食事会
颯太の車はスポーツカーで、予約した店へと向かう。
車の中は、スポーツカーらしからぬ材質と座り心地だ。
冬美也は偏見の目だったとばかり言えば、颯太としては外見はこんな感じだが、実際オーダーしてこの状態にしたらしく、相当値段も跳ね上がったらしく、眼鏡が光って目が見えない。
「スポーツカーってイメージは座り心地最悪だと思ってた車体低いし」
「んなもん乗らん乗らん、今は長距離でも疲れにくいのとエコの為に目指し、中もオーダーしているから実際の値段よりもっと凄いぞ」
「ひっ……!」
話を聞いた冬美也が引く程だ。
「大した事じゃないさ、少し離れた場所だから高速乗るぞ?」
そう言って高速道へと入っていく。
冬美也は初めてなのかかなり緊張して来た。
理美が冬美也の様子を見て言う。
「大丈夫? 車酔いとか?」
「特に大丈夫なんだけど、都市高速とか初めてで」
「あーそりゃそうか学生君だから、基本乗らないもんな!」
颯太は笑いながらアクセルを踏んで一気に飛ばす。
勿論、速度を守ってだ。
それでもやけに出ているような……。
数十分後、都心部へと入ると高層ビルがひしめく場所へと変わる辺りで高速道を降りていく。
道路が広いのに車が多く、颯太が渋滞情報を確認しながら、目的地へとひた走る。
ある高層ビルの地下駐車場へと降りれば、警備員の指示に従い、駐車した。
「着いたぞ」
「ありがとうございます」
「颯太兄、ありがとう」
皆降りて、エレベーターホールへと向かうとここで働いている人間だろう、かなり物腰の柔らかいスーツを来た中年の男性がやって来て聞く。
「本日はどのようなご用件で?」
「あぁ展望レストランを予約してた嘉村です」
男性が颯太の話を聞き、すぐに連絡を取って確認後案内を始める。
「少々お待ちを……はい、嘉村様お待たせいたしました。どうぞこちらへ」
ここの案内係と言ったところだろうか。
そのまま通されたエレベーターに乗れば、止まるエレベーターは数か所だけほぼ直接展望レストランへ行く専用エレベーターだ。
あっという間に着き、こちらですと案内されればここの支配人と話した後、こう付け加えた。
「では、こちらの支配人が席のご案内を致しますので、ごゆっくりお過ごしください」
すぐに男性がエレベーターへと降りて行く。
同時に支配人という男性に代わる。
「支配人の小野です。ではどうぞ、嘉村友吉様、晴菜様がお待ちですよ」
小野の案内で向かうと別室へと案内され、部屋に入ればとても広く、大きなテーブルが1つだけと言うシンプルだが夜景を見れるとても大きく広い窓ガラスに目を奪われた。
「凄い……!」
驚く冬美也を理美は見て言う。
「冬美也、これは社畜達の灯だよ」
「怖い怖い!」
多分面白半分で言ったに違いないが、それにしたって言い方があるだろうと先に待っていた晴菜が突っ込んだ。
「こらこら! 違うわよ、時間差で働いている人も居るのよ普通に!」
実際全部が全部、定時が一緒では無い。
通常、遅番、早番、そんなシフトで回している会社だってある。
それを知っているのか颯太は笑って言う。
「理美も冗談言える様になってホッとしたよ」
「冗談にするな、颯太」
友吉からしてもこれを冗談にしてほしくはない。
晴菜はここぞとばかり話を切り替え冬美也を見て言う。
「それにしても、冬美也君大きくなってぇ」
急に話を切り替えられ、戸惑うもすぐに話に乗った。
「お久しぶりです。そんなに大きくなりました?」
勝手に大きくなりましたと言わんばかりの言葉ではあるが、冬美也はそれはそれは身長や肉体的な部分にまでも頑張っていたのだ。
元々少食で偏食な部分もあった冬美也だったが、あれ以降の事もあってお陰様で好き嫌いなく食べれるようになるも、栄養が不足していた分他よりも劣ってしまった。
その分も取り返す為にと少し頑張って食べ、基準値まで言ったかと思えばリバウンドして痩せてしまう現象が起き、結局この辺は総一と衣鶴達が食管理の徹底でなんとか標準値の体重と身長を手に入れたのだ。
筋肉も付けようと思って、流石に前述の事をしでかしているので総一に相談し、体が弱い冬美也専用の筋トレ等で今に至る。
しかもコレは日本に来る2ヶ月前にこの体型になったのだ。
