占い師バルタ
占い師バルタはデクスター王専属の占い師として王宮に部屋までもらい、優雅に暮らしていた。
頑固者で占いなど信じないと思われていたデクスター王だったが、バルタが見せたほんの小さな予言の効果は絶大だった。
デクスター王が観覧していた剣技大会で、見事勝者を言い当てたバルタは王宮に招かれ、すぐに何度も王宮に出入りするようになり、やがて彼専用の部屋を与えられるまでになった。
今では何を相談するにもまずデクスターはバルタを呼ぶ。それまで相談役として常に王のそばにいた執事フェルクスは、そんなバルタを当然快く思ってはいない。
今日こそバルタに釘を刺そうと、フェルクスがバルタの部屋を訪ねると、バルタは椅子に深く腰掛けながら上等なワインを飲んでいた。彼の隣には若いメイドがぴったりと寄り添い、バルタのカップに酒を注いでいる。バルタは王宮に来た頃よりも更に元気に若々しくなり、その様子はまるで娼婦と客のようだ。フェルクスの表情が更に厳しくなった。
「バルタ。部屋の外にまで酒の臭いがするぞ。明るいうちは少し酒を控えたらどうかね」
フェルクスは眉をしかめながらバルタを睨んだ。
「おや、誰かと思えば執事殿ではないか。これは申し訳ない、私に何か御用かな?」
赤らんだ顔でバルタはフェルクスを見つめた。
「ゴルトウェーブ家の息子クラウスを、キャスリーン様の夫にと進言したそうだな? あんな暴れ者、キャスリーン様の夫には相応しくないと思わんかね?」
フェルクスはバルタを睨みながら言った。
「それをお決めになるのは、国王陛下御自身だ。私はあくまで占いの結果を伝えるのみ。私の占いではクラウスは王女様の夫として相応しいと出たのだから、それを陛下にお伝えしただけだ」
バルタはニヤニヤと薄気味悪い笑みを浮かべながら、再びワインの入ったカップを手に取る。
「だが陛下は今までクラウスのことなど鼻にもかけなかったのだぞ。陛下はお前と出会ってからすっかり変わってしまわれた」
「私が気に入らないのだろう? フェルクス殿。それならば今すぐに私を追い出してはどうかね? 陛下から私を遠ざけるにはそうするしかないだろう?」
バルタは挑戦的な目でフェルクスを見つめた。王のお気に入りの占い師を勝手に追い出したらどうなるか、それを分かっていて、この老いた占い師はフェルクスを挑発しているのである。
「そんなことはしない。だがお前がここにいられるのもあと僅かだ。いずれ陛下の目が覚め、お前はここから追い出される。生きてこの王宮から出られることを願うよ」
フェルクスはフンと鼻で笑うと、荒々しく扉を閉めて出て行った。
「何とでも言うがいい。あの王の心は私のものだ」
バルタはニヤリと笑い、気の弱そうなメイドの体を無理矢理引っ張って撫でまわした。
王の執事フェルクスは、これまでデクスター王の右腕として力を尽くしてきた。
少々癇癪を起こしやすい所はあっても、デクスター王は常に自分に自信を持ち、自らの考えに従って決断をする男だった。
フェルクスはそんな王の姿に惹かれ、これまで彼に従ってきたのである。
フェルクスは思い切って王の部屋を訪ね、王に話を切り出してみることにした。
「陛下、キャスリーン様とクラウス様との会食は上手くいったようで何よりです」
「何だ今更。あれだけクラウスを招くことを反対していたではないか」
デクスターは食事会の後からずっと上機嫌のままだった。今もワインを飲みながら、侍従相手にボードゲームを楽しんでいる。
「それは……陛下もご存知でしょう。あの男は油断ならないのです。大事なご息女であるキャスリーン様の夫に本当に相応しい人物なのか、もう一度よくご検討されては」
フェルクスは上機嫌のデクスター王を見て、今が好機とばかりに一気に畳みかけるように話した。
「もう一度、よくご検討を、だと?」
デクスターの顔がみるみる険しくなる。フェルクスはしまったという顔をしたが、もう遅かった。
「この私が考え、決めたことにお前は異議を唱えるというのか? いつからお前はそんなに偉くなったのだ?」
「も……申し訳ありません」
フェルクスは不機嫌な顔のデクスターに必死に頭を下げた。
「私だってよく考えて、その上で決断したことだ。クラウスは我がアズールマーレの希望となる男だぞ。おまけにゴルトウェーブ家の財力と戦力は王国でも屈指のもの。お前は一体何が不満だと言うのだ?」
「とんでもございません。ですが陛下。聞けばその決断、占い師バルタの助言に基づくものだとか。陛下の前に突然現れた素性の知れない男です。あの男をどこまで信用していいものか……」
デクスターの顔は今度は真っ赤になり、激しい音を立てて椅子から立ち上がった。その拍子にゲームの駒がバラバラと床に落ちる。ゲーム相手の侍従はすっかり青ざめていた。
「お前は私が占い師に惑わされていると言いたいのか!? この私を侮辱したな、フェルクス! お前には失望したぞ」
「陛下、私は決してそんなつもりでは」
フェルクスは必死にデクスターに食い下がった。
「もういい、お前と話していると苛々するわ! お前は私の邪魔ばかりする! 早くこの部屋から出て行け!」
フェルクスの表情には悲しみと衝撃が浮かんでいた。
「……かしこまりました」
フェルクスは静かに王の部屋を後にする。扉を静かに閉め、廊下に一人立つフェルクスは、しばらくその場にじっと立ち尽くしていた。




