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-monster children-


「有子はんおはよございます。今日はワテやのうてこの子に図書館を紹介しよう思いましてん。」


「へぇ、これは珍しい。私はこの図書館の司書をしている斑有子。以後お見知りおきを人間のお嬢さん。」


 こちらも自己紹介を返すとカウンターの右側から外に出て、細く長い手足で演劇の様な恭しい礼をしながら是非中を案内させて欲しいと申し出てくれる。


「いいんですか?お仕事の邪魔になるんじゃ。」


「なに構わないさ。こんな早い時間に来館者なんてそうそうないし、来てもリモートで指示するだけだからね。重ねて言うなら顔を出すのは常連ばかりで対応する必要のある者なんて長らく来ていないから大丈夫さ。」


「じゃあお言葉に甘えて、お願いします司書さん。」


「任せたまえ。いつも同じ面々で退屈していたんだ。気合を入れて案内させていただくよ。あと私の事は斑か有子と呼んで欲しい。皆そうしているからね。」


「有子はんワテの時と対応違いすぎまへんか?」


「茶々を入れるなら出て行ってもらうよ山川。いやまて、この子の帰りもあるから仕方ないか。案内は引き受けたから終わるまで君は先人の残した書物に心を踊らせるなり知識を深めるなりさせて頂くといい。」


「へ、へい。分かりました。」


 河童は塵塚少年と対する時と違い軽口を返したりはせず、緊張した面持ちで大人しく引き下がりこちらに甲羅を向けると、近場のソファに座ってサイドテーブルの引き出しから何か端末のような物を取り出すとタップし始めた。


「では邪魔者も消えた所で気を取り直していこう。お嬢さん、この図書館に貯蔵されている先人達の作品と、その可愛い子供達を紹介しようじゃないか。」


 でもまずは最上階からの景色からと入り口と対辺に当たる所まで移動する。

 入り口からカウンターまでと同じ距離を進むのでそこそこの距離になるのだが、その間の話題に困ったので取り合えずこの図書館について質問してみることにした。


「この図書館の一番最初の単語。えっと、八玉でしったけ?あれってこの土地の名前なんですか?」


「残念惜しいけれど外れだね。しかし間違ったとしても恥じる事は無い。君の漢字能力が欠如しているとか若者の活字離れだとかといった理由では毛頭ない全くの皆無、絶無と言ってもいい。なにせもう人間の世で使われなくなって随分経っている言葉だからね。私や塵塚のように覚えている者の方が今の世界にとっては異端とも言える。怪異とはいえ長生きしすぎるというのも考えものだね。さておき、八は沢山とか数えきれないという意味で、玉とはすばらしい物や宝という意味さ。つまり八玉図書館とは数えきれない程の宝を収めた図書館という意味になる。最初建てる時はお嬢さんの言った通り地名にするつもりだったみたいだけど、それではあまりにも工夫がないし何より私はここを何処でもあって何処でもない図書館にするつもりだったからね。面倒くさがる塵塚達に地名よりも中に収めている物を表した方が適切だとごねて私のセンスで付けさせてもらったんだよ。言いづらいがゆえに覚えやすく、本を宝とした所なんてなかなか悪くないと思っているのだけれど、どうかな?」


「す、素敵だと思います。」


 思ったよりも熱の入った解説が返って来て何と返せばよいのか迷ってしまい一言だけ返して暫しの間無言で進む。

 カーペットで吸収しきれなかった極僅かな足音だけが耳に届く中、初対面の人と一緒に歩くにはこの薄暗い大図書館の通路は長すぎるのだ。


「あ~……、そうだ!塵塚君って何者なんですか?さっき私達は異端とか、怪異とはいえって言ってましたけど。」


「おっといけない、うっかり口を滑らせてしまっていたみたいだね。ごめんごめんそれは秘密なんだ。そんな事より、ほおら我が図書館自慢のエレベーターに到着だ。ささ、乗り込みたまえ。」