それを知らない友吉も改めて驚く。
「確かに立派になって、成長期と言うものだろう。颯太なんか暴走族やってた時より抜けてからもっと身長伸びで、栄養不足だったじゃないかっていまだに――」
「もうそれは止めて」
颯太が慌てて話を止めた。
そっちはそっちで事情があると言うより、暴走族とは関係無く18歳になって更に身長が伸びたのは当人でも驚いているのだ。
「私もその位大きくなるのかな?」
「どうだろ? 小柄に見えて筋肉付けちゃったから身長伸びるかどうか」
「せめて琴さん位は伸ばしたい」
理美としては約5年前にボディーガードとして雇った女性、中澤琴が身長170㎝位あるだけでなく、本当にスラッとした姿で他の女性陣からも一目置かれる程の女性なのだが、その言葉に冬美也の顔から血の気が引き声がするが言葉が無い。
「……!」
余程苦手意識があるのだろう、理美は知らないが彼女の名だけでこれのなのだから相当なものだ。
「冬美也大丈夫?」
「ぅん、大丈夫、だ」
声が出るようになってホッとするが、回りの嘉村家的には本当に何があったと言いたい。
ずっと立ちっぱなしの理美達を見ていた小野がさりげなく促す。
「お話も何ですし、どうぞお座り下さい」
颯太が軽く謝罪し、理美はお礼を述べた。
「すいません……」
「ありがとう」
ただ慣れない場、冬美也だけぎこちない。
「ど、どうもありがとうご、ざいます」
皆席に着き、小野がさりげなく冬美也に尋ねる。
「神崎様でいらっしゃいますよね?」
「は、はい」
「アレルギーは特に無しと前もってご連絡ありましたが、大丈夫でしょうか? 特殊なアレルギー等もありますので」
ここに来る前、颯太からアレルギー等が無いか言われ、その時にも無いと言っていたが、まさかここまで用心深く聞いてくるなんてと冬美也は思いつつも、やはり本人に直接聞く体制も凄いとも感じた。
「そういうのも大丈夫です」
「かしこまりました。では料理をお運びいたしますので暫く御歓談を」
小野の言葉と共にそこから運ばれてきた料理はどれも見たことのない料理に飾り付け、それでいて決して大きくもない。
実際このような場面は初めてで冬美也は戸惑う。
理美は冬美也の緊張を緩ませようとしたが、冬美也に全く伝わらず。
「別に気にしなくていいよ? 今日は入学祝だし、由緒ある人達なんていないから」
「どういう意味だそれ?」
だが、颯太はその意味を理解して言う。
「そのままの意味だな、今日はただの家族だけだし気を遣わなくていいぞ」
しかももう料理に手を出している。
理美も食べてしまっている中、冬美也は置いてけぼりだ。
それを見て友吉が注意するかと思えば、冬美也にこんな事を言って来た。
「冬美也君なら見ていれば勝手に覚えそうだな」
「だからどういう意味ですか?」
挙句晴菜までもそれに対してそのままの意味だという始末だ。
「本当にそのままの意味よ」
冬美也は今、必死に今の状況を整理し考える。
日本人だからと言って食べる為の一言を言う言わないもあるのかやテーブルマナーもしなくて良いのか等だ。
ただ理美から順々に冬美也の状態を見て思う。
『なんで冬美也固まって怖い顔になっちゃったんだろう? お偉い様の席じゃないんだし適当でって意味だったんだけど』
『面白い事になった、後で姉さん悔しがるだろうなぁ』
『んっ? 冬美也君なら見て1回で覚えそうなんだが、そうか教えないと分からなかったのかな?』
『冬美也君、もしかして初めてだらけでパニックになっちゃったのかしら? あぁ、そうだわお屋敷のと実際のお店で緊張感が違うから』
現状冬美也の内心パニック状態を察したがどういえば分かるのか少々悩んだが、理美は再度言った。
「冬美也、個室だから別にそこまで固まらなくていいよ? さっきのはお偉い人って意味だよ?」
ここで冬美也は我に戻るも状況がまだ分かっていない。
「えぇ? えっ?」
颯太達も笑いながらも気にしないように伝えた。
「そうそう、テーブルマナーだってそこまでとやかく言わない家庭だし」
「一応理美にも学ばしてはいるが、最低限のテーブルマナーだ、君もゆっくり見て覚えて行けばいい」
「昔のお屋敷とさほど変わらないパーティーだと思えば良いわよ」
