テーラー伯爵
私の息子がした事で一つの夫婦が取り返しのつかない事になりそうだ。
私は如何すればいいんだ。
私の元へカイル・ドーバリーが初めて訪ねてきたのは丁度騎士団に出勤したばかりの慌ただしい時間だった。
先触れもなくおそらくは待ち伏せしていたのだろうと思われた。
「不躾なやつ」そう思った。
だが彼の話を聞いて失礼だったのはこちらの方だったと気付いた。
彼からは少し時間が欲しいと言われたので就業後会うことにした。
彼はうちの部署のマリナを見初めたそうだ。
彼女に相応しい男になる為に立身出世を試みてそして成功している。
そして私への面会を再三手紙にてお願いしたが返事がなく直撃してきた事を詫た。
私は後ろに居た従者に振り向くと彼は下を向いている、なるほど彼もマリナを気に入っていたのだろう。だが直ぐに解雇した。
私はドーバリー卿への罪滅ぼしのつもりで間に入ってもいいと思っていたが、やはり見合いをするに当たって知らぬ男では部下に申し訳ないなと彼を少し調べた。
調べて解ったのは彼はとんでもない男だった。
普通に考えてこれを知った私は消されるのではないかと慄いたが、ある人が訪ねてきて大丈夫な事を知った。
私が調べるのを態と許容してくれていたようだ。
私はマリナに話しをしてみた。
速攻で断られた。
彼女は結婚にユメを持っていないし、一人で生きていきたいと言った。
彼女は自分では気付いていないがその見た目では一人で生きるのは無理だと思った。
マリナは線引きのはっきりしている娘だった。
自分の懐に入れる許容範囲が狭いが、一旦入れてしまうと表情が崩れ庇護翼をそそる表情に変わる。
他者との違い、ただそれだけでも特別感が合って男心を擽るのに許容した者にはとても優しいのだ。
普段の能面のような表情を貼り付け背筋を伸ばし一寸の隙も与えないような佇まいからは想像もできない。
私の元従者が垣間見てしまったようにその庇護翼を不埒な男が見てしまったら忽ち喰われるのは目に見えていた。
だったらドーバリー卿が彼女にとっては一番の相手だと思った。
何度か声をかけて到頭彼女は私に根負けした。
二人を見合いさせた時、私は上手く行くと確信した。マリナの顔はドーバリー卿を懐に入れた表情だったからだ。
二人の結婚式は寂しいものだった。
ドーバリー卿はそうでもなかったがマリナの方は同じ部署の者しか参列していなかった。
それでもマリナは幸せそうだったのでこれで良かったとホッとした。
月日が流れ私は部署移動になって王宮の方で勤めていたのだが、辺境に行っているはずのドーバリー卿より切実な手紙をもらった。
公用にしてもらい出張という形で向かった辺境では彼が酷い顔で私を迎えた。
そこで彼の事情を聞く。
思い留まるように一旦は説得したが彼はマリナに嫌われていると思いこんでいた。
違うと言ったがなぜか頑なだった。
直接会って話した方がいいと提案したが、違反をしたら爵位を返上しなければならなくなると言っていた。本来ならそうなるだろう。
騎士団では夫婦仲の事に配慮する事は殆ど無い。
そしておそらく彼は《《本当の事》》を知らないのだろう、この時その事を教えるべきだったとのちに後悔した。
だがその時の私は彼のお願いを聞きマリナに離婚届を渡しに行ってしまった。
マリナは絶望するわけでもなく抜け落ちた表情で離婚届にサインした。
その時、私は何故だ?と疑問に思った。
仲睦まじい夫婦だと思っていたから彼女の諦めたような顔が不思議だった。
突然赤子の鳴き声が部屋に響いた。
彼女は慌てて別の部屋に行きドーバリー卿にそっくりな子供を抱えて戻ってきた。
私は驚愕した。
ドーバリー卿はマリナが《《身軽のうちに》》と言っていたのに、これはどういう事だ?
彼女に思わず離婚を考え直すように言った。
あとから考えれば夫に頼まれて離婚届を持ってきた男に思い留まれと言われることは何を言ってるんだと腹立たしかった事だろう。
そしてドーバリー卿は子供の事を知っていると言った。
おかしい、そう思って私は調べてみた。
一般的に戦の場合、騎士に送る手紙は記録に残るようになっている。
お金を積んだり個人的に送ったりする者も中にはいるが、マリナがそんな事をするとは思えないしそんなにお金に余裕があるとも思えない。
やはり騎士団に記録が残っていた、が一年前から出して居ないようだった。
子供が産まれた事を知らせてないのか?
だが知っているはずだとマリナは思っているからあの言葉が出たんだろう。
おかしい、やはりおかしいと思いマリナのサインをもらったら代わりに役所に出すようにお願いされた離婚届は出さずに、ドーバリー卿の元へ再び行った。
辺境について一番先に確認したのは手紙の事だった。
やはりマリナの手紙は届けられている、こちらも記録に残っていた。
彼に確認していなかったが念の為、ドーバリー卿の記録も確認したら、彼からマリナ宛の手紙は辺境に行って2ヶ月ほどで止まっていた、ドーバリー卿はマリナに手紙を書いていなかったのだ。
あんなにマリナのことが好きなドーバリー卿が有り得ないと思った。
その他に宛てた手紙は送っている記録もあったからマリナへの手紙だけを書いていないのだ。
いや本当に書いていないのか?
私が再び来たことに驚いていたドーバリー卿だったが手紙の件を話すと更に表情が固くなった。
そこへいつもそうなのかわからないが不躾にノックもせずに入ってきた女が居た。
彼女が離婚の元凶になった女だろう、忌々しいと思い見ているとドーバリー卿は女に手紙の事を訊ねていた。
なるほど彼女が預かったのか、どうりで出せていなかったのだ。
だが騎士の手紙は検閲が入るからドーバリー卿の送られていない手紙よりも、届けられていない手紙のほうが重要だ。
その点もその女に聞いたが知らないと言った。
ドーバリー卿は私へ言いにくそうに騎士団に届けられた手紙は一番下の騎士の仕事だと言った。
そして私は息子のした事を知る事になる。
私は辺境の牢に連れて行かれた息子と女を見届けてから彼に出さなかった離婚届を渡して肝心の話しをした。
子供が産まれていたことをやはり彼は知らなかったし、授かっていたことさえ知らなかった。
聞けばマリナからの手紙は2ヶ月程しか届いていないと言う、そして《《あの時も》》マリナは来なかったそうだ。
生死に関係ないことは態々騎士団からは報せが入らない。
その事を考えればマリナは知らなかったのだろう。
ドーバリー卿が骨折して動けなかったことを。
如何するのか訊ねたら騎士団を辞めて会いに行きたいと言った。
もっと早くそうすればよかった、爵位に拘ってしまったと言われたときに、彼に話しておけば良かったと後悔した。