合否
まだ寒い2月、この時期のイベントは様々だろう。
その中でも頑張って来た子供達が自身の将来にも繋がるイベント、合格発表だ。
とある私立中等部合格発表に理美と里親となった現在の母親晴菜と合否確認にやって来た。
理美は5年経って、周りの子供達とあまり身長が変わらない位、背も伸びた。
黒髪のボブショート、前髪はやや長め、赤紫の瞳、第二成長期も来ているのだろう、体が女性らしくもなるがまだまだ子供だ。
寒さ対策でそれなりに着込んできたが、この賑わいにぎゅうぎゅう詰めで寄られたら、汗も出るだろう。
しかし、この汗はどちらかというと、緊張によるものだ。
「えぇと、173番173番……」
自身の番号と看板の番号を照らし合わせ、合う数字を探す。
周りは合格者、不合格者の声が嬉しさと悲鳴でごった返し、より理美を緊張させた。
そして揃う番号を理美は発見した。
嬉しさからか理美は後ろにいた晴菜に番号を教える為に言った。
「お母さんあったよ、173番!」
晴菜はあっと声が出そうになるも、ちょっとからからかいたくなったのか、見当たらないふりをした。
「えっ? どこにもないわよ?」
「そんな事ないもん」
冗談だとは分かっていたが、真剣に怒った理美を見て、コレはあまりよろしくなかったと、慌てて晴菜は謝った。
「ごめんごめん! ここにあったわ」
それでも理美は納得していない。
「むぅぅ……」
「本当にごめんなさい」
ちゃんとした謝罪を入れると、理美はこう呟いた。
「今日ホテル泊まる周辺に美味しいお店があったから、お祝いと謝罪をそこでして」
要約すれば、美味しく軽食がしたいという事だった。
少々先に冗談を言ってしまった晴菜には部が悪く、困った笑い方をしながらスマホを取り出した。
「分かったから、写真撮るから前に立って」
理美は笑って受験番号を持ち、合格番号と照らし合わせて撮ってもらい、晴菜から先程の画像を送ってもらい、ある人にloinを送った。
[合格したよ!]
すぐさま、メッセージが返された。
[おめでとう理美]
簡素的な内容だったが照れ臭くなるのには十分だった。
丁度、晴菜に声をかけて来た男性が居た。
「晴菜さん? やっぱり、晴菜さんだ。 私です、第一秘書の才斗です」
理美の実の兄である、才斗だ。
今から約25年前、ある事で家族、知り合い、その全てから自身を忘られてしまい、ただでさえ幼かった理美には耐えられない現実だったのに、約20年以上の月日を幼い姿のまま山深い場所で過ごしたのだ。
そしてアダム・リムワトソンに拾ってもらった事で今の自分がある。
理美はアダムが学院を日本に創設したと言うここの学院に受験した。
だが、何故ここに兄であった才斗がここに居るのだろうか。
本来なら1つ上の兄、才斗は現在、嘉村グループの第一秘書で結婚し、娘である美空にも恵まれた人生を送っている。
理美には現実として受け止めるにはまだ時間も掛かる一方、万が一彼女や才斗に自身の過去を知られたらと恐怖した。
しかし同時にこんなありえない話誰も信じないだろうし、言っても信じないだろう。
そう思うと少し気が楽にはなった。
だってもう過去を知る人間などいないのだから――。
「――そうなの! 美空ちゃんも合格したのね、おめでとう」
晴菜の言葉で我に戻る理美、どうやら才斗の娘である美空がここの学院を受験し合格との事、おめでたい話だが、正直一緒の学院に通うのかと戸惑った。
そりゃそうだ、なんで仕事でも無いのに第一秘書が居て、見知った人間を見つけて話しかけて来る時点で、分かっていた事だ。
才斗が理美を見て言った。
「という事は……?」
「そうなの! 理美ちゃんもここの学院に合格したの、美空ちゃんと同級生」
