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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

無能な王太子殿下から婚約破棄され、無能扱いする親からは追放を言い渡されたわたくしは帝国に行くことにしました

作者: 幻世
掲載日:2026/01/08

 バーリガン王国ジュミリア王立学園───

 その日は前期試験の結果発表が廊下に張り出されました。

 その場には多くの生徒がいて、結果を見て一喜一憂しています。

 わたくしは5年生の試験結果を確認して溜息を吐きます。


(・・・ムーノ殿下の機嫌がまた損なわれますわね)


 わたくしは全教科70点前後、それに対してわたくしの婚約者であらせられるムーノ王太子殿下の点数はどの教科も40点前後でした。

 どうしたものかと考えていると間が悪いことにムーノ殿下が現れたのです。

 ムーノ殿下は張り出された試験結果を見て納得いかないのか怒りを露わにしました。


「なぜ僕がこんなに点数が低いんだ!!」


 ムーノ殿下の声に賑やかだった廊下は静まり返ります。

 それからわたくしを見つけたのか近寄ってきました。


「マリエラ! お前は婚約者である俺の顔を立てる気はないのか!!」

「そうは申されましても・・・殿下は才あるお方。 少しでも学を身につけていただければ、わたくしと同じかそれ以上の点数を取ることはできるはずです」

「なぜ俺がそんなことをしないといけないんだ!!」


 わたくしの言葉を悪口と受け取ったのかムーノ殿下は癇癪を起こしました。

 そう、ムーノ殿下は勉強嫌いであり、努力するのを何よりも嫌っております。

 面倒な事にムーノ殿下本人は自分は優秀な頭脳を持っていると勘違いしているため、天才には努力は不要だと思い込んでいるのです。

 なぜこのような我儘な性格になってしまわれたのか?

