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クラウスの悪事

 ゴルトウェーブ家は、港町ブルーゲートからほど近い高台にある。

 屋敷の豪華さは、近隣の名のある家の中でも類を見ない。やり過ぎとも思える贅を尽くした造りは、多少の下品さも感じさせる。

 主人のマシューは久しぶりに自宅に帰って来たところだ。大きな取引を成功させ、彼はご機嫌だった。


 執事のエーゲルは年老いているが、主人の留守を預かるだけあってしっかりした男だ。エーゲルは主人に一通の手紙を渡した。

「……これはデクスター王からの手紙ではないか」

「はい。王の使いがこれを持ってきたのです。すぐにご覧になった方がよろしいかと」


 マシューは怪訝な顔で封を切る。そして手紙に目を通した後、マシューはますます不思議そうな顔をした。


「どうなされました、ご主人様?」

「王からの呼び出しだ。クラウスの結婚について話したいと書いてある」

 エーゲルはその細い目を大きく見開いた。

「坊ちゃまに結婚のお話ですか! ひょっとしたら、未だ結婚の噂がないキャスリーン王女のことでは」

「まさか、キャスリーン王女はデクスター王が溺愛しておるのだ。クラウスが三回結婚に失敗していることを、陛下がご存じないわけがない」

「……確かに、そうですね。では別の令嬢でしょうか。とにかく、すぐに王都へ向かうと返事を出しましょう」

「ああ、頼む。手紙にはクラウスも連れて来いと書いてある。あれにも伝えておいてくれ……クラウスは今、どこにいる?」

「はい、クラウス坊ちゃまは町に行っているようで」


 マシューはため息をついた。

「……あいつめ、仕事もせずに毎日遊び惚けおって。王都に行くまでの間、あいつをここから一歩も出すな。今、町で騒ぎを起こされたらまずい」

「かしこまりました」



♢♢♢



 すっかり辺りが暗くなった頃、ゴルトウェーブ家の息子、クラウスは港町ブルーゲートにある一軒の酒場から上機嫌で出てきた。

 彼は遠くからでも分かるほどの強い香水をいつもつけている。服装はごてごてと趣味の悪い派手な物。その瞳はまるで蛇のように鋭く、威圧感がある。

 後ろに護衛を従え、ブルーゲートを自由に歩き、様々な店で横暴に振舞う彼を止める者は誰もいない。ブルーゲートを支配するゴルトウェーブ家には、誰も逆らえないのだ。


 酒場から遠ざかるクラウスを確認した後、旅人に扮したルディガーはするりと酒場の中に入った。


 中に入ると様子がおかしい。客たちは怯えたような様子で、ひそひそと酒場の奥を見つめながら何やら話をしている。

「何かあったのか?」

 客の一人にルディガーは尋ねた。すると客は首を振りながら、黙って酒場の奥を指さした。


 嫌な予感を抱えながらルディガーは酒場の奥へ。そこには二階に向かう階段があり、上から話し声が聞こえた。ルディガーは階段を上がった。


 彼の目に入ったのは床に泣き崩れる若い女と、女をなだめる酒場の女達だった。若い女の髪は乱れ、大きくはだけた女の胸の辺りにはあざができている。

 ルディガーはすぐに駆け寄り「大丈夫か?」と女に話しかけた。女は泣くばかりで、すっかり取り乱している。

「どういうことだ。何があった?」

 女主人らしき中年の女が、眉間に皺を寄せながら答える。


「あんた、旅人か。なら知らないのも仕方ないね。こんなことは日常茶飯事だよ。ゴルトウェーブ家の次男坊が野蛮な男だってのは、この町に住んでる人間なら誰でも知ってるよ」

 クラウス、と思わず言葉に出しそうになるのをこらえながら「……その次男坊ってのは、そんなに乱暴なのか?」とルディガーは女達に尋ねた。

「乱暴なんて言葉で片付けられるもんじゃないよ! あいつは女を痛めつけるのが趣味なんだ。若くて綺麗な女がいたら、すぐ手を出すのさ。この子はこの町に来たばかりなのに、クラウスに目をつけられて……あいつに言われたら、あたしらも逆らえないんだよ」

「次男坊とか言ったが、親は何も言わないのか?」

「言うわけないよ! そもそもあの父親が甘やかして育てたからこうなってるんだから」

「そうか……」


 ルディガーはもう一度、泣いている女に声をかけた。

「すぐに手当てをしないと。俺が医者の所へ連れて行ってやる。医者を呼ぶより早い」

「あんた、いいのかい? 親切な旅人だね……悪いが、お願いしていいかい?」

「構わないよ。さあ、立てるか?」

 ルディガーは泣いている女に優しく声をかけ、なんとか立ち上がらせると女に背を向け、かがんだ。

「さあ、おぶってやる。大丈夫だ、俺が必ず医者の所へ連れていく」

「あ……ありがとう」

 女は消え入りそうな声で礼を言うと、ルディガーに身体を預けた。


「医者まで道案内をしてくれる奴を連れてきてくれ。それと彼女に何か上着を頼む」

「それならあたしが行くよ」

 女主人が真っ先に名乗り出た。

「あたしが行きます!」

「わ、わたしが道案内を!」

 若い女達が競うように道案内をしたがり、声を上げる。

「あんた達、道案内はあたしが行くからさっさと上着を持っておいで!」

 女主人に一喝され、女達は慌てて上着を取りに走った。


「有り難いが、夜道を女性が歩くのは危険だ。誰か男を……」

「あたしはこの町で生まれたんだ。どこを歩けば安全で、どこを歩けば危険か、全部知ってる。あたしが行くよ」

 女主人は肝が据わっていた。ルディガーは「分かった。なら道案内を頼む、マダム」と言い、他の女が持ってきた上着を怪我をした女に被せた後、酒場の外に出て行った。



「親切な旅人がいて良かったわね」

「ねえ! それに素敵な人だったわ!」

「本当にね! 彼に名前を聞いておけばよかった! また来てくれるかしら」

 二人を見送った女達は、しばらくルディガーの話に夢中になっていた。

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