晴菜はとても嬉しそうに話していると、人混みを掻き分けやって来る緩いウェーブのボブショートで薄い茶髪の少女がやって来た。
「お父さん、ここに居た!」
どうやら美空の様だ。
美空は覚えているだろうか、あの時理美が嫌がって、いや怖がって近づきたくなかったのを。
理美はそれを思い出し、顔を強張らせた。
「お前、このまま友達と遊びに行って来るって言ってただろう?」
「だって、お金持って来るの忘たんだもん」
「わざとだろ?」
「良いじゃん、合格したらお祝いで何か買ってくれるんでしょ?」
「そうは言ったが……ってそうだ。嘉村グループ社長の奥方様と――」
「理美です」
名前を言われたくない、その気持ちが先に来て、才斗よりも早めに言った。
美空は覚えていた様で、懐かしさもある様な感じで話す。
「あの時の子だよね? 美空です、お久しぶりです。あなたもここに入るんだね! 私も友達も皆ここに合格したから、電話番号交換しない? loinやってる? 今から暇なら」
「ごめん、今日はこれから入学の為の準備でこのまま買い物に行くからまた今度」
流石にグイグイと言い寄られて行く感じがどうも苦手で、ついこの後の予定を適当に誤魔化し、晴菜を見て話を合わせて欲しいと合図を送った。
晴菜は、相変わらずこういう子が苦手なのねと理美に笑って話を合わせた。
「そうなのよ、ほら、住んでる所山に囲まれてて、頻繁に出入りするのも疲れるからいっそ今から揃えようと思って、後手続きも」
才斗も確かにその通りだなと頷き、美空に言う。
「自分もそろそろ手続きや準備の事をやらないと、美空、友達待たせてるだろ? なら、自分も行ってやるから、買い物は程々にしなさい」
「は〜い。またね理美さん、帰る前にloin教えて」
流石にしないままだと気持ち的に落ち着かない美空に押され、理美は電話番号を交換した。
すぐさま、メッセが届く、簡単なよろしくねだけの内容、それに対して理美もありがとうと返した。
またねと美空は手を振って父、才斗と仲良く人を掻き分け姿を消した。
理美と晴菜も人混みを掻き分け、自分達の車に乗ってすぐ、理美は美空と絶対クラスが違います様にと祈った。
そうして、朝早くも一番長かった行事も終え、入学手続き等も後日届くので、その間に必要な物を揃えたりとかなりやる事が多く、あっという間夜になり、ホテルでゆっくり休んだ。
動き回ったお陰か、すぐに理美は眠った。
廃ビルだろうか、大分使われてない無造作に置かれた事務用机、剥がれかかった黄ばみのあるポスターにお知らせの張り紙、風が無いのに虫かネズミが動いただけで埃が舞う程の量。
天井に至っては剥がれて電気回路が剥き出し、下手すれば壁が崩れたせいか瓦礫もあった。
何故自分はこんな所に居るのか、すぐ夢だと気付くだろう。
それにしても、現実味があり、昔、忘れられる夢に近い何かがあった。
理美は酷く怯える美空の姿を見つけた。
その後ろから龍の腕を持つ男に追いかけられ、美空が転んだ拍子に男は笑いながら、美空を間髪入れずに殴り、八つ裂きにした。
悲鳴を上げながら理美はここで起きた。
隣で寝ていた晴菜も眠いのを我慢して起きてくれた。
「どうしたの? 理美ちゃん? 怖い夢見た?」
「そ、そんな感じ、でも忘れちゃった。 ……ごめん」
「良いのよ、少し何か飲む? コンシェルジュまだ居るかしら?」
晴菜は内線電話で飲み物の注文を始めた。
この時、理美は嘘を吐いた。
本当はあの生々しい悍ましい夢を覚えていた。
男の動く口元もはっきり覚えている。
「あれは私のせいになるの……?」
そうして理美はここ聖十字架学院に入学が決まった。