相性の良い結婚相手をAIが決める世界。なお三回チェンジすると怖いお兄さんがやってきます。
俺の住む世界では、18歳の成人を迎えた日にある決断をしなければいけない。
働くか勉強するか結婚するか、だ。
少子化対策として世界が打ち出した大政策。
男女が結婚して同室してれば子どもも出来るでしょう、だ。
世界1位のAIとやらが相性の良い相手を選んでくれるので、離婚率は5%未満。自由意志による結婚よりもはるかに離婚率が低く満足度も高い。なので反対派はごく一部に留まっているらしい。
──しかし。しかし、だ。
「君、来週から来なくて良いよ。人事部からは辞令交付済だから、その点は安心して?」
「ぇ……?」
働きたくても働けない人達は、結婚という名の檻に閉じ込められ、家事育児の日々。
【婚約相手決定のお報せ】
─八月末日を持ちまして、細馬司様の就労待機期間が終了となります。下記期日までに市役所または行政センターへこの通知をお持ちの上、婚約面談の相談を行って下さい。
なお、この通知は自動で郵送されますので、行き違いになってしまった場合は御了承下さいませ─
最後のバイトの面接に落ちたとき、俺の中で何かが壊れたような気がした。
働きたい。けど働けない。働けば働くほど周囲の迷惑になる。自分の存在価値なんかありゃしない。苦痛だ。この上ない苦痛がやってくる。
「こちらがAIが選んだ方です。面談の日取りですが……この日はどうでしょうか?」
「……ええ」
「時間は午前十時で大丈夫ですか?」
「……ええ」
「それでは当日、細馬様の御自宅の方で」
「…………ええ」
終始、壁掛け時計ばかり見ていた俺。担当してくれた役所の人間の顔すら思い出せない。
嫌な現実がやって来る。酷く虚ろで、甘美な衣を纏った薬にすらならない図鑑で見た苦虫が、ずっとそこに有り続けるんだ。
部屋に戻った俺は、まずゴミ箱を引っくり返してやった。これでもかと黒い清涼飲料水をベッドにぶちまけてた。そして気が付いた。それをやるのは当日の朝で良いことに。
寝れなくなった部屋。テレビをどかして裏にクッションを置いた。寝転んでみたが悪くない。溜まった埃を愛おしく思う時間がいつか出来ればいいなと目を閉じた。
──当日の朝。
俺は公園の砂場で全身を砂だらけにしてやった。
十時ピッタリに二人組がやって来た。役所の人間と、AIで選ばれた婚約相手だ。俺を見るなり二人が驚いたが、とりあえずと上がることになった。
五つ離れた年上に何を話せば良いか、そんなことも気に留めず、俺は無言を貫く。ただ黙って首を横に振り続けた。時折頭から砂が落ち、相手が咳をする。それの繰り返しだった。
「婚約の意思はおありですか?」
相手が最後にと、言葉を選んだ。
俺は黙って首を振った。
テーブルに散らばった砂粒の一つが光って見えた。
数日後、別な相手が来ることになったと報せが来たのは、夕方前の事だった。
あからさまに婚約の意思が無い事を、自分から態度で示したのはマズかっただろうか?
帰り際の相手の苦笑いが今でも時折思い出される。
洗濯して寝れるようになったベッド。しかし放置しすぎたのかスプリングが錆びてしまい、ギシギシと音が鳴るようになってしまった。
──二人目。
相手は二周りも歳上だった。
勢い良く扉を閉め、チェーンロックもかけ、ベッドに潜り込んだ。
夕方前の電話も無視した。全てがどうでも良くなった。
──三人目。
通常なればこれで打ち止め。ここから先は闇サイトで検索したら【三人目は断れない。怖いお兄さんがやって来る】と、様々な体験談が赤裸々に載っていた。
三人目で成功した人、地獄を見た人、その反応は様々だ。
朝の十時。インターフォンが鳴ると、チェーン越しに顔を見せた。役所の人間が決まりの挨拶をし、相手についてのプロフィールと相性診断結果が書かれた紙を差し出してきた。
相性37%……なんだこれはと紙を丸めて投げ返した。
ジャズが好きだ。そーですか。
休日はサックスを吹く。勝手にどうぞ。
特技はオセロ。だからなんだ。
最近紅茶にハマってる。知らねーよクソが。
上場一部の会社員年収850万。これじゃまるで俺がお荷物みたいじゃねぇかよ!!
