第5話 スペンサーという怪物
「あ。ごめん。何か、しぃらんになら言ってもいいかって思ったんだ」
「そ…………そっか。は、話してくれて、ありがと……」
十蘭はまだ完全に飲み込めてはいなかった。
あんなに頼りに感じたジェイが、今や弟分のように見えてきた。
未成年がマフィアに加入すること自体は、決して珍しい話じゃない。家出した不良少年だったり、抗争に巻き込まれて親を失った子供だったり。そんな事情のある子供がいるという話は聞いたことがある。
かくいう十蘭もその一人だった。
十蘭には優しい両親と弟がおり、家はあまり裕福ではなかったものの幸せな家庭で、両親がかき集めたお金で学校にも通えていた。
しかしその幸せは十蘭が15歳の時までだった。母親が病気で急死してから、父親はおかしくなってしまった。父親は怪しげな宗教に熱烈な信仰を寄せ、家に残った金を全て宗教につぎ込んだ。十蘭は学校を辞めなければならなくなったが、せめて弟を学校に行かせるためにと丸一日働くようになったのだ。父親は十蘭が稼いだ金を奪っては宗教に没頭したり酒におぼれる日々。弟は学校で貧乏人と罵声を浴びせられていたことを、十蘭は後になって知った。
やがて父親は弟を巻き込んで自殺した。
十蘭は父親が借金を残していたことを知り逃亡するが、借金取りに捕まり腹を切られそうになっていたところを、CROWNの幹部に助けられたのだった。十蘭が返済の金を稼ぐためにCROWNに加入させてほしいと懇願し、2年間働き続けて今に至る。
「(…………ああ、わかった。私、ジェイを重ねてるんだ)」
罵声と石を投げられながら、それを十蘭に悟られないようにいつも平気なふりをしていた弟。
ジェイはもとから飄々とした性格だが、ふとしたときに見せる子供の笑顔が、似ていたのだ。
そりゃあ、気にかけたくなるわけだ。あの時失った、もう戻れない幸せな瞬間を心のどこかで追いかけていた。
生きていたらもしかしたらジェイと同じくらいかな、二人が仲良くなる世界がもしかしたらあったのかな。いや、あの子が生きていたら私はそもそもCROWNにいないか。
そんなふわふわとした思考回路が頭を支配していく。醒めたと思った酔いが再び回ってきたのかもしれない。机の上に乗せた腕に突っ伏すような姿勢になって、うとうとしながらジェイの横顔を眺める。
「わたし…………弟がいたの……もういないんだけどね…………ジェイみたいに、可愛い弟だったのよ」
「そうなんだ。可愛いって言われたの、3年ぶりだよ。あとしぃらん、飲み過ぎじゃない?」
「んもー…………けーはくな男は嫌われるんだぞぉ……」
段々と呂律も回らなくなってきて、瞼が重くなるのを感じる。ジェイが肩を揺らしてくるが、そんなのは物ともしない胆力で机に突っ伏したまま、十蘭は意識が遠のいていくのを感じた。
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「んんん……………………ん?」
いつもとは違うベッドの感触で目が覚めた。何というか、高級感がある。
「……これ、羽毛? シルク? とんでもない高級品では…………?」
それは十蘭が普段触れることの無い代物だった。十蘭はいつも、足の折れかけた木製ベッドに荒いシーツという、暖かい布団が懐かしくなるような環境で寝ている。
誰かがここに運んでくれたのだろうか。思い当たる人物は1人しかいない。
すると、部屋の扉の隙間からうっすらと光が漏れているのに気づいた。ドタバタと足音が聞こえる。
「ちょっとジェイロッド、なんでソファなんかで寝てるのよ! 邪魔で仕方ないんだけど!」
「昨日はここで寝たい気分だったんだ……あ、部屋は覗かないでね」
「また猫でも拾ってきたの!? 早く追い出して!」
聞き覚えのある青年の声と、幼い少女の声が言い争っている。少女の方の声が扉の方へ近付いてきて、バンと大きな音を立てて扉が開いた。
逆光でよく見えないが、ボブカットでワンピース姿の、可愛らしい少女の影がこちらを見ている。
少しの間、少女は何も言わなかった。目の前の光景が信じられなかったからである。
対する十蘭はだんだん目が慣れてきて、少女の大きな目がぱちくりと瞬きするとその目が合った。
「「誰─────────!?」」
「あ、妹、じゃないローザ……部屋は見ないでって」
ソファに寝転がるジェイは慌てる様子もなく、少女をなだめようとしているようだ。
ローザ、と呼ばれた少女は憤った形相のまま、ソファに駆け寄る。部屋のベッドの上にいる十蘭からはソファの背しか見えないが、そこからくすんだ金髪が飛び出ているのが見えた。
「ちょっとジェイロッド、大きめの犬じゃ洒落にならないわよ! あんなの拾ってきて、お母さまに何て言われるか!」
ローザはひそひそ声でジェイの耳元で叫ぶ。十蘭には少ししか聞こえていない。
「だって、家の場所聞いてなかったんだもん。路地裏に置いてくるなんて可哀想だろ」
「だってじゃないのよ! すぐに追い出して!」
「……『妹』ってこんなに口うるさいものなの?」
ローザはくるりと向き直って、十蘭の状態を確認した。服は脱げていない。髪の乱れもひどくない。
このまま追い出しても良しと判断したのか、部屋の電気をぱっと付けた。
十蘭は部屋を見回す。部屋の中には緑色のふわふわが大量に鎮座していた。記憶を辿ると、それらは今流行りの恐竜をモチーフにしたキャラクター「どらごに」のぬいぐるみであることが分かる。
それの持ち主が誰かと言うと、以前嬉々としてこのキャラクターのことを話していた、ジェイだろう。まさかこんなにぬいぐるみを集めるほどのファンだとは思わなかった。
「またふわふわが増えてる…………じゃなくて! コホン。おはよう、ポンポンのチャイナ娘。私はローザ・スペンサー。『お兄ちゃん』が世話になったわね」




