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文京区ダンジョン、パーティ探索

 文京区にあるダンジョン。通称「文京の底穴」はダンジョンが出来てからの歴史が長い部類に入る。文京区ダンジョンは発生から八年が経った今でも踏破されておらず、最下層の情報も明らかになっていない深部ダンジョンだ。もっとも、一般探索者が到達できる浅層のダンジョンは発生から一ヶ月もすれば踏破され消滅してしまうため、日本に現存しているダンジョンはほとんどが深部ダンジョンとなっている。


「有麻君も潜伏を持ってて良かったよ。マスコミの人たち頑張るね」


 廻たち三人と千寿はマスコミの追及を避けるため潜伏スキルを用いて大学を脱出した。未だ“有馬“ の存在を追っているマスコミに千寿はもはや同情していた。潜伏スキルを持つ千寿たちを一般人が捉えようなどというのはなまじ無理な話だ。それだけ、素人〈スキルなし〉と探索者の差は大きい。


 千寿はダンジョン入り口の受付があるロビーで廻たちを待っていた。

 学校から一番近いこの文京区ダンジョンを主戦場としている廻たちは、探索に使う装備類を施設のロッカーに預けているらしい。


 ダンジョンを覆う白い巨塔。深部ダンジョンは全て同じような建造物に閉ざされている。一階には受付や買取カウンター、装備を預けるロッカーなどダンジョン探索に必要な準備をするための施設。二階より上にはショッピオングセンターやトレーニングジムなどが併設されている。


「お待たせ〜」

 ロビーで突っ立っている千寿の元に三人が戻ってきた。ひらひらと手を振りながらやってくる美少女たちは嫌でも目立つ。


「有麻君は、本当にそのままでいいの?」


 レギンスパンツとトレーニングウェア。その上に頭と胸当て、関節のプロテクターを着けた軽装の廻は心配そうに千寿の格好を見つめる。千寿は大学に行った時から何一つ変わっていない私服姿だ。ロビーには一定数私服の人間がいるが、それは帰りの探索者であり、ダンジョン内にはいないためかなり浮いてしまうだろう。だが仕方がないのだ。


「俺は探索者じゃないから。装備も持ってないし、金もないですから」


 千寿はダンジョン災害にあって家財を失っている。それは国からの保証で賄われているが、貧乏学生であることに変わりはない。ダンジョンで得た情報の精算もまだなため、千寿の手元には使える金が残っていない。


「それに、俺に攻撃は当たらないから大丈夫ですよ」

「すごい自信だね」


 弓月がにこやかに笑っている。彼女も廻と同じような軽装に背中に弓と矢筒を装着している。隣の杏は傲岸不遜とも取れる千寿の態度に毛虫でも見るかのような目を向けていた。


「まあ、今日は深く潜るつもりがないから私たちも軽装なわけだけど、それでも投石や弓を使ってくるモンスターもいるから気をつけてね」

「分かりました」


 一階層のモンスターはスライムだけであるが、下の階層へと降りるに連れてモンスターの種類も数も増えていく。廻に言ったように、中には遠距離攻撃武器や魔法までも使うモンスターすら確認されている。


「レッツラゴー!」


 千寿は先導する三人の後をついていき、探索者となってから初めてのダンジョンへと足を踏み入れた。

 ダンジョンの基本組成はどの階層であっても大体同じようになっている。千寿が踏破したダンジョンと同じように、文京区ダンジョンの壁も岩石質ではあるものの薄く発光している。


 三人は地図を開く様子もなくズンズンと進んでいき、十分ほど歩いたところで下の階層へと向かう坂までやってきた。ここまで数回スライムとの遭遇があったが、三人はながらで蹴散らしていた。


 スライムはゼリー状の体でプルプルと揺れ動いているが、肉体の形を保持するため表面張力のような力が働いている。そのため、外側の膜に傷がつくと形を保てなくなりたちまち崩れ去る。子供の蹴りでも倒せてしまいそうなほど脆く、千寿はほんの少し、スライムたちを憐れんだ。