 それはこのバーリガン王国国王であるホーゴ国王陛下とその妻アマース王妃殿下が甘やかして育てたのが原因です。




 ホーゴ陛下とアマース殿下は大事な一人息子を叱ることは一切しませんでした。

 物心つくと教育係として家庭教師がつきましたが、ちょっと注意しただけでムーノ殿下はホーゴ陛下とアマース殿下に『いじめられた』と報告したのです。

 家庭教師はホーゴ陛下に弁明するも聞き入れてもらえず、その結果解雇させられました。

 教師失格の烙印を押された家庭教師は周囲から笑いものにされてバーリガン王国に居場所がなくなり、国を出ることになります。

 そして、新しい家庭教師をつけるも一人また一人と辞めさせられ、噂が広がりいつしかムーノ殿下の家庭教師に名乗りを上げる者はいなくなりました。


 月日は流れ、わたくしとムーノ殿下がジュミリア王立学園に入学して初めての前期試験結果の時でした。

 わたくしが全教科90点前後に対してムーノ殿下は40点前後でした。

 これではいけないとわたくしはホーゴ国王陛下とアマース王妃殿下に進言します。

 すると、思わぬ回答が返ってきました。


『マリエラ嬢、ムーノが嫌がっているのだから無理にさせる必要はないだろう』

『マリエラさん、ムーノ本人の意思を尊重してくれないかしら』


 それを聞いてわたくしは絶句しました。

 本来王族として厳しく躾け、どこに顔を出しても恥ずかしくないようにするはずが、息子可愛さに甘やかししすぎなのですから。


 ちなみに試験結果に納得できないムーノ殿下は学園に不服申し立てをしました。

 しかし、学園側はそれを拒否し、ムーノ殿下の申し立てを却下したのです。

 ムーノ殿下は『自分の成績を低く見積もられた』とホーゴ陛下にジュミリア王立学園学園長及び教師全員を解雇するよう進言します。

 本来であれば息子可愛さに動くホーゴ陛下ですが、この時ばかりはムーノ殿下の進言を却下しました。

 解雇できない理由は存じませんが、当時のムーノ殿下は荒れに荒れて宥めるのが大変だったと聞きます。

 以降、ムーノ殿下は学園長及び教師全員に悪印象を持つようになりました。




 わたくしはムーノ殿下を宥めるように声を掛けます。


「殿下、公衆の面前です。 冷静になってください」

「マリエラ、お前はいつもそうだ! 俺より成績が良いからといって見下しやがって!!」


 わたくしより高得点の者など多くいますが、その者たちに文句を垂れるよりも婚約者であるわたくしに不満をぶつけて少しでも鬱憤を晴らそうとしているのがわかります。


「わたくしは別に見下してなど・・・」

「それに勉強なんてやるだけ無駄だろう! そんな無駄な事に割く時間は俺にはない!!」


 わたくしがなおも言葉を続けようとするとうしろから突然女性の声が聞こえてきます。


「そうですよ。 ムーノ殿下は貴女と違って多忙な日々を送っておいでなんですよ。 勉強する時間など1秒もありません」


 振り返るとそこには桃色のミディアムヘア、可愛く整った顔、そして、わたくしよりも背が低い女性がいました。


「おお! フランソワ! 君も俺の意見に同意してくれるか!!」

「もちろんでございます」


 フランソワと呼ばれた女生徒はムーノ殿下の隣まで歩きます。

 そして、そのままムーノ殿下に身を委ねるように身体を密着させました。


「紹介するよ。 フランソワ男爵令嬢だ」

「フランソワですわ」


 フランソワはわたくしに対して上から目線で挨拶します。

 本来貴族令嬢であればある程度の礼節をわきまえていますが、フランソワにはそれがないようです。


「フランソワはお前と違って俺の事をよく理解している」

「殿下、本当の事をいわないでくださいよ」


 わたくしはフランソワの試験結果を確認したところ30点前後とムーノ殿下よりも低い点数です。


(赤点じゃない・・・)


 (したた)かなのか、それともバカなのか、なんともいえませんがそんなフランソワのことをムーノ殿下は大層気に入っているようです。


「フランソワは気遣いができる良い女だ。 それに比べてお前は・・・」

「まぁまぁ、そう怒らないでください。 マリエラさんは十分に頑張ったのですから」


 フランソワは勝ち誇った顔でわたくしを見ます。


「殿下、婚約者であるわたくしの前でほかの女性の方に身を寄せるなど戯れも過ぎるのではないでしょうか」

「何?」


 わたくしの発言にムーノ殿下は眉をひそめます。


「殿下はいずれこのバーリガン王国を背負うお方。 一時の感情に流されて行動をしては・・・」

「黙れっ!!」


 ムーノ殿下はわたくしの声を遮って大声を上げます。


「殿下! わたくしは殿下の事を思って・・・」

「黙れっ! 黙れっ! 黙れっ!! そうやっていつもいつも俺のことをバカにしやがってっ!!」

「別にバカになど・・・」


 弁明するよりも早くムーノ殿下がわたくしを指さして宣言します。


「マリエラ! お前との関係はもううんざりだ! この場で婚約を破棄する!!」

「!!」


 ムーノ殿下はわたくしに婚約破棄を突きつけてきました。


(ついにこの時が来ましたか・・・)


 いつかはこうなるのではないかと危惧していた事が現実に起こりました。


「殿下の隣にマリエラさんは相応しくありません」

「そうだろそうだろ。 俺の隣に相応しいのはフランソワだからな」

「光栄です」


 ムーノ殿下はフランソワを抱き寄せてわたくしに見せつけます。


「殿下、冷静になって今一度ご検討を・・・」

「必要ない! それでも駄々を捏ねるというなら父上(国王陛下)に進言してカスフォード伯爵家を廃爵にするぞ!!」


 わたくしだけの問題ならともかくカスフォード伯爵家が廃爵になるとお父様が知れば何をいわれるかわかりません。


「わかりました。 婚約破棄の件、承りました」

「ふん! わかればそれでいい!!」

「そうよそうよ! 身の丈をわきまえなさい!!」

「それでは失礼いたします」


 ムーノ殿下にカーテシーをしてからわたくしはその場を去りました。






 王都にあるカスフォード伯爵の館に帰宅すると自室に戻ります。


(気が重いですわ・・・)


