夜会の準備
キャスリーンはいつも忙しい。デクスター王や王妃エレノアの補佐をすることも珍しくない。
明日は客人を招いて夜会を開くことになっている。夜に開かれるパーティはダンスに音楽、美味しいお酒と美しい料理で彩られる。それらを滞りなく用意し、客人を満足させなければならない。
王妃エレノアとキャスリーンはパーティの準備に追われ、キャスリーンは客人のリストを完璧に頭に叩き込む。王太子妃カリーナは自身の美を磨くことに余念がない。彼女は準備が苦手なので、キャスリーンがカリーナの代わりに働く。
港町ブルーゲートから戻っているルディガーとは、お互いに忙しくてずっと会えていない。ルディガーは王宮に戻った後、王都の西にある橋が壊れたとのことで、すぐに修復の手伝いに向かったようだ。
彼から届いた使い鳥に書いてあった報告には、クラウスが若い女性に暴力を振るっているとあった。キャスリーンの懸念通り、やはりクラウスは危険な男である。
キャスリーンは調理場へ顔を出した。明日の夜会に向け、調理場も戦場である。コロコロと変わるメニュー、なぜか足りない酒、忙しさのあまり突然姿を消す者……調理場はトラブルばかりだ。
「皆さん、お疲れ様」
「キャスリーン様! こんな所まで申し訳ありません! ……な、何かまた問題でも……?」
料理長は恐縮しながらキャスリーンを出迎え、また何か無理難題を押し付けられるのかとビクビクしている。
「いえ、準備に問題はないか様子を見に来ただけです」
「そうでしたか! こちらは問題ありませんので、ご心配には及びませんよ!」
「安心しました。明日まで大変でしょうけど、よろしく頼みます。夜会が終わったら、私から上等なワインを差し入れますから」
「なんと! それは有り難い! おいみんな! キャスリーン様が後でワインを差し入れて下さるそうだぞ!」
料理長が調理場に響き渡る大声で告げると、その場にいた者達が一斉に歓声を上げた。喜ぶ調理人達の顔を見ていると、キャスリーンも疲れが取れる思いがした。
(……あら?)
ふとキャスリーンは、炊事場で野菜の下ごしらえをしている若い女に目を止めた。黒髪を一つにまとめ、地味な髪飾りをつけている。
(……あの髪飾り)
それはルディガーの部屋で見たものととてもよく似ていた。もちろんそれだけで彼女のものと決まったわけではない。もう一度彼女の顔を見てみると、取り立てて特徴のない、地味な顔立ちの女だった。
視線に気づいたのか、髪飾りの女が顔を上げてキャスリーンを見た。女はキャスリーンに恥ずかしそうな顔ではにかんだ。
「……それでは、後はよろしく」
「はい、キャスリーン様」
キャスリーンは早々に調理場を出た。気づけば早足になっている。
またキャスリーンの心がざわざわし始めた。
(落ち着くのよ。こんなことで動揺しては駄目)
一度立ち止まり、大きく深呼吸する。そして落ち着いたキャスリーンは、再び歩き出した。
今日が夜会の前日で目の回る忙しさであることを、彼女は感謝したのだった。
♢♢♢
今日は夜会が開かれる日。いつもは大して着飾らないキャスリーンも、今日だけはきちんと着飾る。
今日のドレスは肩が大きく開いているものなので、ネックレスは大ぶりなものを選んだ。薄い緑で透明度が高い宝石が、なんだかルディガーの瞳の色に似ていると思った。動かすたびに光が屈折し、様々な色にも見える不思議な石だ。そのミステリアスな所もルディガーに似ていると思った。一度そう思うと、他のネックレスを選べなくなってしまった。耳飾りも同じ宝石を使ったものを選んだ。
「今日のキャスリーン様は、本当にお美しいですね」
「キャスリーン様は王国で一番美しい方です!」
侍女達がキャスリーンを褒めそやす。キャスリーンは鏡の前で「ありがとう」と微笑んだ。
「……さて、ここからね」
自分に気合を入れるように、キャスリーンは独り言を呟いた。
夜会は滞りなく進んでいた。
大広間では楽団の美しい演奏を背景に、お酒とダンスを楽しむ人々がいる。中央はダンスエリアで、周囲には真剣な顔で語り合う男達がいたり、物陰でコソコソと話し込む男女がいたりと、それぞれが思い思いに楽しんでいるようだ。
ここからは王太子妃カリーナの出番だ。派手好きでいつも流行の先端を行く彼女は、社交界では大人気だ。今も女たちの輪の中心にいて、自分のドレスがいかに素晴らしいものかを説いている。
一方キャスリーンはと言うと、何故か焦った顔で大広間の外に出ていた。キョロキョロと必死に誰かを探している表情である。
王宮の外まで出た彼女は、離れた所で物陰に立っているルディガーの姿を見つけ、早足で彼の元へ向かった。
「ここにいたのですね、ルディガー」
「キャスリーン様!? 外に出てもいいんですか」
ルディガーは驚いていた。橋の修理が終わったルディガーは、王宮に戻り今日は夜会の警備をしていた。彼は下級騎士なので、王宮の中ではなく外に立っていた。まさかキャスリーンが会いにくると思わなかったようで、目を丸くしている。
「今すぐに私と一緒に来なさい。あの男が……クラウスが来ているのです」
「クラウスが!?」
ルディガーの顔色が変わる。
「今朝確認した招待者リストには、クラウスの名前はなかったはずなのに。何故か彼は招待状を持っていました」
「クラウスだけですか? 父親や、兄は?」
「彼だけです。誰が招待したのか……」
キャスリーンは動揺していた。夜会のゲストを笑顔で出迎えていたキャスリーンは、クラウスの顔を見て驚いた。
クラウスは鼻が曲がりそうなほどの強い香水の匂いをまき散らしながら、なんだか意味ありげな笑顔でキャスリーンに挨拶をした。その場では冷静に挨拶を返したキャスリーンだったが、ゲストの応対が終わるとすぐにルディガーを探しに出たのだ。
「正式な招待状を持っていたんでしょう? ならば招待したのは王族の誰かしかいません」
「……とにかく、私に着いてきて大広間でクラウスを見張ってください」
「俺が行ってもいいんですか?」
「私が許可するのですから、構いません。できるだけ目立たないよう、彼を見張ってください」
「目立たないようって言われても……まあ、なんとかやってみましょう」
困惑しながらもルディガーは了承する。ようやく落ち着いてきたキャスリーンは、改めてルディガーの服装に目をやった。
今日のルディガーはいつもの無骨な隊服ではなく、きちんとした正装をしていた。それは紺色のジャケットで、最近新調されたものだ。ちなみにこれは下級騎士用で、上級騎士はえんじ色のジャケットを身に着けている。
「その服、あなたによく似合っていますね」
思わずキャスリーンは彼の制服を褒めた。
「そうですか? ありがとうございます。キャスリーン様も、今日は一段と美しいですね。そのネックレスの宝石、キャスリーン様によく似合ってますよ」
(この男!)
「……ありがとう」
一体どこまで本気なのか。ルディガーは口元に笑みを浮かべながら、穏やかな眼差しでキャスリーンを見つめていた。




