ダンジョン消滅、そして帰還。
千寿がボスモンスターを討伐する少し前。ダンジョン発生から一時間ほどが経過した頃。地上では捜索隊が組まれ、千寿の住んでいたアパートの周りには規制線が貼られていた。
スキルを獲得している自衛隊のダンジョン部隊が既に突入し、千寿一人を探すために尽力している。規制線の外にはマスコミの報道カメラが何台も並び、警察が野次馬を制している。
「新たに出現したダンジョンはアパート一棟を飲み込んだとの情報が入っております。また、ダンジョンの深度は最低でも十五階層以上。新たな最深度ダンジョンが住宅街に現れ、近隣住民の間では不安が広がっております」
どこかの局のアナウンサーが緊迫した様子でカメラに語りかける。カメラは人混みの先頭から、警察を躱しながらダンジョンの入り口を画角に収めた。
ダンジョンは地表にポッカリと穴が出現する。山の中に現れると普通の洞窟と見分けがつかない。踏破に時間がかかるダンジョンでは穴の上に建物が建てられ、国がしっかりと管理されるため、出来立てのダンジョンは一般人には物珍しい。
「今、自衛隊が帰還しました!」
ダンジョンの入り口から迷彩服を着た自衛隊員が姿を現しアナウンサーが興奮気味に伝える。上層階はモンスターが弱いため、自衛隊は少人数部隊を小分けにして捜索する。それで見つからなければ部隊を編成し直し階層に合わせた人数でアタックを繰り返す。そして、一時間ほど経っても遭難者が見つからなかったということは、少なくとも上層階にはいなかったことが分かる。
「今回のダンジョン災害で被害に遭われたと思われる男性は一名。このアパートを契約し居住していた男性のみである可能性が高いということでした。警察は外出していた可能性も含め確認中であるとのことです」
現場には緊迫した空気が依然続いている。自衛隊の深刻そうな表情が遭難者の安否を不安にさせる。だが、
「な、なんということでしょう!」
マスコミのカメラが一斉にダンジョンの入り口を捉える。そこには、強い光を地面が放つ光景が映し出された。まるで巨大なグランドライトかのように夜空を照らす光は、誰のめにも明らかだ。それがダンジョン踏破を知らせるものであると。
「退避退避!」
ダンジョン消滅現象によりダンジョンに取り込まれた者が吐き出される。それはダンジョンが発生下地点の地表なわけだが、何が出るか分からない。飲み込まれた一人の人間だけならば何ら問題はないが。
警察が野次馬やマスコミを避難させる。従わないカメラマンを掴み上げてまで全員でその場を離れる。過去にダンジョン消滅現象で一軒家ほどのモンスターが吐き出されたことがあった。その時にダンジョン上にいた人間は巻き込まれ潰された。
その教訓からダンジョン消滅現象には近づいてはならないとされている。
そうしてダンジョンが光り始めてからおよそ三分。光の消滅と同時に黒い影が地上に現れ周囲の建物を半壊させた。
「ドドドド、ドラゴンッ!?」
誰かが叫んだ。と同時に一斉にカメラがドラゴンの姿を捉える。
「落ち着いて! 動かないで!」
警察に制止されながらもマスコミはこの一大ニュースを画面に収めるのに必死だ。
「誰がやったんだ!」
「退け! 俺にも撮らせろ!」
現場は騒然とし、ダンジョンを踏破した探索者の姿を探す。
一方、ドラゴンと共にダンジョンを脱出した千寿は震えていた。
(やべえええええ! こんなでかいドラゴン持ってきたら隣の家壊すに決まってるじゃん!!)