 これからお父様にムーノ殿下から婚約破棄されたことを報告しなければなりません。


 コンコンコン・・・


 わたくしの返事を待たずに扉が開かれます。

 そこには同じ学園に使用人(付き添い)として通う侍女のシシルが部屋に入るなり一礼して用件を伝えてきました。


「失礼いたします。 マリエラお嬢様、旦那様がお呼びです」

「・・・わかったわ。 今すぐ行くわ」


 わたくしは服装もそのままにお父様がいる執務室へと向かいます。

 部屋に到着するとシシルが扉を軽く叩きました。


「旦那様、マリエラお嬢様をお連れしました」

『入れ』


 シシルは扉を開けてわたくしに入室するよう催促します。

 執務室に足を踏み入れたわたくしをお父様は厳しい目つきで見てきました。


「マリエラ、シシルから聞いたぞ。 今回も首席を取れなかったそうだな」


 シシルを学園内で見かけなかったのはこの事をいち早くお父様に報告するためだったのでしょう。

 この位置からでは見えませんが、うしろに控えているシシルがわたくしの事を内心嘲笑っているのが手に取るようにわかります。


「・・・はい、申し訳ございません」


 わたくしの返答にお父様は怒りを露わにします。


「マリエラ、お前はどこまで我がカスフォード伯爵家の名を地に落とせば気がすむのだ!!」

「・・・」


 過去に試験結果について説明しようとした時、『言い訳をするな!』といわれたことがあります。

 なので、わたくしは沈黙する事しかできません。


「だんまりか・・・お前の兄は入学から卒業まで成績は常に一位で学年首席を保ち続けたぞ。 それをお前ときたら・・・少しは兄を見習おうとは思わないのか?」


(それはムーノ殿下(あのバカ王子)がもっと努力(勉強)してくれない限りはどうしようもありませんわ)


 カスフォード伯爵家のために良い成績を取ればムーノ殿下からやっかみを受け、逆にムーノ殿下の顔を立てようと成績を下げればカスフォード伯爵家の家名に傷をつけたとお父様から説教されます。

 ムーノ殿下の機嫌を取るべきだったのか、それともカスフォード伯爵家の名誉を守るべきだったのか、今になってはどちらが正しかったのかわかりません。


「・・・どうやらお前には何をいっても無駄なようだな。 もういい。 下がれ」


 本来であればお父様の言う通りただちに部屋を退室するところですが、今回ばかりはそういう訳にはまいりません。


「お父様に報告があります」

「? なんだ? 改まって」


 わたくしは意を決して学園での事を話します。


「本日、ムーノ王太子殿下から婚約を破棄されました」

「なんだと?!」


 婚約破棄されたと聞いてお父様は驚き、そして、これ以上ないほどの怒りの顔でわたくしを見ます。


「マリエラ、お前はなんてことをしてくれたんだ!!」

「お父様、聞いてください。 これには理由が・・・」


 ドンッ!!

 お父様は執務机を思い切り叩いてわたくしを睨みつけます。


「黙れ! この無能が! お前は我がカスフォード伯爵家の名を地に落とすだけでは飽き足らず、ムーノ王太子殿下からも捨てられたというのか!!」


 わたくしの言葉を遮り、お父様は罵声を浴びせます。


「これではほかの貴族から我がカスフォード伯爵家が軽んじて見られるではないか!!」


 お父様が心配されたのは婚約破棄された実娘のわたくしではなく、誇り高きカスフォード伯爵家という家格の方でした。

 しばしの沈黙のあと、お父様は口を開きます。


「・・・出ていけ」

「お父様?」

「マリエラ、お前を我がカスフォード伯爵家から除名する! もうお前はわしの実娘でも何でもない! さっさとこの家から出ていけ!!」


 お父様はわたくしに対して冷徹な判断を下します。

 この瞬間、わたくしの中で何かが音を立てて崩れていきました。


「・・・わかりました」


 入り口に向かうもわたくしの事をすでにお嬢様ではないと判断したシシルは扉を開けようとはしません。

 わたくしは自ら扉を開けて執務室を出ていきました。

 自室に戻って外行き用のワンピースに着替え、ほとんど物がない部屋からお金や衣類など必要最低限な物を鞄に詰めます。

 準備が整ったところで愛着もない館を出ました。






(・・・これからどうしましょう)


 今まで色々な事に耐えに耐えて生きてきましたけど、貴族以外の生き方を知らないわたくしは途方に暮れていました。

 トボトボと歩いているといつの間にかジュミリア王立学園に到着します。


(ここともお別れね)


 カスフォード伯爵家を追い出され、貴族ではなくなったわたくしには学園に通う資格はありません。

 目の前にある学び舎を見て今までの学園生活が頭をよぎります。

 思えば学園で勉強や授業を受けている時だけは家や婚約者から解放されていました。

 一番楽しかったとそう感じたときでした。


「あれ・・・どうして・・・」


 わたくしの視界が急に霞んで見づらくなりました。

 手で触れてそれが涙であるとすぐに認識します。


(ああ・・・楽しかったんだ。 学園にいた時間が・・・)


