ダンジョンサークル
ダンジョン庁での聞き取りを終えた千寿は地下駐車場から車で脱出した。ダンジョン災害に遭った人たちには仮設、もしくは臨時の住まいが国から手配される。その手続きが完了するまでの一、二日間は近隣のホテル暮らしだ。
ホテルに暮らしている間、大学には欠席の連絡を入れつつ手続きの完了を待った。そうして自堕落な生活を送りながら、ダンジョンでの動画を作成しているうちに時間はあっという間に過ぎていった。
千寿の新たな住まいは大学から徒歩十分ほどの場所にある仮設住宅団地だ。単身世帯向けのワンルームで、この団地にはダンジョン災害にあった多くの人が暮らしている。
千寿はその団地から徒歩で大学へと向かう。今までは自転車で通っていたものの、自転車はダンジョンに飲み込まれ塵となった。だが、そのおかげで大学の近くに移り住むことができたため一長一短だ。
千寿はマスクをつけ、潜伏のスキルを発動しながら通学路を行く。臼井も忠告していた通り、世間は未だに新ダンジョン攻略というニュースにご執心で、その熱は冷めやらない。どこから漏れたのか、既に千寿の個人情報はマスコミに握られており、学校前には千寿を捕まえ一番に報道してやろうというハングリー精神旺盛な記者たちが屯していた。
だが、その内の誰一人として千寿を捉えることはできない。千寿は潜伏スキルで気配を消しつつ、正門も裏門も避けて敷地を囲っているフェンスを乗り越え大学へと進入した。
「ふぅ」
千寿は自身が選択している授業の教室へ無事に辿り着くと、ホッと一息つきながら伊達メガネを外す。変装のつもりだったが、潜伏のおかげか元々の影の薄さか、大学内では誰に声をかけられることもなかった。それはそれで寂しいと思うのが本音だったが、
(出席確認で見つけてもらえなかったら困るし)
と誰に言うでもなく言い訳を胸の内で喋りながらスキルを解除した。
千寿は元々、大学生活において友人と呼べる存在がいなかった。オカルトが好きで趣味の合う友達は見つからず、少ない金も全て呪物に費やす。そんな陰キャ生活を送っていたため、初めから潜伏スキルなど使わずとも誰に気にされることもないのだ。
(うん。それはそれでなんだかな……)
幸か不幸か、千寿はその日一日、誰にも声をかけられることはなかった。
しかし、大学内では千寿の──否、探索者の噂が広まっていた。大学入り口付近で待ち伏せするマスコミによって、大学内にあのダンジョン踏破者がいるという噂が流れている。この大学の“有馬“という人間がそうだというところまでは情報が出ているのだが、千寿には知り合いがいないため、そこまで辿り着ける人間がいなかった。
もてはやされる展開を期待していた千寿は、自分の自惚に羞恥心を抱きながら教室を後にする。
「ねえ! こっちに来て!」
「ふぇ?」
教室を出た途端、可愛らし声の女子に手を引かれ、意表を突かれた千寿は柔らかいての感触にドギマギしながら大人しくその女子についていく。
女子は千寿を連れて近くの教室へ駆け込んだ。まるで恋人の逃避行のようだが、潜伏スキルを使っているかのように目立たずここまでやってきた。
「急にごめんね。どうしても君と話がしたくて」
千寿の方を振り向いた少女の顔を見て、ようやくそれが誰なのかを悟る。
きめ細かい黒髪を翻す女神のような見目麗しい女性は、この大学に止まらないほどの有名人、星野 廻だ。
「ダンジョンサークル部長であり、既に有名企業の探索科にインターンシップとしてバリバリの星野先輩が、なんで僕なんかに……」
「他己紹介どうも。それは、あなたを勧誘しに来たからよ」
廻は最高到達階層十八階、レベル二十一の期待の超新星として、大学ダンジョン探索界隈で今最も熱い人物と目されている女性だ。そんな有名人が千寿の勧誘にやってきた。
「新ダンジョンを単独踏破した有麻千寿君。と言えば話は早い?」
廻は強気な笑みを浮かべながらそう口にした。レイヤーの入った長髪を片手で払い千寿の様子を伺っている。
大人らしさを兼ね備え、少女然ともしている美人に見つめられ千寿はドギマギする。綺麗な瞳に映る陰鬱な自分の姿を見ることでなんとか落ち着きを取り戻し深呼吸を一つ。
「勧誘っていうのは、ダンジョンサークルにですか?」
「もちろん」
「えー」
「嫌なのっ!?」
千寿の嫌そうな表情と反応に驚く廻。まるで断られるとは微塵も思っていなかったようで、その理由を激しく問い詰める。
「なんで!? うちのダンジョンサークルは活動も活発だし、OBにも有名な人が何人かいるし。探索者になるなら就活でかなり有利に働くよ!? パーティを組むのも苦労しないよ!?」
廻はダンジョンサークルのメリットを挙げながら千寿の肩を掴む。