ドラゴンの首と尻尾が周りの家をぶち壊しているのを見て、罪悪感と後悔に震えていた。幸いなことに、消滅現象によって戻ってきたのはアパートの裏手側。マスコミがカメラを構えている道路側に姿を現していたら大変なことになっただろう。
「大丈夫ですか!?」
と、千寿が恐々としていると、自衛隊員と警察がゾロゾロとやってきた。
「あ、あの……」
「有麻千寿さんですね? 無事で良かったです」
「はい」
自衛隊員の一人が千寿の名前と身の安全を確かめ安心したように微笑んだ。それから簡易のメディカルチェックを受け、無傷であることが確認されると自衛隊員は無線でどこかへと連絡を取る。
「では、我々ダンジョン部隊がひとまず安全なところへお連れします。ご同行いただけますか?」
「わ、分かりました」
大勢の大人に囲まれた千寿はすっかり固まり、萎縮しながら頷いた。そして、マスコミの目を避けるため、頭にジャケットを被せながらパトカーに乗り込む。
(犯人みたいじゃん!)
とは思ったものの、新設されたダンジョン庁は警察と自衛隊が連携して運営しているため致し方ない。と諦めた。
千寿を乗せたパトカーは緊急走行でマスコミを振り切り庁舎へと到着した。だが、マスコミも人を使い先回りしている。千寿はまたもや犯罪者のように顔を隠して庁舎へ足を踏み入れた。
そのまま会議室のような部屋へと通される千寿の元に、二人ほどスーツを着た人間が現れ、千寿の対面に座った。
「ご足労いただきありがとうございます。ダンジョン管理課の臼井と申します」
「同じく佐藤です」
ダンジョン管理課を名乗る二人の男性たちはそれぞれ自己紹介をしながら名刺を差し出してくる。臼井は役所人とした小綺麗な男性で、佐藤はゆるっとした雰囲気の茶髪男子。まだ大学生みが抜けていないように感じる。
ダンジョン管理課とは文字通りダンジョンを管理する組織で、二人は国家公務員だ。国内のダンジョンは全てこのかによって管理されている。
「早速で申し訳ないのですが、ダンジョン内で起こったことを聞かせていただけますか?」
「あー、はい……」
千寿はなんと説明するべきか頭を悩ませた。自分が住んでいるアパートが事故物件であり、呪物などに取り憑いた幽霊たちがモンスターを倒してくれました。など信じてもらえるはずもない。
今現在も土地神は千寿の背後に控え、天井に頭を突き抜けさせている。持ち出した呪具に取り憑いている幽霊たちも五人ほど横に控えているが、臼井たちにその姿は見えていない。
「ま、まず、アパートの重みでモンスターが潰されてレベルアップしました」
「なるほど」
素人〈スキルなし〉の千寿がいきなり下層スタートで、さらにボスモンスターを討伐するなど到底あり得ない、荒唐無稽な話だ。さらにはオカルトまで。ダンジョンで頭がおかしくなったと思われても仕方がないため、千寿は過去の例に則りあり得そうなラインで話を作っていく。
「それで、ゲットしたスキルでモンスターを倒しました」
「それはどんなスキルですか?」
臼井はコピー用紙とペンをテーブルに置き、千寿に書き出すよう促す。下層を単独で踏破できる人物のスキルが一つな訳がない。と臼井は考えていた。実際その通りで、千寿のレベルは十六。レベルが一つ上がるごとにスキルを一つ獲得するため、現在の千寿は十六個ものスキルを持っていた。
『霊媒、霊視、疾走、潜伏、呪詛、恐怖耐性、悪運、気配察知、呪殺、浄化、除霊、敵意感知、呪い返し、潜在記憶、祈祷、傲慢』
千寿は自身のスキル画面を見ながら紙へ書き起こした。スキル画面を他人に見せることができれば一発なのだが、このシステムはいわば脳内の錯覚のようなもの。他人に見せることはできない。
「これは、信じられないな」
千寿のスキルを見た臼井と佐藤は息を呑んだ。それはこのスキル群のほとんどが見たことのないスキルだったからだ。千寿が持つスキルの中で汎用スキルと呼ばれる(一般に知られている)ものは『疾走、潜伏、恐怖耐性、気配察知、潜在記憶』の五つだけ。浄化は例が少ないものの存在は確認されているが、汎用とまではいかない。
