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マジックアワー

キュン回です(作者なりの)

 別荘から王宮に帰っていたキャスリーンの元に、ルディガーが王宮に戻ったと知らせが入った。


 日も落ちかけた頃、キャスリーンは騎士団の館を訪ねた。ルディガーは外で剣の手入れをしていて、キャスリーンを見ると困ったように笑う。


「夜に男を訪ねるものじゃありませんよ、キャスリーン様」

「まだ夜ではありません。それに、客人の応対でこちらへ来るのが遅くなってしまったのです」

「そうですか。俺の部屋ってわけにもいかないですから、あそこに行きますか」

 ルディガーが指さしたのは見張り塔である。最上階には見張りの騎士がいるが、少しの時間ルディガーと交代してもらうよう、先にルディガーは上に向かった。




「寒くありませんか?」

 見張り塔の最上階に着いたキャスリーンに、ルディガーは気遣った。

「平気です」

「ここは風が強いですから、どうぞ」

 ルディガーは膝掛けを広げてキャスリーンの肩に掛けた。

「ありがとう」

「あんまり綺麗なやつじゃなくてすみません。一応、埃は払っておきましたけど」

「構いませんよ」


 平気だと言ったが、外の風はやはり冷たい。ルディガーの気遣いに感謝しつつ、キャスリーンは本題に入る。


「クラウスとの婚約が決まりそうです。マシュー卿が航海から戻るのは来月。それまでは契約を交わせませんから、とりあえず来月までは猶予がありますが」

「来月か……それまでに、なんとか婚約を回避させないといけないですね……こちらからも報告を。キャスリーン様、ブルーゲートで占い師バルタの情報を掴みましたよ」


「本当ですか!?」

「クラウスが隠れ家として使う酒場を見つけました。奴はそこでバルタと会っていたようです」

「……よく突き止めてくれましたね、ルディガー。クラウスとバルタはどんな話を?」

「話の内容までは分かりません。酒場の主人は口が堅く、近所の男や町の人に話を聞きました。バルタはブルーゲートで占いをして暮らしていたようですね。生まれは別の場所で、各地を放浪していたとか……」


「……バルタとクラウス。やはり繋がっていたわ! クラウスはバルタに、お父様に近づくように依頼したのでしょう。恐らく金を渡して……」

 キャスリーンの全身の血がぶわっと沸き立った。二人が結託していたことを明らかにすれば、デクスターも正気に戻るはずだ。


「バルタのことはお任せください。キャスリーン様」

「頼みます、ルディガー」

 ルディガーは胸に手を当て、頷いた。




 話しているうちに太陽が沈みかけ、夜がいよいよ近づいてきた。地平線が赤く染まる空と、頭上の濃い青と紫が混じったような夜空がグラデーションのように広がっていて、とても美しい光景だ。


「綺麗ね……」

 思わずキャスリーンは呟く。ふと視線を感じて横を見ると、透き通るような瞳でこちらを見つめるルディガーの顔があった。彼の表情は感情が読みにくい。だが穏やかな視線と口元に浮かべた笑みを見ていると、急にキャスリーンは心が落ち着かなくなった。


「綺麗ですね。俺はこの空の色が一番好きなんです。一瞬で消えてしまいますけど」

 ルディガーの言う通り、赤い空の部分が少しずつ消えていく。もうじき完全な夜になるだろう。


(彼は私を見て、心を乱されることはあるのかしら)


 キャスリーンは空を眺めるルディガーの横顔を見ながら、ふとそんなことを思った。


「小さい頃、よくこの時間に屋根の上にいたんです。その時に見た空によく似てます」

 空を見つめながら、珍しくルディガーは自分の話をした。彼の過去の話は殆ど聞いたことがない。キャスリーンは「何故屋根の上にいたの?」と尋ねた。

「俺は継母と仲が悪くて、家族と一緒に食事を取りたくなかったんですよ」

「そうだったの。初めて聞いたわ」

「ええ、初めて言いました」

 ルディガーはおどけたような言い方をして笑った。


「……だから、家を出たの?」

 キャスリーンは思い切ってルディガーに聞いてみた。彼は昔の話をあまりしたがらない。王領の外れの町で、豪農の息子として育ったとは聞いている。

「まあ、そんなところです。俺は継母にとっては邪魔者でしたから。俺の顔は、死んだ俺の母親にそっくりで、それが継母には気に入らなかったんでしょうね。もう二度と帰らないと決めて、王都に出て騎士団に入りました。ここに来て良かったですよ。キャスリーン様にも会えましたし」

 微笑みながら、ルディガーは過去のことを明るく話した。


「過去のことはもういいんですよ。俺の人生は、キャスリーン様と出会ったあの日に始まったんですから」

 そう微笑むルディガーの顔は、十年前に初めて出会った頃の顔に戻っているように見えた。




 とうとう日は落ち、空の色は淡い青から濃い青へ。周囲はすっかり暗くなり、二人の顔を照らすのは、壁に掛けられた松明の灯りだけだ。


 いつもなら、話が終わったキャスリーンはすぐに帰る。だが今日はそのままそこに残っていた。何故かそこから離れたくなかったのだ。ルディガーも「戻りましょうか」とは言わない。二人とも、無言で見張り塔からの夜空を見つめていた。


