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狩猟

 キャスリーンの今日の服装は、いつもと違っている。

 長い金色の髪は一つにまとめられ、すっきりとしている。真っ白なブラウスに黒のベスト、同じ色のパンツに膝まであるブーツを身に着けている。


 今日は父の誘いで王宮から離れ、森で狩猟を行う。弓の名手である父デクスターは、たまにこうして狩りに出かける。キャスリーンも弓は得意なので、時々父のお供をするのだ。


 だが今日の狩りはいつもと違う。今日はクラウスも狩りに同行するとのことなのだ。父とクラウスは狩りの趣味が同じということもあり、二人はとても気が合っているようだった。


 半年ほど前、外国の賓客を招いた晩餐会で一度キャスリーンはクラウスと会っている。航海が長引き晩餐会に間に合わない父と兄の名代で、晩餐会に初めて出席したと聞いていた。その時は挨拶だけで、言葉の違う賓客の通訳をしていたキャスリーンは、その後クラウスと接触することはなかった。


 その後クラウスがキャスリーンを妻にしたいと言っているという噂を聞いたデクスターは、クラウスが結婚相手の候補に上ることすらないときっぱり言っていた。我が娘にクラウスは相応しくないと、鼻で笑ってさえいたのである。


 それが今や、二人はまるで長い付き合いの友人のように仲がいい。クラウスが王都に滞在している間、二人は毎日のように会っているようだ。


 今日は狩りの後、近くの別荘に泊まる予定だ。侍女達は朝から荷造りで大騒ぎである。


(ルディガーがいない時に、あまり遠出はしたくないのだけど)


 キャスリーンは窓の外を見つめながらため息をついた。



♢♢♢



「陛下! お見事です!」

 デクスターは上機嫌だ。見事野鳥をしとめたデクスターの腕を、側近達が一斉に称賛している。


 ここは王都から北にある森林。近くにはデクスター王の別荘があり、王族が狩りを楽しむ場所となっている。


「お父様、今日は調子がいいですね」

「今日も、だろう? キャスリーンはさっぱりだな! このままだと今日は小さな肉一切れしか食べられんぞ! しっかりせんか」


 実際、キャスリーンは調子が悪かった。弓で狙いを定める度に、クラウスがじっとりと嫌な視線をキャスリーンに送ってくる。その度にキャスリーンは嫌な気持ちになるのだ。


「疲れているのかもしれません。私はちょっと休憩してきます」

 キャスリーンは抱えている弓を下げ、弓矢を弓筒に戻した。

「待て、休憩すると言うのなら、クラウスと散歩でもしてきたらどうだ? 近くの湖でも見てくるといい。綺麗な風景を見れば疲れも取れるだろう」

 思わず顔を歪めそうになるのを必死で抑えつつ「いえ、散歩は結構です。休みたいので」と告げて歩き出そうとするキャスリーンの前に、クラウスがにやけた顔で立ちはだかった。


「よろしかったら、私と一緒に歩きませんか?」

 キャスリーンの顔を無遠慮に覗き込むクラウス。

「キャスリーン、行ってきなさい。クラウスが誘っているのだぞ」

「お父様!」

 怒りの表情をデクスターに向けるが、デクスターは笑いながらも目は真剣だ。仕方ない、とため息をつき、キャスリーンはクラウスと散歩に出かけることになった。




 森の中にある小さな湖は、静かでとても美しい。まるで絵画のような風景でとてもロマンチックな場所だが、彼女の隣に立っているのは、あのクラウスである。


「いやあ、驚きました。まさかこんな素晴らしい場所があったなんて!」

 まるで子供のように目を輝かせているクラウスを、キャスリーンは意外な気持ちで見ていた。


(この人にもこういう一面があるんだわ)


