ダンジョン災害
深夜、大きな揺れで目を覚ます。ガタガタと音を立てる家屋の中で、立ち上がることのできないほどの揺れを感じた有馬千寿は慌てて机の下に身を隠した。すると、揺れはどんどんと強くなっていき、壁際に置いたスチールラックが倒れ、豆電球が停電で光を失う。
「うおおおお! やばいやばいやばいやばい!」
人生で初めて体験するほどの大地震に千寿は命の危機を感じた。千寿の家は築年数が長いボロ安アパートだ。いつ倒壊してもおかしくないほど見た目が悪く、千寿は地震が収まるまでただひたすら祈った。
「お、収まったか……?」
家が揺れ初めてから一分ほど経った頃、ようやく地震が鎮まり千寿は机の下から這い出る。
「うわ……」
部屋の中は酷い有様で、棚の上に置いていた物や服が散乱していた。
「ああ! お気に入りの絵が!?」
千寿は壁から落ちている一枚の絵画に駆け寄った。それは呪物コレクターである千寿が一軍と呼ぶコレクションだ。
「ごめんよ」
千寿は絵に謝りながら破損がないか確認してから自身が隠れていた机の下に絵を押し込んだ。
「余震が来る前に避難しないと」
先ほどの地震、千寿の体感では震度六以上はあった。まだ大きな揺れが来ないとは言えないため千寿は急いで玄関に向かい、扉を開けた。
「…………え?」
そこには見たことのない光景が広がっていた。千寿は驚きのあまり目を擦るが、彼の視界に映るのはゴツゴツした岩肌の洞窟。見慣れた住宅街や自販機の明かりはなく、ただ暗い洞穴が広がっている。
「地震じゃなくて、ダンジョン災害かよ!」
千寿は急いで扉を閉め部屋の中へと戻った。
二〇三五年、突如として世界中にダンジョンが出現した。ダンジョンはなんの前触れもなく地表に現れ、その土地にあるものを飲み込んだ。人や建物など飲み込まれるものに区別はない。ダンジョンが出来た時にその場所にあった物が飲み込まれる。人々はそれをダンジョン災害と呼んだ。
ダンジョンの中にはモンスターが巣食い、ダンジョン災害の生存率は五分ほど。人々に災いをもたらしたダンジョンであったが、それだけではなかった。
このダンジョン災害から運良く生きて戻ってきた人間の中に、特殊な技能を持つ者が現れた。それは【スキル】と呼ばれ、瞬く間にダンジョンブームが沸き起こった。さらには、ダンジョンのモンスターから得られる素材や鉱石が高く取引され、ダンジョンの遺物〈アーティファクト〉までもが出土し、世はまさに大ダンジョン時代。
ダンジョンは世界各地に無数に出現した。そのダンジョン全てを管理し人の出入りを制限することは不可能。幸いダンジョンの入り口付近や上層の危険度は低く、ダンジョンの扱いは公共施設のようになっていった。
そのダンジョン災害に自分が巻き込まれたことを悟った千寿は急いで部屋の中にバリケードを作った。
ダンジョン災害における防災ガイドラインにはこう書かれている。
・建物ごとダンジョンに飲み込まれ、室内の安全が確保されている場合にはバリケードを作り立て篭もること。無闇に動き回らず救助を待ちましょう。
ダンジョンの中にはモンスターがいる。もしも飲み込まれた場所が一階層などの上層ならば一般人でも移動は問題ない。だが、ダンジョンに潜ったことのない素人の場合、三階層以下は危険とされている。そのため、ダンジョン災害に巻き込まれた際は、まず自分がどこにいるかの把握から始めなければならない。
「くそ。分かっちゃいたけど電波が届かねえ」
千寿はスマホを操作するがここはダンジョン内。電波も届かず警察への連絡も取れない。
「救助隊が来るまでなんとか頑張るか」
ダンジョン災害が発生した際、建物が飲み込まれた場合は最低でも三日以上は捜索・救助活動が行われる。千寿のいる場所が地下深い下層でなければ問題ないだろう。
千寿はいつでも脱出できるよう準備を始めた。靴を枕元に置き、スマホは充電が減らないよう節電しながら使う。
「どれを持っていこう」