 わたくしはその場で声を殺して泣き始めました。

 授業中はムーノ殿下やカスフォード伯爵家の事を考えずに自分のためだけに勉強できる時間がとても楽しかったのです。

 特に昨年一年間はヴィクトリアル帝国から一時留学してきた皇太子殿下と色々なお題で議論したことはとても印象に残っています。

 そんな楽しい時間が失われた事を知り、わたくしの瞳からは涙が溢れて頬を伝い、次から次へと地面に落ちていきました。


(わたくしの・・・わたくしの人生は一体何だったの!!)


 心の中で叫ぶも誰も答えてくれません。

 一頻り泣くと今一度学園を見ます。


(思い出をありがとう。 さようなら)


 わたくしがその場を立ち去ろうとした時です。


「マリエラくん、こんなところでどうしました?」


 背後から声がしたので振り向くとそこには紺色のローブを着た細身の中年男性がいました。


「学園長」


 男性はジュミリア王立学園の学園長でした。

 学園長はわたくしを理解してくれる数少ない人です。


「何かあったのですか?」


 学園長が心配そうに話しかけてきました。

 先ほど泣いているところを見られたのではないかと、わたくしの顔がみるみる火照っていくのがわかります。


「最後にこの学園を見に来ただけです」

「最後?」


 わたくしの言葉に不審に思ったのか、学園長は怪訝な顔をします。


「マリエラくん、ここではなんですので場所を変えませんか?」

「・・・はい」


 わたくしは学園長の案内で学園内にある学園長室に通されます。

 椅子を勧められたので座ると学園長は部屋の隅に向かいました。


「マリエラくんは珈琲と紅茶、どちらがいいですか?」

「紅茶をお願いします」


 学園長は慣れた手つきで紅茶を二人分淹れて持ってきたティーカップの一つをわたくしの前に置きます。

 それから学園長も椅子に座ると話かけてきました。


「それで何があったのですか?」

「実はとても話しにくいことなのですが・・・」


 わたくしは意を決して学園長に話すことにしました。

 ムーノ殿下から婚約破棄を言い渡されたこと。

 カスフォード伯爵家から除名されたこと。

 それとムーノ殿下の尊厳を守ろうと自らの学力を抑えていたことを。


「マリエラくん、辛かったでしょう。 今まで耐え忍んでよく頑張りましたね」

「・・・ありがとうございます」


 すべてを聞き終えた学園長はわたくしに優しい言葉をかけてくれました。


「実は入学当初からマリエラくんの学力や成績に疑問を感じていましたが、そういう経緯があったのですね」


 それから学園長はしばし目を閉じて考えています。


「少し待ってもらえますかな」

「はい」


 学園長は執務机に移動すると引き出しから何枚か紙を取り出して何かを書き始めました。

 5分後、書き終えて内容を確認して問題ないと判断したのか封筒に入れて印章を押します。


「マリエラくん、これを」


 学園長はわたくしのところまで戻ってくると3通の封書を差し出してきました。


「学園長、これは?」

「これを持ってヴィクトリアル帝国に向かいなさい。 左は君の身分証明書、真ん中はクロート学園への推薦状です」


 わたくしは驚きました。

 ヴィクトリアル帝国といえばバーリガン王国を遥かに超える大国です。

 そして、クロート学園は世界でも有数な学園で、余程の実力がない限りは入学すら難しいとされる難関学園です。


「・・・よろしいのですか?」

「マリエラくんにはそれ相応の実力があると判断しました」

「・・・」


 身分証明書と学園への推薦状はありがたいのですが、最後の1通が気になります。


「学園長、その右の封書は?」

「これは私の兄に渡すといいでしょう」

「学園長のお兄様にですか?」

「きっと力になってくれるでしょう」


 少し迷った末にわたくしは3通の封書を受け取ります。

 封書を鞄に入れてから席を立ちます。


「学園長、ありがとうございます」

「気にすることはありません。 マリエラくんみたいに有能な人材をこのまま埋もれさせるのは惜しいと感じたからです」


 わたくしは学園長に一礼するとヴィクトリアル帝国に向けて出発しました。






 1ヵ月後───


 わたくしはヴィクトリアル帝国の王都に到着しました。

 王都に入るために検査待ちの列に並びます。

 程なくしてわたくしの番が回ってきました。

 わたくしは学園長から貰った身分証明書を女性検査員に渡します。

