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-monster children-

 週明け登校し席に着くと、何故か周囲の目が全て私に向いているような気がしてならなかった。

 思い当たるのは昨日弟の運動会に呼ばれ、腕まくりをして出ていき調子に乗って無双してしまったことだが、校区がかなり離れているので妙だななんて考えていると、普段話すことのないギャル三人組に机を囲まれる。

 若干萎縮するも不良に絡まれる心当たりは全くないので毅然とした態度で立ち向かうぞと意気込んでいると、いつも二人のお供を従えているギャルグループのリーダー、渋谷が赤い顔をして話しかけてきた。


「昼休み、こないだの事で聞きたいことがあっから。ちょっと屋上まで顔かしてくんない?」


「何の話?ここでは出来ないような話なの?」


「っち、だりぃな!いいから大人しく屋上に来いっつってんだよ!」


「し、しーちゃん可愛い~。」


「……すまんね。シャイなだけなんだ。」


 言うだけ言って私の席とは真反対の教室入り口ド真ん前、出席番号であれば必ず一番を割り振られるであろう席に戻り不機嫌そうにドカリと座った。

 何だか少し頬が引き攣っていたが、お供二人の内制服を着崩し小柄で金髪を二つ結びにしている川崎が女子特有の適当な可愛いを言いながら彼女の真後ろの席に着き、三人の内最も背の高い黒髪ロングの熊谷は謝罪をしつつそのまた後ろの席に帰って行った。

 一連の出来事を見ていたクラスメイト達は一瞬ざわつくも、教室前方の戸から担任が入室しやる気の無さそうなホームルームの号令で徐々に静かになる。

 授業を受けながらそういえばと土曜日校門前で塵塚少年に話しかけようとしていた三人組の顔を思い出しあの事かと思い至ったのだが、昼休みには呼び出されていた事などすっかり忘れてしまい、昼食を食べ昼寝まで決め込んでしまった。

 てっきり放課後に再度呼び出しを食らうかと構えていたのだか、渋谷は体調不良の中無理に登校していたらしく五限前に早退したようで午後の授業には出ていなかった。

 対角線に座す川崎がチラチラ睨んできており、それを熊谷がまあまあと宥めているのを尻目に若干の引け目を感じながらも、体育の授業が終わるころにはそんな気持ちもやはり綺麗サッパリ汗と一緒に流れてしまっていたのだから、体を動かすという事は真に素晴らしい文化である。


 結局そのまま顔を合わせることもなくまた土曜日が訪れる。

 どうやら渋谷はただの風邪ではなくインフルエンザだったのか来週まで出席停止らしい。

 本人の許諾を得るまでは紹介するわけにも行かないので、どのみち来週対応にはなっていたのだが本人の圧がない分多少だが気は楽だった。


 毎週訪れるのは若干悪い気がするが致し方ない。

 火曜日の朝再び葉書をポストに投函しておいたので、今度は帰りのホームルームが終わると同時に教室を飛び出し校門に向かうと、やはり先週の様に現代においては目立つ和服に緋色の羽織を纏った少年が校門脇に立っていた。

 今日は爆速で教室を出たのでまだ誰も校門を出ておらず周囲に人影は無いが、昇降口からは楽しそうな声が近づいているので火急的速やかに荷台に少年を乗せようと思っていたのだが、彼の後ろに見慣れた自転車があることに気が付く。


「それってこないだ壊れた自転車じゃん。」


「うむ、山川が壊したらしいな。部品を寄せ集めて直したのだが乗る機会がなくてな。今日はきちんと走るか確認がてらここまで漕いで来たのだ。」


 見た感じフレーム以外はかなり改造されており、電動器まで増設しているので同じ物と判定していいかは微妙な所だが、彼の頑張りを台無しにするのはかわいそうなので素直に褒めつつ変換期間はもう過ぎているので塵塚君の物にしていいよと告げる。

