さあ、命懸けの試験を合格しよう
監獄ツォルン
ここは監獄と闘技場と兼任している特別な場所だとベエーフェさんは語った。
「通行料、たしかに受けとりました。
それにしても珍しいですね。ベフェール様以外の、それも人間に対してバペル殿がお金を支払うなんて」
「これも全てベフェール様の指示だ。でなければ建て代わりなんぞしないさ」
「それもそうですね。
それでは」
入り口の関所を突破するとそこはさらに下に向けて螺旋状に続いている地面と馬鹿でかい空洞、そして壁に作られた大量の鉄格子だった。
鉄格子からは無数の手が伸びており、中から、「ここから出してくれ」だの、「出してくれたら、願いを叶えてやる」だのととにかく救いの声が聞こえてきた。
「驚きましたか? ここは罪人や奴隷などを捕らえ、この国の贄に」
「どうでもいいから。さっさと行こうぜ」
「……本当に人間らしくないな」
牢屋の中にいる奴が死のうが死ぬまいが知ったことか。
ーーどうせみんな死ぬのは変わらないんだーー
〜〜〜〜〜〜
そしてようやく最下層へやってきた。
最下層は意外なことに武舞台と、ベエーフェさんよりも一回りも二回りもでかい扉があるだけだった。
そんな目の前の大きな扉をノックして、重々しくとびらをひら
ーーダァァァアンッ!!!
「………どうした?」
「………………」
俺は自分が認識するよりも早く、全力後ろに飛んで数十メートルも離れていた武舞台の壁に背中を貼り付けながら扉を大きな目を開けて見つめた。
(な、なんだ、今の殺気は……)
目が発動したわけじゃないのに、扉がほんのちょっとだけ開いただけで頭の中に首が跳ね飛ばされたイメージが浮かび上がった。
「……もしかして、この先にいるのは……」
「ああ。俺達魔族の中でも、最強を欲しいままにした最恐最悪の悪魔、サタウスがいる部屋だ」
「……やっば」
俺どころかあいつにも一太刀浴びせられる方じゃないですかヤダ〜……。
〜〜〜〜〜〜
「よく来たな、我らが同胞よ」
「は。お久しゅうございます。我らが王、サタウス様」
「………」
俺が初対面な上、その姿にビビったのは久しぶりかもしれない。
謁見の間にて、階段を見上げるとそこには、
大きな大剣を地面に突き刺し黒き鎧に身を包み、白骨化した狼の頭に2本の大きな角をはやし、鎧の隙間から覗かせる龍の身体が周囲にある青い炎に照らさらている。
ーーが、それ以上に目の前の存在になにも感じない。
生きているはずなのに。そこにいるはずなのに……。そこにあるはずの命を一切感じない。存在というものを感じない。
だからこそ恐怖する。俺の目が、力が、あれに視線を合わせられない。
「不敬であるぞ」
「!!? す、すみません……」
思わず反射で謝罪する。
視線を逸らし俯くと、肩を使って息をする。
それに対する恐怖で呼吸を忘れていたことに今気が付いた。
(こりゃ……下手すると死ぬかも……)
(こいつですら目の前の死から恐怖には勝てないか)
(気持ちはわかるぞ。私ですら、このお方の前では己が死を理解せざるを得ない)
気持ちを切り替えろ。さっきまで俺の目を自慢していて気持ちが緩んでしまった。
なら、引き締めろ。俺が死ぬのはわかりきっていることだろ。
「ーー申し訳ない。思わずあなたに見入ってしまった」
「偽りをつむぐか」
「あえて怒らせた方が、あなたには好まれると思いましてね」
「笑止。己が遺失物からの逃避は実に面白い」
「………」
あ、俺この人苦手かも。
「……悪かったね〜。家族から逃げている愚かなガキで」
「フフフ。本当に愚かである」
「は?」
なに言ってんだ、この人……。
「して、汝はなにを求める」
「……。力を」
「何故」
「この器の入れ物じゃあもたないんだ」
「ほう。ならば器も必須」
「ヘブンアクアを使う。器の強化にはあれが最短だ」
「故にスフィアを求めるか……」