「有麻君。二階層からはどんなモンスターが出るか知ってる?」

「オンバットでしょ?」

「大正解〜」


 オンバット。ほぼその名前の通りで、見た目がウォンバットに似ていることから付けられた巨大ネズミのようなモンスターだ。ただし、顔まわりの毛が禿げ、アイアイのようにギョロリとした目をしており、ウォンバットのような可愛さは備えていない。


「こいつらも基本的には雑魚モンスターだから」

 オンバットの大きさは中型犬程あるが、ずんぐりとした見た目通り動きは鈍い。


「どうする? ここでスキルを試すか、もう少し下に潜ってみる?」

 二階層のオンバットもスライム同様雑魚モンスターと呼ばれ、素人〈スキルなし〉でも討伐できるほどだ。レベル十六となった千寿のスキルや、深層で通用した霊たちの攻撃ではオーバーキルだろう。


「でも一応、安全なところでスキルの確認とかしてみたいです」

「オッケー! じゃあ、私たちは周りを警戒しておくから思う存分やっちゃってよ!」


 廻はそう言いながらも千寿の一挙手一投足に目を凝らしている。


「そんなに見られると緊張するんですけど」

「ああ、ごめんごめん」


 ダンジョン踏破を目標にしている廻は人一倍向上心が強く、先駆者となっている千寿から少しでも情報を得ようとしている。

 千寿は居心地の悪さを感じつつも、見られて減るものでもないしと、気にせず自身のステータスを確認した。視界に映るホログラムには十六個のスキル。その使い方は誰に教わることもなく不思議と体が理解している。


 スキルの中にも、パッシブスキルとアクティブスキルが存在している。『霊視』や『耐性系』などがパッシブに分類され、千寿の無意識下で常時発動されている。

 今千寿が試そうとしているのは、アクティブスキルの中でも使ったことがない攻撃系だ。『呪詛』や『呪殺』がそれに当たる。


 千寿は十数メートル先の通路を曲がったところにいるオンバットを気配察知で見つけ、潜伏しながらそろりと距離を詰める。スキルの発動は念じるだけでよく、詠唱などは存在しない。


(呪詛)


 千寿は心の中で念じる。呪詛は対象を呪い弱体化や状態異常を付与するスキルだ。主に体の痺れや健康状態の悪化、幻痛などを引き起こす。が、


「クギィィィッ!?」

 オンバットは突然苦しみ出し、ものの数秒で泡を吹いて倒れ込んだ。


「……何? 今の」

「うわっ!?」


 いつの間にか背後まで迫っていた廻の声が耳元で囁かれ、千寿は驚いて飛び跳ねる。潜伏スキルのせいか、レベルの差か。気配察知に引っかからない廻に千寿はドキドキしながら先ほどの事象を説明した。


「状態異常を付与するスキルか。きっと、オンバットと有麻君にレベル差がありすぎたんだろうね」

「やっぱりそういう推察になりますよね」


 オンバットは二階層で出現する雑魚モンスターだ。獲得できる経験値も二しかない。そんなモンスターが十六階層レベルの呪詛を喰らえばひとたまりもないだろう。本来であれば状態異常の侵食が続いた結果として死に至るものだが、オンバットに耐性が無さすぎたためにその過程がかなり早く進行したようだ。と、千寿と廻は結論付けた。


(呪殺は文字通り呪詛の上位互換だし、よく見たら俺のスキルで攻撃系なのって呪詛と呪殺だけじゃないか?)


