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-monster children-

 運命の月曜日。

 朝から気分よさげな私を見て後ろの席の友人はややたじろぎ気味ではあるが、そんなことは気にもせず一時間目の休み時間から保健室に付き合わせて私の身長を測らせようと思う。

 言うまでもないが朝一発目の授業には身が入らず歴史のノートは真っ白なまま閉じてやった。


 チャイムが鳴って冬華の腕を掴み教室を飛び出す。

 高ぶる鼓動のまま保健室まで走ったのだが、普段から運動をしている私は平気だがいかにも文化部らしい友人の頬は上気しており髪は激しく乱れ肩で息をさせてしまったが、これはもう私の友人になったが運の尽きということで仕方のない事だと諦めてもらおう。

 心の隅に小さな申し訳なさが生まれたが後回しにさせてもらい、保険室のドアを開き保険教諭に勢いよく挨拶を投げつけて速やかに自分と友人を所定の位置にセットする。

 緊張の瞬間である。

 無理やり連れてこられた上に急かされた冬華は息を整える時間もなく肩を上下させながら絶え絶えに震える手で私の頭にカーソルを当て、ゆっくり屈むようにして慎重に離れて確認すると175㎝をマークしており歓喜のハグをかました。


「お、折れる。というか喜びすぎよ。先月測ったばかりなんだからそんなに変わってないでしょう?」


「いやいや7㎝も縮んだんだよ!これは快挙だよ!この勢いで160㎝とかまでちっちゃくならないかな!」


「何を言っているの?先月測った時もそんなものだったじゃない。私達の歳で低くなんてならないし、もしなっていたのならなんらかの病気を疑った方がいいわよ。先生この女の先月の測定記録って見ることできませんか?」


 本当は駄目なんだけどとキーボードをカタカタ打って見せられたパソコンの画面には私の測定結果が映っており、身長の欄には175.2㎝と記載されていた。


「……おかしくない?」


「何が?」


「いやだってあたし先月測った時は180ふふん㎝で落ち込んでたの覚えてるもん。」


「下一桁言わなくても上二つの時点で十分高いんだからもう隠す意味はないと思うのだけれど。そしてあたしの記憶では175超えたって落ち込んでいたような。」


 そこまでいって顎に手を当てた文系才女はハッとした顔をする。


「これは、もしかするかもしれないわね。」


 冬華が学校生活でしか付けないメガネのブリッジを中指でクッと上げながらいい音をさせて何か言おうとした瞬間、チャイムの音に割り込まれ続きはまた昼に話そうという事になり一先ずその場は解散して教室に全速疾走した。

 鐘の音が鳴り終わり残響音が消え去る直前に滑り込んだのでギリギリ事なきを得たが、私はともかくいつの間にか私の後方から忽然と消えていた冬華は早々に諦めていたのか、堂々とすいません遅れましたと宣言しあえなく遅刻となった。

 またしてもほんのり申し訳ない気持ちになったので今日はお昼のお弁当のおかずを一つあげることにしよう。


「話を纏めるわよ。貴女視点では昨日映画を観る前の喫茶店で私から身長が縮んでいると言われた。今日それを保健室へ確かめに行ったら本当にそうだったけれど、私視点では昨日の会話を覚えてないし、先月の記録も私の記憶の通りに175㎝くらいだった。これでいいのよね?」


「うん。多分それで合ってる。」


「貴女の記憶と他人の記憶や過去の記録に大きな差があるということはこれで確定ね。」


「それは絶対だよ。だって先月あんなに苦しんだもん。」


「多少のことならただの記憶違いってことで皆気にしないのだろうけれど、貴女がそこまで絶対と言うのならきっとその記憶の方が正しいと信じて話を続けるわね。」


「流石奈良一の才女!話が早い!」


「真面目な話の最中よ茶化さないで。」


「昨日のあんたにその言葉そっくりそのまま返したい、てか言ったわあたし。」


「あらそう。そんなことより似ていると思わない、夏の異変に。」


 私の反撃はわずか四文字で撃ち落とされるが続く言葉にこちらも真顔になってしまう。

 世間的には女子高生二人組が廃校の体育館に監禁された事件となっているが、私の記憶とは若干、そして彼女の記憶とは大幅にその認識は食い違っているらしい。


「冬華が化け物になってて、それをあたしが助けたって話?」


「ええ。貴女の記憶ではただぐったりする私を助けたって事になっているらしいのだけれど、私の視点では毎晩貴方が食料や水を与えてくれていたの。」


「前も言ったんだけどあたしの方はただあの廃校の体育館に転がされてて、励まし合ってた記憶しかないんだよね。」


「今回もあの時とおなじ事が起きているんじゃないかしら。」


「ただの記憶なら記憶違いで話も終わるけど身長だよ?」


「とりあえず今は内容は置いておいて。自分の中では絶対間違いないって記憶なのに周りの人の記憶や実際の記録と大きく乖離しているという点よ。」


「言われてみれば確かに。」


「もし同じだとするのなら今度は貴方の記憶の中に身長を取り戻す鍵があるかもしれないわね。さあもう昼休みも終わるからまた忘れていたら放課後に今私の言ったことをそのまま話してみて。そしてもし信じなかったらあまり使って欲しくはないけれど取っておきの合言葉を教えておくから、それできっと貴女の言葉を真面目に信じると思うわ。今度は私があなたを助ける番よ。」