 封蝋を見た検査員は驚いてわたくしと身分証明書を交互に見ます。

 検査員は席を立ち上がり、わたくしを連れて検査室を出ると別の豪華な個室に案内しました。


「しばらくこちらでお待ちください。 すぐに案内の者をよこしますので」


 検査員はわたくしに恭しく頭を下げて出ていきました。

 それから待合室で待たされること1時間が経過しました。


 コンコンコン・・・


 突然部屋の扉がノックされました。


「はい」


 わたくしが返事をすると扉が開き、中に入ってきた人物に驚いて声を上げてしまいました。


「ス、スレイン皇太子殿下?!」


 案内者としてやってきた人物、それはヴィクトリアル帝国第一皇子であるスレイン皇太子殿下でした。


「マリエラさん、お久しぶりです」

「え、ええ、スレイン殿下も息災で何よりです」

「最後にお会いしたのは半年前でしたね」

「はい」


 スレイン殿下はバーリガン王国ジュミリア王立学園に昨年一年間だけ留学していました。

 ムーノ殿下の婚約者であったわたくしはスレイン殿下と度々会う機会がありました。

 スレイン殿下はムーノ殿下と違い博識で心遣いができる方で、政治経済をはじめ色々な分野で議論しました。

 白熱することもしばしばありましたが、スレイン殿下と語り合う時間はとても楽しかったです。

 そんなスレイン殿下も留学期間を過ぎるとヴィクトリアル帝国へと帰国しました。


「それでなぜ殿下がこちらに?」

「マリエラさんが来たと連絡を受けたのでお迎えに来ました」

「お迎えにって殿下が直接迎えに来る事なのですか?」

「それにはちょっと訳がありましてね。 ここではなんですし、話の続きは別の場所で行いましょう」


 スレイン殿下は話を中断するとわたくしを連れて馬車のところまで行きます。

 わたくしたちが乗車すると馬車はゆっくりと動き出します。

 しばらくして到着した場所、それは王城でした。

 スレイン殿下に城内を案内されて一つの部屋の前で止まり、扉を軽く叩きます。


 コンコンコン・・・


「スレインです」

『入るがいい』

「失礼します」


 扉を開けて部屋に入るとそこには豪華な衣装を纏った一人の中年男性がいました。


(この方って、まさか?!)


 目の前にいる人物、それはヴィクトリアル帝国の皇帝であらせられるリンガン皇帝陛下でした。


(でも、どこかで見たことがあるような・・・)


 わたくしが戸惑っているとリンガン陛下が話しかけてきます。


「よく来たな」


 わたくしはすぐにその場でカーテシーをします。


「リンガン皇帝陛下とお見受けします。 わたくしはマリエラと申します」

「今は公式の場ではないのだ。 気をゆるりとするがいい」


 そういってリンガン陛下はわたくしに席を勧めます。

 わたくしが座るとその隣にスレイン殿下も座りました。


「話はスレインから聞いている。 歓迎するぞ、マリエラ嬢」


 わたくしは隣に座っているスレイン殿下を見ます。


「実は先日叔父上からマリエラさんをクロート学園へ通わせると連絡がありました」

「スレイン殿下の叔父様でございますか? わたくしにヴィクトリアル帝国に知り合いなど・・・」


 そこでわたくしはある人物を想像して目を見開きます。


「! まさかっ?!」

「聡い者は嫌いじゃないぞ」


 答えにたどり着いたわたくしをリンガン陛下は楽しそうな目で見てきます。

 わたくしが想像した人物、それはジュミリア王立学園の学園長でした。

 どうりで初対面なのにどこかで見たことがあると錯覚するわけです。


「学園長がリンガン陛下の弟・・・皇弟殿下ということですか・・・」

「ローガンから何か預かっていないか?」


 わたくしは学園長から受け取った封書のうちの1つを取り出します。


「これですか?」


 リンガン陛下はわたくしの手から封書をかすめ取ると勝手に封を切り、中に入っている紙を取り出して読み始めました。

 しばらくしてリンガン陛下は口角を上げます。


「はっはっはっ、ローガンらしいな」


 愉快そうに笑うリンガン陛下を見て、学園長が何を書いたのか気になったわたくしはリンガン陛下に質問します。


「リンガン陛下、失礼ですがその紙には何と書かれているのですか?」

「ん? ローガンから何も聞いていないのか? ローガンはマリエラ嬢を養子にしたいそうだ」

「えええええぇーーーーーっ?!」


 わ、わたくしが学園長の養子に?!

