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クラウスとのダンス

 できるだけ目立たないよう、とルディガーに釘を刺したキャスリーンだったが、その忠告は無駄だったとすぐに悟ることになる。


 ルディガーを連れて大広間に戻ったキャスリーンを、王太子妃カリーナが目ざとく見つけて近づいてきたのだ。


「まああ、ルディガーじゃないの!」

「カリーナ妃殿下」

 さっと胸に手を当て、挨拶をするルディガーを、なんだかうっとりとした顔でカリーナは見つめる。横のキャスリーンは、カリーナの反応は予想済みだ。


「ルディガー、その新しい制服、よーく似合っているわね!」

「妃殿下が生地を選んでくださったと伺いました。さすが妃殿下のセンスは素晴らしいですね」

「まあ、ルディガーったらお上手ね! この色はあなたに似合うと思って私が選んだのよ!」

「それは光栄です。妃殿下のドレスも素敵ですね」

「ルディガーに褒めてもらえるなんて嬉しいわあ! これは最近流行りのデザインなの!」


 キャスリーンは二人のやり取りをしらけた顔で見ていた。王太子妃カリーナは、キャスリーンが下級騎士を重用していると聞いた時は、下級騎士と関わっているキャスリーンを馬鹿にしていたのだ。それがいざルディガーと顔を合わせると、ころっと態度が変わってしまった。


「カリーナ様、ルディガーには他に任務がありますから、この辺で失礼します」

 放っておくといつまでもルディガーを放しそうにないので、キャスリーンは間に割って入った。

「あらそう? なら、またねルディガー」

「名残惜しいですが、ここで失礼します」

 笑顔のルディガーを見つめながら、カリーナは渋々その場を離れた。


「だいぶ社交が上手くなりましたね、ルディガー」

「あなたが仕込んだんですよ」

 横目で口元を上げながら言うキャスリーンに、ルディガーは笑いをこらえるような顔で文句を言った。




 二人が立ち話をしているのを、人影に身を隠すようにしながら、じっと見つめているのはクラウスだ。

 やがて二人が離れ、ルディガーが後ろに下がった所で彼はワインが入ったカップをぐいっと飲み干し、近くの給仕にカップを乱暴に押し付けた。


 クラウスはつかつかとキャスリーンに近寄る。

「キャスリーン殿下。一曲、私と踊っていただけませんか?」

 キャスリーンは突然自分の前に立ちはだかったクラウスに、一瞬驚きの表情を見せた後、取り繕うように笑顔を見せた。


「クラウス様。残念ですが、少し足を痛めておりますので、私は踊りません」

 咄嗟についた嘘だった。だがクラウスは全く引く様子がない。

「私がエスコートいたしますよ。一曲だけならいいでしょう? せっかくこうして再会できたんですから」

 クラウスは手をキャスリーンに差し出す。キャスリーンは助けを求めるように、遠くで談笑しているデクスター王を見た。デクスターは笑みを浮かべながら首を縦に振る。これは「断るな」と言うことだ。


「……では、一曲だけ」

 渋々キャスリーンはクラウスに手を差し出した。


 中央のダンスエリアに二人は向かう。キャスリーンとクラウスが踊り始めると、周囲の視線が二人に集まった。

 クラウスのリードは強引だった。キャスリーンの足を気にする様子など少しもない。自分本位のダンスで、キャスリーンはついていくのに必死だ。


(足が痛いと言っている女に気遣う様子もないのね、この男は)


 クラウスは満足気な笑みを浮かべながら、上機嫌でダンスを楽しんでいた。その瞳はまるで獲物を捕らえた蛇のように、キャスリーンから少しも離さない。

 キャスリーンの腰に添えられるだけのはずのクラウスの手が、やがて力が入っていることに気づき、キャスリーンは嫌悪感を覚えた。そしてクラウスの顔が段々近くなる。キャスリーンは思わず体をのけぞらせ、クラウスから逃れようとした。


 クラウスは更に手に力を込め、ぐいっとキャスリーンを引き寄せる。


「私のことをよく覚えておいてください。また近いうちにお会いできるでしょう、キャスリーン様」


 顔を近づけ、クラウスの囁きを聞いたキャスリーンの顔が青ざめた。


 早くこの男から逃れなければ。曲はまだ途中だ。思わずキャスリーンはルディガーの姿を探した。


 ルディガーはじっとキャスリーンとクラウスが踊る姿を見ていた。表情を変えずに、だが片時もキャスリーンから目を離すまいと、じっとキャスリーンを目で追っていた。


 キャスリーンの目に、ルディガーが映った。彼の口が少し開いたように見えた。それは「離れて」と言ったようにキャスリーンには思えた。


 キャスリーンはぐらりと体を傾かせ、よろけた振りをしてなんとかクラウスから逃れた。

「申し訳ありません。足を痛めておりましたので、少しよろけてしまいました。私はこれで失礼します」

「構いませんよ。ダンスはいつでもできますから」

 青い顔で告げるキャスリーンの顔を、クラウスはニヤニヤと見つめていた。




 キャスリーンは大広間を離れ、一人バルコニーに逃れていた。


 クラウスという男。強引で女性を敬うそぶりも見せない。キャスリーンはダンス中、クラウスに捕らえられたような感覚に陥り、恐怖を感じていた。


(あんな男、初めてだわ。ただ踊るだけなのに、怖かった)


 キャスリーンは寒気を感じた。あの男が自分を妻にしようとしている? 想像するだけでうすら寒くなった。

 キャスリーンの年齢は二十二歳。もうとっくに結婚してもいい歳だが、彼女は頑なに結婚しようとしなかった。どんな相手が来ようと、色々と難癖をつけては反故にした。もちろんいずれ結婚しなければならない時が来ることは理解している。だがその時は、一日でも先に延ばしたかった。


 ルディガーが先に結婚をするのを見届けたら、キャスリーンは自分の結婚相手を決めようと思っている。




「キャスリーン様」

 ふいにルディガーの声がして、キャスリーンは驚いて振り返った。そこにはルディガーが一人、神妙な顔をして立っていた。


「私は大丈夫です。少し風に当たっていただけ」

「本当に大丈夫ですか? 顔色がよくありません。今日はもう部屋に戻られた方がいいのでは」

 ルディガーはゆっくりとキャスリーンに近づいた。

「……そうですね。あなたの言う通りにします。ルディガー、クラウスの監視はもう結構。元の持ち場に戻りなさい」

「しかし……」

「いいから、戻りなさい。これ以上彼を監視する必要はありません。クラウスがどんな男か、よーく分かりました」


 キャスリーンは気を取り直したようにすっと背筋を伸ばした。何事もなかったように去って行くキャスリーンの後ろ姿を、ルディガーは彼女の姿が見えなくなるまで見送っていた。

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