「いけませんか?」
「……よかろう。自由にするがいい」
「!!? よろしいのですか!?」
目の前にいるサタウスの賛成の言葉に1番反応したのは、ベエーフェさんの側近のバペルさんだった。
「もうせ」
「失礼ながら。この者は人族です。
力を持ち、強者であり、己が欲を示す我が悪魔族のありように反しているかと」
「笑止。欲を示すというのであれば、この愚か者は常に己が欲を示している。
故に入れ物に力を求めている。その力を欲と言わず、なんともうす?」
「……失礼しました」
「だが、其方の言い分も理解できよう。
我らの力を得るというのであれば、強者たれ」
「と、もうしますと?」
「証を示せ」
「……なるほど」
実にわかりやすい選定基準だ。
「ふふ。なるほど」
「……どうした?」
「サタウス様」
「発言を許す」
「では失礼ながら。
ここにある武舞台をお貸しください」
「問おう。何故」
「その場に置いて、戦いを挑む敵を殲滅しましょう」
「キサマッ!」
「強者を示すのであれば、人間をよりもここにいる奴らを狩るよりも、この監獄にいる奴らを狩った方が効率が良さそうなので」
俺の発言にバペルさんは息を呑む。
今の発言は、悪魔なんぞ相手にならん、と、言っているのと同義。
悪魔の中でも最高位を前にして、そのような言葉を言えば、どうなるのかなんて……。
「クハハハ!」
「ベフェール様……」
「面白い! なら、武舞台の使用料は俺が待とう!
対戦相手は、次期七大魔王候補だ」
「魔王候補……いいね」
「それで構わないよな、サタウス様!」
「力を示せ。それ以外はなにも問うまい」
そう言ってサタウスは自身から青い炎が燃え上がり、炎が燃え尽きると同時に姿を消した。
「さて。それじゃあとっとと始めようか」
「その前に一つ」
「なんだ?」
「俺が勝ったら、あんたに要求としてあんたのところの王座をもらえないか?」
〜〜〜〜〜〜
大きく指を鳴らした音がこの監獄に響き渡る。
と、同時に檻の扉が一斉に開かれる。
開戦の合図だ。
牢の中から飛び出すと、さまざまな大きさや姿の怪物や人間の姿にとても近い化け物達が武舞台に降り立つ。
その中央には白髪の子供が軽く準備体操を行いながら周囲を見ないように目を閉じていた。
「なんだ? おい、そこの小僧。ここはガキの遊びじゃねぇぞ」
「知ってるよ、そんなもん」
1人の悪魔の言葉に答えながら、体操をやめて左目だけ開く。
「俺は、テメェら雑魚に変わって、七大魔王が1人ベフェールの次期魔王候補筆頭させてもらったものだ!」
「なに!」
「言葉なんてくだらないものはいらん!
否定したいのならば、俺を殺してみせろ、雑魚ども!」
俺の宣言が開戦となり、悪魔達が一斉に襲いかかってくる。
(いくぜ、相棒)
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了解しました。
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その言葉を聞いて、この距離で1番近くにいる悪魔に視線を向ける。
大振りに振り下ろす拳を懐に潜り込みながら回避し、脇腹目掛けて手を触れる。
そしてその手を舐めるように振り下ろしながらなにもないところで強く握り締める。
悪魔はすぐに視線を下に向け、両手を繋ぎ勢いよく振り上げて、懐にいる俺目掛けて振り下ろした。
その瞬間、悪魔は消滅した。
光の粒となって消滅した悪魔を見て、襲い掛かろうとした悪魔達の脚が止まる。
目の前にいるガキに注目しながら、呆然と立ち尽くした。
ガキはゆっくりと屈んでいた身体を起こし、あたりにいる悪魔達を見渡した。
「さあ、殺し合うか!」
そう言ったガキは、悪魔に触れた手をゴキゴキと鳴らしながら文字通り黒い瞳をキラキラと光らせ、邪悪な笑みを浮かべた。