 突然の出来事にわたくしは驚きを隠せませんでした。


「ああ、言い忘れていた。 ローガンは自ら王族から臣籍降下したことで王位継承権を返上している。 今はブラウィン家を名乗り公爵の身分が与えられているぞ」

「それってつまり・・・」

「今日からマリエラ嬢は公爵令嬢だ」

「わたくしが公爵令嬢・・・」


 一度貴族を除名されたわたくしですが、今一度貴族として生きていくことになるとは夢にも思いませんでした。


「ほかにもいろいろと話したいことがあるが長旅で疲れているだろう。 スレイン、マリエラ嬢をブラウィン公爵家に送ってやれ。 使用人に事の顛末を説明し、問題があるならリンガンが話を聞くと伝えておけ」

「畏まりました」


 わたくしとスレイン殿下はリンガン陛下に一礼すると退室しました。

 緊張が解けたのか、わたくしはその場で軽く深呼吸をします。

 わたくしが落ち着くのを見計らってスレイン殿下が話しかけてきました。


「それではまいりましょうか」

「はい」


 それからわたくしはスレイン殿下の案内でブラウィン公爵家へ向かうことになりました。

 馬車に乗り、進みだすとスレイン殿下が話しかけてきました。


「マリエラさん、お話があります」

「スレイン殿下?」


 改まった口調にわたくしは自然と身構えてしまいます。


「マリエラさんは僕が帰国する前の事を覚えていますか?」

「帰国前ですか? ・・・あ!!」




 スレイン殿下が帰国する一週間前、わたくしたちは学園の一室で定例となった議論をしていました。

 その日もお題を決めて色々と話し合っていると急にスレイン殿下の顔が暗くなります。


『マリエラさん、君との議論も今日で最後になります』

『寂しくなりますわ』

『マリエラさん、もし・・・もしも君が自由の身になったら、僕とまた議論をしてもらえないだろうか?』

『ええ、喜んで』


 それがわたくしたちが最後に交わした言葉でした。




「はい。 覚えております」

「それでまた君と議論をしたい。 お題なんだけど・・・『恋愛』について語り合わないか?」


 スレイン殿下とは今まで色々なお題で議論をしてきましたが、恋愛については語ることはありませんでした。

 なぜなら、当時のわたくしたちはお互いに決まった運命を歩いていたからです。


「! 殿下、それって・・・」


 戸惑っているとスレイン殿下はわたくしの手を取り軽く握ります。


「君と語り合っているうちにいつの間にか好きになってしまった。 だけど、当時の君はムーノ殿下の婚約者だ。 僕が横槍を入れれば二国間の問題に発展する。 だから、諦めるしかなかった」