 どうやら答えられない質問をジャストチョイスしてしまったようだ。

 微妙な空気を作ってしまい申し訳ない気持ちになりながら天井がなくエレベーターには到底見えない、今跨いだ乗り口以外の三方を獣の彫られコの字を描くようにして佇む壁に囲まれた金属板に乗ると、気を悪くしないで欲しいと申し訳なさそうな顔で謝罪される。


「決して意地悪をしたい訳ではないんだよ。久しぶりの新顔さんだからどうにも気分の盛り上がりが抑えきれなくて、隙が出来てしまっているんだ。私達は言えないことが多いから塵塚は無表情キャラに徹してボロを出さないようにしているけれど、私はどうにもああいうのは苦手でね。この図書館に来るまで孤独だった反動もあって百の言葉を駆使してでもコミュニケーションを図りたいのだけれど、どうしてもさっきみたいな壁を作ってしまうというか答えられないと拒絶せざるを得ない時があるんだ。本当に申し訳ない。」


 自己紹介の時よりもずっと深く腰を折り申し訳なさそうに目を閉じて胸に手をやりながら紡がれた言葉達は、一語一語が鼓膜を打つたびに心苦しさが伝わって来て、本当に悪気があってはぐらかしている訳では無いことが伝わってくるには十分だった。

 二人のルーツに関わる内容がアウトだというのなら、この内容ならいけるんじゃなかろうかと新たな質問をする。


「じゃあ、このエレベーターの自慢話とかは聞けたりしますか?」


「もちろん!もちろんだとも!ああ嬉しいね、君は実にいい!謝罪の返答に許すでも分かりましたでもなく新たな質問で応えてくれるなんて実に素敵な返しじゃあないか!今どきの人型は直線的な言葉を用いたやり取りばかりしているものだとばかり思っていたけれど、どうしてなかなか見直さなければならないね!塵塚も実に人が悪い!もっと早くに私にも紹介してくれればよかったものを!」


 私に許容されたことを喜んでくれるのは嬉しい気がしないでもないが、流石に言葉数が多くて引いてしまった。

 しかし当の本人は興奮絶頂中なようでそれに気が付く素振りもなく早口で質問への回答を寄越してくれる。


「さて私がデザインしたこのエレベーター、いやここは一つ格好をつけて昇降機と無駄に漢字で表しておこうか。まずこの仔の見た目から自慢させてもらうと一番大きな所は天井を付けなかったことだろうね。お嬢さんも人間の中では背の高い部類だろうから家や施設で頭をぶつけたことがあるだろう?私もこの体躯だからねそれはもうぶつけにぶつけまくって今まで壊した鴨井の数など骨の数より多いかもしれない。少し前に離れの欄間をぶち抜いた時は塵塚から逃げるために遠くマダガスカルまで、って今はそういう話じゃなかったね。まあとにかくどんなに背の高い人がやってきても頭をぶつけないように天井はもちろん枠から取っ払ったってわけさ。そして四方を囲む柵は多摩、天竜、吉野、飫肥から取り寄せた四種類の杉に多々良と宿儺の技術を集合させていてね。木材による彫刻とそれに溶け合い絡みつくような金細工は世界広しと言えどこの規模の物はそうはない。いやはや最初はそんなもん出来るかと二人してキレていたし俺の方が優れている言い合って喧嘩していたんだけどやっぱり職人同士気が合うんだろうね。気が付いたら最高の一品を仕上げてくれていたよ。あ、そうか四方といっても今はコの字型だった。よく見ておいで、このレバーを下ろすとほら、今通ったばかりの入り口下から柵が出て来て東西南北の獣達が勢ぞろいだ。ちなみに床も彼らの作品で何か機能が仕込んであるらしいけど時が来れば分かるっていって何も教えてもらってないんだ。ワクワクするよね。さあ名残惜しいけどすぐ四階に到着だ。到着の鐘は余ったウーツやミスリル、あと緋緋色だのダマスカスだの玉鋼だのを適当に混ぜた合金らしいんだけど、なんかよくわんないけど叩いてみたらいい音したからサービスで取り付けてくれたんだ。是非耳を澄まして聞いて欲しい。偶然の代物にしてはそれっぽいから一見ならぬ一聴の価値はあると思うよ。そうそうレバーを中央に戻してフリーにすると背中側の柵が降りるから凭れないようにね。」