「帰れ!!!!」
チェーンロックを外し、玄関に飾っていた紙粘土細工を投げ付けてやった。慌てて退散する二人を見て、幾分かは気が晴れたが、扉を閉めた途端にその場にへたり込んで動けなくなってしまった。
なんとか手を伸ばしロックをした。
午前十一時。インターフォンが鳴った。
三人目を断ったから、黒服のお兄さんがやって来たに違いない。
「細馬さーん。お届け物でーす」
「あ」
そう言えば通販を一つ頼んでいたな……と、迂闊に開けたのが失敗だった。扉の先に居たのは、サングラスに黒いスーツを着た、若い男だった。
「三人目をお断りしたそうですね……近くで見てたので気になって来てしまいました」
あくまで政府とは関係ない。そう言いたいのだろう。
「帰って下さい」
扉を閉めようとするが、足をドアに挟み込まれ閉めることが出来ない。
「こんな物まで投げて……良い迷惑じゃないですかねぇ?」
「余計なお世話です。警察を呼びますよ?」
それが無意味であることは承知だ。
お兄さんは笑いながら紙粘土細工をしげしげと眺め、そしてサングラスを外した。
「──栞?」
「え?」
紙粘土細工の裏に書かれた『さいば しおり』の文字を見て、お兄さんの態度が急変した。それまでの刺々しさが無くなり、どこか親しげのある言葉遣いへ。
「オレ、宗形誠也だよ!」
「……せいや? えっ! うそっ! 中学の時の!?」
なんと、黒服のお兄さんは中学のクラスメイトだった。すっかり当時の雰囲気を思い出し、和気あいあいとなった。
誠也は素でぶつかり合えた数少ない知り合いで、最後の理解人だった。あの頃が懐かしい。
「まぁまぁ上がれよ。サングラスに黒服だから俺、ちっとも気が付かなかったよ」
「ハハッ、未だに俺なんだな」
「なんだよ悪いかよ……」
むすっと膨れてやった。
「わるかねぇよ。昔のまんまだ。ちっとも変わってねぇ」
「そっちは変わりすぎだよ」
「んなことねぇよ。未だにお前のこと好きだからな」
「はぁっ!?」
開いた口が塞がらず、誠也ははにかみながら俺の隣にずいずいっと座り込んできた。
「どうだ?」
俺の手が誠也の胸の上に置かれた。やけに早くバクバクと動いていた。
「正気じゃねぇな」
「ああ。さっきから興奮しっぱなしだ」
「病院に行け」
「付き添ってくれるか?」
「アホ」
「ハハ」
デコを一発叩いてやった。じんわりとした痛みが更に懐かしさを呼び寄せる。
「……十時だ」
「ん?」
「明後日の十時。役所の人間と来い」
「明日じゃダメか?」
「あほ。おしゃれくらいさせろ」
「あ、ああ……!」
「あと、相性診断も持って来いよな。いらねーと思うけど。あ、それと婚約希望申請書も出せよな! あれ出さねぇとAI様に弾かれるからな」
「おう! ……つーか結婚する気あったのかよ」
「あたりめーだよ! 投げたやつ見てみろよな!」
投げた勢いで首は折れてしまったが、その白いウエディングドレスは未だ健在だ。
「イッチャン可愛いの着せてやっかんな! チャック閉まるように頑張れよな!」
誠也は紙粘土細工をテーブルに置き、そっと俺の手を握り締めた。
俺は無言で頷いた。何か言えば泣いてしまいそうだったから……。