長、ものすごく良い人で、社員に慕われてるんだよ」
それなら今の自分でもなじめるかもしれない。組織はトップが最重要だから。
「これにします」
「良かった。この半年で三人辞めてるから助かるよ」
おい!
――社長があまりにも親切すぎる。
毎回飯をおごってくれる。靴も買い替えてくれた。
慣れないだろう、となんでも詳しく教えてくれて、なんなら書類仕事は全部終わってた。私まだ働いてないんですが座って社長の仕事見てただけなんですが。
なんとか仕事を少し奪うも、壊れ物のように丁重に扱われる。
一日三食朝と夕のおやつ付き。お昼寝あり。
そのうちポケットのハンカチにはアイロンが施され、ポーチの中のティッシュが補充されていた。
※悪気はないのは知っています――人として駄目になる前に、早々に辞めた。
***
今日も八百屋で求人を見比べていた。
デジタル社会逆行も甚だしい。
あいかわらずの八百屋な求人所に、内心はツッコミの嵐である。
「こんなんで、はけますか? ちっとも減ってない気がする」
甘夏の下敷きになった求人を引っ張り出す。
人手不足時代なのだ。とてもこれで求職者を呼び寄せられるとは――
「結構はけたよ」
おや、意外。
「先週はイチゴがよく売れたね」
果物かい!
もう、八百屋になっちまえ。
「いやあ。やっぱり、セールちらしとか必要かなあ……」
良い人なんだけどな。
オヤジの方向性は相変わらずよく分からん。
***
『学歴不問』
とある部族との交流イベントのスタッフだった。
なんでもつい最近、太平洋にある小さな島で発見された、ア・ハーン族というらしい。
島には貴重な資源がたくさんあり、取引したい日本とア・ハーン族。
しかし、問題があった。
ア・ハーン族は「言語」の概念を持たないのだ!
『アッハー、ヴォッホ、ヴォッ、ヴォッ』
「えっと……あっは、ゔぉっ?」
『ヴォッホ、ヴォッ、ヴォーッ!』
「ゔぉほ、ゔぉほ、ゔぉーーっ!」
褐色の人々の間に歓声が巻き起こった。
「いやあ、君すごいねえ」
原色の一枚布に身を包む女性たちに囲まれて、謎のステップを踏む私に。監督者は感心したように声をかけてきた。
「え、そうですか?」
「すごいよ。才能だと思うよ? 彼らのこんな笑顔を見たのは初めてだ」
そんなこと初めて言われた。思わず口の端が緩んでしまう。褒められると調子に乗りやすいんだ。
大きな奇声をあげながら、全身で想いの丈を表現し続けた。
※延々とハイなテンションについて行けず、早々に辞めた。
***
『30代くらいの女性、飲食バイト経験あり』
とあるお偉いさんの秘書業務。
「亡くなった娘さんと同じ年頃の人に」との募集らしい。
スケジュール調整に事務仕事。他にも、食事作りを任せられる。
「これは――」
用意した昼食に、雇い主は言葉を詰まらせた。
「娘もよく、作ってくれたんだ。カニカマ入りのポテトサラダを……」
伏せられた顔がゆっくりと起き上がり、彼はなんともいえない笑顔になった。
無言でサラダをかき込む様に、私も胸がぎゅっとした。
※すごく偉い人らしいのに、秘書にも誰にも優しい方だった。
……顔を合わせるたびに「娘が生きていたらこんな感じ――」と涙されるのが憂うつで、早々に辞めた。すみません。
***
『身長147cm以上、149cm未満』
着ぐるみバイトだろう、と高を括っていた。
――甘かった。
意外に大勢集まっていた面接者たちと、身体測定を受けた。
身長を再確認。スリーサイズを測定。
ふくらはぎ周り、腕や股下の長さ、頭囲を測定し――
「奇跡だ! 君の存在は神からの贈り物だ」
フィット感の半端ない、人型マスコットキャラクターの着ぐるみを被せられた。
誰だこんな特殊な御当地キャラクターを考えたのは。
しかし「君だけだ、このコを着こなせるのは!」と言われれば、悪い気はしない。
私はノリノリで着ぐるみの体で手を振った。
※公式情報にキャラクターの詳細な身体測定情報が公開されていることを知った。なんとなく気恥ずかしくて、早々に辞めた。
***
『たくさん食べれる人』
「料理人として、残飯は許せないんです」
シェフは熱く語った。
午前ビュッフェの終了後、ホールアルバイトの私たちは集められた。
