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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

寝起きで見つけた見慣れない影

掲載日:2026/02/23

プラスティネションだよ。


夢の中の朦朧とした記憶を思い出す。春の暖かな寝室、カーテンの隙間から漏れ出る日光。寝起きの私は目を細めて手で顔に影を作る。そして昨日の夜に見た不思議な夢を詳しく思い出そうとする。少し不思議だった夢の話。春の寝具の上で横たわる私の背中は冷や汗でじっとりと濡れていて。だから言葉にしてこの整理できていない気持ちを何とかしたい。そんな軽い気持ちが全ての始まりだった。


思い出せる夢の話。まず特に印象に残ったところから思い出そうか。


あれは友達と話していたんだろう。私は今も高校生だけど夢の中でも普通にセーラー服を着ていて、2年1組という肩書きも同じ。それにクラスの子の多くも同じ顔ぶれだった。振り向けばいつもの顔の並びがそこにあって、それにザワザワと落ち着かない雰囲気も確かに感じたんだ。だから最初は夢だと疑っていなかった。で、私はそんなクラスで歴史の授業を受けていた。覚えてる、目の前に座る男の子は歴史の授業だけ居眠りする子で、当時も机に突っ伏していたからね。理系科目しか興味のない子が文系クラスにいるのは兼ねてからの不思議だったけれど、そんな彼の行動が夢でも同じだったから歴史の授業があったんだってわかる。


そんな時、歴史の先生がおかしなことを言い始めたんだ。


プラスティネションを知っているかって。


私たち生徒は先生の話をちゃんと聞かないから、この時すぐには誰も異変に気づけなかったの。教卓に立つ先生は続けてこう言ったわ。


私は死んだらプラスティネションするんだよ。死んだらすぐにね。


そこでようやく誰かが声を上げたの。一番前の一番目をつけられる席に座る男の子の伊藤くん。野球部で声の大きなその男子は右手を挙手してから言ったのよ。


プラスティネー?なんですかそれって。


先生は急に声が高くなったの。伊藤くんの挙手した右手を勢いよく掴んで自分の方に引っ張ったの。伊藤くんは前に引っ張られたから自分の机に腰とか締め付けられて痛がったの。歴史教師は伊藤くんの嫌がっている素振りを無視して引っ張り続けた。遂に机が大きな音を立てて倒れて伊藤くんは先生にぶつかるように抱きしめられたわ。それから先生は言ったの。


プラスティネションだ。私が死んだら私の死体を改造してもらうんだよ。伊藤、お前もしてもらいたいよな今すぐに。


そう言ってすぐ先生は伊藤くんを持ち上げるように抱っこしたの。伊藤くんは筋肉が緊張してたのか強張るように震えていたわ。先生はそんな伊藤くんを天に掲げるようにして持ち上げた。天井もそんなに高くない教室で大人が高校生を持ち上げたらどうなると思う。


瞬く間も無く鈍い音が教室に響いたわ。それから机やら椅子やらが大きな音と共に暴れる音。それから必死な嗚咽。でもそれだけじゃなかった。天井に頭を思い切りぶつけてバランスを崩した二人がよろめいて崩れそうになると先生は手を離してしまった。空中落下するように伊藤くんはおっこちた。そして机やらに衝突して伊藤くんは苦しみながら必死にもがいた。それを先生は楽しそうに笑顔を浮かべながら言い始めたの。


苦しいだろ?痛いだろ?早く死にたいよな。生きてると辛いよな。死にたいよな。


先生は胸元に手を入れてそれから勢いよく手を抜いたの。その手が握っていたのは何だったでしょう。最初、蛍光灯のライトが思い切り反射していたから気づかなかったの。けれど、うずくまっている伊藤くんに馬乗りになった後、その反射してる光の棒が一気に見えなくなったの。先生の腕は目にも止まらぬ早さで振り下ろされただけで何の物音も衝撃もなかったの。けれど一拍もしない後に聞こえた伊藤くんの叫び声が全てをわからせたの。


