失踪
キャスリーンを見送る時、少し様子がおかしかったルディガーだったが、翌日にはもう元の彼にすっかり戻っていた。
早朝、騎士団の館で弓の訓練をしていたキャスリーンは、同じく剣の訓練をしていたルディガーに出会った。
「おはようございます、キャスリーン様。今日も弓の訓練ですか?」
ルディガーは何事もなかったように、笑顔で話しかけてきた。
(昨日のあれは、やっぱり私の勘違いだったの?)
キャスリーンは内心ムッとしながらも、こちらの動揺を悟られないよう努めて冷静に「おはよう、ルディガー」と返した。
(私だけが、一晩中やきもきしていたんだわ!)
もやもやした気持ちを抱えたまま、キャスリーンは弓を引き絞った。勢いよく放たれた矢は、的から大きく外れた。
「珍しいですね、キャスリーン様がそんなに大きく的を外すなんて」
笑いながら冷やかしてくるルディガーを、キャスリーンはじろりと睨んだ。
それから数日経ったある日のこと。
朝、着替えをしていたキャスリーンは、侍女マージェリーから聞いた話に耳を疑った。
「何ですって? バルタが行方不明?」
「ええ。今朝急に姿を消したそうですよ。部屋はもぬけの殻で、夜のうちに荷物をまとめたようです」
忙しそうにキャスリーンに服を着せながら、マージェリーは話した。
(ルディガーからは何も報告を受けていない)
疑り深いバルタを呼び出すのは大変なので、バルタがよく顔を出す城下町の娼館で待ち伏せる計画だとルディガーから聞かされていた。グレンも協力し、自白剤まで用意していたのだ。
(ルディガーが計画を変更した? いや、何だか胸騒ぎがする)
いつものシンプルなドレスを身に着けたキャスリーンは「騎士団の館へ行ってきます」と告げ、侍女の返事を待たずに部屋を出た。
騎士団の館にはルディガーはいなかった。ユーリアールから「隊長は北の塔に行っているはずですよ」と聞き、キャスリーンは魔法使い達が暮らす北の塔へと急ぐ。
塔の中に入り、グレンの部屋を訪ねるとそこにはやはりルディガーが来ていた。
「キャスリーン様! ちょうど今、バルタの話をしていた所ですよ」
ルディガーは慌てて椅子から立ち上がった。キャスリーンがここを訪ねた理由を、彼は既にお見通しだった。グレンは「こちらにどうぞ」とキャスリーンに椅子を差し出す。
「ありがとう、グレン。それで……やはり、バルタの失踪にあなた達は関わっていないのですね?」
「そうです。申し訳ありません……先手を打たれて、逃げられました。きっとブルーゲートで俺が聞き込みをしていたのを知られたんでしょう」
ルディガーは立ったまま、頭を下げた。
「謝る必要はありません。バルタは今朝、逃げたということですね?」
「はい。見張りの騎士に金を掴ませていました。夜明け前にここを出たようです」
「キャスリーン様。あの男は王宮の物もいくつか盗んでいったようですよ。銀食器や燭台や……とんでもない男だ」
グレンは苦々しい顔をしていた。
「ルディガー、頭を上げなさい」
ずっと頭を下げたままのルディガーに、キャスリーンが言うとルディガーは渋々頭を上げた。
「俺のせいです。ブルーゲートで派手に動きすぎました」
「あなたが責任を感じることはありません。バルタには遅かれ早かれ知られていたでしょう。それよりも今は、あの男を早く探さなければ」
「そのことですが、俺はブルーゲートに向かってみようと思います」
「ルディガー、バルタの行き先に心当たりがあるのですか?」
「今回のことは、バルタにとっても予想外なはず。クラウスからはまだ報酬を受け取っていないと見ています。バルタはあまり金がない。食器やなんかを盗んでるということは、逃走資金が欲しいのでしょう。そして、ブルーゲートからは船が出ています」
「バルタは資金を調達し、船で外国に逃げるつもりだと?」
ルディガーはその通りです、と頷いた。
「分かりました。すぐにブルーゲートに向かってください。バルタを連れ帰るのが一番ですが、生死はこの際問いません」
「承知しました。ユーリアールを連れて行きます」
ルディガーはキャスリーンに敬礼した。
「キャスリーン様。もう一つ報告がございます」
グレンが次に口を開いた。
「何でしょう?」
「バルタのことを、昔の知り合いに尋ねてみました。はっきりとしたことは言えませんが、知り合いの村で、五十年ほど前に村から追放された魔法使いがいたそうです。その男は老いた魔法使いで、魔力が乏しいにも関わらず、自分を強大な魔法使いであるかのように偽る奴だったそうです。そいつは村で問題を起こして追放され、その後の男の情報は分からないとのことですが、男の特徴が一致しています」
グレンの報告を聞いたキャスリーンは眉をひそめた。
「似ていると言っても、五十年前に老人だった男と、バルタが同一人物とは思えませんが」
「老いを止める薬は、あります。ある魔法使いしか作れないもので、非常に高額です。金を稼がないと薬は買えません」
「それが、バルタが詐欺をしてでも金を稼ぐ目的だということですよ」
ルディガーは腕組みしながらポツリと言った。
占い師バルタの失踪は、すぐにデクスター王にも知らされた。デクスターは大きなショックを受けている。
「私の道標が……私は、これからどうすればいいのだ……」
デクスターは自室に籠り、その日は外に出てこなかった。