 昼休みの終わりを告げる予鈴に今日話した内容を脳内で反芻しながら席に戻り、授業そっちのけで現代文のノートに既にうろ覚えとなっている冬華の言葉を確かに書き記しておいたのだが、放課後図書室へ向かう彼女を呼び止めて説明する時にノートを開くと綺麗サッパリ跡形もなく消え去っており、代わりに今日習ったような気がしないでもない漢文の訳が私の字で書かれていた。

 今日手伝うはずだったバレー部の残念がる声を背に、図書館での用事を終えた親友を連れて彼女お気に入りの駅前カフェで三度目となる説明を終えると、聞きはじめの胡散臭そうなものを見ていた目は打って変わって昼休みの終わりに見せていた頼もしい目に切り替わってくれる。


「一朝一夕にどうこう出来るかは分からないけれど、しなければならないというのが難しい所ね。」


「どうして?」


「だって貴方一人しかこの事を覚えていられないのに、一人ではどうにも出来なさそうだから私に相談したのでしょう?」


 確かに昨日この目の前の頼もしい親友に教えてもらわなければ、そもそも自身の身に起こっている事態に気づくこともなかっただろう。

 それ以降はただ言われた通りに動いていたので一人で解決するということ自体考えてもみなかったが、思考パターンすらも見透かされているようで格の違いを感じてしまう。


「まるで考えもしなかったような反応はよしてくれる。なんだか他人事なのに頭が痛くなってきたわ。」


 今まさに考えていた内容をぴたりと言い当てられ物理的に肩身まで狭くなった。

 気まずそうに目線を逸らす私の反応にやれやれと額に手を当てる姿がやたらと板についている才女は落ち着いた内装のカフェにぴたりとはまっていて、実際に見たことは無いが締め切り電話から逃亡した漫画家を叱る編集者の様だった。


「私の時には貴方だけじゃなくて協力してくれた人がいたようだけれど、私の他に貴方の身に起こっていることを知っていたり気が付いている人はいないの?」


 夏の事を思い返しているのだろう、彼女は眉間に指をあてて考え込んでいる姿を見て脳内にパッと一人の人物の姿が浮かんだ。

 確か塵塚少年も私の体調についてやたらと気にかけていていた。

 つい二日前のことなのにどうにも遠い記憶に思えるのは不思議だが彼の事は話しておくべきだろう。


「いつから貴方の身に異変が起きているのかは分からないから、夏から後に起こったことで何か変わったことがあったらどんな些細な事でもいいから話してみて。きっとその中にきっかけがあるはずよ。」


 私の何倍もの速さで思考する彼女から渡りに船のような文言がでたので、もしかしたら見当違いかもしれないけどという前置きをしてから北西に真っ直ぐ伸びる坂の上で起きた事を出来るだけ詳しく伝え顔を上げると、呆れたようにぎゅっと目を閉じて眉間をもむ姿があった。


「絶対その貴方の耳を齧ろうとしてたっていう子が原因じゃない。」


「そう?あたしは夢だったって思うんだけど。だってほら耳ちゃんとついてるもん。」


「いい、今すぐその貴方の体調を気にしてる男の子に連絡とって会いに行くわよ。」


「いいけど今すぐには無理かも。」


 なんでよと不満げな彼女にこれしか連絡手段がないんだと見せた葉書に、冬華はまたしても額に手を当て天井を見上げるのだった。

 結局ガッツリ時間の取れる週末までは何も出来そうもないということになり、彼女の手によって丁寧な文章をしたためられた葉書をポストへ投函し今日の所はお開きとなる。

 別れ際、内容には絶対に触れずに私の土曜日の放課後の予定を抑え、尚且つ毎日約束を覚えているか確認なさいと口酸っぱく言われたので残りの四日間をその通りにしたのだが、その話を自分がしたことを忘れて二日目以降かなり鬱陶しそうにされたのには自分の為だとはわかってはいてもほんのりむかついた。



 冬の訪れを思わせる寒風吹きすさぶ中、本日は仏頂面少年とではなく文学系少女とすっかり見慣れた坂を登っている。

 地元民で電動自転車の冬華はまるで平坦な道を進むようにラクラク登っているが悪く言うなら旧式の、響き良く言い表すなら古風で伝統的な自転車を駆る私は毎度の様にぜえぜえと全身で息をしながらペダルを踏み込んでいた。

 ここまでの道すがらで今日これから向かう場所とそれをぼかしていた理由は話しておいたので、別に並走して話しておかなければならない内容はないのだがもう少し寄り添ってもらいたいものだ。

 坂の中腹に存在する傾斜の全く無い十メートル程の分岐路に着くと、誰が利用するのかポツンと設けられているベンチには、一足先に到着していた冬華が悠々とジュースを飲んでいた。

