【第6局】真なる封じ手──交差する系譜
演武試験会場。
玲秀と蒼牙、それぞれから選ばれた兵棋士が、盤上で国家の威信を競い合う儀式の場。
蒼牙が送り込んだ“無我”と、玲秀の若き棋士“雫”が対局する瞬間が訪れた。
雫の目が細くなる。
「……あなた、どこかで……」
だが無我は、感情のない仮面のような表情で黙していた。
蒼牙は最後の策として、再び黒羽の演算体を無我に上書きしていた。
指先の制御は完全に蒼牙側の意図下にあり、彼女の“自我”は再び沈黙に追いやられていた。
盤が開かれる。
序盤、無我の手は鋭く、冷徹で、論理の破綻が一切ない。
開戦から中盤にかけて、彼女の打つ一手一手は“封鎖と圧迫”を極めた布陣を展開し、雫の呼吸を奪っていく。
「……まるで包囲されていくよう……」
雫は防戦一方に追い込まれ、持ち時間を大きく消耗する。
無我の布石は、まるで“予言”のように雫の思考の先を読んで配置されていた。
それこそが“黒羽”──玲秀王・シンレイの思考演算が再現する、知と理の暴力。
だが雫は、あえて均衡を崩す手を打つ。
それは封じ手の変則型──不合理に見えるが、感覚の揺らぎを誘う一手だった。
「私の手で……あなたを“見て”みたいの」
雫の打ったその一手に、無我の演算が一瞬だけ遅れる。
盤上の流れが変わり始めた。
雫はその隙を逃さず、奇抜な変調と布石の揺さぶりで攻勢に転じる。
黒羽の演算は完璧だった──だが、それは“想定内”に限ってのこと。
雫の仕掛けた“人のゆらぎ”に、黒羽の演算体は徐々に対応を見失っていった。
そして終局直前。
無我の演算は“最適解”を示したが、その先に雫の“封じ手”が置かれた瞬間、流れは決まった。
「……あなたの中に、誰かの声が聞こえていないことを、願うわ」
試合は無我の敗北に終わる。
完璧な兵棋が、完璧な演算で打ち進めたはずの一局──
だがそこには、“選ばなかった何か”が、確かに存在していた。
完璧な兵棋が、完璧な演算で打ち進めたはずの一局──
だがそこには、“選ばなかった何か”が、確かに存在していた。