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-monster children-

 重すぎる期待に苦笑を返し逃げるようにして視線を彷徨わせ、直ぐに河童を見つける。

 静かすぎて気が付かなかったがずっとカウンター目の前のソファにて漫画を読んでいたようだ。

 手にしている単行本の表紙に描かれる国民的サイヤ人の絵からして某有名少年漫画に夢中なようで、私たちが帰って来たことに気が付く様子もなく熱い視線を手の内に注ぎ続けている。


「山川もドラゴソボールに夢中みたいだし、折角来たんだ君も何か読んでいくといい。いい機会だからタブレットの使い方も教えておこうか?」


「そうですね、邪魔するのも悪いですしお願いします。」


「じゃあまずはそこの椅子に座って。」


 山川とカーペットを挟んで反対側のソファに腰を下ろすと、よく使いこまれているのだろう柔らかくなった革に腰が沈みオーダーメイドかと思うほど心地よい角度の背もたれに自然と深くまで身を預けてしまう。


「驚くほどフィットするだろう?その椅子の自慢も出来るけどそれはまた今度にして、次はサイドテーブルの上にあるタブレットで読みたい本を選ぶんだ。さっきも言ったかもしれないけど此処の棚には人物の伝記や創作小説しか置いていないんだが、タブレットからならバックヤードの漫画や専門書なんかも指定できるから試しに選んでみてくれるかい。」


 気付かなかったがきっと最初からあったのだろうタブレットを手に取り、真っ黒な画面をタップすると普通の本屋や図書館で見かける検索画面に切り替わる。

 司書の前で決して口に出来ないが実は特段読書に熱心な訳ではないので、隣に習い少年誌で掲載されていた名前を書かれると死ぬという物騒な手帳をめぐる漫画を指定し決定ボタンをタップした直後、サイドテーブルの引き出しの中からトンと微かな音がした。

 まさかと思いながらタブレットを元の位置に戻して引き出しを引くと、たった今指定した漫画の表紙に描かれた、烏のような羽を持つ死神のギョロリとした目が光っている。


「これも企業秘密だよ。」


 不可思議な事象にどうなっているのかと問いたく顔を上げると、やはりウィンクをしながら唇の前に人差し指を立て悪戯の成功した少女の様な微笑みに迎えられた。

 きっと誰もが同じように思い驚いた反応をするので毎回こうして楽しんでいるのだろう。


「トイレなんかで途中で席を立つときは本をサイドテーブルの上に置いておくと誰かに席を取られることはないよ。あと読み終わって帰る時は引き出しに戻すと元の位置に戻しておいてくれるからね。そうそう基本的に図書館という場で飲食は御法度だけれど、私のいるカウンターではサンドイッチやドリンクも売っていてあそこでなら飲み食い出来る。あとテイクアウトやお弁当を持って来て縁側で目の休憩をしつつご飯なんてのもいいね。これでこの図書館の説明はおしまいさ。また何かあれば私の所まで聞きに来るといい。答えられることなら答えるからね。それでは良い読書を。」


 一通り説明し終えると斑さんは長身を揺らすようにカウンターの内側へと戻っていった。

 恐らく気になることを聞いてもまた企業秘密と返ってくるのだろうと質問を諦め引き出しの中に目を落とし、一世を風靡した作品を手に取り改めてしげしげと眺める。

 そこには大鎌を構える少年の後ろに口が耳まで避けた死神が、まるで最初からここにいたが?とでもいうように堂々と居座っていた。


 色々と不思議なことばかりだが、いざ漫画の世界に入り込むといつの間にか時間が過ぎ去っていたようで、図書館の静寂を壊すスマホのアラームで気が付くと時刻は早くも十六時となっていた。