未知のスキル群に臼井たちは言葉を失った。
「……ところで、本当にこれだけですか?」
「え? そうですけど」
臼井は疑いの目を千寿へと向けた。未確認のドラゴンを討伐したということは、千寿が放り出された階層は人類の未到達領域で確定。しかし、レベル十六──ボスモンスターを倒してレベルが上がったことを考慮すればレベル十五──の人間がソロで踏破できるのは、熟練であっても十一、二階層と言われている。素人〈スキルなし〉がいくらレベルを上げたからと言って、決して踏破できる階層じゃない。
「あなた以外に人はいなかったんですよね?」
「はい。あのアパートには僕しか住んでいないので」
「うーん……」
臼井は納得がいかないと言った表情で唸るが、千寿は何一つ嘘をついていない。アパートの契約者が一人であることは救助の段階で知られていたことだし、仮に協力者がいたとしても未到達階層を無事に切り抜けられるとは思えない。
臼井はそう考え、ひとまずは腑に落とすことにした。
「ちなみに、ダンジョンは何階層か分かりますか?」
「分からないです。階を移動してないので」
「では、どんなモンスターが出たか分かりますか?」
「それは写真があります!」
ダンジョンの情報を聞き出す臼井に、千寿は待ってましたと言わんばかりにスマホを取り出した。ダンジョンのモンスター情報には一定の謝礼が出るため、貧乏学生の千寿にとっては何としても手に入れたいものだった。
「……初めて見るモンスターだ」
「類似モンスターもいませんね。何かの派生ではない感じですかね」
佐藤がパソコンを叩きダンジョン管理課のモンスターデータベースと比較するが、千寿が撮影した黒い人影と似通ったモンスターすら存在しない。
「人型のモンスターはゴブリンやコボルトといったものが低層階にも出現しますが、ここまで人に近いシルエットのものは新発見ですね」
「新種のモンスターか。ということは有麻さん、あなたが踏破したのは少なくとも二十七階層以上のダンジョンです」
「……はい」
臼井の険しい表情に千寿は背筋を伸ばした。だが臼井は決して怒っているわけではない。むしろ、人類の歴史を塗り替える出来事に内心で興奮を抑えてすらいた。だが問題は千寿のこれからについてだ。
「有麻さん。あなたはこれからかなり大変になるでしょう。我々も助力は致しますが、覚悟はしておいてください」
「わ、分かりました」
千寿もある程度は腹を括っている。未知のモンスター、そしてドラゴン、さらには単独でのダンジョン踏破。これほど旨みのあるニュースを大衆が放ってくはずがない。
(俺も有名人か……ふふ、ふはは)
だが、千寿の胸中では恐ろしさよりも喜びや興奮が勝っていた。元より有名になりたい動画投稿者の千寿はこの千載一遇のチャンスをどう活かすかということを考え始めていた。
「ひとまず、有麻さんの情報を探索者登録しておきます。マイナンバーカードはお持ちですか?」
「あ、あります!」
臼井に問われ千寿はリュックから財布を取り出す。なけなしの生活費と銀行のキャッシュカードが入った財布は呪物と同じくらい大事な物だ。
千寿は、犯罪者のような顔写真がついたカードを臼井へ差し出す。ダンジョンが発生してからはマイナンバーカードにダンジョン関連の記録も行われるようになり、マイナンバー反対派の多い中年層以上の普及率が爆増した。
「そうだ! このモンスターの命名権は有麻さんにあるんですけど、どうしますか?」
「命名権!」
ダンジョンのモンスターは新種の生き物と同等の扱いであり、発見者に命名権が与えられる。ゴブリンやコボルトは皆がそう呼んだため定着したが下層のモンスターには全て命名者がいる。
佐藤が晩御飯の内訳でも聞くかのように明るく問うてきたため、千寿はしばらく考えてから、
「じゃあ、シャドーマンで!」
と答えた。合わせて討伐されたドラゴンにはシャドードラゴンと、なんとも安直な名前をつけ臼井に苦笑いされていた。




