私の戦い
一方その頃、屋敷の中に戻った執事エーゲルは、中にいた使用人を集めていた。
「先に外に出なさい。騎士団はもうすぐ中に突入するだろう」
「エーゲルはどうするのです?」
「私はここに残る。坊ちゃまをお守りせねば」
その時中年のメイドの女が、エーゲルの腕を勢いよく引いた。
「目を覚ますのです、エーゲル! 坊ちゃまはもうおかしくなってしまわれた。陛下に手をかけた坊ちゃまは恐らく処刑されるでしょう。もうゴルトウェーブ家はおしまいです」
エーゲルは震えながら、頭を抱えた。
「……私はずっと、マシュー様の言う通りに坊ちゃまをお守りしてきた……欲しいと言うものは何でも与え……坊ちゃまを邪魔するものは、全て排除してきた……それが、間違いだったのか? 坊ちゃまはキャスリーン王女を手に入れる為に、陛下に手をかけたのか? 王女様が欲しいと言う、それだけの為に……?」
中年のメイドの女は、エーゲルの独白を冷たい表情で聞いていた。
「坊ちゃまをそのように育てたのは、あなたとマシュー様なのですよ」
クラウスの部屋では、炎がカーテンに燃え移っていた。
「お前、気が狂ったのか……?」
クラウスの思わぬ行動に、ルディガーは思わず怯んだ。次にクラウスはメイドの女を突き飛ばした。メイドを助けようと思わず駆け寄ったルディガーに、床に落ちていた剣を拾ったクラウスが襲い掛かった。
ルディガーは素早く盾を拾い、クラウスの攻撃を防いだ。攻撃を弾いた衝撃で剣は床に落ち、ルディガーは再び剣を手にする。
「早く外へ!」
ルディガーはメイドをかばうように立ち、剣を構えた。騎士団で鍛えたルディガーと、ろくに剣も持ったことのないクラウスでは勝負になるわけもない。小さなナイフを振り上げ、向かってくるクラウスを交わし、ルディガーは剣をクラウスの脇腹に突き刺した。
クラウスの目が大きく見開く。彼の後ろにあるカーテンからは、どんどん炎が大きくなっていた。
ルディガーが確かに手ごたえを感じたその時、クラウスはぎりぎりと歯ぎしりしながら、自らの脇腹に突き刺さる剣を持つ、ルディガーの手を掴んだ。
「うおおおおお!」
雄たけびのような声を上げ、剣を抜こうとするルディガーの手を、クラウスの手ががっちりと押さえた。
まずい、とルディガーの顔に焦りが浮かぶ。どこにそんな力があるのか、クラウスの力はルディガーの想像を超えていた。剣を抜かせまいとクラウスは必死だった。
次にクラウスはルディガーを突き飛ばし、馬乗りになった。クラウスは眉を吊り上げ、目は恐ろしく輝き、口元に不敵な笑みを浮かべながらぎりぎりとルディガーの首を締め上げる。
「俺の邪魔を、するな……!!」
クラウスは絞り出すような声でルディガーの首を絞める。脇腹にルディガーの剣が刺さっているというのに、その力はもはや人の力を越えていた。いよいよルディガーの意識が遠のくところで、彼の耳に聞きなれたあの声が響いた。
「クラウス! 頭を上げなさい」
その声の主はキャスリーンだった。クラウスは驚き、手を緩めて身体を起こした。
「ああ、キャスリーン……」
一瞬微笑んだクラウスの顔が、次の瞬間恐怖に変わった。
キャスリーンはクロスボウを構えていた。そして少しの躊躇もなくクラウスの頭を撃ちぬいたのだった。
ルディガーは、ぼんやりとした頭でキャスリーンの声を聞いていた。
「すぐにそのメイドを外へ! あなた達はルディガーを運んで! じきにここは火の海になる。急いで外に!」
「隊長、立てますか!? 急ぎましょう!」
途中で別れた二人の部下が駆け寄り、二人でルディガーの身体を支えて起こした。
「俺は平気だ、ユーリアールは?」
「怪我はしていますが、彼も無事ですよ」
「そうか……良かった」
ルディガーはホッとため息をつく。部屋の火は天井に届き、もはや消火は望めない。ルディガー達は急いで部屋から脱出した。
屋敷の中は騎士団が完全に掌握していた。彼らに守られながら、キャスリーンとルディガーは無事に屋敷から外に出た。
♢♢♢
屋敷の外に出た執事エーゲルは、呆然と炎に包まれる屋敷を見つめていた。
「坊ちゃま……」
贅を尽くしたゴルトウェーブ家の屋敷と共に、燃えていくクラウスを想い、エーゲルはポツリと呟いた。
ルディガーとキャスリーンは、庭の芝生の上に座っていた。二人の前には、燃え上がるゴルトウェーブ邸が見える。騎士団と衛兵達が必死に水をかけているが、火の勢いは強く、消し止めるのは難しそうだ。
「キャスリーン様がまさかこちらに来ているとは知りませんでしたよ」
「ええ、言ってませんでしたから」
キャスリーンは平然と微笑む。彼女の格好は騎士団と同じだった。革のベストに膝丈まである上着を羽織り、ズボンと頑丈なブーツ。髪は後ろで編み込み、一つにまとめている。
「しかもクロスボウまで持ち込んで……そのクロスボウ、どうしたんです?」
「武器庫から持ってきました。アリスター指揮官の許可は得ています」
「そういうことではなくて……あなたが武器を持ってここに来るということがどういうことか、分かってるんですか?」
「練習はしています」
すました顔でキャスリーンは答える。
「あなたのしたことは、とても危険なことです! クラウスとキャスリーン様が直接会うことになるんですよ!? あの男が何をするのか予想できないんだ。もしもあなたに何かあったら……」
ルディガーは無鉄砲な王女に本気で怒っていた。
「これは、私の戦いでした。たとえあの男と刺し違えてでも、私はあの男と決着をつけるつもりだったのです」
キャスリーンはじっと屋敷を睨んでいた。ルディガーはそんなキャスリーンの横顔を見て、諦めたようにため息をついた。
「あの時、確かに俺はクラウスに致命傷を与えたんです。なのにあの力……クラウスの執念深さには驚きましたよ」
「あなたを助けられて、良かった」
キャスリーンはルディガーに微笑んだ。ルディガーはキャスリーンに向き直ると、おもむろに彼女を抱き寄せる。
「ちょっと……! みんなが見るわ」
焦るように言うキャスリーンだったが、ルディガーは彼女の身体を離さなかった。
「すみません、キャスリーン様。俺は今、ちょっとおかしいんです」
「……ほんとね」
キャスリーンは諦めたように微笑み、ルディガーの身体に手を回した。
残り二話です。