 早口な説明に圧倒され文字の濁流が押し寄せ右耳から入って左耳から抜けるのを感じている間に、ほんの数㎛の揺れも感じぬまま上品さの中に雄々しさも感じる不思議な鐘の音が耳朶を打つ。

 これで上階に移動したと言われても俄かには信じられず、訝しみながら降りた柵の向こうに出ると、本当に最上階一歩手前の四階に着いており乗ってきた昇降設備の職人技に度肝を抜かれ、その顔に満足したのか長身の司書は階下での様子などおくびにも出さず案内を始めた。


「ここからが一番よく見えるから、ぐるっと指でさしながら紹介しよう。どうぞ、そこの椅子に座ってくれたまえ。」


 そこの椅子と言って手で示されるも降りる際に椅子を見た覚えなどないのだがと振り返ると、一階に点在していたのと同じ革張りのソファセットが茶色い本棚を背にして溶けいるように佇んでいた。

 なるほど一目で分からないはずだと腑におちながら腰を落ち着けると、なんとなく白髭を蓄えた大学教授を思わせるコホンという咳払いから図書館全体の紹介が始まる。


「まずうちの図書館は少し特殊な収め方をしている。普通本屋でも図書館でも児童書なら児童書ばかり、小説なら小説ばかりといった具合で固めているのだけれど、うちは内容ではなく書かれた年代毎に階層分けしているんだ。四階は今のこの世界で一番古い物を収めている階層でもう古くてボロボロの物もあるけれど、それもまた味ってものさ。古い文字で認められているから普通は読めないかもしれないけれど、そこは当館自慢の特殊技術でなんとかなる。論より証拠、物は試しに後ろから一冊抜き出してみたまえ。」


 促され適当に抜き取り表紙を眺めるが、でかでかと中央にある記号のようなものは本の内容を何一つ伝えてはくれない。


「こんな古い文字特別に勉強しなければ読める訳がないのだから、もはや読むタイプの図書館に収容する意味はないと言う人が居てね。むかついたから少し工夫しているんだ。サイドテーブルのライトを当ててごらん。」


 テーブルの上にあるライトの角度を調整し膝に置いた本を照らすと、表紙の古語が現代文に翻訳され本と電灯の間に浮いて現れた。

 どんな仕組みなのか分からないが、手で触れようとしても映画で見たホログラム通信の人物の様にすり抜けてしまう。


「これどうなってるんですか?」


「それは企業秘密さ。他所で真似されちゃあたまらないからね。」


 言いながら右目を閉じ唇にピッと伸ばした人差し指をあてて得意げな表情である。

 ちなみに浮き出た文字は【ギルガメシュ叙事詩】と書かれていた。

 ゲームで興味を持って調べた程度のにわか知識だが、古代メソポタミアのギルガメシュの物語は粘土板に書かれていたという記憶があるので、これはきっと原典ではなく後年に作られた写本なのだろう。

 どれくらい前の物かは分からないが今にも崩壊しそうな手触りから酷く風化していることが分かり、きっと貴重な一冊だと思いながら丁寧にページをめくると意外と丈夫なのかそれとも保存状態がよほど良かったのか、或いはその両方のおかげでぱっと見だが抜けはないように思えた。


「ちなみにそれは原典が書かれた数年後に書き写された数冊の中の一つだね。うちは特殊な手法で劣化を防止しているから大丈夫だったけど、他の物は世界に一冊も現存していないから大切に読んでくれたまえ。」


