負けヒロイン専門店で、涙味のコーヒーを。
振られた。
信じて疑わなかった。私が選ばれる、愛されると。
「婚約者とは冷えきっていて、情はない」
「親が勝手に決めた婚約だよ」
耳に心地いい言葉に酔って、調子に乗って相手の婚約者に真っ向から挑んで。その結果得たのは、周囲の軽蔑の眼差しと、目の前で繰り広げられる茶番劇。
愛をささやいたはずの男は、あっさりと婚約者のもとに帰って行った。私だけを悪者にして。
「――バカみたい」
あてもなく街中をさまよっていた私は、思わず呟いていた。いつもはうるさいくらいににぎわう街も、今日は人影もまばら。空は今にも泣き出しそうな、濃いグレー。
……いや、今にも、じゃない。ポツリポツリと、冷たい雨粒が落ちてきた。
(最悪……)
傘なんて持ってない。傘をさしかけてくれる人も、いない。
溜め息をついて、私は目に付いたカフェに飛び込んでいた。
「……おや」
テーブルが二つ、カウンターには椅子が三つ。初めて入るそのカフェは、とてもこじんまりとしていた。カウンターの奥でカップを磨いているのは、眼鏡を掛けた穏やかな雰囲気の男性。三十歳前後だろうか。突然入ってきた私に驚いたように、こちらを見ている。
その人は、二、三度瞬きをしたあと、ふと私に微笑みかけた。
「お好きな席へ」
しばらくためらい、私はカウンターの左端に腰を下ろした。
黙ってコーヒーを啜っていると、店主の男性が不意に話しかけてきた。
「良かったではないですか。相手の不誠実さに、早く気付けて」
怒りにカッと頬が染まる。
いや、そもそも、なぜ私の事情を知っているのか。気味悪さも手伝って、私は店主を無言で睨む。
彼は苦笑して続けた。
「ここは、そういう店なんです。――打算と本能に忠実な男は、同じことを繰り返しますよ」
「……分かってるわよ」
じわりと涙がにじみ、私は唇を噛み締める。
分かっていた。男の不誠実さも、私が「遊ぶのにちょうど良い相手」だったのも。私の罪を暴いたあの婚約者が、いっそ憐れむような目を私に向けていたことも。
それでも、彼が好きだった。どうしようもないところも全部。
「……切り替えなくちゃ。この程度の騒ぎで収まって、良かったのよね」
こうした騒動は日常茶飯事だ。行き過ぎた行動の果て、勘当される人も見てきた。
コーヒーの苦味と酸味が、胸に染み渡る。私は溜め息をつき、目の前の店主に尋ねた。
「……ねえ、このブレンド、なんて言うの?」
「『現実、失恋風味』です」
容赦のない言葉に、私は吹き出した。