皆が冬美也に促すも、当人は未だ緊張が取れず、勢い余って、小さいとは言えそのまま料理を一口で平らげる。
「は、はい……ぐむ! 美味しいです!」
正直、緊張で何を食べたか分からない。
「いや、それ一口で食べなくても良いよ?」
「大丈夫か、ほぼ丸呑みだったぞ?」
皆返って心配になって来た。
理美は冬美也の状態を見て、かなり昔によく観たCMとかドラマで、手掴みで食べる料理が出た際、手を洗う為のボールの水を飲み干すと言うネタがあったのを思い出し、このままやるのかと、つい口にする。
「このままだと水の入ったボール飲みそう」
流石に冬美也もそれくらいは知っていた。
「いや、流石に飲まないから!」
晴菜もそのメニューだと手を洗うにしてもあまり好きでは無い為、あえて外してくれていたのだ。
「それに今回の料理には手掴みするメニュー無いから」
この後は冬美也も少しずつ緊張も取れていき、食事もデザートとだけとなった。
「――しかし、君も大学卒業したのにわざわざ」
友吉は冬美也ならそのまま大学院まで行って、一通り学を積んだ後、総一の後を追うように医師や学者等になっていそうなのにと思っての言葉に冬美也が返す。
「いやぁ、単位も大丈夫だと言われ、アメリカにまた戻ったら大学院に入る気ではいるので」
その言葉に颯太も理解があって話に入る。
「アメリカだと日本と違って大学院卒が一般的だもんな」
「上を目指すならですけどね」
本当に上を目指すなら大卒だけではダメなのがよく分かる話だ。
理美はふと大学には卒業論文があるのではと冬美也に聞けば意外な回答が返ってきた。
「あれ? 卒論とかないの?」
「必須じゃないし、教授にも相談したら別に問題ないって言われた」
「はぇ……全然違うのか」
「場合によりけりだろ? 一応簡単に済ませはしたし」
必須ではないにしろ、建前もあるのでこっちに来る前に一応済ませておいた。
ただ理美からすれば、簡単だと思わない。
「冬美也の簡単は簡単じゃないと思う」
普通に考えれば何か月どころか下手すれば1年欲しい処だってあるだろう。
それを簡単と言う冬美也が怖い。
卒業論文も経験している颯太は言う。
「グループ発表だったら役割分担するだけですげぇ簡単になるぞ」
「そうそう、とりあえず適当な案出して、適当に骨組み作ったら後は一緒にやるグループにぶん投げた」
仲間がいれば出来る縦作業。
理美からすればそれで良く上手く行くのかと思ってしまう。
「お、おぅ、これがグループ発表」
その間にデザートが置かれていく。
ふと、颯太がある事を言う。
「しかしまたなんで日本に? 折角なんだから、大学院卒業してからでも良かったじゃないか?」
確かにわざわざ日本に来る必要も無いし、冬美也の頭ならすんなり大学院まで行き、上手くすれば博士号取得、この様子ならかなり可愛がられているみたいなので助教授、教授なんて夢じゃない。
「そう思ったけど、やりたい事もあるし、俺ほら、色々すっ飛ばして大学行っちゃってるから、中学とかその行った事ないし、それに……」
冬美也は途中で理美を見た。
視線に気付いた理美は冬美也を見る。
「……んっ?」
お互い目が合い、冬美也が急に顔を赤らめた。
釣られて理美までも赤くなり、掬っていたデザートのアイスが溶けて落ちてしまう。
流石に意識し始めるとなんとも言えない甘酸っぱさがあるが、こっちが恥ずかしい。
「もうこの辺でお開きするから、もう止めなさい」
晴菜が止め、デザートもほぼ済んだ事でお開きになり、颯太は行きと同様、理美と冬美也を送った。
その道中、ある話で盛り上がる。
「あの後、小野さん凄いスピーディーに社員さん一同集めてで見送るもんだから、冬美也君凄く固まってて笑いそうになった!」
お開きになった直後、小野が即座に動き、皆一同でお見送りになり、冬美也の固まって動けなくなる様は一般人らしいと言えば当たり前だろう。
しかし、こちらとしてはちょくちょく行っている為か、あまり気にしてはいない。
「でも今回初めてじゃない? 普段、小野さん1人で見送ってエレベーターが閉まる感じで」
「理美の入学祝いとか、ちょっとした祝いだと変なサプライズが待ってるよな。ちなみに焼き菓子貰ったから、持っていけよ」