「あ、あんまり大所帯とか陽キャな感じが得意じゃなくて……」
「分かった。飲み会とかは強制参加じゃないし、活動も何ら縛りつけることはないと約束する! ただ、サークルに籍を置いて、たまーに私に協力してくれたら嬉しい! それじゃダメ?」
廻は千寿の両手を握り祈るように持ち上げ、上目遣いで懇願する。
「うっ……」
自分の顔が男受けのする美貌であることを理解したあざとムーブに、千寿は分かっていながら喪断り切れず、
「まあ、それくらいなら……」
と、美人圧に負け頷いた。
「ありがとう!」
千寿の在籍を取り付けた廻は華のある笑顔をパッと咲かせる。
探索者としてではなく、心霊動画投稿者として名を馳せたい千寿であったが、これも運命かと受け入れることにした。もしかしたら廻がオカルト関連に興味を持ってくれる可能性もゼロではない。貴重なオカルト信者候補の一人として、互いに利用し合うことを選んだ。
「それじゃあ早速で悪いんだけど、一緒にサークルに行こうか」
「え、今からですか? まだ授業があるんですけど……」
「えー、そうなの?」
千寿をダンジョンサークルへと連行しようとする廻だったが、今日は後二コマも授業が残っている。
「じゃあ、終わったら連絡して!」
さっぱりとした性格の廻は手速く千寿の連絡先を確保し去っていった。次に会う約束を取り付けられた千寿は、廻の超アクティブなコミュニケーション能力に終始圧倒されていた。
*
それから数時間後、千寿は廻に呼び出されダンジョンサークルが使用している教室へとやってきた。教室と呼ぶには少々広く、広間と呼んでいいだろう。大人数が入れる大教室に呼び出された千寿は恐る恐る中を覗き込む。
「あ、来た来た!」
「ど、どうも」
僅かに開けた隙間から顔を覗かせる千寿を見つけ、中で待っていた廻が手招きしながら迎え入れる。
教室の中には長机と椅子がずらりと並び、廻がいる場所には教壇と黒板、それからプロジェクタースクリーンが置かれている。
教壇の目の前の席には二人の人物が座っており、興味津々な目で千寿を見つめていた。
「紹介するね。私のパーティメンバー、弓月胡蝶蘭と、鈴鳴杏」
「こんにちは〜」
「……」
「どうも。有麻千寿です」
まちまちな反応を見せる二人にひとまず千寿は頭を下げた。おっとりとした口調の朗らかな美人である弓月はにこやかに笑いながら手を振っている。隣の杏はまるで敵でも見るかのように千寿を一睨みしてからそっぽを向いた。
「ゆづは私と同級生の三年で、杏ちゃんは有麻君と同じ二年生だよ」
大学に入学して一年と少し経つが、千寿は杏のような美少女を見たことがなかった。弓月とは対照的に、釣り上がった猫目が気の強そうな印象を与えてくる。実際、千寿に対する態度はツンケンとしており歩み寄る気を一切感じない。
「じゃあ有麻君。ドラゴンを討伐した君の話をぜひ聞かせて欲しいな!」
各々の紹介も済んだところで廻は早速本題に入る。
「私たちの将来的な目標は未到達ダンジョンの踏破。そのためにも、君の話を聞いて少しでも強くなりたいの」
「役に立てないとは思うけど、それでも良ければ」
「もちろん!」
廻は嬉しそうに頷く。弓月も理解を示すように微笑んでいるが、杏だけはどこか不満そうだ。
「本当にそいつがダンジョン踏破者なの? 噂だって眉唾物でしょ?」
と、千寿が思っていたら、杏はその不満を包み隠さず口にしていた。
「マスコミから流れてきた情報では、この学校にいる“アリマ“という人間がダンジョンを踏破した。というもの」
不満を曝け出した杏を、廻は注意するでも宥めるでもなく淡々と語り出した。
「さらに、その噂の人物は元々素人〈スキルなし〉の一般人だった。この学校にいるアリマさん全員に確認を取ったけど、その状況に該当する人物は一人しかいない」
「そ、それは……」
「それともう一つ。裏ルートから有麻君の元住所を調べたところ、ダンジョンが発生した地点と同じだった」
「はっ!?」
廻のとんでも発言に千寿は驚いた。パン! と弾けるように声が教室に響き一瞬気まずい静寂が生まれる。
「というわけで、この有麻君が噂の等覇者であり、ダンジョン災害の被害者であることは間違いないのです!」
なんとも無茶苦茶な方法で杏を説き伏せた廻を、千寿は驚きと困惑の入り混じった表情で見つめる。何かと理由をつけて自分を罵倒しそうな杏を説き伏せてくれたことに関してはありがたく思っているが、住所を知られていたりと別の方向で恐怖を感じる。
「とにかく! そういうわけだから。杏ちゃんももっと強くなりたいでしょ?」
「それは……そうですけど」
有無を言わさぬ。というほどではないものの、反論の余地なく抑え込まれた杏が渋々了承しようやくダンジョンサークルの活動が始まる。




