ダンジョン講座
「何から聞こうかな」
廻は楽しそうにそう話しながら千寿がタンジョンで体験したことを根掘り葉掘り聞き始めた。始めはダンジョン庁で聞かれたことと同じで、何階層のダンジョンかやモンスターの種類などなど。
「じゃあ、有麻君は今レベル十六なんだ。杏ちゃんと一緒だね」
「私が、このちんちくりん男と一緒!? ありえないんだけど!」
千寿のレベルを知った杏はイラつきながら頬杖をついて不貞腐れる。
「……ていうか、レベル十六で未到達階層ソロ踏破ってどういうことよ! それじゃあ私たち、いや、他の探索者にできないのはおかしいじゃない! 納得いかない!」
かと思えば、杏は千寿のレベルが低いことに思い至り憤慨しながら立ち上がった。
「どんなチートスキルを手に入れたのよ!」
「別に、普通だけど……」
杏の質問に千寿は曖昧に答えた。
「杏ちゃん。探索者のスキルは生命線なんだから、詮索はマナー違反だよ」
「わ、分かってますよ。今のは聞いたんじゃなくて不満をぶち撒けただけで……」
廻に注意された杏の言葉が尻すぼみに弱くなっていく。今、杏が指摘された通り、スキルの情報は個人情報であり、探索者の命だ。ダンジョン攻略における商売道具とも言える。それをおいそれと聞きただす行為はバッドマナーだ。ダンジョン庁でも臼井から「迂闊に答えないように」と釘を刺されていたことを千寿は思い出した。
「有麻君が戦ったモンスターってどれくらい強かったの?」
今度は弓月がふと疑問を口にした。
「どのくらい……んー、他のモンスターとも戦ったことないし、なんならダンジョンでも自分で直接戦ったわけじゃないから分からないんですよね」
「直接戦ってない?」
千寿の答えに弓月は疑問符を浮かべながら首を傾げる。
「使い魔的なスキルで戦ったので、俺は後ろに隠れてるだけっていうか」
「使い魔って、どんな化け物飼ってるのよ」
スキルの説明に関わる部分であるところを上手く誤魔化した千寿だったが、杏の悪態をつくようなツッコミにドキリとする。どんな怪物かと問われれば土地神ですと答えるしかない。
千寿は今も自分の背後に鎮座している怪物に目をやりながら苦笑いを浮かべた。
「ってことは、有麻君の使い魔ってドラゴンより強いってこと!?」
「あー、まあそうなるのか」
廻が瞳を輝かせながら食いついてくる。
「見てみたいなぁ〜」
わざとらしく品を作り、肩を寄せて猫撫で声を出す廻。これがわざとだと分かっていながらも女性経験のない千寿は鼻息を荒くする。
「千寿君、私も見てみたいなぁ〜」
廻の行動を見た弓月が、閃いた! とでも言わんばかりに目を見開き、同じように千寿にしなだれかかり甘えた声を耳元で囁く。
「ちょっ、弓月先輩まで悪ノリしないでくださいよ!?」
「い、いやぁ……ちょ、ちょっと」
「あんたも騙されて鼻の下伸ばしてんじゃないわよ! 早く二人から離れなさいキモ男!」
美人にサンドイッチにされ多幸感に包まれる千寿は身動きが取れなくなっていた。それに対して杏は顔を赤くしながら怒鳴りつける。
「今からみんなでダンジョンに行くのはどう!? 有麻君は上層のことを知れるし、探索者としてのあれこれなら私たちが手取り足取り教えちゃうよ!」
名案! と張り切る廻から期待のこもった眼差しを向けられた千寿は、こればかりは応えられないと思い、きっぱり断る覚悟を決める。
「すみません。僕の使い魔は、他の人には見えないみたいなんです」