 そんなこんな話すうちに後ろから近づいてくる姦しい声から逃れるようにして、今日は二台で三度坂の上までの道を漕ぎだしたのだった。




 もうすっかり見慣れた急な坂を今までで一番の全力立漕ぎで登る。

 先を行く電動パワーで傾斜など存在しないかのように苦も無くすいすい進んで行く背に追う。

 実年齢がいくつかはしらないが見た目が自分より幼い少年に大差をつけられるのは癪なので、徐々に差が広がる中必死にペダルを踏み込んで追いすがっているのだ。

 坂の途中にある古ぼけた自販機とベンチの誘惑にも負けず、すっかり葉の落ちた木々の間をギコギコと耳障りな音を立てる自転車で登り続けるが、先に到着して地に足を付けている姿が見えてしまい心が折れそうになる。

 初めての時に比べてかなりのハイペースに体力が尽きかけ、もう駄目かと心の火が消え始めた辺りで頂上が見えたので、もうひと踏ん張りと筋肉を鼓舞し一息に駆け上がった。


「大丈夫か?」


「なんて、こと、ない。よ、ゆう。」


 坂の上で涼しい顔をして待っていた相手へ、息も絶え絶えにサムズアップしてみせた。


 まだ二度目なのにも関わらず、なぜかしっくりきて気持ち的にもすっかり固定となった席に座り天井を見上げると、指定席の様に貼り付けられている河童と目が合った。


「本当に大丈夫なのか心配してたけど、相変わらず元気そうだね山川。」


「お嬢はんこんにちわやで。今日はどないしはったんや?また何か忘れ物したんか?」


「ううん。今日は全然別件。」


 もうお互いに動じることもなく雑談に入れる辺り生物の順応性ってすごいなと思っていると、家主がいつもの様にお茶セットをもって入ってきたので天井からちゃぶ台に視線を向ける。

 皿の上に載っているのは上下両面に焼き目のついた長方形で、茶色に挟まれる黄色の肌は全体の九割を占めており、今日のお菓子はみんな大好きカステラだということが見て取れた。

 家主の物よりかなり分厚く切られているのは食いしん坊だと思われているのではなく、ここまであの旧式で登って来て疲れただろうという労いからだということにして有難くいただく。

 暖かいお茶の前に一緒に持って来てくれていた冷たい水で乾いた喉を潤し、小さなフォークで標的をより小さな四角に切り分け優しく突き刺し口に運ぶと、まず真ん中の上品で控えめな甘さに舌が触れたのちに焼き目の茶色い部分の暴力的な甘味に脳が喜びの雄たけびをあげた。