最初はすごい大きな叫び声だった。それこそ耳を押さえたくなるくらいに。でも私の腕は私の耳を抑えようとしなかった。まるで動かなかった。それは他の人も同じようでみんなぼーっとしていたの。先生だけが伊藤くんに馬乗りになりながら腕を振り上げては振り下ろしてたの。最初は威勢の良かった伊藤くんの叫び声も先生の腕の往復運動が激しくなるにつれて次第に静まり返ったの。


伊藤くんの声が聞こえなくなって手足が痺れ出してから先生は伊藤くんから離れたの。急に涙を流し出して袖で涙を拭いながら先生は泣き出したの。轟々と泣いては泣いて、刃物を抱えたままただ突っ立ったまま泣いたの先生は。


どうして泣いているんだろうって私は思った。でもそれが少しだけ声に出ていたのかも知れなかったわ。驚くほど激しく先生は顔を上げて私を見たの。その泣き腫らした顔で私を見つめたの。それから眉間に皺を寄せて刃物を握る手に力を一層込めて。それから睨んだの。すごい顔で私を睨んだの。睨むだけじゃ足りなくて走り出したの。椅子も机も関係なしに体とは刃物ごと押し寄せてきたの。その時、私は叫んだの。


助けてって。


目の前で居眠りをしたままの男の子の肩を揺らして助けを求めたの。でも動かなかった。思えば寝息も聞こえなかった。どんどん走り寄ってくる先生の体が大きく見えてきて私は息を呑んだの。


ああ、そいつはもう死体だよ。


その時確かにみんながそう言ったの。私以外のみんながまるで素晴らしいことかのような口調でそう言ったの。みんなが急に私に顔を向けてそう同時に言ったの。怖かったのみんなが。今にも刺しに来る先生も。そして本当に死体なのかもしれない目の前の男の子も。


君も仲間入りだね。


みんながまた同時にそう言ったの。それが怖かったの。だから私の唇は震え出したの。それから手がくらくら揺れ出したの。で、刃物が首を掻っ切ったの。先生はにやりと大きく笑みを浮かべて握る刃物をさらに食い込ませたの。痒くて痒くて血が溢れ出る首を掻きむしって最期に聞いたのは笑い声だった。


蚊に刺されたの?首痒そうで面白いねって。


そこで目が覚めたの。


だから冷や汗が止まらなかったの。私の目が覚めた時、信じられないくらい大きな音で鼓動が鳴っていたの。静かで春の兆しが差し込む寝室で私は息を切らしていたの。ずっと寝ていたはずなのに布団は汗でぐっしょりで指は小刻みに震えていたの。そしてやっと気づくの。寝室のドアノブが動くのが。


もう何が何だか分からなくなってシーツを引き寄せて縮こまったの。そしたら長い髪で顔が隠された女の人が入ってきたの、真っ白な脚で、私のような体型で。そして声を聞いたの。


ねぇ、プラスティネションってなに?


もう無理だったの。居ても立っても居られなくなって私はベットから離れたの。走り寄ってくるその女に捕まらないように私は必死だったの。ベットのすぐ横にあるベランダに裸足で逃げ出したの。


あなたは私の何なの?やめてもうやめて。


私の声は届かなかった。髪で顔が隠れた真っ白な脚だけが露骨に見えるその女は左手を腰の後ろに隠していたの。何を隠し持っているんだろうって、髪の奥はどんな顔をしているんだろうって。怖くて仕方なかったの。気づけば私はベランダの柵によじ登っていて叫び声をあげていたの。だから気づいた時は遅かった。


身がふわっと軽くなったの。それから肺が苦しくなったと思えば背中に激痛が走ったの。そりかえるように背中を曲げて頭の後ろが少し暖かかったの。だんだんボヤけていくみたい。だんだん周りの音も聞こえなくなっていって、そして最後に何も分からなくなったの。


ベランダから身を乗り出したその女の人は髪をかきあげたわ。露わになった額は日光を浴びてよく見えたわ。


それは紛れもなく私の顔だった。





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