 握られた手に少し力が入ります。


「叔父上から君が婚約破棄されたと連絡があった時に僕は決心したよ。 次に君に会えたら告白しようと」

「・・・」

「マリエラさん、僕の生涯の伴侶になってほしい」


 スレイン殿下はわたくしの目を見て告白してきました。

 その視線に耐えられなくなり、わたくしは目をそらします。


「殿下、わたくしでよろしいのですか?」

「君でないとダメだ」


 わたくしを逃がしたくないのか握られた手に力が入ります。


「わかりました。 婚約の件、承りました」

「! 良かった! これで断られたらどうしようかと思っていたんだ。 君を送り終えたら陛下に報告するよ」


 スレイン殿下はこれ以上ないほどの満面な笑みを浮かべました。




 スレイン殿下の告白を機にわたくしの人生は百八十度変わります。

 まず、わたくしとスレイン殿下の婚約がヴィクトリアル帝国全域に告知されました。

 意外なことに国民たちからは反感の声が上がることはありませんでした。


 次に学園長の推薦でクロート学園に転入しました。

 学年はスレイン殿下と同じ5年生です。

 学園では別れる前に約束した通り空き時間にスレイン殿下と議論しています。

 学業の方も今迄みたいに自分を抑制することなく前面に出しました。

 その年の後期試験ではスレイン殿下を抑えて首席になります。

 スレイン殿下は悔しがりながらも祝福し、リンガン陛下は優秀な人材を手に入れたと喜んでいました。


 クロート学園を卒業してから半年後、わたくしのお義父様であるブラウィン公爵が学園長の任期を終えて戻ってきました。

 わたくしを養女にしてくれたお礼とスレイン殿下の婚約について報告します。

 話を聞いてお義父様は我が事のように喜んでくれました。


 クロート学園の卒業から1年後、多くの国民から祝福されてわたくしとスレイン殿下は結婚しました。


「スレイン殿下、わたくし、今とても幸せです」

「僕もだよ、マリエラ」


 わたくしはスレイン殿下の妻として新たな人生を歩むことになりました。






 5年後───


 スレイン殿下と結婚して皇太子妃になったわたくしのところにある人物が訪れました。


「マリエラ! 俺たちを助けろ!!」

「そうよ! 私たちを助けなさい!!」


 リンガン陛下に呼ばれて謁見の間に到着するとリンガン陛下とスレイン殿下のほかにムーノ王太子殿下とフランソワ男爵令嬢・・・いえ、ムーノ()国王陛下とフランソワ()王妃殿下がいました。




 4年前、バーリガン王国ではホーゴ国王陛下が突然の死病で崩御されたあと、ムーノ王太子殿下が国王に即位してフランソワ男爵令嬢と結婚したという報告は受けています。

 ムーノ国王陛下とフランソワ王妃殿下は平民から巻き上げた金を湯水のように使って豪遊し、自分たちのためだけの我儘な政策を次々に打ち出したことにより、平民たちに重税がのしかかったのです。

 それに反発した平民たちが訴えるも反逆者として捕らえて公開処刑されました。

 ほかにもムーノ陛下の政策に異を唱えた一部の貴族たちの役職を取り上げて城から追い出したり、酷いのだと二度と歯向かわないように廃爵されて国を追放された者や処刑された者もいます。

 それから3年が経ち、長引く不況、天候の悪化による農作物の不作、国からの重税が重なったことで我慢の限界を超えた平民たちは革命軍を作り、ムーノ陛下を引きずり落とそうとクーデターを起こしました。

 本来であれば屈強な兵たちがいるはずですが、ムーノ陛下は自分の意に沿わない者を次々と解雇していたため、城にいるのは口先だけの者たちばかりでした。

 そんな者たちが戦力になるはずもなく、その結果城はあっという間に制圧されてしまいました。

 危険を察したムーノ陛下とフランソワ殿下は城の隠し通路から逃げ延びたのちに、革命軍に見つからないよう移動してヴィクトリアル帝国まで辿り着いたそうです。




 ムーノはわたくしを見るなり上から目線で命令します。

 わたくしが口を開くよりも先にスレイン殿下がわたくしをかばうように前に立って話しかけました。


「ムーノ元国王陛下、僕の妻に気安く話しかけないでもらいたい」

「俺はマリエラに話しかけているんだ! 貴様ごときが俺と対等に話せると思っているのか?」

「貴方は国を追われた元国王であり、僕はこの国の現皇太子ですよ。 どちらが上かくらいは理解できるのでは?」


 国を追われた元国王と国の中枢を管理している現皇太子、どちらが上かなど考えなくてもわかります。

 しかし、学がないムーノの答えは・・・


「そんなの決まっている! 国王であるこの俺だ!!」


 ムーノは自分の方が上であると堂々と言い切りました。

 自らの意思で退位したならムーノの言う通りでしょうが、国を追われたとなれば話は別です。


「貴方はもう国王ではない。 ただの逃亡者だ」

「黙れ! 俺は今でもバーリガン王国の国王だ!!」

「それならなぜ貴方はバーリガン王国から逃げて僕の妻であるマリエラに助けを求めたのですか?」

「そ、それは・・・あ、あれだ・・・マリエラは俺の元婚約者だ。 俺の命令に従う義務がある。 マリエラが首を縦に振ればこの国の戦力を自由にできる。 その力をもってバーリガン王国を俺の手に取り戻すのだ」