ありったけの食糧を引っ張り出し、着替えや武器になりそうな道具を揃えたところで千寿は腕を組んで悩む。目の前には数多くの呪物コレクションが並んでいた。既に千寿は、首にロザリオ、頭に呪いの仮面を着けている。身につけらえる呪物はなるべく装着した上で、残りの呪物選別をしていた。
「この絵画はでかいから持ってけないだろ。うーん」
避難するにあたり大物呪物は持ち出せない。重い物も論外だ。
「くそ……珠玉のコレクションたちを手放さなければならないなんて! 総額百万はくだらないのに!」
生活費を切り詰めてまで集めたコレクションたちを置いていかなければならない悲しみに千寿は涙を流す。だが、命には変えられない。千寿は覚悟を決め選りすぐって呪物を二つリュックに押し込んだ。
「神が宿る石と呪いのビデオテープ。お前たちと俺はこのダンジョンを脱出するぞ」
千寿は呪物を友のように扱い語りかけた。と同時に、置いていくことしかできない呪物たちへ手を合わせ謝罪した。
「すまない。またいつか、どこかで会おう」
千寿の別れを告げる言葉に、呪物たちが反応した。ような気がした。千寿には霊感が全くないのだ。
そうして避難の準備が整った千寿はカーテンの隙間から窓の外を見る。部屋の中は停電のせいで真っ暗だが、ダンジョンの中はうっすらと光っている。ダンジョンの外壁が淡く発光しているのだ。
千寿が借りているこのアパートは立地そのものが事故物件のようで、千寿以外に住んでいる人間はいない。気楽で良いと思っていたがダンジョン災害に巻き込まれるのなら少し心細い。
「ふぅ」
千寿はモンスターがいないことにホッとする反面、少し残念でもあった。モンスターの種類が分かれば脱出できる可能性もあるからだ。
千寿は布団に戻ろうと窓から離れる。その瞬間、玄関の扉からドンッ! と強く叩くような音が聞こえ千寿は驚き飛び上がった。
(なんだよっ!?)
突然の来訪者に千寿は息を呑む。口を手で抑え居留守を決め込む。もしもモンスターが強ければ素人の千寿は遭遇した瞬間、死だ。
ドンッ!
扉を叩く音はこの建物がなんなのか確かめるように移動している。
(うぅ、クワバラクワバラ……)
幸い、まだ千寿が中にいることはバレていないようだ。心の中で災いが去るのを祈る。
自分の脈拍が聞こえるほどの緊張に千寿の額を汗が伝う。もしも一階層のスライムであればこのような挙動、音はしない。千寿は自身が少なくとも二層以下にいることが分かり愕然とした。
ドンッ! ドンッ!
音は次第に強くなっていく。最初は警戒しながら叩いていたようだが、この建物が脅威でないことが分かったのかモンスターの行動が大胆になっているように感じる。
千寿は震える足を押さえつけながら靴の位置を確認する。最悪の場合は靴を履いてダッシュで逃走するしかない。
ドンッ! ドンッ! ……トンッ……
突如、音がいきなり弱くなったかと思うと、それを最後にパタリと音が止んだ。
『レベルアップしました。新たなスキルを獲得しました』
「うわあっ!?」
突然脳内に響く声に驚き千寿は腰を抜かしながら声を上げた。そして咄嗟に口を押さえる。モンスターの脅威が去ったとは言えここはダンジョン内。いつ新たなモンスターが現れるか分からないのだ。
(レベルアップって、なんでだよ)
ダンジョンにおける謎の一つ。レベルアップとスキルについて。
ダンジョン内のモンスターを倒すことでレベルが上がりスキルを獲得するが、その瞬間何者かの声で告げられる。これを神の声と呼ぶ者もいるが、一般的にはダンジョンシステムと呼ばれている。
「何があったか知らないけど、ステータス」
ダンジョンシステムはステータスと口に出すことで確認することができるが、その仕組みは未だ解明されていない。しかし、当人の視界にホログラムのように画面が現れ、そこにスキル名だけが表示される。
千寿はシステムの力を確認した。
「霊媒……」
千寿の視界にスキル確認画面が浮き上がり、そこには『霊媒』というスキルが一つ。
それがどんな効果をもたらすのか分からず、千寿はひとまず考えることを保留にし玄関へと向かった。
千寿のレベルが上がったということはモンスターが倒されたということだが、なぜそうなったのかを確かめる必要があった。