あそこの店ではよくあるらしく、今回は全員でお見送りだった。
同時にその時渡されたのは、焼き菓子の詰め合わせだ。
きちんと人数分で分けられている為、颯太は運転しながら2人分を理美に回す。
「はーい、大丈夫かな?」
受け取りながらも、不意に菓子類は寮に持ち込んで良かったのかと疑問が過ぎる。
「菓子類は別に大丈夫だろ?」
冬美也も菓子類は普段からよく食べているし、他の寮生も持ち物検査の時は禁止事項に触れない菓子なら大丈夫と普通に先生に見せていた。
それに禁止事項には菓子類の項目には過度な量を持って来ては行けないとしか書かれていない。
時間外で食べたり、部屋を汚したりしなければ比較的に緩い方だ。
「なら大丈夫か」
「就寝時間の後に食べるなよ」
「分かってるよ、太るから」
やっぱり気にする子は気にするんだなと冬美也はつい思ってしまうが、口にはしない。
しない代わりに、入学したらまずやる事がある。
「それより、明日からアレだろ、オリエンテーション?」
「オリエンテーションって確か、聖十の中等部校内案内」
「ちょっと楽しみ。体験入学とか色々あったんだけど……」
本来、どんな学校かを見せるために定期的に学校側が行っている行事の1つ、内部までは無くとも軽くどんな事をしているかが分かるのでここで決め手となる。
だが今回理美は体験入学へ行っていなかったようだ。
颯太はあの村からだと遠いし、その頃から理美が色々な事をしているのを知っていた。
「黒麟村から大分遠いし、その頃色々やってたもんな」
「どんな色々?」
冬美也も気になって聞くがかなり物騒な回答が理美から言われる。
「武道や武術にエトセトラ」
「戦いに身を置くきか」
すぐに颯太がそっちとは違うのを突っ込んだ。
「そっちじゃないだろ? 確か物作り、ハンドメイドとかハマってたし」
ハンドメイドにハマっているを冬美也も知っていた。
「あっそういえば手紙とかでも物作りにハマっているって」
昔写真や実際作った物も送られている。
理美がその話になって、ある事を思い出す。
「そうなんだよ。前にレジンアクセサリーとか興味があって安いやつから買う為に頼みに行ったら、親の奮発が全て業者と言うかプロが扱う道具一式送られて怖くて、今もそれ使ってない」
子供にはあまい手に届かない様な値段だったが、探せば安いレジン用のUVライトかなり豊富だ。
とりあえずまずは安いのでレジン液と共に購入したいのと利用方法と希望価格等を詳細に伝えれば、今の母である晴菜も理解してくれるので、かなり緊張するが大抵通った。
だがこれが良くなかった、実際来たのは見た事のない機材とデカいレジン液が届いたのだ。
流石に絆が晴菜に叱ってくれ、本来欲しかった方を買ってもらったが、先に買ってくれたものは勿体無いが未だ使っていない。
颯太もたまにバグる晴菜を知っている為、同情した。
「あれなぁ……距離感バグってんだよな」
高速から降り、もうすぐ寮へ戻ると言う時だ。
あろうことか渋滞にハマってしまった。
理美は自然渋滞だろうと思うもこの近辺はあまり知らないので颯太に聞けば、既に帰りのラッシュは終わっている。
「この辺渋滞あるんだ?」
「はっ? ある訳ないだろ? もう帰宅ラッシュ終わってる頃合いだぞ?」
「んじゃ、事故とか?」
冬美也の言う事故ならもうどうしようもないだろう。
正直近ければ降ろして帰らせた方が早いものの、この辺はまだ中途半端な距離、あまり歩かせたくはない。
「はぁぁ……とりあえず、別の道探すからちょっと待ってろ」
ナビを操作し、別ルートの設定を始めた時、歩行者の何人かがざわついている。
事故だろうと思っていたが、どうやらそれではないようだ。
「ちょっと! 飛び降りだって!」
「マジで⁉︎ こわっ!」
その言葉を聞いた理美が言う。
「飛び降りだって」
颯太はそれを聞いた直後に血の気が引き、運良く十字路のある交差点前に来てすぐ怖いもの見たさで動かないようにと、言いながら左折する。
「絶対! 見に行くな降りるなよ! 絶対、別ルートで帰るから!」
この時はただの飛び降りの騒ぎとして見る事もなく、その場を去ったが、この時から少しずつ平穏が崩れて行く事になるとは思いもよらなかった。