 自分以外に誰も居ないのではないかとも思える無音の中、不釣り合いな爆音を鳴らしてしまい慌ててアラームをストップすると再び耳の痛くなる程のしじまが訪れる。

 すぐ近くの席にいたこともあり山川も漫画の世界から戻ったようで、単行本片手に大きな目を夢から覚めたかのようにパチパチとしばたたかせていた。

 彼はカウンター上の時計を見てアカンアカンとでも言うようにバタバタと引き出しに漫画を戻すと側にやって来て、意外にも気の利いた言葉をはく。


「そろそろ帰らなあかんのとちゃう?」


「そうですね。漫画に夢中になってうっかり長居しちゃいました。」


「わかる、わかるでその気持ち。この図書館静かやし無限かいうぐらい本もあるから嵌ってもうたら時間溶けてまうんよな。」


 同意の言葉を聞き流しながら斑さんから言われた通り引き出しに戻すとやはりトンっと微音がし、恐る恐る開くと予想通り中に収めたばかりの単行本が消えていた。

 きっと今カウンターの方を見ればまた自慢げな顔をしているのではないかと思いながら目をやると、案の定ひょろ長い司書は得意げな表情で秘密のポーズを取っている。

 私が席を立つと山川がカウンターの方を向き直って手を挙げて帰りの挨拶をしていたので、私も軽く会釈をし図書館を出るべく足を進めた。


 出口の枠を跨いだ瞬間、入って来た時と同じ感覚に襲われまたしてもバランスを崩し壁に手をついてしまった。

 次は気を付けなければと思いながら畳敷きのくれ縁へと戻り右手を見ると、池に反射する見事な夕焼けが出迎えてくれる。

 きっと名だたる名園とも肩を並べられるであろう景観に、先ほどの焦り達は欠片も残さず消え去りただ感嘆のため息だけが漏れた。

 ひたひたと足音を立てる河童の半歩後ろを進みながら、おそらくここは昔の藩主だか貴族だかの造った庭園を活用して作られたのだろうと考えていたのだが、造りの壮大さの割に知名度が皆無なのがどうにも腑に落ちない。

 この規模の施設であれば町のランドマークのような扱いで宣伝され観光客で溢れかえっていてもおかしくなさそうなものだが、知る限りこの図書館はおろか庭園があるという話も聞いた事がない。

 スマホで調べようと起動してみたがやはり圏外だったので家に帰ってからじっくりと調べることにしよう。


「どや図書館おもろかったやろ?」


「ですね。外から見る以上に広かったですし、本の届く仕組みも不思議でした。司書の斑さんも面白い方でしたね。」


「有子はんは確かにおもろい人やけど怒らせたらあかんで。あの人あれで昔は世界征服したことあるって噂たつくらいにはごっつい力もっとるみたいやから。」


「確かにただ物ではなさそうでしたけど、世界征服だなんてそんな大げさな。」


「いやいやワテはあの噂あながち嘘やないと思てんねん。なんせ怒った有子はんの迫力と来たら、ううっ今思い出しても背筋が寒なるわ。」


 話しながら式台に座り靴を履いていると、後ろから塵塚少年と金子さんがやってきた。

 二人は私達が来たのとは真逆に伸びている廊下の先から現れ、案内人はさっさと草履に足を滑り込ませて戸口の外に出て山川の隣に立ったが、金子さんの方は草鞋の紐を結ぶのに時間がかかるようで時間つぶしに話しかけてくる。


「これはこれは先ほどの。たしか、そう台座さんも山川さんと一緒に調べものですか?」


「ああいえ、あたしは図書館の案内をして貰ってただけです。金子さんの方はお探しの本は見つかったんですか?」


「ええ塵塚様に知恵を貸していただけたおかげで何とか。しかしまあ悩みの解決には至れるかどうかは。」


 歯切れの悪い返答だったが紐を結び終えたようなので二人並んで玄関を潜り、今度は四人揃って桟橋を渡り離れに戻る。

 いい時間なので帰ろうとすると、また用があれば迎えに行こうと袖から出してきた葉書を貰った瞬間、致命的なことに気が付いた。

 今日は離れの不思議エレベーターではなく表から帰るのだが、自転車で来たので先週忘れて帰った自転車をまた残して行くことになってしまうのだ。

 レンタサイクルは十日以内に返却されれば担保として預けてある一万円を返してくれるらしいので来週の火曜日が期日なのだが、明日からの予定を考えればここに来れるのは最速でも来週の土曜日である。