 幸福感と疲労も相まって手が止まらず前に置かれた二切れをものの数秒で食べきってしまうと、わんこそばの様に新たに皿に盛られた四切れのカステラが現れる。


「あ、なんかごめんね。」


「かまわぬ。これは大量に送られてきた頂き物でな。ここの所毎日食べているのだが一向に減らぬゆえ困っていたのだ。」


 そういうことなら遠慮なくとパクつくが、なくなる度に補充されるわんこカステラに私の胃袋がとうとう限界を迎えた。

 追加の度に一切れ一切れが厚くなっていくシステムに五皿目を食べきって白旗を挙げたのだが、ゆうに丸二本は食べたのではないだろうか。


「いける!いけるで!お嬢はんならもう一個!いや五個はいける!こんなところで負けたら世界なんかとれへんでえ!」


「ふむ。まだ八本あるが無理はさせるものではないな。紙袋のまま置いてある物があるゆえ土産に持ち帰るといい。」


 頭上からの熱く喧しい応援はまだ続いているが、正面から今更ながら持ち帰りを提案され承諾する。

 正直今日はもう甘い物の事など考えたくもないが明日になればまた性懲りもなく脳が糖を寄越せと言ってくるだろうからその時に食べればいいだろう。

 胃の中を落ち着けるため暖かいお茶を注いでもらい、ひと口啜ってから本題に入った。


「塵塚君、今恋人っている?」


「……なんだ藪から棒に。」


「おお!お嬢はんいきなり告白とは大胆でんな!」


「ああいや、言葉のあやというか紛らわしい言い方してごめん。あと山川は黙ってて。」


 普段少年が山川に絡まれて鬱陶しがっている気持ちを実感しつつも黙らせる。

 天井から小声でなにかぶつぶつ聞こえてくるが無視し、弁明するように何故恋人の有無を聞いたのか理由を話した。


「なるほどなぁ。まさかお嬢はんの友達に惚れられるなんて塵塚はんも罪な男でんなあ。」


「私はとんと覚えておらんがな。」


 酷い男やでと頭上から声が落ちてくるが、そんな事はどうでもいいとでも言うように続けて妙なことを言い始めた。


「まあ来週になればその女子も私の事など忘れておるだろうし、放置しておいて構わぬだろう。」


「いやいや、女子高生が飽きっぽいからってそれは流石に馬鹿にしすぎだよ塵塚君。ちゃんとお返事してあげなきゃ。」


「ふむ、ではもしまた来週も同じように詰め寄られたならばここに連れてくるがいい。」


 いやに自信のありげな発言に根拠を問おうとすると、それを遮るように大きなビーっという音が和室に響き渡り背筋が跳ねる。

 そうだ今日は客が来るのであったと家主が腰を上げて初めて呼び鈴の音だと気が付いた。

 また先週と同じように敷居の向こうへ顔を出し、こっそり覗き見るが前回よりも躊躇なく動いてしまった体につい笑みが漏れてしまう。


「何を一人でわろてまんねん。」


 いつの間にか天井から降りて来ていた山川も、二度目にして定位置とでも言わんばかりに私の後ろから顔を覗かせていた。


「先週は化け狸だったけど今日はどんな人が来るのかな。」


「さあそれはワテでも分からんな。なんせ塵塚はん面倒見ええ上に結構な有力者やさかい、近所のチビッ子から内閣総理大臣まで誰が来てもおかしないからな。」


 子供の相手をする姿を想像しほっこりしたが流石に話を盛り過ぎと笑っていると、ガラリと開けられた戸の向こうで綺麗にお辞儀をする女性に目が釘付けになる。

 光るような白にイチョウの葉が散っている着物とそれを横切る金色の帯、足元は黒い板に赤い鼻緒の下駄を履く白足袋という姿には何か神々しさを感じる者すらいるのではなかろうか。

 気になる顔面は家主が顔を出すやいなや深々と下げられており欲求を満たすまでに暫しの時間を要したが、銀髪の頭頂部が上げられやっと見えた切れ長の目とそれを覆うような長いまつ毛、奥二重の上に座す細い眉毛など芸術と言っても差し支えないだろう。

 待った甲斐があったと満足しつつ極めつけの様に白百合のような白い肌に映え、全体を引き締める薄く紅い唇には女の身ながらもドキリとした。


「あれは狐やな。耳は上手に隠しとりますけど尻尾がちらちら見えとりますわ。」


「あ、ほんとだ。」


 腰帯の向こうに揺れるのは、掴めばその包容力で手を包むであろうことが容易に想像できるボリュームで、先端にいくほどに銀から黒の密度が増す尻尾は彼女が化け狐であることを語っている。

 来客の正体が分かった瞬間、先週訪れた化け狸の事を思い出した。

 よく化け狸と対を為すとされている化け狐だがその数も知名度も圧倒的に勝っていることは明らかなので、もはや勝敗など考えるまでもないのだが、未だに彼らがライバルとされているのは何故なのだろうか。

 金子さんと何か関係あるのではないかと考えていると、玄関先での話は終わったようで少年だけが此方に戻ってきた。

 席に戻って座り直す少年の顔を観ながらあまり首を突っ込むのは良くないだろうかとウズウズしつつも我慢していると、山川が私の聞きたかった事を代弁するように口にする。


「あの狐はんは何しにきはったんでっか?ほんで金子はんみたいに案内してやらへんのでっか?」


「金子は私の分野だったが、今回は話を聞いたところ斑が適任だろうと思ってな。今日の仕事はただ庭の通行許可を出すだけで終わりそうだ。」


 聞きながらカランコロンと近づいてきた下駄の音に池の方を振り返ると、まるでそういう絵画のように庭園に溶け込む着物美女と目が合った。

 池向こうの石畳に音を響かせながら現れた彼女は此方の視線に気が付いたようで、ふと足を止め濡れた瞳を伏せながら軽く会釈をしてくれた。

 反射的にこちらも頭を下げたがなんだか無性に恥ずかしくなって顔を上げることが出来ない。

 熱くなった頬が冷めるのを待っているとまたカランコロンと今度は遠ざかっていく音がすっかりしなくなり、ようやく顔を上げてからいつの間にか無意識に止めていた呼吸を思い出したかのように再開する。