「そうなの?」
「はあ!? そんな使い魔系のスキル聞いたことないんだけど!」
千寿がはぐらかすために適当な言い訳をしているのではないかと杏が怒る。しかし、
「シズク、このペンを持って」
千寿は言葉を重ねることはなく、ただ証明してみせた。
五人いる幽霊の一人一人に名前をつけた千寿は、神が宿る石に取り憑いていた霊〈シズク〉に指示を出し机上のペンを持ち上げさせた。
三人の前で一人でに浮き上がるペン。千寿の目には霊〈シズク〉がペンを持ち上げているようにしか見えないが、他の三人はそれを見て唾を読み込んだ。そこに見えない何かがいることを悟り千寿の言葉を信じざるを得ない。
「ふ、浮遊系のスキルの可能性もあるじゃない! 私たちを騙してるとか!」
「この現象を私たちが信じようと信じまいと、有麻君にとってはどっちでもいいんだよ」
杏は千寿の言葉をなんとか否定しようとするが、廻が冷静に分析する。実際彼女の言う通りで、廻たちが信じようと信じまいと霊〈シズク〉は存在しているし、千寿がダンジョンを踏破したという事実は揺るがない。それに、千寿がこのパーティに加わるわけでもないのだから信じられまいと千寿に影響はない。
「こんな感じで、モンスターは全部使い魔たちが倒してくれたんです」
「使い魔たち?」
「たち!?」
「マジ意味分かんない……」
「え?」
千寿の発言に廻たちは驚きの反応をそれぞれ口にした。杏に至ってはこめかみを抑えている。
「千寿君。使い魔系のスキルは出現自体がレアなんだよ。現代の一般常識では、スキル一つに使い魔一つ。使い魔が複数いる人なんて存在しないんだよ」
「そうなんですか!?」
弓月の優しい説明を受けた千寿は新事実に開いた口が塞がらない。
(臼井さん教えといてよ!)
と心の中で文句を言ってみるも、そもそも臼井たちはこの話を知らないため、助言のしようがなかった。
「みんな。元から言ってたけど、今日の話は口外禁止で。有麻君の安全な探索者ライフのためにも」
「ありがとございます」
千寿は廻の気遣いに頭を下げた。
これにてダンジョンサークルでの活動は終了。かと思いきや、
「じゃあ有麻君! 今からダンジョン講座を始めます!」
「あぁ、結局行くんですね」
「もちろんだよ!」
廻は愉快げに笑いながら席を立つ。そのままプロジェクターのスイッチを入れると、パソコンを繋げてスクリーンに映像を映し出した。
「星野廻の楽しい楽しい、初心者ダンジョン講座!」
廻が自作したパワーポイントのスライドショーがスクリーンに映る。原色を多用した鮮やかな説明が千寿の視界を彩った。
「一般常識は省いて、ダンジョンを始めるに当たって目標となることや楽しいことを紹介していくよ!」
まるで遊園地のアトラクションにいるアクターのようにハキハキと楽しげに説明する廻。サクラの弓月が、さも楽しそうに拍手をして盛り上げる。
「探索者になったら何をしたい? お金を稼ぐ? 強くなってダンジョン踏破を目指す? そんな君たちの要望に応えるのがこのダンジョンサークルです!
知っておきたいダンジョン豆知識!
ダンジョンではモンスターを倒すと経験値を得られるのですが、それはモンスターごとに決まっており、階層を渡るごとに指数関数的に増えていくと研究で明らかとなっています!
また、同じように人間側のレベルアップに必要な経験値量も指数関数的に増えています。何らかの因果関係があるらしいですが、そこは明らかになっていません!