 瞬間、身も心も固まった。

 震える手で恐る恐る閉じ元あった位置に慎重に戻す。

 隣の書物と擦れる微かな音にすら恐怖しながら最後の一㎝を何秒もかけゆっくり指先で押し込み終え、体中からどっと汗が噴き出した。


「どうだい?こんな貴重な本を読めるなんて、素晴らしい施設だろう?」


「……それはそうかもしれませんが、きっとこの階層の本には二度と触らないと思います。」


「おやそうかい?せっかく古代の材質で物語を楽しめるのにもったいない。まあ無理強いするつもりはないけれど、さっきも言った通り劣化防止措置を講じてるからよほど酷い扱い方をしなければ破れたりしないし、また気が向いたら是非読みに来るといい。ちなみにこの階層に限らずこの本館には人物の伝記や創作物語だけが集められていて、ここを起点にして螺旋階段となっている通路を時計周りに下る毎に時代が進んで行く。一つ下の階層は西暦八百年くらいから、二階は千三百年、一階は千八百年から始まるけど絵の多い例えば大衆漫画みたいな書物は常用外の専門書と一緒にバークヤードにしまってあるから、山川みたいにタブレットで検索して選ぶと席まで来るシステムになっているよ。もちろんそこでは四階までの本棚に並んでいる物も指定すれば手元に届くからそっちも活用してくれると嬉しい。」


「じゃあなんでエレベーターがあるんですか?」


「それはあれだ。何を読むか決めずに本棚の前をぶらついて、運命の一冊に出会うのって浪漫を感じないかい?」


 その後もソファでお勧めの年代やお気に入り作者の作品はあの辺りにあるなんてこと教えてもらい、エレベーターを下降させるべく乗り込み、使い方を教えてもらいながら入り口端のレバーを手前に引こうとすると一階の下に地下三階まで階層があることに気が付いた。


「地下がバックヤードになってるんですね。」


「いいや、地下は近年多く作られている所謂同人誌ってやつだね。色々あるけど君に読ませるわけにはいかない作品も多いから立ち入り禁止だよ。」


「同人誌ってなんですか?」


「簡単に言うなら公に物書きを生業にするものではなくアマチュアが作った本ってところかな。商業誌よりも縛りがなくて自由に作れる反面ページ数は少ない物が多いね。あと何故か恋や性に主題を置いていて年齢制限のある作品も多いから君みたいな未成年が立ち入るのを許可できないんだ。ああでもそういった描写のない物も沢山あるから興味があればお勧めの物を用意できるよ?」


「へ、へ~。そんなのまであるんですね。き、機会があったらお願いします。」


 性的ときいて少し戸惑ってしまったがきっとばれてはいないだろう。

 間違ってもレバーを引きすぎて地下に行かないようにしよう。

 山川なんかに見つかった日にはどれだけうっかりだと言い訳しても延々とからかってくるに違いないので、力加減に細心の注意を配ってじっくりと手前に引く。


 金具に掘られた一階の印まで下ろし横の溝にカコンと嵌めると壁が音もなくせり上がり、暫くすると頭の中心から響いてくるような小さく透き通る鐘の音が響いた。

 説明を受けていたのは二十分弱の短時間であったが情報量が多かったからか脳が疲れ切っている。

 元来たカウンターまで斑の熱い図書館への思いと共に歩みながら思ったのだが、山川もそうだが私の様なよそ者にも親切にしてくれる反面、喋りはじめると止まらない呪いでもかかっているのかと思うほどよく舌が回るのはこの地域に住まう人の特色なのだろうか。

 情熱的な語りがまたしても右耳から左耳へ抜けていくなか、久しぶりに見る自分よりも背の高い女性の後ろ姿と、揺れる襟髪に隠れたと思えばまた顔を出す首の裏側を見て、今まで意識した事など無かったがうなじってなんだか少し官能的だなーなんて考え始めていた。


「さて話の区切りがついたところで丁度戻ってきたわけだが何か質問はあるかな?」


「あ、えっと、じゃあ本が好きな友達がいるんですけど、今度連れて来てもいいですか?」


 ぼんやり歩いていたのでカウンター内部に戻った斑さんからの不意な振りに焦り、適当な返しをしてしまったが私の言葉にそれはいいと手を叩いて喜びながら勝手にとんとん拍子で予定を詰められ、いつの間にか来週連れてくることになってしまったようだ。

 本好きの友達こと羽曳野冬華の予定も聞かなければならないので断られたらその時はその時。

 まだ見ぬ新たな利用者に胸躍らせる司書には申し訳ないが断られた旨を伝えればいいだろう。


「いやはや実に楽しみだね。いずれ君や君の友達、その子供や孫達までもがここで本を読む未来が瞼の裏に浮かび上がっているよ。」


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