 千寿のスキル群には確かに攻撃系のスキルが二つしか存在していなかった。


「星野先輩。普通の十六レベルって、どれくらいの攻撃スキルがありますか?」

「うーん……そもそも攻撃スキルってあんまり多くないから気にしなくてもいいと思うよ」

「そうなんですか!?」


「うん。スキルで相手にダメージ与えたりするのは、魔法系が多いかな。近接戦闘がメインの人は強化系が主になってくるよ」

「なんだ」


 千寿は少しだけホッとしたが、自分がいざ戦うとなった時に身を守る手段が少ないことに変わりはない。千寿はその点に気づいていなかった。


「ねえねえ、使い魔の攻撃も見てみたいな」

「え……えー」


 廻の要望に千寿は口を濁す。千寿の使い魔──つまり幽霊たちによる攻撃だが、土地神含め、全員がグロテスクに敵を殲滅しがちなところがある。深層ではシャドーマンが無惨にも引きちぎられていた。

 千寿はその悍ましい光景に廻たちがドン引きするのではないかと危惧している。


「めっちゃグロいですよ?」

「あー、そうなの?」

「最悪、オンバットはぐちゃぐちゃです」


 特に土地神は加減を知らない。と千寿は胸のうちで呟いた。


「私は構わないよ? 二人は?」

「私も見たーい!」

「探索者やってればグロいのなんか当たり前よ」


 廻に問われた弓月とアンは口々に賛同した。千寿を毛嫌いしている杏も、千寿が持つ力には興味があるようでほんの少しだけ距離が近づいている。


「じゃあ……」

 三人が承諾したのを聞いた千寿は次なる獲物を探す。オンバットには群れる習性がなく、ダンジョン内にぽつぽつと間隔を開けて点在している。


「アガニ。あいつを倒せ」

「アア……」


 千寿は四六時中自分に付き纏っている五人の霊と土地神の中から一人を選んで攻撃を命じる。名を呼ばれた霊〈アガニ〉は呪いの仮面に取り憑いている霊の一人で、発火能力を持っていた。呪いの仮面を手にした富豪の家が燃えたという逸話もあるほど霊〈アガニ〉の火力は強い。


 霊〈アガニ〉はその場から動かずゆるりとした動作で指先をオンバットに向ける。彼我の距離は二十メートルほどだが、視線の先にいるオンバットは何の予兆もなく燃え上がった。


「「「なっ!?」」」


 まるでコンロの上に置かれたかのように燃え出すオンバットの姿に廻たちは目を見開いて驚いた。


「やっば!」

 廻は驚きと共に自然と笑みを浮かべていた。


「この火力、高位魔法に匹敵するよ」

 高位魔法とは魔法系スキルを取得した人間により編み出された術の総称だ。


「高位魔法ってなんですか?」

「魔法系スキルの扱いって結構幅が広くて、火魔法のスキルを取得したら発火能力が手に入るんだけど、それを極めるとものすごい火力の攻撃が打てるようになるんだって。でもスキルは火魔法一つだけなんだよ」


「じゃあ、メ○もメラゾー○も同じ火魔法として括られてるみたいな?」

「そんな感じ!」


 魔法系スキルは使用者の練度次第で性能が変わる。という話を聞いて、千寿は自身の呪詛がそれに該当するのではないかと考えた。それを試すにはオンバットでは弱すぎるため検証はできないが。


「オンバットじゃあ経験値稼ぎにもならないし、時間の許す限り行ってみる?」

「いいですよ」


 廻の提案で四人はダンジョンをさらに深く潜ることになった。下の階層への最短ルートは廻の頭の中に入っており、ノンストップで走り続けた。以前から日常的に運動をしない千寿だったが、不思議と息が切れることはなく現役探索者の三人に問題なく追従した。これが廻の言っていたステータスの効果かと身を持って体感し感動した。


 他の探索者と何度かすれ違いながら一時間ほどで四階層まで到達した千寿たちは、数回の戦闘を経て帰還する。四階層のモンスターは多少強くなったとはいえ、千寿の呪詛に耐えられるものはいなかった。


 結局、ダンジョンの豆知識と肌感を知るだけの探索となりこの日は解散となる。

 最後に「本格的な探索の時には、できたら協力を頼むかもだから、その時はよろしくね〜」と廻から軽い調子で頼まれた。千寿は愛想笑いを浮かべて曖昧に返すことしかできずに彼女らと別れた。


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