私は知らなかった。そこからが戦いだということを――
「皆、頑張って食べるんだ! コメの一粒、スープの一滴、残しやしない!」
「「うおーー!」」
雄叫びとともに食べる食べる。シェフもホールバイトも一丸となり食べるのだ。
※シェフの腕は確かだった。料理、美味しかった。ビュッフェスタイル、やめたらいいと思う。
下腹の肉が気になってきたので、早々に辞めた。
***
『視力2.0以上、数字につよい方』
精密機械工場の、異物検査機が壊れたらしい。
「野鳥の会の皆様です」
ひとり疎外感を感じつつ、皆に混じって異物を数える。
※精密機械の工場ってワクワクしました。仕事も最初は楽しかったです。けど辞めました。ドライアイがきついんだ。夢に数字が溢れてくるんだ……。
***
『どんな話も笑える笑上戸さん』
「どうした? 虫歯?」
りんごをかじる私に、オヤジが心配そうに尋ねてくる。
「いや、顔の筋肉が」
芸能界の大御所たちの縁故芸人さんたちのコント。
ギャラリーは常に大盛り上がり。
おとなって、たいへんだな。
「偉大な親の背中を追って、諦められない人も多いんだ」
しんみりした声で、オヤジはりんごを剥いている。
「ある程度やり切って、区切りをつけてもらう場なんだよ」
なるほど。それを聞くと大事な仕事なんだなと。
更に一切れ渡されたりんごは、ちょっぴり酸味が強かった。
***
『向上心の高い方歓迎』
いや、向上ってそっち?
まさか山登りだなんて。冬の南アルプス登山だと?
さすがにUターンしました。いのちをだいじに。
八百屋のオヤジに、求人文書の再考を提案しよう。
***
『TOEIC900点以上、博士号取得者、国の研究費または補助金を獲得した実績のある方、特許取得歴あり、部長もしくはマネジメント経験者、DIYスキルのある方』
「またお前らかーっ!」
『アッハ、ウホ、ヴォッ、ヴォッ、ヴォッ』
錚々たる経歴に、最後のDIYスキルはなんだ。
なんでこんなの受けたんだろう。
テンション高い褐色肌の人々に囲まれ、私はいまさら冷静になった。
ア・ハーン族が、日本のとある廃村に定住することになったのだ。町長として、自治区の内政外交担当者が必要だ。
「いや、何事も経験だ」
とにかくやってやろうではないか。
家屋を修繕、火がこわい彼らのために、土間と囲炉裏の良さを伝え。
逆に彼らの文化――伝えるときは全身を使って全力で――を実践を通し学んでいく。
野営から村へ、村から町へ。
原始から中世へ、そしてより文明らしさを会得。
「はい。彼らは採掘した資源の50%を売却利益から――はい、納得しております」
ア・ハーンの族長と外務大臣の間に挟まれて。
手に汗握る商談が、遂にまとまった。
私が、まとめあげたのだ!
『アハハッッハァ! ヴォホッ、ヴホホホォッ……』
彼らは涙を流して雄叫びをあげ駆け寄ってきた。
言葉なんてなくても分かる。
――私は、彼らに必要とされていたのだ。
かつてない高揚感。
『仕事は相性だ。どんなに良い人材も、求人も。相性が悪ければなんにもならないよ』
オヤジの言葉が脳裏に蘇る。
私に足りなかったのは、今この胸の内に燃える、熱い何かだったのかもしれない――
族長たちと肩を組む。
いま、私とア・ハーン族の、新たな時代が幕を開ける!!
※一年ほど町長を務めた後、久々に立ち寄ったコンビニで、カネと日本語の使い方が怪しかった。
危機感を覚えて辞める。
再び求職活動中の私。
良い求人あればだれか教えてください。
※ア・ハーン族とのコミュニケーション豆知識
感情を表すときは『ハーン』。
「嬉しい」も「悲しい」も、等しく『ハーン』。
音は同じ。そのかわり、全力で身体で表現する。
「歯に挟まっていた小骨が取れて嬉しい」なら、
微笑みながら、少し恥ずかしそうに『ハーン……』。
もじもじと口元を示し、手をこすり合わせると、なお良し。
「親友だと思って恋愛相談したのに、愛しの彼女を奪われた! 悔しい!」なら、
『ハーン。ハーン。ハァーン!』
全身の怒りと悔しさを、熱量そのままに声と表情と動きへ乗せる。
地団駄を踏み、転げ回るのもよいだろう。




