決心
ふと気付くと姉の隣にディールドが座っていた。
「ディールド⋯」
「おばさまおかえりなさい」
「ただいま」
私は涙をハンカチで拭いながらディールドに答えます。
先程慌てて涙を拭ったので袖がグシャグシャになって化粧がついている。
涙と一緒に顔もハンカチで押さえた。
泣いていたロイドも落ち着いたので抱き上げて膝に乗せたら
「ははうえ~もうだいじょうびゅ?」
私はロイドの顔もハンカチで拭ってあげながら「大丈夫」と笑った。
私の笑顔で満足してくれたのかロイドもニコッと笑ったけれど、私の肩を擦り始めたので再び「大丈夫」と言ってロイドの頭を撫でた。
ロイドは私の膝の上で器用にテーブル側に座り直して、王都でお土産で買ってきたチョコレートを目敏く見つけたようだ。
「でぃちゃんしょれおいちぃよ」
ディールドにチョコレートを薦めているとディールドが口を大きく開けてから歯を指してロイドに見せていた。
「はがぬけたからだめなんだ」
「はぁ?」
「あらディールドおめでとう、大人の歯になるのね」
「おめでちょ?」
「そうよぉディールドは大人になるのよ」
「おちょな!」
ロイドは慌てて私の膝から降りてディールドの所へ行き「みちぇてみちぇて」とお強請りしている。
何故かディールドが恥ずかしがっているのが可愛い。
「お姉様、お義兄様はまたお休みをくれるかしら?」
「行くの?」
私が休む理由を察した姉が聞いてくれた。
「えぇ行くわ!ロイドにも《《ちゃんと》》会わせるわ」
「そう、それなら休む必要はないわよ」
「えっ?」
「こちらのホテルにいらっしゃるわ」
姉の言葉に私は目を見開いて驚愕した。
ルーチェ伯爵領にいるなんて!
どれくらい休みを取ったのかしら?
考えている私に姉は「いつがいいの?」と聞いてきた。
「補佐が3日休みを追加でくれたのよ」
「そう⋯あの人、気が利くのね」
姉の言い方につい笑ってしまった。
伯爵家のメイドがロイド用の椅子を持ってきてくれたのでロイドがそこへ一生懸命登ろうとしていた。
少しだけ待ってそれからメイドに抱えられ座ると
「だめにぇ」
と一人で座れなかった事を反省していた。
ロイド用なので座る位置は通常の椅子よりも高い位置にあるから当たり前なのだが、ロイドは納得しなくていつも挑戦している。
目の前のホットミルクは冷まして出てきているので直ぐにゴクゴクと飲んでディールドに口髭のように付いたミルクをハンカチで拭いてもらっていた。
ここに来る度に見る風景に帰ってきたのだと安堵する。
「お姉様、私ねお母様と住みたいと思ってるの」
「そうなの?お父様が許すかしら?」
「さぁ?でも、また良くないようなのよ」
「えっ?⋯⋯マリナ、お母様の事はジョイドに相談しましょう。それから、ねっ。貴方はロイドの事を先にね考えて」
「そうねありがとうお姉様、どこのホテルか教えてくれる?」
姉が執事に言って持ってきてくれたメモにはホテルの名前と部屋番号が書いてあった。
久しぶりに見るカイルの字だ。
メモを受け取り私達は家に帰った。
夕食を一緒にと言われたけれどロイドとゆっくり話したかったのでお断りさせて貰った。
帰っていつものように着替えて姉の所から帰る途中の店で買った食材で料理を始めた。
後ろで家の固いソファに座ってロイドが何かを歌いながら絵本を見ている。
まだ字が読めないから絵だけを見るのだけど、ディールドに何度も読んでもらってるので所々は覚えたみたいだった。
ロイドの歌の合間の「は」「しゃ」「みゃ」と言っているのを聞くと楽しくなってくる。
今日はロイドの好きなシチューだ。
「ロイドぉ出来たわよ~」
声をかけるとちゃんと絵本を片付けて手を洗いに行った。
手を拭き拭きしながら来て、椅子に挑戦を始めた。
このロイド用の椅子は義兄と甥(姉の長男)が二人で作ってくれた。
最初はディールドが使っていたのを貰ったのだけどそれはメーチェ伯爵家の子供達がずっと使っていた物だったから、到頭壊れてしまったのだ。
そろそろギブアップさせようと思い抱き上げると
「いや~もういっちゃ~い」
と珍しく反論した。
でもやはり駄目で項垂れるロイドを椅子に座らせて二人で食べ始めた。
最初は少しがっくりとしていたけど大好きなシチューだったから直ぐに食べ始めた。
まだ少しスプーンが上手く使えていない。
「今日はもう一回ってしたわね、どうしたの?」
「おちょなにねっぼくも」
なるほどディールドが歯が抜けて大人になったと聞いたから、自分も大人になりたかったようだ。
ディールドの真似をしたがるお年頃だもんね。
何でこんなに私の息子は可愛いのだろう。
「ねぇロイド“ちちうえ”に会いたい?」
「えっじぇもぉ」
「会ってもいいのよ。ううん会ったほうがいいかも」
「ほんちょ?ぼくぅちちうえいりゅにょ?」
あぁロイドは父親が居ないと死んだとでも思っていたのかしら?
何も言ってなかったからロイドに父親は存在しないと思われていたのだ。
これはどう考えても私の責任だ。
ロイドがまだ子供だと思って私は侮っていた。
「ロイドのお父様はちゃんといるわ」
「ほんちょ?」
頷くとニコッと笑顔を私へ向けた。
「じょこにいちゃの?ぼくのこちょ、わちゅれちゃ?」
「違うのよロイドの事を忘れてはいないわ。私とちょっとね喧嘩したの、だから私がロイドの事を独り占めしたの」
「ひちょりじみぇ?」
「そうごめんねロイド」
ロイドは首を左右にブンブンと振って
「いいにょいいにょ」
と言ってシチューの最後の一口を口に入れていた。