 ベンチ横のいつからそこにあるのか分からない古めかしい自販機で買ったのだろうと自分もその前に立ったが、余りにも個性的なラインナップに小銭の入ったピンクのがま口に指を突っ込んだ状態で固まってしまう。

 どこぞの挑戦的な飲料メーカーが作ったであろう濃厚青汁ソーダや誰もが幼い時代にファミレスのドリンクバーで作って痛い目をみたであろう珈琲コーラは百歩譲って好奇心から買う人も居るかもしれないが、レインボー河童ジュースやどどめ冷汁とかいう物は正体が掴めなさ過ぎてとても手を出す気になれない。

 盗み見るように視線をやると冬華の手には【このわた&スッポンスソーダ】とかいう、ほんのりと想像は出来るような出来ないような、ただ確かな事は飲みたくはない類の缶が握られていた。


「……冬華さんや、それは美味しいのかい?」


「何とも形容しがたいのだけれど、強いて言うのなら個性的かしら。」


 ナマコの塩辛だというこのわたは何となくわからないでもないが、スッポンの味など知る由もないので少し興味はあったが、なんとなく藻とかドブの匂いがしそうだと想像していると、視線から何かを察した相棒から少し飲むかと差し出された缶を丁重にお断りしつつピンクキャネゴンを模したがま口をそっとポケットにしまった。


「ここが頂上ね。なるほど聞いていた通りさっきまでは向こうの山が見えていたのに、ここに来た途端に濃霧になるというのはおかしな話ね。それにまるで水と油の層みたいに霧の境界線が引かれているみたい。科学的にない事ではないと思うけれど毎回ここに来る度となると流石に自然現象ではなく人工か、はたまた何かしらの遺物が関わっているのかもしれないわね。」


 坂の頂上に着き先程まで開けていた視界がいつの間にか霧に覆われているのを確認した彼女は、私の様に好奇心でとりあえず突っ込んで行ったりはせず、霧との境界線ギリギリの所に立って冷静な分析を述べる。

 この慎重さがあれば初めてここに来た時の様に、夢だか幻覚だかを見たあげく道端で倒れるなんてことはなかっただろうと感心を超えて畏敬の念すら覚え始めていたころ、一通り分析を終えたのかこちらに向き直って質問を寄越してきた。


「貴方はこの霧の中で子供に襲われて耳をもがれたのよね?」


「倒れて気を失っている間にそういう夢を観たってだけだよ。……多分。」


「そう。じゃあ一応霧だけでなく幻覚作用を持つガスが混じっているという線も捨てきれないわね。ほら貴女の分も用意してあるから早く着けなさい。」


 言いながらスクールバックから取り出されたのは、戦争物の映画でしか見たことのないゴツイ吸収缶付きで錆青磁色のガスマスクだった。

 おそらく装着すれば頬か口の端から伸びているように見えるであろう面に取り付け済みの缶を持って受け取って観察していると、渡された物とは違い口の先に一つだけ缶の付いた老竹色のガスマスクを黙々と付け始める姿をみて真似をする。

 髪の毛が一本挟まるだけで上手く機能しない設計に四苦八苦しながらも私が装着し終えたのを確認すると、色や数は違うがやはり同じように吸収缶付きガスマスクに顔を覆った冬華は、軍隊映画さながらのハンドサインをこちらに向かって送っている。

 右手の指を綺麗に揃えて伸ばし手首の動きだけで前進を支持した後、普通に自転車を押す後ろ姿はなんとも言えないダサさを醸し出しているが気づいていないのだろうか。

 二人で奏でるシュコーという呼吸音とそぐわぬカラカラという自転車の間抜けな音を霧に飲み込ませつつ進んでいると、ふと思い出したのでスクールバックから塵塚少年から貰った黒布を面越しに巻いてみた。

 前回と同じく数回瞬きするうちに目の前の霧が晴れてシャッター街が表われ、なにかごそごそし始めた私を見つめていた冬華も思い出したように眼鏡を取り出したが、やはり面越しに付けることは出来ないようで、しばらく静止したのちにバッとマスクを勢いよく脱いで普通に眼鏡を着用して歩き始めた。


「ちょ、ちょっと!毒ガスのくだりはどうなったの!?」


「貴女は何度もここに来ているのに普通に登校していたのだから平気に決まってるじゃない。」


「なるほどたしかに。え、じゃあなんでガスマスクつけさせたの?」


 こちらも息苦しいガスマスクをとって質問したのだが、最後のものには答えず無言で進み始めたのは何か理由でもあったのだろうか。

 放課後まで事の詳細は伝えていなかったのに自宅にはこんな重装備を用意しているなんて、もしかすると週末探検に行こうと誘われて柄にもなくはしゃいでいたとか。


「流石にそれはないか。」


 学校一の才女にしてクールビューティーである彼女に限ってそんな子供のような理由はあるまいと独り言つ。

 きっと最近脳味噌まで筋肉で出来ているのではと危ぶまれている私の頭では考えも及ばない理由があるのだろうと、今は黙って揺れる長髪を追いかけることにした。

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