ダンジョン災害の際、飲み込まれた建物がモンスターを押し潰してレベルが上がるという事例も素材しているが、それにしてはタイミングが遅かった。
「……倒れてるな」
千寿はドアスコープから外を静かに観察した。視線の先には黒い人形のようなモンスターが転がっている。システムがレベルアップを告げたのだから死んでいることには間違いないのだが、千寿は見たことも聞いたこともないモンスターの姿に恐々とする。
「まさか、未到達階層?」
ダンジョンの情報は多くの人間に知られている。当然ダンジョンに潜らない人間もこういった災害に備えて知識を身につけている。その中でも重要なのがモンスターの情報だ。どの階層にどのモンスターが出現するか。これは大体のダンジョンで共通しているため、覚えておけば、自分が逃げるべきなのか留まるべきなのかの判断ができる。
千寿は記憶力に自信があるわけではなかったが、それでも全く見たこのないモンスターの姿に絶望した。モンスター情報は全て公開されているため、知らないということはまだ誰も見たことがないということだ。つまりは、誰も到達したことのない超下層に千寿は飲み込まれてしまった。
「終わりだ……」
千寿は居間へと戻り布団に倒れ込んだ。
人類の最高到達階層は二十六階層。それよりも深い場所には誰も辿り着けていない。何故か。それは階を超える度に指数関数的に難しくなっていくからだ。
ダンジョンはものによっては一階層しかないものなど大きさも様々であり、ダンジョンはボスモンスターを討伐することで消滅する。人類が踏破したダンジョンも数多く存在するが、その中で最も深かったのが二十五階層。それ以上の深度となるダンジョンは未だ一つも踏破されていない。ダンジョンが出来てから十年経った今でも、人類の限界は二十六階層で止まっている。
「自力で、行くしかないのか?」
自分のいる位置が二十六階層以下であるならば救助の可能性はゼロだ。となれば自力でここから脱出しなければいけないわけだが、それも可能性で言えばゼロだろう。行くも地獄留まるも地獄の状況に千寿は不貞寝することしかできない。
「ここで終わるのか。俺の人生」
千寿は天井を見上げ涙を溢す。
「もっと色んな呪物を見たかったのに」
千寿の夢は動画投稿者として成功し、好きなだけ呪物を集めることだった。ダンジョンのせいで呪物や心霊といったジャンルが陰を被ることになってしまったが、それでも千寿はこういったオカルト話が好きだった。
「なあ、ムッシュル……」
千寿は先ほど机の下に隠した絵画の名前を呼ぶ。所有者に不幸をもたらすと言われた呪物だ。今の状況はまさしく不幸と言えるが、こんなにも直接的なのかと千寿は笑ってしまう。
「呪いってもっとこう、じわじわって感じだと思ってたよ」
今の不幸が呪いのせい、とは思えず千寿は絵画を手で撫でる。
「いやいや。俺の死に場所はここじゃないだろ。俺は呪いを集めて、呪いで死ぬんだよ。有名になった動画投稿者がある日意味深な動画を投稿して失踪。彼の家には無数の呪物が。みたいな感じで有名になる予定なんだから!」
呪物を見ていた千寿は不意にそんな夢を思い出した。
「今このまま死んだら、ただただ災害に巻き込まれた被害者で終わっちまう!」
千寿は意を決して立ち上がった。
「ごめんな、お前たち。弱いところを見せて。お前たちと一緒に呪いの面白さを広めるって約束してたのに。俺は諦めないぞ!」
千寿は呪物たちに頭を下げ覚悟を決めた。リュックを背負い、靴を履きフライパンを片手に構える。準備は万端。
「いざ!」
ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンッ!
「ヒィ! やっぱり怖い!」
千寿の声に反応したのか、またもや玄関の扉が激しく叩かれた。今度は明確にこの部屋を狙っている。千住は机の下に隠れて絵画を盾にする。
ドンドンドンドン、ドン、ドン……
『レベルアップしました。新たなスキルを獲得しました』
「なんでぇ〜?」




