【第3局】閉鎖テスト──命令と封じ手の狭間で
技師たちは沈黙を守っていた。
封じ手の再現率が明らかに増加し、戦気転化中の動作遅延も統計的に無視できないレベルに達していた。
「もう限界だ。初期化命令を出せ」
蒼牙上層部からの指示は明白だった。
「個体“無我”に人格的揺らぎが生じた場合、戦棋兵としての任を逸脱する恐れあり」
つまり、廃棄処分の対象となる。
無我は閉鎖実験室へ移送された。
内部はすべて遮音・遮光、完全監視下の孤立空間。
目的は、感情反応と判断力の測定、そして──
“人間性の有無”を、最終的に確認することだった。
対局の相手は演算装置が自動生成した“虚像の玄凛”。
その記録棋譜をベースに構成された盤面が、無我の前に再現された。
だが無我は、命令された手を打たなかった。
演算上は別の一手が最適と出ているのに、彼女は静かに手を止め、
“封じ手”に似た構えをとった。
「打たない?」
「いえ……選んでます。演算を超えて、手を……選ぼうとしている」
技師たちの声が揺れる。
だがその直後、別回線から強制入力が走った。
「緊急介入──識別“黒羽”コードにより、戦棋演算を再制御します」
仮想空間の無我の目が、わずかに濁る。
指先が変わる。
封じ手ではなく、まったく異なる一手──鋭く、冷徹で、極めて理想的な布石が置かれた。
ハン・リンが震える声で呟く。
「……それは……玲秀王の打ち筋……」
制御ログに表示された暗号名には、こう記されていた。
《“黒羽”──再現演算体:王・心嶺》
蒼牙は、玲秀王の棋譜と人格構成を模倣したAI演算を完成させていた。
そして今、それを無我に上書きした──
彼女の“意志”を、完全に消し去るために。