「湖に木々が映りこんでいるのが美しい! 私は海しか知らないものですから、こんな鏡のような静かな湖があるなんて知りませんでしたよ!」

 クラウスは湖に手を入れて広がる波紋を楽しんでいた。その姿は幼い少年のようで、女性に暴力を振るう恐ろしい男の噂とは正反対である。


「私は海というものが恐ろしく感じます。昔、海には恐ろしい人魚がいると聞いたことがあります……足を引っ張って海に引きずり込むとか……」

 キャスリーンは幼い頃、乳母に聞いたおとぎ話を口にした。するとクラウスは大声で笑う。

「それはただの伝説ですよ! 海は素晴らしいですよ。私は幼い頃から海を怖がらなかったそうです。そうだ、キャスリーン様。今度港町ブルーゲートに遊びに来ませんか? 町を案内しますし、あなたに美しい海を見せたいんだ」

 濡れた手をハンカチで拭いながら、クラウスはキャスリーンに近寄る。

「……ええ、いずれ是非」


 社交辞令で答えながら、ちらりとキャスリーンは後ろに目をやる。少し離れた場所に侍女のマージェリーと護衛の上級騎士が立っているから、とりあえず二人きりの状況は避けれらている。だがクラウスが必要以上に近づいてくるので、キャスリーンの不安な気持ちは消えなかった。


「そう言えば、今日はあの騎士は来ていないのですね?」

「あの騎士、とは?」

 クラウスは意味ありげに微笑み、更にキャスリーンに近づいてきた。思わずキャスリーンは一歩後ろに下がる。

「先日夜会にいたでしょう。あなたのそばに立っていましたね。女性達の視線を集めていて、目立っていたあの彼ですよ」


「……ああ、彼は私の護衛ではありませんので、王宮にいるはずです」

 キャスリーンは咄嗟に嘘をつく。ルディガーの動きを探られたくないと思ったのだ。

「そうですか。てっきりあなたの護衛だと思っていましたよ。夜会で見たあの制服は下級騎士のもの。不思議ですね、あなたのような方が下級騎士などをそばに置くとは」


「彼は確かに下級騎士ですが、立派に任務を果たす騎士です。階級は関係ありません」

 少しむっとして、キャスリーンは言い返した。

「素晴らしい! どんな立場の人間にも等しく接する……それでこそ王家の姫君。さすが、私が恋した女性です」

 クラウスはやけに大げさにキャスリーンを褒めたたえた。その言い方が嫌味に感じたキャスリーンは眉をひそめる。


「ですが……あのような者をそばに置くのは、心配ではありませんか? キャスリーン様にいつか迷惑をかけるかもしれませんよ」

「どういう意味でしょう? 彼は真面目な男です。ご心配なく」

「真面目な男ですか!」

 突然クラウスは吹き出した。キャスリーンはその態度に首を傾げる。


「実は、彼のことを少し調べさせました。とても魅力のある男のようですねえ……女性との噂は絶えないようで」

「私の騎士を勝手に調べたのですか?」

 キャスリーンの表情が厳しくなった。

「どんな男か気になったのですよ。未来の妻の横に、得体のしれない男がウロウロしているんですから、そりゃ気になるでしょう」

 クラウスはククッと喉を鳴らした。


「聞けば王宮の使用人の若い女とは殆ど関係を持っているとか。いやあ、もてる男は羨ましいですね」

「その噂はどこから聞いたんです?」

「アハハ! 怖い顔をしないでくださいよ、キャスリーン様。みんな彼の噂してます」


 キャスリーンの脳裏に、ルディガーの部屋にあった地味な髪飾りが浮かんだ。そして調理場にいた地味な顔立ちの女のことも。


「彼の任務以外でのことは、私は関知しません」

 動揺を悟られないよう、キャスリーンは両手を身体の前で組んだ。

「しかし、女にだらしのない男は、いつか問題を起こしますよ? 私は彼を、あなたから遠ざけるべきだと思いますけどね」


 これを言う為に、この男は私を散歩に誘ったのだとキャスリーンは思った。組んだ両手に力が入る。


「彼の主人は私です。彼をどうするか、決めるのは私です。ご忠告には感謝します」


 目を逸らさずにきっぱりと言い切るキャスリーンの姿に、クラウスはますます目を細め、にいっと口を大きく横に開いた。

「あなたは本当に素晴らしい方だ、あなたのことをもっと知りたくなりましたよ」

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