ライナ・メーチェ
私が10歳の時にマリナができた。
あの時は大変だった。
母の年齢が36歳というのもあったからなのかもしれないが、マリナを産んだあとに肥立ちが悪く2年ほど寝たきりになってしまった。
生家の子爵家は丁度その頃、寄り親でもあるスタンリー公爵家が代替わりをして、モルトワ子爵の様に代官職を担う貴族の領地の振替や移動、更には増減などを新たに決め直す事になり、父はずっと王都の公爵邸で連日会議に出席するため、不在だった。
だからマリナは私と乳母と叔母で育てていた。
でもあまり上手く子育てできたとは思えない、何故なら叔母は子供が嫌いだったのかもしれないから。
父から貰うお手当が欲しくて無理やり家に入り込んだようなものだったから。
母は体がしっかりと元気になるまで結局12年家には帰ってこれず、その間叔母は居座っていた。
私もマリナに接したのは5年だけだった、15歳になって学園の寮に入り卒業後はメーチェ伯爵家にそのまま嫁いだからだ。
私の結婚式の時に会ったマリナはとても冷めた目をしていた。
その目を見た時にもっとマリナと接すれば良かったと後悔した。
夏期休暇などもあったのに私も兄も子爵家には帰っていなかった。
叔母が居座っていたのが嫌だったこともあるが、王都が楽しすぎたからと言うのが本当の理由だった。
マリナの結婚式の時はお祝いと欠席のお詫びの手紙を贈った。
父から出席するなと言われたけれど私は夫と行くつもりだった。
だけど下の子が丁度その日、結婚式に行く直前に階段から落ちて暫く意識が戻らなかったのだ。
結婚式は出席できなかったけれど、私とマリナは割と頻繁に会っていた。
マリナが結婚して半年経った頃、彼女の夫は出征してしまったから家に来ないかと誘ったけれど、帰ってくるまで自分の家で待つと言っていたのでそれ以上は誘わなかった。
メーチェ領は海沿いで港を持っているので貿易と海産物の商いを行っている。
夏の時期には天候の関係で海が荒れる事が多い為、その時も領地へ帰っていた時だった。
王都の邸の家令からマリナが訪ねて来たが、領地にいると言うとこちらに向かったと早馬が来た。
何事かあったとわかった私は、王都から此方に来るまでの辻馬車の待機所、6ヶ所に使用人を向かわせた。
何処かで見つけたらメーチェ伯爵家の馬車に乗せて連れて来るように言っておいた。
邸でマリナを迎えた私は領地に来るのをもう少し待てば良かったと後悔した。
マリナは小さな赤子を抱いて現れたのだ。
私はマリナの妊娠を知らなかった。
「疲れたでしょう、そしておめでとう。一人で頑張ったのね」
いつも冷めた目をしていたマリナが箍が外れたように泣き崩れて、そのまま気を失ってしまった。
よっぽど張り詰めていたのだろう。
二人を寝室に運んで、マリナが辻馬車から降りてきた様子を使用人に聞いた。
荷物もトランク一つだけを携えていたようだった。
目を覚ましたマリナがそれまでの事を話してくれて結婚生活が一年半で離縁になった事を聞いた、実質は半年だ。
なんて男だろう!
普段不甲斐ない父だが、偶には当たることもあるのだろうか。
変なことばかり当たってと私の怒りの矛先は、マリナの元夫と父へと交互に移動した。
何時までもここに居ていいと言ったけれどマリナは一年後にはロイドとこの近所の小さな家を借り二人で住み始めた。
仕事は私の夫が経営している貿易会社の事務を手伝ってもらうことにした。
マリナは実家とは相変わらず没交渉だったが、誰から聞いたのか両親はロイドの事が気になったようだった。
マリナは少し考えていたが、ロイドの将来もあるからと両親に会う気になったみたいだった。
ロイドが3歳になった時、二人で王都に向けて出発した。
勿論戻ってくることは前提だ。
私も付いて行きたかったが、領主の妻が海が不安定なときに領地を離れるわけにはいかなかった。
ひょっとしたら父は私の動けないこの時を狙ったのかもしれない。