 鞄は前籠に入るので今日回収できるが果たしてどうしたものかと考えていると、山川がどしたん話聞こか?と横から顔を覗かせたので事情を話した。


「ほならワテが送るがてらレンタル屋さんまで古い方に乗ってきますわ。」


「山川さん、ありがとうございます。」


「ええでええで天井から降ろしてくれた恩返しやて。ただなんや今更なんやけど、その敬語いうんは背中がかゆうなるからやめてくれへんか?」


「わかりま、わかった。それじゃ改めて、ありがとう山川。」


「いや誰も呼び捨てにせえとは言うとらんがな。まあええけども。」


 下り坂の起点となる道路沿いまで見送ってくれた少年が戻っていくのを確認し横を向くと、背広を着た三十路過ぎの人間男性に擬態した山川が隣で自転車に跨っていた。

 何でも人間は長らく怪異と関わっていない者が大半の為、この商店街に住む大きく人と外見の異なる者は下界に降りる際には、可能な限り人間に合わせた外見になる掟があるらしい。

 どおりでこんなに近くに激レア生物の河童が住んでいるのに誰も気が付かなかったわけである。


「なんや自転車乗るんひっさびさやからこの坂下るん怖いなぁ。」


「無理しなくていいからね。降りて押しても全然間に合うし。」


「いや、ここで退いたら河童が廃る!お嬢はんワテの雄姿見たってや!」


 勢いよく蹴り出し下り始め瞬く間に小さくなる背から、速度がぐんぐん上がっているように見えるのだが大丈夫だろうか。

 坂の下は見通しの悪い交差点なので一旦停まった方が無難なのだがブレーキを使う様子もなくそのまま突っ込み、山川は転生物の漫画よろしく見事にトラックに撥ねられて脇の林に飛んでいってしまった。

 血相を変えて降りてきたトラック運転手はぐしゃぐしゃにへしゃげた自転車を見て、顔面蒼白のまま吹っ飛んでいった自転車の乗り手を探し始める。

 私も急いで坂を下り山川の飛んだ方向を共有し一緒に捜索したのだが一向に見つからない。

 確かにこの辺りに飛んだはずなのにと探しているうちに、何故か背後から無傷の山川が現れた。

 泣きそうな顔で良かったを連呼し安堵する運転手が救急と警察を呼ぼうとするも、被害者である山川が全力で拒否したため渋々引く。

 しかし何もしないわけにはいかないと財布のなかの万札全部と連絡先を渡された山川は、満更でもない顔で手を振ってトラック見送ったのだった。


「これで暫くは飯に困らんですむけど、すんまへんなお嬢はん。自転車こないになってもうたわ。」


「それはいいけど、本当に体の方は大丈夫なの?」


「そりゃもうあの程度は屁の河童ですわ。河童だけに。」


 面白くない駄洒落を言えるぐらいには元気なようで改めて安心したが、このぐしゃぐしゃになった自転車はどうしたものか。


 家に帰ると本題外の出来事で溜まった疲労を開放すべく一目散に自分の部屋に戻りベッドへと飛び込む。

 結局あの後山川は、運転手から貰った万札達をどこから取り出したのか財布にしまい込み、ワテが調子乗ったせいやしこっちで処理しとくわと見た目によらぬ怪力でスクラップと化した自転車だった物を担いで坂の上へと帰っていった。

 その時は壊したのが山川なのだから正当だと思ったのだが、自転車が壊れたことで私が担保として払っているお金は帰って来ず仕舞いになるのだから、一万円はもらっておくべきだったのではと電車の中で思い至り歯噛みしながら帰って来たのだ。

 まあ今更考えても仕方ないので、また思い出した時にでも山川に請求すればいいだろう。

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