「そうよそうよ! 陛下の言う通りだわ!!」


 滅茶苦茶なことを言い出すムーノ。

 スレイン殿下が何かいおうとした時です。


「もういい。 黙れ」


 今まで黙って見守っていたリンガン陛下が口を挟みます。

 その口調には怒りを感じとることができました。


「衛兵、そこにいる者たちを捕らえろ」

「「「「「はっ!!」」」」」

「やめろっ!!」

「きゃっ! 何するのっ?!」


 リンガン陛下の命令を受けて、衛兵たちはムーノとフランソワを捕縛します。


「俺にこんな事をすればただでは済まないぞっ!!」

「本来であればヴィクトリアル帝国皇帝として裁くところだが、お前たちは自国民ではないので裁きを与えることはしない」


 リンガン陛下は一旦区切ると冷酷に言い放ちます。


「ただ、お前たちの身柄を拘束してバーリガン王国に送り返すだけだ」

「ふ、ふざけるなっ!!」


 思い通りにいかないことに憤りを感じるムーノ。

 これ以上相手にしたくないのかリンガン陛下は衛兵たちに命令します。


「連れていけ」

「「「「「はっ!!」」」」」

「放せっ! 放しやがれっ!!」

「いやぁっ! 助けてっ!!」


 ムーノとフランソワは衛兵たちに引きずられながら謁見の間から出ていきました。

 リンガン陛下の寛大すぎる処置にスレイン殿下は疑問を呈します。


「陛下、よろしかったのですか?」

「あの者たちに裁きを与えるのはバーリガン王国に住む平民たちだ。 ヴィクトリアル帝国がでしゃばることではない」


 本来なら皇帝に対しての罵詈雑言で極刑になってもおかしくない状態でしたが、それではリンガン陛下の気が収まらなかったのでしょう。

 自分で裁くよりもバーリガン王国の平民たちがより凄惨な裁きを下すとリンガン陛下は判断したのです。

 ムーノとフランソワは手枷を嵌められた状態で、その日のうちにバーリガン王国に送還されました。






 バーリガン王国に到着したムーノとフランソワに待っていたのは平民たちからの粛清でした。

 王都の大広間に連れていかれ、十字架に磔されたあと水も食料も与えられず、三日三晩平民たちから石をぶつけられました。

 四日目の昼、平民の一人が代表して宣言します。


「これより処刑を開始する」


 衰弱しているムーノとフランソワの足元に次々と薪を設置していきます。

 用意ができたところで薪に点火します。

 その炎はムーノとフランソワの身体を徐々に包み込んでいきました。


「熱いぃっ! 死ぬっ! 死んでしまうううううぅーーーーーっ!!」

「誰かぁっ! 誰か火を消してえええええぇーーーーーっ!!」


 ムーノとフランソワの身体は燃え続け、その命尽きるまで叫び続けたそうです。




 次に平民たちが粛清したのは貴族です。

 ムーノに媚びを売り、美味しい汁を吸う害虫を平民たちは許しはしませんでした。

 なかでもわたくしの元お父様であるカスフォード伯爵は平民たちをゴミのように扱ったことで、多くの者たちから恨みを買っていたようです。

 カスフォード伯爵を始め、そこで働いている使用人たち全員を捕らえました。

 そして、カスフォード伯爵を王都の大広間に連れていきました。

 そこにはすでに多くの平民たちがいて、手には鉄の棒を持っています。

 平民たちはその鉄の棒でカスフォード伯爵を袋叩きにします。


「痛いぃっ! 痛いぃっ! やめろおぉっ!!」


 カスフォード伯爵は頭を抱えて許しを請いますが、平民たちがそれを聞き入れる理由はありません。

 ある程度痛めつけたあと、平民たちは棒の先を火で熱します。

 それから熱した鉄の棒をカスフォード伯爵に押し当てました。


 ジュウウウウウゥ・・・


 辺りに贅肉の焼ける音が広がります。


「ぐわあああああぁーーーーーっ! やめろおおおおおぉーーーーーっ!! やめてくれえええええぇーーーーーっ!!」


 押し付けられたところからは贅肉の焼ける悪臭が放たれます。

 カスフォード伯爵は絶え間ない苦痛を死ぬまで受け続けることになりました。


 余談ですが、貴族に仕える使用人たちにも粛清が待っていました。

 男性たちは殴る蹴るなどの暴行を受け、女性たちは男たちから慰み者にされました。




 王侯貴族を制裁した平民たちは新たな先導者を選びます。

 そして、バーリガン王国の歴史に幕が閉じて地図から消滅したのち、新たにルーブズベルグ共和国が建国されました。


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