「魅了されたようだな。」


「え、いやそんなただ綺麗だなって見惚れてただけだよ。」


「お前ではない。隣を見てみろ。」


 言われるがままに隣に目を向けるとポケっと口を開いて涎を垂らしながら、焦点のあっていない目で中空を見つめ続ける河童がいた。




「散々尻子玉を抜きまくった悪河童が狐に充てられ腑抜けになるとはな。」


「ぐぬぬぬぬぬ……。」


 何も言い返せなず歯ぎしりならぬ嘴ぎしりする山川の隣で、もし私が気恥ずかしさから俯かなければ同じようになっていたのではないかと少し怖くなった。

 あんな間抜け面を人前で晒すのは誰だって恥ずかしいし私は仮にも女子高生。間違っても恋愛対象になることなどない二人の前とはいえ、恥ずかしくなりしばらく面と向かえなくなっていた事だろう。


「ねえ塵塚君、なんで山川は魅了されたの?やっぱり何かあの人に恨まれるようなことしたの?」


「やっぱりってなんですねん。」


「通常の魅了術であればそうかもしれぬが、あれは無意識に周囲を堕としてしまう類のものだな。若いがゆえ力の制御が出来ておらんのだろう。それはそうと台座よ、今週も大事なかったか?」


「うん?そりゃあもうすこぶる元気だったよ?」


「そうか。」


 毎週顔を合わせる度に聞かれるこの言葉にいつものように返すも少年の顔は晴れない。

 先週来た時も何か私からの用があるかのような物言いだった気がするので、胸に引っ掛かりを覚えてしまう。

 仏頂面からその内心が読めないのはいつもの事だが、どうにもこの質問の後はいっそうその影が濃くなるように思えるのは気のせいではないと今確信した。

 私の返答から少し間が開いてから短く返ってきたが、もぞもぞと袖の中で腕を組み直している様子からは何か焦りの様なものが感じられてじれったくなる。


「何か気になることでもある?」


「どうしてそう思う?」


「なんか先週もおんなじような事聞かれたし、なんかこうモヤモヤするから聞きたいことがあるなら言ってくれた方が助かるんだけど。」


「お嬢はん、ワテらからはこれが精一杯ですねん。むしろ塵塚はんやから許されとるだけで元気かて聞くだけでもホンマはあかんのやで?」


 右隣からあがった少年の肩を持つ言葉を最後に客間に静寂が訪れた。

 彼らからはこれが精一杯とはどういうことだろうか。

 少年の危惧していることに彼らは意見することが出来ず、私自身で気づかなければならないということだろうか。

 何に?

 彼らと出会って三週間、顔を合わせるのもまだ三回目だというのに私の何に気づいているというのだろう。

 体の不調を気にかけていたが、どこも痛い所はないしてんで思い当たる節がない。


「今日はもう帰るね。」


 河童の軽口すらない重たい沈黙に包まれた部屋から逃げるように立ち上がり足早に玄関を出ると後ろから呼び止められ、これまでの流れなどまるで気にしない家主から当たり前の様にカステラの入っているであろう紙袋を持たされた。

 きっと複数本はいっているのであろう結構な重さである。

 一応礼を言って自転車の前籠に突っ込みペダルを踏み込むが、頂き物を差し引いてもいつもより重たく感じるのは気のせいだろうか。


「また顔を出しに来るといい。お前はその権利を有している。」


 進み始めた背にかかる声に足を止め振り向いたが既に声の主の姿はなく、ほなまたと手を振る山川だけがそこに残っていた。



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