つまり、最初の方はめっちゃ簡単にレベルが上がります! ソロでダンジョンに潜った場合、レベルが一つ上がるごとに一つ下の階層のモンスターを倒すと、モンスター一匹だけでレベルが上がります!」
プロジェクターにはモンスターの経験値表とレベルアップに必要な経験値量の表が比較表示されている。レベル一から二に上がるのに必要な経験値は二、そして二階層のモンスターが落とす経験値も同じく二となっている。ぴったり重なる経験値量に何がしかの因果を感じるのは必然だろう。そして、経験値は倍々に増えていっている。
「ただ、ソロで通用するのは五階層前後まで。ダンジョンは階層を増すごとに難易度が格段に上がります。レベルアップによるスキル獲得を持ってしてもそこが限界。さらに、この経験値システムが続くのは十五階層までで、そこより下はまた別の法則で計算されているみたいです」
「じゃあ、十五階層までは、各階のモンスターを一匹ずつ倒していけばレベルが十五になるってことですか?」
「理論上はね。そんなこと“ほぼ“不可能だけど」
千寿の疑問に廻は含みを持たせるように強調して言った。目の前に素人〈スキルなし〉からレベル十六となって、未到達階層ダンジョンを踏破した千寿がいるのだから絶対とは言えなくなってしまった。
「有麻君は例外中の例外。どんなに才能がある人でも普通に考えて無理なんだよ」
「なるほど」
自身の力でダンジョンを踏破したわけではない千寿もそれには同意して頷いた。仮に呪物たちが何の力も持っていなかったと考えれば、千寿は最初のエンカウントの時点で死んでいた。
「経験値システムのもう一つ面白い話をしてあげる!」
廻の操作でプロジェクターに計算問題が映し出された。
「レベル一の人が、五階層でモンスターを一匹倒しました。この時、レベルは何にアップするでしょう! シンキングタイム!」
「チクタク」と廻が口でカウントを取る中、千寿はプロジェクターが映し出す映像に目を向けた。問題文の横には先ほど見せてもらった経験値表がご丁寧に表示されている。単純な計算問題で、計算機を使うまでもなく千寿は答えを導き出した。
「五階層のモンスターから得られる経験値が十六、レベル一から二への必要経験値が二で、余り十四。二から三が四の経験値で余り十。三から四の経験値が八で余り二。だから、レベルは四まで上がるんじゃないんですか?」
「ん〜、残念!」
千寿の回答に廻は両腕で大きくバッテンを作り「ブブーです!」と嬉しそうに笑った。
「正解はレベル二でした〜」
「へぇ〜、そうなんですね」
「アニメとか漫画の経験値システムとかから想像すると、余剰分が次のレベル分へ回されそうだけど、この世界のダンジョンシステムは違うんですね〜」
「じゃあ余剰分はどうなるんですか?」
「良い質問ですね〜」
廻は嬉しそうにパワポをスライドさせ次のページを表示する。
「余った経験値は様々なステータスに分配されると、考えられています!」
「様々なステータス……」
廻の出したパワポには筋力は素早さ、魔力や、体力など多岐に渡る項目が書かれている。よくゲームで見るようなライナップのステータス項目だが、千寿はある疑問を抱いた。
「その項目はどこから出てきたんですか?」
「これらの項目はあくまで推定でしかないの。だって、ダンジョンシステムにはそんな項目、一つもないからね」
「なるほど」
千寿はダンジョンシステムのステータスを呼び出し自分の視界に表示する。このシステムで確認できるのは自分が獲得したスキルのみで、ゲームのように筋力などを数値化する項目は存在していない。
「この推定ステータスはシステムに表示されていないだけで、存在するとは言われてる。なぜなら、余剰分ステータスが多ければ多いほど、その人の身体能力が上がったの。有麻君は顕著なんじゃないかな?」
廻が説明した理論で言えば、確かにその通りだろう。千寿は推定二十七階層以下のモンスターを十六体倒してレベルアップしている。レベルアップに必要な経験値はどの人間でも同じであることが研究で明らかとなっているため、仮にシャドーマンの経験値が5万ほどあるとすれば、千寿がレベルアップした時の余剰分経験値は5万弱。それを十六回もだ。
「うーん。試してないから分からないですね」
「百メートルのタイムとか、化け物じみた数字が出るんじゃない?」
弓月が興味深そうに千寿の体を観察する。見た目に大きな変化はなく、やさぐれた不健康な貧乏学生といったナリをしている。
「服の下は案外すごいとか?」
「なっ、何言ってるんですか!? 全然普通でしたよ!」
揶揄うような悪戯な笑みを浮かべる弓月に千寿はドキリとして腕を体に回して隠す。
「とまあ、ダンジョン講座はこんな感じだけど、何か質問はありますか?」
「いや、大丈夫です」
ダンジョンを潜るに当たって知っていれば少し得する知識を得た千寿は、満足して廻に礼を言った。
「こうしてダンジョンサークルに入ってもらったわけだし、有麻君も探索で困ったことがあったら遠慮なく私たちを頼ってね」
「ありがとうございます」
活動を強制しないと約束した廻は言葉の通りに千寿の自由な活動を保証した。ただそれとこれとは別で、今日のダンジョン探索はやはり決行される。
「よし! じゃあレッツダンジョン!」
「おー!」
張り切る廻と弓月。その二人を挟んで反対側から千寿を睨む杏と共に四人は学校近隣にあるダンジョンへと向かった。