「別荘では、クラウスに何か嫌なことはされませんでしたか?」

 沈黙をごまかすように、ルディガーが口を開いた。

「大丈夫よ。でもあなたのことを聞かれたわ」

「俺のこと?」

 ルディガーは首を傾げる。


「……あなたの女性の噂についてね」

「そんなこと言ったんですか、あいつ。何て言ってました?」

「大したことは言ってないわ。王宮の使用人の若い女と、殆ど関係を持っているとだけ」

「大したことじゃないですか! まさか、それを信じたわけじゃないですよね? キャスリーン様」

 ルディガーは呆れたような顔で言った。

「勿論、クラウスは大げさに言ってるんだろうと思ったわ。でも……あの」

 そこでキャスリーンは言い淀む。

「何ですか?」

「前に、髪飾りを見たから」


 ルディガーは目を丸くした後、ため息をついた。

「あれは本当に誤解なんですよ。彼女は調理場で働いてるベサニーという女です。以前から俺に何かと話しかけてきたり、差し入れを持ってきたり……あの夜、雨が降っていて彼女はびしょ濡れだったんで、部屋に入れてタオルを貸しました。そして彼女が持ってきた酒を少し飲んで、話をしてそのまま帰しました。髪飾りは後で返そうと思ってそのまま忘れてて……信じてください、キャスリーン様」


 ルディガーは必死にキャスリーンに訴えた。いつも飄々としていて、何を噂されても知らん顔、の彼がこれだけ焦るのは珍しい。


「あの時、もっとはっきりと誤解を解くべきでした。でも彼女を部屋に入れたのは事実なんで……俺は迂闊でしたよ」

 キャスリーンは、ルディガーの必死な顔がなんだかおかしく、思わず笑ってしまう。

「笑わないでくださいよ。俺はショックを受けているんです。使用人の若い女に片っ端から手を出してるなんて、いくら噂でも酷すぎますよ。これじゃまるで俺が見境のない獣みたいじゃないですか。俺にだって好みはあるんですから」

「分かった、分かったから落ち着きなさい。私はあなたを信じてますから」


 キャスリーンの笑顔に、ルディガーはようやく落ち着きを取り戻した。

「俺を信じてくれるんですか?」

「当たり前でしょう。何年あなたと付き合ってると思ってるの?」

 本当は少しだけ疑ってしまったのだが、キャスリーンはそのことは黙っておいた。


「良かった……本当に良かった。キャスリーン様に軽蔑されたら、俺はもう生きていけませんよ」

「そういう言い回しが、女性に誤解されるんじゃないかしら?」

「え? どこがですか?」

 わざとらしくルディガーは目を丸くした。


「それは……もういいわ。何でもありません」

 ぷいとキャスリーンは顔をそむける。ルディガーはいたずらっぽい目でキャスリーンの顔を覗き込んだ。


 ちらりとキャスリーンは隣のルディガーを見る。ルディガーはじっとキャスリーンを見つめたままだ。

 キャスリーンはルディガーから目を逸らせなかった。身体が硬直したかのように、彼から目を離せない。


 再び、二人に沈黙が訪れた。今日のルディガーはどうも「らしく」ない。ルディガーに見つめられ、キャスリーンの心がざわめきだした。


 ルディガーは少し距離を詰めてきた。キャスリーンの肩に掛けられた膝掛けを、そっと持ち上げて肩にかけ直す。

「あ……ありがとう」

「身体を冷やしてはいけませんから」

 甘く低い声で囁き、ルディガーはキャスリーンの顔を見つめる。キャスリーンはルディガーの顔を見上げ、二人は至近距離で見つめ合う形になった。


 この男は何を考えているのだろう、とキャスリーンは思った。他の女にうつつを抜かしているようで、決まった恋人を持たない。いつも余裕ぶって微笑んでいるのに、目の前に立つ彼からは笑みが消え、今にも顔を近づけてきそうだ。


 心臓の音を聞かれそうなほど、ルディガーの顔が近い。ルディガーは無言でキャスリーンの顔を見つめた後、ふっと我に返ったような顔をした。


「……寒いですね。下に戻りましょうか」

「……ええ」


 ルディガーは松明を手に取り、キャスリーンの先を歩いて見張り塔の下まで降りた。いつも軽口を叩きながら歩くルディガーは、この時ずっと無言だった。キャスリーンもルディガーに話しかけにくくて、黙ったまま彼の後に続いた。


 見張り塔を出て、騎士団の館の前に着くと、ルディガーの部下ユーリアールが他の騎士と何やら世間話で盛り上がっていた。


「ユーリアール、キャスリーン様を王宮まで送ってやってくれ」

「あ、はい! 隊長!」

 慌ててユーリアールが走ってきて「それでは参りましょう、キャスリーン様」とにっこり微笑んだ。


「お気をつけて、キャスリーン様」

 ルディガーは礼儀正しく挨拶をしたが、その間ずっとキャスリーンとは目が合わなかった。




(ルディガーは、私にキスをしようとした?)


 確証はない。だがそうとしか思えなかった。キャスリーンの胸の鼓動はずっと早いままで、それはしばらく収まらなかった。部屋に戻ってからも何もする気が起きなかった。ずうっとぼんやりとして、ただ窓の外を見つめていた。


 今夜は眠れそうにない。グレンに「眠り薬」を持ってきてもらおうかとも思ったが、このまま眠りにつきたくなかった。ずっと今夜の出来事を、キャスリーンは何度も何度も思い返していた。

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